第10話:無言の別れ
それからというもの仁からの連絡は来なかった。直子は街で見かけた黒い犬の張り紙の探偵会社を使って探りを入れた。そこで分かったことは、彼は仕事で知り合った女性の部屋に出入りしている、というものだった。彼の所属する会社ではいわゆる「海外組」と呼ばれるヨーロッパ諸国やアメリカでデザイン関係の仕事の経験がある個人と協力し、グラフィックデザインに彼らの感性を入れていこうとしていた。それは、内容の完成度をあげるためだけでなく、海外の市場でも受け入れられるものにしていくためであった。その女性(北森恭子(26歳))は幼少の頃、父の仕事の都合でロンドンに移住し、ノルウェーやスウェーデンなどを旅して歴史や神話に強い関心を持つようになった。コンピュータデザイナーとして世に出るとすぐにイギリス国内でその作風が高い評価を得た。業界誌に頻繁に彼女のイラストが掲載され、それを見て提携話を持ち込んだのが彼の会社の開発部であった。彼女は快くそれを引き受けた。既に他の会社との提携で財を築いた彼女は住居を日本に移していた。日本での生活にようやく慣れ始めた頃に知り合ったのが三田であり、彼が東京の色々な店を知っていることが分かるとよく会う様になった。彼も彼女の才能を尊敬していたし、伸び伸びとした性格に惹かれるところもあった。お互いをパートナーとして考えるのは至極当然の成り行きであった。実は三田はこのとき結婚情報サービスを利用していたが退会はしていない。彼女一人との関係では不安が先行し良い関係が築けないのでは、との思いから他の出会いの機会を維持していたのだ。
直子は探偵会社からこれらの内容をまとめた報告書が上がるのを待ちきれず直接担当者に問い合わせした。彼女はこの事実を聞くとあらん限りの力を込めてケータイを壁に投げつけた。驚いたのは電話越しの担当者である。激しい衝撃音がしたかと思うと音信不通となった。「モノに当たるなよ。ケータイがかわいそうだ。」担当者は漏らした。新しく購入したケータイで初めに連絡をしたのは五本木ブライダルの担当者であった。「あの人を退会させてください。」「どうなされたんですか。」色々と話は続いたが「あっちこっちと迷っていたら本命にも逃げられますよ。自業自得です。」との言葉に納得し電話を切った。「気持ちを切り替えねば」彼女は旅行を計画した。




