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第1話:決意

蔵内直子は今日も眠い頭のままで朝一の講義に向かっている。昨日は、ホテル内レストランの給仕のアルバイトを入れていた。ホテル横の小道をはさんだ反対側には中学校があり、地下鉄を出てその道を昼頃に通ると生徒が校庭を走り回っていた。その校舎から教室の明かりが消えた頃に仕事を終えた彼女には翌日朝の講義は体に応えた。大学通りにはいくつかのチャペルや婚礼施設が並んでいた。通り全体が常に祝福ムードに包まれている。大学の中にさえ、そういった建物がある。しかし、私には結婚は身近な様で、当分、自分に関わるとは思えない遠い存在であった。

2000年、直子はアパレルメーカーへの内定を果たすと今までお世話になっていた給仕のアルバイトでお世話になった人たちに御礼を言い、内定先でアルバイトとして働き始めた。生活の切り替えで頭の中がいっぱいとなっていた。

7月に入った。未だに浩太は内定が決まらない様だった。来年のシーズンに合わせてがんばると言っていた浩太ではあったが、デート中にいろいろ話を聞いてみても、どうもやりたいことが見つからない様で、今でもコンビニのアルバイトを続けている。私は将来の新しい生活に向けて一生懸命になるにつれて、彼に対する意識・感心が遠のいていった。それとは逆に、彼は未練がましく私と会いたがるようになっていった。人生にいくつかのステージがあるとして、私は既に一段上を行き、彼は従来のステージから這い上がれずにそこにとどまっている状態であった。相談に乗ってあげようとしても就職できない理由を周りの環境のせいにする始末で、今いるステージを駆け上がろうという意気が見受けられないので私が無視を続けると連絡が来なくなった。大学3〜4年は就職を決める上で彼にとっても自分にとっても大事な時期であり、お互い足を引っ張ることを避けるべきだと感じた。私は彼に対し自分で将来やるべきことに早く見つけてそれに向かってがんばってほしいと願って止まなかった。後日聞いた友人の話では、ある起業サークルに入り、所属メンバーが興した会社で仕事をしているそうだ。なお、実際に支払われる報酬は仕事をした日に出される昼食弁当だけで、今やっているアルバイトを続けながらでないと生活していけないらしい。

百貨店の店頭で販売をサポートするアルバイトをしながら製品知識を深めていく。そんな毎日を送っているうち、上司の島田知恵さん(26)からお食事会の誘いがあった。「今週土曜に課内で親睦を深めることを目的にお食事会があるんだけど来ない?」当然断るわけにはいかない。しかし、それ以前に社会人としての生活に馴染めることへの期待感があった。週に一度、店に顔を出す平岡健二さん(27)は物静かな人で、でも新しく働き始めた私には仕事に限らずいろいろな話をしてくれた。彼も食事会に来るという。お食事会にはどういう服を着たらいいかと聞いてみると、「自分もちょうど買いに行くところだから一緒に洋服選びに行かない?」と持ちかけられたので一緒に行くことになった。渋谷の街は平日にも関わらず多くの人にあふれていた。しかしながら私自身は財布の中のことを考えるとあまりいい気分ではなかった。正直、学生の私としては高い服は買えない。しかし、平岡さんは、そのところも考えて店も選んでくれた。とても助かった。しかし、これが彼との最初で最後のデートとなった。

当日、来てみると20人程のホームパーティ形式だった。平岡さんはこの前行った店の選定がよかったことをちょっと自慢した後、私を色々な人に紹介してくれた。平岡さんはパーティが終わる前には席を外した。何か忙しいのだろうか。ところで、私の他にも2人の同期の女性がいた。2次会はその人たちと近くの店に行った。相当服探しに苦労したのだろう。皆身なりはそれなりのもので高級そうな服を着てきた人もいた。私はあまり苦労しないで適したものを選択することができた。平岡さんは頼りになる。センスもいいのを選んでくれる。しかし、これ以上、平岡さんに頼るのは良くないという気持ちもあった。これほどの男性、他の女性からも当然人気があるだろう。ここで付き合うことになったら、羨望の目で見られ、それが嫉妬で燃え上がるのは眼に見えている。会社での人間関係は、嫌だからといってすぐに切れるものではない。半永久的に続くのだ。これらを考えると余計に会社の男性と付き合えない。素敵な方ほど付き合えないというジレンマが残った。平岡さんはパーティの後も絶えず優しく接していただいたが、頭を切り替えて仕事に専念することにした。付き合って結婚とまでは考えられなかった。

