クラスのヤンデレに「君以外の男子は呪う」と宣言されたので、俺の学園生活が崩壊した件——でも毎朝お弁当を作ってきてくれるので正直まあ……悪くない
ヤンデレに告白されました。
怖かったです。
でも弁当が美味しかったです。
あと、笑うと普通に可愛かったです。
主人公はだいぶ押され気味です。
よろしくお願いします。
# 第1話 「好きです」の三文字が、俺の人生を終わらせた
「神崎くん」
背後から声をかけられた瞬間、俺の背骨に何かが走った。
冷気、とでも言えばいいのか。
七月の蒸し暑い朝だというのに、首筋がすうっと冷えた。
俺——神崎陽太、高校二年生——は、靴箱の前でゆっくりと振り返った。
そこには、白百合雪乃が立っていた。
「…………」
言葉が出なかった。
白百合雪乃。
同じクラスの女子。
成績学年トップ。
顔は、正直に言うと、びっくりするくらい綺麗だ。
肌が白くて、黒髪が腰まであって、目が大きくて、唇が桜色で。
でも彼女に対してときめいたことが一度もないのは、その目のせいだった。
笑っていない目。
どこを見ているのか分からない、人形みたいな瞳。
「……おはよう、白百合さん」
「おはようございます」
声が、低い。
怒ってるわけじゃない。ただただ、低い。
囁くような声なのに、なぜか耳の奥まで届く。
「あの、何か用?」
「あります」
「は、はあ」
彼女はスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。
几帳面に折り畳まれた白い紙。
「読んでください」
「……今?」
「今です」
有無を言わさぬ声だった。
俺は恐る恐る紙を受け取り、折り目を開いた。
そこには、整然とした文字で一行だけ書かれていた。
---
*神崎陽太くんのことが、好きです。*
*付き合ってください。*
*——白百合雪乃*
---
俺は紙を閉じた。
開いた。
また閉じた。
「……白百合さん」
「はい」
「これ、俺で合ってる?」
「合っています」
「神崎陽太、っていう、この俺?」
「あなた以外に神崎陽太はいません」
「いやそうなんだけど」
俺はもう一度紙を開いて、文字を確認した。
うん、確かに書いてある。
「……なんで?」
素朴な疑問だった。
白百合雪乃は、俺みたいな普通の男子と話したことがほぼない。
勉強も運動も特技も、俺には何もない。
顔も普通。性格も普通。
どこからどう見ても、平均値で生きている男子だ。
彼女は少し考えてから、答えた。
「神崎くんは、去年の体育祭で転んで泥だらけになっても、恥ずかしそうにしていなかったから」
「…………それだけ?」
「それで十分です」
俺は心の中で叫んだ。
(基準が謎すぎる!!)
でも声には出せなかった。
あの目で見られると、喉が固まる。
「……ありがとう、でも、俺——」
「断るんですか」
「い、いや、まだ何も言ってない」
「断ろうとしていました」
「なんで分かるの!?」
「神崎くんの眉が左に0.3ミリ下がりました。それは断りのサインです」
「何ミリ!? 俺の眉を何ミリ単位で観察してるの!?」
白百合さんはまったく表情を変えないまま言った。
「ちなみに昨日は、給食のときに俺の方を三秒見ていたことも記録しています」
「き、記録!?」
「一昨日は二秒でした」
「俺のこと観察しすぎじゃない!?」
彼女は静かに目を伏せた。
「……嫌ですか」
「嫌というか、怖い」
言ってしまってから、しまった、と思った。
でも白百合さんは傷ついた様子もなく、ただ静かに言った。
「そうですか。でも好きです」
「いやそこは引いてくれ」
「引きません」
「なんで!」
「好きだから」
「ループしてる!? この会話ループしてる!?」
俺は頭を抱えた。
廊下の端で、他のクラスメートが何事かとこちらをちらちら見ている。
最悪だ。
七月の月曜の朝から、最悪の事態が起きている。
「……白百合さん、俺はまだ返事できないよ。突然すぎて」
「分かりました」
「待ってくれる?」
「待ちます。何年でも」
「何年!?」
「永遠でも構いません」
「スパンが長すぎる!!」
俺が叫んだ瞬間、ちょうど登校してきた親友の藤村拓人が俺の肩を叩いた。
「よ、陽太——って、白百合さん!? なんで白百合さんがいんの!?」
藤村は一歩後退した。
まあ、分かる。
白百合さんのオーラは、初見だと心拍数が上がる。
「藤村拓人くん」
白百合さんが藤村の名前を呼んだ。
藤村の顔が青ざめた。
「は、はい!!」
「陽太くんと仲がいいですね」
「ま、まあ、幼馴染なんで……」
「陽太くんを取らないでください」
「は!?」
「どこにも連れて行かないでください」
「い、いや、俺は別にそういう——」
「お願いします」
