第11話:日帰り旅行
旅行によって気分が変わるのでは、と思ったきっかけは本屋で見かけた、ある1冊の本を読んだためでもある。その本には、生まれた年月によってその人にとっての良い方角があり、その方角に旅行したり引越ししたりすると進んだ方角に関わる良い事象が起こる、といったことが書かれていた。読んでいくと西が良い方向らしい、ということでその本に紹介されていた京都近辺にある神社に旅行することにした。
6時の新幹線に乗って行く。一眠りするとすぐに京都に到着した。ガイドマップを購入しようと駅の書店に向かったが、東京で売られているような本まであった。「やっぱりここは同じ日本なんだ」とちょっと安心した気分になった。駅自体も以前来たときから改装されていた。屋内は吹き抜けで立体的に道が交差する構造になっている。人々はそれぞれ思う方向に歩みを進めており、洗練された都会的な空間美を感じることができた。目的の神社へはそこから乗り継いでいく。学生など既に多くの人が乗り降りしていた。雨が霧のように降っている。
駅を出てすぐに大きな神社の入り口があり、その中で御利益が得られそうなところは全てお参りした。お守りを買い、さらに奥に進む。賽銭箱の近くに多くの名刺が挟み込んである。「何でこんなところにたくさんの名刺が挟まれているのだろう。」右に歩いていくと鳥居が二手に分かれて奥に向かって連なっており道のようになっている。「『ここを進め』ということなのだろうか。」鳥居は赤くそれを支える柱は太い。鳥居の外側は木々で囲まれている。一人登って行きながら初めはいくつ鳥居があるのか数えたが延々と続き際限が無いので止めてしまった。何分歩いただろうか。ある程度広い場所に出た。幾人かがここに留まっている。左にさらに鳥居の列がある。「既に数百の鳥居があった様だけど、この先どれだけ続くのだろうか。」探究心がさらに彼女を先に進めさせた。さらに続く赤い回廊を数分渡り歩き、2つに分岐したので登り道となる右の方に進んだ。所々、お食事処(休憩所)がある。そこ以外にはやはり鳥居が続く。結構な坂になっており雨も邪魔して疲れが出てきたところで別の休憩所があったので一時休憩することにした。20〜30分は連続する鳥居をくぐり続けている。ここからさらに3つに分岐するが、どこも赤いトンネルが遥か彼方まで続いている。「ここまで来たんだ。どこまで続いているのか見てやろうではないか。」右の道を進むことにした。人はいない。ここまで来る人は稀なのだろう、と彼女は思った。しばらく歩いていると2つに分岐するところがあり、直子は「まず道があまり整っていない方に行ってそのうち参拝所に行き着くだろうから、そうしたらそこで参拝して引き換えして本道を進もう」と考えそちらに進んだ。しかし、足場が滑りやすいあまり整っていない方の道もはるか木々の向こうまで鳥居が続いていた。足が固く張っていてこれ以上の負担は怪我につながるだろうことと雨の強さからして引き返すことにした。「どこまで続くのだろう。」本道を進みながら不安が起こり始めた。そのとき反対側から男性がランニングして向かってきた。なんとここまでやってきてランニングの練習をする人がいるのだ。私はその快活な姿を見て元気を取り戻した。その後、いくつもの参拝所と鳥居の列を通り過ぎた。途中、根元が腐った鳥居を解体している現場に遭遇した。その人に聞いたところ、この一帯にある鳥居は商売繁盛を成就するために施主が数十万円で建てたものなのだという。
「先程名刺がたくさん置いてあったのは、ここがそういったことに御利益があるところだからだろう」彼女は振り返った。老朽化したものは柱に刻印されている会社や個人をたどって新しいものへの建て替えを提案しているという。これらを耳にすると彼女は今までくぐってきた無尽蔵に連なる鳥居を思い出した。確かに一つ一つに会社名や個人名が彫られていた。これらをくぐることで彼らの将来に賭けた思いや情熱、運を少しずつ分けてもらえているのかもしれない。遠くで雷が落ちる音がした。雨がしとしとと降り続いている。道を登り切った所に大きな参拝所があり、階段を上って祈りを捧げる。この先にも鳥居が続いておりそこを下っていく。しばらく歩くと眼下に見渡す限り鳥居と参拝所で溢れた一帯に出る。あらゆるところに祈るための場がある。この山は祈りに満ちていた。
降りる途中、休憩所で昼食をとることにした。客は直子一人だった。雨は止み始めていた。神主らしき人が店の前を通り過ぎていった。「これから何かあるんですか?」店の人は彼女にこれから何の神事が催されるかを教えてくれた。「この時期の京都にはたくさんの行事がありますよ。」一人旅にはどんな所が良いのかも教えてくれた。店の人の話しぶりはとてもやさしく不思議に引き込まれた。それはもてなしの心から自然に出たものなのだろう。直子はこの時、なぜ京都が名高い観光都市として認知され続けているのか、その鱗片に触れた気がした。
もとの駅に戻り北へしばらく歩くと大きな寺があり、そこを通り過ぎると金融機関を中心としたオフィス街となる。休日のためか人はほとんどいない。街は縦横に整然と区画されており、大きな横道のある交差点では車の往来が盛んであった。店の人が紹介してくれたところに到着する。その大きな敷地は周囲を塀で囲まれておりその頭からは高木の葉が生い茂っている。塀に沿って門から入ると中は広い庭園の様になっていた。道は非常に広く、ずっと先までまっすぐに続く。そのうち白いテントの下でたくさんの人が集まっているのが見えた。彼女もそれに混じってその先の建物の中に入っていった。客間は3つに別れており、重要度が増す程、奥の部屋に通される仕組みとなっている。その後、儀式を執り行う所、生活の場、庭園などを回った。地には白石が敷き詰められ、植えられた木々の葉は微妙な色の変化が楽しめるようになっており、全体として高貴な雰囲気を漂わせていた。直子はこのような財運に恵まれた生活にあやかろうと紋入りの財布をお土産として買った。北側の出口には大学がある。入り口には「学園祭」と書かれた看板があり、中には入らなかったが、外からはきらびやかな電飾が施されているのが見えた。「そうか、今はちょうど学園祭の季節なんだなぁ。東京に戻ったら学園祭を見に行こう。」と彼女は思った。
帰路、新幹線の中で直子は隣の通路を通り過ぎる若い夫婦と子供のやり取りを聞く。子供はあか抜けた笑顔で「ママのバック持ってあげるよ」と言った。言わばもう一人の自分が自分のことを心配してくれるのである。「あとどれ位の過程を経ればあんな幸せな家庭が築けるのだろう。」彼女は焦りに似た感情を覚えた。
直子は自分の部屋にたどり着くと早速、届いた紹介書のうちまだ見ていないものを開封して、真面目にお付き合いができそうな相手を選んだ。永山翔平さん(27歳・ソフトウェア開発会社勤務)は若いわりに年収が多い。気になった彼女は彼との交際を申し込んだ。




