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第9話:デートの帰り

ホテルから出た後、歩いて駅まで向かう。その途中、隣の車道ではバスや普通車が頻繁に行き来する。時々自転車に乗った人やジョギングする人とすれ違う。急に彼は海岸側の土壁を駆け登る。向こうの景色を見てみたくなったのだ、と言う。歩道はきちんと整備されており清掃が行き届いていた。線路の高架下をくぐり、近くのコンビニに寄った。なぜかある種の安心感を得た。

七丁堀駅を降り地上に出て左に向かう。私たちは歩きながら昨日から今朝にかけての食事をもとに健康的な食生活のあり方について意見を交わした。しかしながら、将来のことについて話そうとすると心が重くなった。彼はその心を敏感に感じ取ったのかもしれない。見晴らしのよい交差点で一度止まる。横切る車が少ないためか待っている時間が長く感じた。

少し先を左に曲がると公園がありそこに入る。犬を連れて散歩する細身で背の高い女性を見かけた。左には大きな建物が立ち並ぶ。海に近いから既存の建物とのバランスを取るための規制が少なく、高層の建物も立てられるのだろう。壮観だし見ていて飽きない。よく見ると病院関連の施設のようだ。ここは低木の緑に囲まれ心が落ち着く。怪我や病気で入院中の患者が、看護師が押す車椅子に乗ってこの公園を回る光景を想像した。日々の習慣から離れた患者らはここで何を思うのだろう。2人は園内を散策し、入ったところから反対側に出ると右の方向に進んだ。

お寺を囲む塀が延々と続く。「あの病院で亡くなった人を葬式するときは、このお寺が近くていいかもね。」と彼女が言った。彼はやや失礼な質問で返した。「亡くなったら斎場で亡骸を燃やし、残った遺骨はそのまま持っていても管理が大変だから砕いて川にでも流せばいいのではないか?本質的にそれ以外に必要なことはあるのだろうか?」直子は彼のあまりに即物的な応答に戸惑い、やや怒りを込めて「それじゃ何で葬式をするのよ。」と突き当たりを左に曲がりながら言った。通りすがりの人は若い2人のやり取りに驚いた。「親族をはじめとする残された関係者がその人の死に対して心の整理をするためだよ。人は習慣の生き物だからそのようなことでもしないと、まだ生きているんじゃないか、と錯覚してしまうんだと思う。」「なるほど、そうかもね。」広い通りを横断する。左の視界は開けており店が軒を連ねていた。彼は続けた。「宗教それ自体に関心はないけど、そこから派生する文化や芸術には興味があるよ。キリスト教文化から生まれたミサ曲ではパイプオルガンの奏でる音と美しい声に強く惹かれるし、平安から鎌倉の時代に浸透した諸行無常の世界観は文学や能などの芸術を醸成した点で重要な役割を果たしている。今日、日本が得意とするアニメやゲームが芸術としての評価を得るためにはこういった文脈が必要ではないかと思うんだ。」「それじゃ、仁さんはゲームに芸術性を導入しようとしているのね。」「まあ、それもある。いろいろと可能性はあると思うんだ。」

演劇場を過ぎた辺りからすれ違う人の雰囲気が変わる。仁は直子が仕事の目になっているのに気付いた。テレビなどで時々見掛ける比較的有名な交差点を渡り、新しい歌い場「シャンサンブル『chanso(n ense)’mble』」に行った。「シャンサンブル」は乙木興商が新業態として開発した店である。カラオケの楽曲を「背景の音」と「ボーカルの声」とに分け、「ボーカルの声」の音量を調節できるようにした。これによりカラオケをしたい人も音楽を聴きたいだけの人も同時にこの店を利用することができる。また、曲名や歌手、作曲者、作詞者が分からなくとも、自分の年齢を入力することによりその人の中学生の時から現代に至るまでの有名な曲を自動選定して流す工夫が凝らされていた。部屋の雰囲気は「マルチアリウム」という設備で天高く広がる青空やグアムの明るい海、サハラ砂漠の満天の星空などへと変換可能にした。楽曲にあわせて紅葉に映える古都や日本海の荒波を表現することもできる。客室は隠れ家的個室形態で多国籍レストラン並みの多彩なメニューが用意されている。2人はそこでそれぞれのなじみの曲を歌い、軽く昼食を済ますと店を出て日本新橋駅で別れた。

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