深々と、白百合さんが頭を下げた。
廊下に、沈黙が満ちた。
藤村が俺を見た。
俺が藤村を見た。
「……陽太」
「……うん」
「お前、何したんだ」
「俺も分からん」
これが、俺の学園生活崩壊の始まりだった。
---
# 第2話 ヤンデレに「見守ってます」と言われた朝
翌朝、俺は恐怖でいっぱいのまま登校した。
昨日の告白について、一晩考えた。
断るべきだ、とは思う。
でも、あの目を思い出すと、どう断ればいいか分からない。
「嫌いになるからやめて」とか「他に好きな人ができたとき悲しむよ」とか、そういう普通の断り方が、あの人に通じる気がしない。
「おはようございます、陽太くん」
下駄箱の前に、すでに白百合さんがいた。
「……おはよう、白百合さん。なんで先に来てるの」
「昨日より十五分早く家を出ました」
「なんで?」
「陽太くんを待っていたから」
「いや、連絡先も知らないのに俺が何時に来るか分からないでしょ」
「三日間、陽太くんの登校時間を測定しました。平均値は7時43分です」
「三日間!? 三日間も!?」
俺は思わず声が裏返った。
「昨日は7時41分、一昨日は7時44分、その前日は7時45分でした」
「そんな細かく!?」
「標準偏差も出しています」
「標準偏差まで!?」
こいつ、俺の登校時間で統計取ってたのか。
天才的な頭脳を、最悪な方向に使っている。
「白百合さん」
「はい」
「……怖いって言ったよね、俺」
「昨日おっしゃいましたね」
「今日はもっと怖い」
「そうですか」
「でも好き?」
「でも好きです」
「即答!!」
彼女は微かに、ほんの微かに、口角が上がった。
笑ったわけじゃない。でも、何かが柔らかくなった気がした。
そして差し出してきたのは、小さな風呂敷包みだった。
「お弁当です」
「……は?」
「今日から作ります」
「今日から!? 決定してるの!?」
「はい」
「断ってないから付き合ってるわけじゃないんだけど!?」
「でも好きだから作ります」
「好きだったら一方的にお弁当を作っていいわけじゃないでしょ!!」
「食べなくてもいいです」
「いや食べないのもなんか申し訳ないじゃん!!」
白百合さんは俺の手を取って、風呂敷を握らせた。
手が、冷たかった。
「……手、冷たい。大丈夫?」
「緊張しているだけです」
「……え?」
「陽太くんに弁当を渡すのが緊張するので、家を出てからずっと汗をかいていました。だから冷えています」
「……」
「変ですか」
「……変じゃない、けど」
俺は風呂敷を持ったまま、上手く言葉が出なかった。
怖い。
確かに怖い。
でも、この人なりに一生懸命なんだな、というのも、なんとなく分かった。
「……一個だけ聞いていい?」
「何でも答えます」
「卵焼き、入ってる?」
白百合さんが、またほんの少し、頬を動かした。
「甘い卵焼きと出汁巻き、どちらが好きか分からなかったので、両方入れました」
「……食べる」
「ありがとうございます」
声が、わずかに温かくなった気がした。
でも教室に入ったら、地獄が待っていた。
---
教室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。
クラスの全員が俺を見ていた。
(なに、なんなの、この視線は)
俺が席に着くと、隣の席の奥田慎也が声をひそめて言った。
「神崎、お前、白百合さんと何かあったの?」
「……何かって?」
「昨日の朝から、白百合さんがお前のことしか見てないんだけど」
「…………」
俺は恐る恐る白百合さんの席の方を見た。
彼女は自分の席に座って、教科書を開いている。
普通だ。
普通に見える。
でも、ページをめくる手が止まるたびに、視線がこっちに来ていた。
それもすごく自然に。息をするみたいに自然に。
「朝のホームルームからずっとあんな感じだから、クラス中で話題になってるよ」
「最悪だ……」
「お前、なんかしたの?」
「俺は何もしてない!」
「好きなの、お前のこと?」
「……たぶん」
奥田の目が丸くなった。
「は!? マジ!? 白百合さんが!? お前のことを!?」
「声でかい声でかい!!」
「いや、だって——白百合さんだよ!? 三年生の先輩が告白して断ったって噂の!?」
「それは初耳だった」
「去年の文化祭で告白した男子が次の日突然「もう白百合さんのことは忘れる」って言い出して、以来誰も近づかないって——」
「怖すぎる」
俺は顔を手で覆った。
その日の昼休み。
俺が弁当を開けようとしたら、白百合さんが当たり前のように隣に座ってきた。
「白百合さん?」
「一緒に食べていいですか」
「……い、いいけど」
白百合さんはお盆にパンと牛乳だけ乗せて、俺の隣に静かに座った。
