第3話:一人目
申し込み希望の連絡を送信してから2日後、携帯に希望した男性からのメールが入ってきた。田畑健太郎さん(32歳、電子機器メーカー勤務)である。会う場所は自分が指定した。変なところに連れて行かれるのも厄介と思ったからである。アドバイザーは初めの交際の時くらい面倒を見てくれればいいのに、支社の中以外での世話は追加サービスとなっているのだ。ただ、身元の分かっている者同士で会うのだからそれほど神経質になる必要はない。日取りは比較的容易である。企画開発の担当になってからは土曜日の休みが取れるのだ。日曜は他社店舗を含めたお客様の購買動向実地確認業務があり休むわけにはいかない。
駅の改札を出ると男性が駆け寄ってきた。「田畑です。蔵内さんですよね?」写真だけでは他人と間違える心配があったためバッグに赤いスカーフをかけて目印とした。「待ちました?」と聞くと田畑さんは「いえいえ、今着いたばかりです。」と笑顔を見せていた。そこから右に曲がり通路を渡ると広場に出る。「人が多いですね。よくここらには来るんですか?」「まあ、時々。」確かに多くの人が行き交っていた。その先の建物に入りエレベータで最上階に上る。レストランの中からは街が一望できた。しかしその日は曇っていた。薄暗い空の下、街頭スクリーンからの映像だけが妙に映えた。「すごい景色ですね。」「昔、ここに友達と来たことがあるんです。」ここであれば、自分が結婚したくて初対面の男性と会っていることが話の内容から周囲に気付かれても害になることはほとんどない。しかし席に座ってからがいけなかった。話題が出てこない。相手も自分と目を合わせず、外を眺めているのだが落ち着きがない。場慣れしていないようだった。ようやく「趣味は洋画なんですね。」ともちかけたので「はい…。」と答えたものの反応がない。しばらく沈黙が続いた。先に自分に料理が届くと彼は「お先にどうぞ」と一言。隣では自分と同世代の女性2人が向かい合い、同じ職場の男性達についてさまざまな角度からの意見交換を行っていた。彼が料理に手を付ける前に「入会してから何ヶ月ですか?」と聞いてみた。彼は一瞬、面を上げて「9ヶ月です。」と答える。私はやや偏見を伴って彼を見つめる。それまで彼は付き合ってきた女性とどういう仲になったのか気になった。私は食事を終え、コーヒーをすすりながら外を眺めていた。隣では先程からの議論が核心に迫っている様だ。「だから、課内の幾人もが付き合ったって言う男性は9ヶ月前に異動してきたあの男なんだよ。一人で何人も相手にするなんて信じられない。」疑心暗鬼の意識が極まると「なぜこの人といるのだろう。」と目の前の男性への見方が転じた。食事代は割り勘にした。自分からの要請だ。その1週間後お断りの返事を出した。彼からも駅で別れた後に連絡が来ることはなかった。