結局彼は、私と同期の女性と「再婚」することになる。彼は初婚後、それまで付き合っていた他の女性との関係を続け、発覚してから離婚、その事実を知った不倫相手の女性からも別れを告げられ、孤独な状態が続いていた。そして我々がちょうど現れて声を掛けた。私が声をかけられた最初の新人で、パーティの後に私が無視したので、他の女性に声を掛けたのだ。離婚してからの後釜がそこで用意された形となる。彼女は結婚後に寿退社となった。

24歳の誕生日は同期の友人と迎えることとなった。これまで、パソコンを買い、インターネットで多様な価値に触れ、ボランティアをしたり、アロマセラピーや音楽、洋画の趣味仲間でオフ会と称して旅行に行ったりと悠々自適な生活を満喫していた。前年の冬に、洋画趣味で出会った社尾武志と出会い付き合っていた。しかし、2ヶ月も経たないうちに彼から別れを告げに来た。彼は二股が発覚した後、洋画倶楽部の中で白い眼で見られるようになり、やがて姿を現さなくなった。後日、彼と同じ会社の女性と結婚したという噂を耳にした。

どちらにしても、同期の友人に先を越されたことは事実だ。年齢と共に焦りが心の中で起きていることがわかった。

直子はある程度店の運営が軌道に乗ると今までの経験を生かして製品開発の段階から関わりたいという気持ちが高まった。社員の異動が本人の意向に沿って行われる制度に変わったことから、企画開発のセクションを希望したところ、営業成績がよかったこともあり、希望が通る結果となった。

本社勤務となってから上司からよく日本経済の行方について聞かされていた。上司は私がそれなりに経済の知識を持っていることを知っていたのだ。彼が、もっともらしい話題の収集に意識して取り組んでいることは、自分と話す時には、やや肩を張った、不自然な口調になるところからも分かった。

「少子高齢化によって人口が減少すると、経済活動の大部分を占める個人消費は悪い影響を受ける。これからの日本経済、右肩下がりは必然だよ。」

学生の頃から経済新聞をとっていた直子は、しかしながら、この手の話となると興味を失せてしまうのだった。今自分が携わっているビジネスを成功に導くこと、そして自分にとってふさわしいパートナーにめぐりあってお互いにより高い人生のステージに上ることが重大な関心事であった。

直子には女性誌を広げながら物思いにふける性癖がある。「あなたもセレブの仲間入り」とあからさまに結婚を望む女性の夢を語った広告を見ながら考え事を続けた。

社内恋愛のチャンスはある。しかし、たちまち噂となり、その男性との関係が会社の中で既成事実化すると、他のもっといい男性が現れた時に身動きが取れず、後悔を残したまま結婚、寿退社、専業主婦といった後戻りできないレールを行くことになるのである。

産前産後休暇を取って職場復帰、なんて楽観的な絵を思い浮かべてそれを実現できた人はどれ位いるものなのだろう?今では卒業後就職できずに派遣登録した人たちが今か今かと空いたポストを狙って待ちわびているのである。しかも子育てもあるから、独身の時よりも自分で自由になる時間は少なくなる。

しかし、社内恋愛ができたとしても、関係が破綻した、もしくは彼に他の女ができた、という事態に遭遇した時に会社の中にとどまれるのか。この会社にいる間は一生その話がつきまとう。後輩の、さらにその下の後輩に至るまで延々と語り継がれ、そういった目線にさらされるのである。新しいチャンスができたとしても、どこからともなくその男性に私の過去の噂が流れて来ることになる。付き合う相手がいい男性になればなるほど、周囲の嫉妬が、高度に編集された情報を彼に伝えるのである。

しかし、仮に想定した男性というのもこの職場では期待できない。若者向けのファッションを扱う当社のようなところでは女性が多く、本当にいい男性と付き合えるのは周囲の目を引く人当たりのよい若くきれいな女性だけなのだ。

私はこの時、自らの不遇と向き合う時間を減らし、雑誌の中で見つけた広告に踊らされる時間を増やすことを決意した。

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