第2話:入会
「五本木ブライダル」に訪ねたのはさわやかな秋風の吹く頃だった。40〜50代の女性が現れて対応してくれた。「ホームページはご覧いただきましたか?」「基本的なサービス位は見てきましたよ。」しばらく席を外すと「男性会員にはこういう方がおられます」と幅15センチはあるファイルを6冊、台車に載せて運んできた。おお、いるいる。選択肢はこんなにも用意されているのだ。「自分の行動範囲の中での幸せを見つけられる人はこんなところにお世話にならなくていいんです。でも、奥手な人で幸せがやってこないならこちらでご提供するサービスはぴったりだと思いますよ。」分厚いファイルを目の前にしての話には説得力があった。もっとも、お世話になることを前提に来たわけだが。「女性と男性の比率は4:6で男性が多いんですよ。五本木は自分をアピールする方法が充実しています。基本的な個人情報として年齢、身長、体重、家族構成、年収、最終学歴、勤務先、趣味、特技などがあります。自己アピール欄は手書きとなっており、その人の個性が現れるようになっています。自己紹介の様子をビデオにとってパソコン上で相手が見ることもできます。撮影には当社スタッフがお手伝いいたします。自分のブログを作ることもできます。こちらは初め送付される紹介書にリンク先を掲載しますのでお相手はそこに接続して直子様のブログを見ることができます。ブログをすでにお持ちでしたらそちらとのリンクもいたします。その人本人に関する情報を伝えるツールは考えられる限り用意しております。」とりあえずは最低限のデータを登録することでその他は後日検討ということにした。また、「これらとは別に、追加サービスとして五本木ブライダルが所属する協会、結婚促進協会に加盟している会社の会員の情報提供サービスもあります。登録者は20万人に上ります。」との案内があった。20万人?そんなに結婚を求めている人がいるのだろうか、と疑問に思ったが、他社の登録人数の資料を見せてもらうと多い会社で9万人もの会員がいることからも納得のいく数字だった。こんなに利用者がいるのか、と感心しながらも協会の名前「結婚促進協会」には「結婚は促進するものではないでしょ。男女双方の合意で成立するものでしょ」と突っ込みたくなった。どちらにせよ、これについても当面保留とした。五本木ブライダルだけでも2万人の相手がいるのだ。よくよく考えると、この中に将来のダンナがいるかもしれないのだ。何か不思議な感じがした。既に書いて出した書類の中には本人の性格を分析して、そこから相性のいい相手を探す情報が含まれている。相性の合う人から紹介していこうというのだ。希望条件も出しているので相当絞り込まれた中から厳選された人が紹介されてくるはずである。期待は膨らむ一方だった。どんなすごい人が現れるのだろう。白馬に乗った王子様のようにお金持ちで優しくてかっこいい社会的に地位のある男性から熱烈にプロポーズされたらどうしよう、と有り得ない妄想が脳内に氾濫した。
紹介書は自分のパソコンから確認することになる。ざっと見て、会ってみる価値がありそうなら、交際申し込みの希望を出す。五本木ブライダルはこれを受けて自分が苦労して作った諸々の情報が含まれる紹介書を相手に送る。連絡は五本木ブライダルを介して行う。会ってみて本格的に交際してみたくなったら自分の電話番号やメールアドレスを伝えればよい。
アドバイザーとの話を終え書類一式を受け取ると席を外した。ビルの外に出るとぶらぶらと近くの広場を散歩した。多くの人が行き来し、野外の席に自由に座り、食べたり飲んだりしながら話をし、またある人は歩き回ったり店で買い物をしたりしている。不思議な空間だった。テーマパークのような別世界を感じさせた。それはあらゆる文化を捨象せずにきれいにまとめあげられていた。近くには住居棟がある。ここの居住者たちは、テーマパークのようなこの広場を公園として日常的に利用していくのだろう。庭園も併設されている。私はそこに座りながらぼんやりと物思いにふけっていた。時々爆音を立てながら隣道を走る車の音が違和感を与えるこの庭園は都会にいながら四季を感じさせる。白、黒、黄、淡い赤や黄色の服が向こうでちらほら動いている。そこからこちらに来る人もいる。家族連れやカップルだけではない。お年寄りや海外からの観光者までさまざまだ。直子はそこでアドバイザーから渡された初めの紹介書に目を通した。好奇心に満ちた視線が紙面に落とされてからどれくらいの時間が経っただろうか。しばらくして雨が降り出した。彼女は我に返ったかの様に周囲を見渡し、書類をバッグにしまい込むと五本木駅に直接つながる建物へと駆けて行った。




