罪人奇術師に成金盗賊2
~パラディア地方、平原の町エルタル~
――グラント博物館・第一級保管物展覧室…の扉前――
「えー…それであなたは……」
「私は誇り高いフランカタンテ家が子女、マリア・レィティ・フランカンタテですわ。私、この北方随一と言われるグラント大博物館が保管される『世界地図』を見たくてやってきましたの。こちらは…」
ヒラヒラしたドレスを着こなし、金の髪を持つ女性は傍らにいる少年を指さした。
「使用人のマイケルですわ」
「そ、そうですか…ですがここは第一級許可書がなければ拝見できませんので…」
「そんな…遙々南の地方からこれを一目見るために来た私を追い返しますの?」
「すいませんがこれは規則ですので……許可書を取ってから再度お越し下さい」
「そんな…ヒドイですわ」うるっ
「そ、そんな泣くほど…!」
「いえ!いいですわ!所詮、私なんて南の島のホワイトモンキーですのね金髪メスザルヤンキーですのね!!どうせ地図を読み解ける程頭もよくありませんわ!猿は猿らしくバナナでも買って南の島に引っ込んでますわ!!ごきげんよう!アディオス!!」
「いや、ちょ、そこまで言って…」
「あーあー泣かせたんだナーいけナいんだナーここの警備員は躾がなってないんだナー」
「ちょっ…わ、わかりました!少しだけ拝見させてあげますから」
ガチャガチャ……ガチャ!
「開けましたよ。でも本当に特例ですからね!少しだけ…十秒だけるぁぁあああっぁあぁっぁあぁ!!!?!」
「ありがとうですわ警備員さん…さ、行きますわよヘヘルガ!」
「こ、股間のバナナに一撃…ご愁傷様ナんだナ」
「作戦成功ですわ!」
「追われてるけどナ」
「それも作戦の内ですわ!」
暗い路地を月明かりだけで走り抜けるエディルとヘヘルガ。
エディルはともかく、ヘヘルガはサンタクロースの様に白い袋を背負っているにも関わらず、中々素早い速度で走ってゆく。おまけに現在は囚人服ではなく、緑色のシャツに半ズボンを着ている。
そんな彼らの後方から…
「どっちへ行った!?」「小隊長殿はどこだ!小隊長殿の馬鹿野郎は!!」「あっちだ!追え!」
「増援を呼べ!」「泥棒ーーーー!!」「逃がすなバカヤロー!」
「相棒…オレの股間は……もう駄目だ」「しっかりしろ!気を強く持て!!」
明らかに殺気だった男達の声が、後ろの路地のそこかしこから聞こえてくる。
現在、二人は警邏に追われている真っ最中だ。
「ええい!急ぎなさいヘヘルガ!このままでは見つかるのも時間の問題ですわ!」
「じゃあ少しくらい持って欲しいんだナ!大体、世界地図だけの予定だったナ!」
「お黙り!今宵の薔薇は飢えておりますのよ!」
「え……お昼、結構食べてたんだナ?」
「そういう意味ではありませんわ!」
月明かり照らす路地を走る、走る、走る。エディルのロールされた金髪が月明かりを反射する。
やがてエディルの目の前に細い道が見えた。
「あ!あれですわ!あそこを抜けますわよ!」
「わかっ…ン!?ちょっと待…」
エディルのスピードが更に速くなってくる。
自身の出せる最高速度で石畳の細い道を走り抜ける。今の私は金の雌豹ですわとは本人の談。
そんな金の雌豹は最速で駆け抜け―――見えない壁に激突して引っ繰り返った。
「ほぐぁっ!?」
「け、結界ナんだナ!ムっ!?」
見えない壁はエディルがぶつかった瞬間、魔改造されたラッパみたいな音を出した。
その音が出された瞬間、そこかしこから警邏達の歩く音が聞こえる。
先程とは違い、明らかにこの場所を目指している。どうやら先ほどの魔改造ラッパの音は警報装置だったようだ。
「な、何事ですの!?さっきの壁は、今の音は一体…?」
「やられたんだナ。ここら一体結界で覆われてるんだな…」
「結界?何を馬鹿な、そんな物があるわけ…あるわけ………み、見えない壁がありますわ!?」
「そう言ってるんだナ!!」
ヘヘルガの耳に警邏達の靴音が聞こえてきた。
どうやら相当近くまで来ているらしい。
マズイ。前は進めず、後ろは警邏。周りの壁はすぐによじ登れる程低くない。よじ登ってる間に警邏に追いつかれる。
エディルの顔色が真っ青になってゆく。
彼女の故郷では罪人は鞭打ちの後、広場で晒し者だ。
「ま、まずいですわ…!かくなる上はヘヘルガに罪を擦り付け、賄賂と私の美貌で許してもらうしか方法は…」
「そういう事は本人のいないところで言って欲しいんだナ!」
刻々と迫り来る時間。
ヘヘルガはしばらく見えない壁がある所を見つめ、エディルと背負っている荷物を見て、口を開いた。
「これナらまあ……大丈夫かナ。よし!エディル!!」
「な、なんですの?」
「何分間、息を止めれる?」
「…?平均程度には…ってそんな事を聞いてる暇はないですわ!」
ヘヘルガはエディルの手を握った。
「絶対に手を放すナ。放したらどうナるかわからナいからナー」
「な、何を言って……」
ヘヘルガは思いっきりブーツの踵で石畳を踏みつけた。
その瞬間、踏まれた固いはずの石畳に波紋が広がった。
「は、波紋が広がりました…わ!?」
見れば、波紋は波打ちながら自分とヘヘルガの周りへと広がっていく。
そして自分とヘヘルガの立っている所が柔らかくなっていく…いや、柔らかくなりすぎている―――沈む。
「ってええぇ!?な、なんですの?地面が、地面が沈みますわ!!」
「落ち着くんだナ。それにしても久々でも案外大丈夫だナー」
「なんでそんなに落ち着いてますの!?これは一体なんですnゴボッ!?がぼっがぼぼぼぼぼ…」
「動くなファッキン野郎ども!この路地はすでに包囲…あれ?」
「誰も…いない?」
「馬鹿な!博物館から半径5kmに警備用結界があるはずだぞ!?実際に警報も鳴った!」
「飛んだのか?」
「それも無理だ。空には『雷神の籠』がある。うかつに飛べば消し飛ぶぞ…」
「クソ!周囲の建物を虱潰しに探せ!!絶対どこかにいるはずだ!!」
「地図?ナんで必要ナんだ?」
「このお馬鹿!!私たちは言葉はわかっても地理を知りませんわ!即ち、どこが安全でどこが危険もわかってませんわ!そのためには地図が必要ですわ!それも大規模な物が!!」
「…だから博物館?」
「私が偶然やってきた町に、欲しい物がある。これは運命ですわ!地図が私に取ってくれと言ってるのですわ!!」
「でもどうやって盗むんだナ?重要情報ナら警備が…」
「私に任せなさい!騙しに必要なのは、度胸に笑顔に涙ですわ!」
「???」