そして俺が風呂敷を開けるのを、じっと見ていた。
お弁当箱を開けると、中身が綺麗に詰まっていた。
唐揚げ、ブロッコリー、プチトマト、甘い卵焼きと出汁巻き卵(本当に両方入ってた)、白米の上に小さな梅干し。
「……すごく、ちゃんとしてる」
「三時間かかりました」
「三時間!?」
「初めてだったので」
俺は唐揚げを一口食べた。
美味しかった。
普通に、かなり美味しかった。
「……美味しい」
白百合さんの頬が、薄くピンクになった。
「ありがとうございます」
「料理、上手なんだね」
「陽太くんに食べてもらうために昨夜から練習しました」
「昨夜から!?」
「十二回作り直しました」
「寝てないじゃん!!」
「寝ました。一時間」
「それ寝てないじゃん!!」
白百合さんは静かにパンをかじりながら言った。
「陽太くんに美味しいと言ってもらえたので、十分です」
「……」
俺はもう何も言えなかった。
怖い。
本当に怖い。
でも、頬のピンクを見ていたら、胸が少しだけ、くすぐったかった。
(俺、ヤバいな)
---
# 第3話 「他の男子と話さないでください」は無理がある
問題が起きたのは、水曜日だった。
体育の時間、男女合同でバスケットボールをやることになった。
俺は普通にゲームに参加して、同じチームになった田中から「ナイスパス、神崎!」と声をかけられた。
田中は普通のクラスメートだ。
俺とも普通に話す、普通の男子だ。
問題は、その瞬間、コートの外に体育座りしていた白百合さんの目が、ピタっと田中に向いたことだった。
田中は何も気づいていない。
でも俺は気づいた。
体育が終わって、更衣室から出てきたとき、廊下で白百合さんに呼び止められた。
「陽太くん」
「う、うん」
「田中くんと仲がいいんですか」
「普通のクラスメートだよ」
「ナイスパスと言われていましたね」
「見てたの!?」
「ずっと見ていました」
「体育の間中!?」
「はい」
「お前も授業受けろよ!!」
白百合さんは少し間を置いて言った。
「田中くんと、あまり話さないでもらえますか」
「それは無理」
即答した。
さすがにそれは聞けない。
白百合さんの目が、微かに揺れた。
「……なぜですか」
「クラスメートと話さないわけにいかないでしょ。授業もあるし、グループ活動もあるし、部活の連絡とかも——」
「陽太くんは部活に入っていません」
「なんで知ってるの!?」
「入学から現在まで調べました」
「俺の情報、どこから仕入れてるの!?」
「関係者への聞き込みと記録の照合です」
「探偵!? お前、探偵なの!?」
白百合さんはわずかに眉を寄せた。
「……怒っていますか」
「怒ってない、怖い!!」
「そうですか」
「でも好き?」
「でも好きです」
「毎回それで終わらせるな!!」
俺は深呼吸した。
「白百合さん、俺と付き合ってるわけじゃないから、誰と話すかは俺が決めることだよ」
「……そうですね」
「分かった?」
「分かりました」
「よかった——」
「では付き合ってください」
「繋げた!? 話を繋げた!?」
白百合さんは真剣な顔で言った。
「付き合えば、陽太くんは私のものになります。そうすれば田中くんと話す理由がなくなります」
「それ逆算してるよね!? 俺を「もの」にするために付き合おうとしてるよね!?」
「違います」
「どこが違うの」
「好きだから付き合いたいのです。田中くんは——二番目の理由です」
「二番目に田中くんがいるの、俺より田中の方が怖い!!」
そこに通りかかった田中が、なぜか俺と目が合った。
「神崎? 何かあった?」
「田中、お前、白百合さんとのことで何か心当たりない?」
田中は首を傾げた。
「え? 俺、白百合さんとほとんど話したことないけど——」
白百合さんがすっと田中の方を向いた。
田中が固まった。
「田中くん」
「は、はい」
「神崎陽太くんのことは、必要最低限にしてください」
「ひ、必要最低限って、クラスメートに対して何が必要最低限なの!?」
田中は三秒ほど固まってから、「分かりました」と言って颯爽と去っていった。
「田中ぁ!!」
俺が叫んでも、田中は振り返らなかった。
友達に呆気なく捨てられた俺は、力なく壁に寄りかかった。
「……白百合さん」
「はい」
「俺の友達が一人減った」
「田中くんはまたすぐ話しかけてきます」
「なんで分かるの?」
「昨日、奥田くんにも同じことを言いましたが、今日の昼休みに陽太くんに話しかけていました」
「昨日も誰かに言ってたの!?」
「クラスの男子には一通り伝えました」
「一通り!!」
俺は天を仰いだ。
青い廊下の天井が目に入った。
どうしてこうなったのか。
「……白百合さん、それ、ちゃんと「やめてください」って言わなきゃいけないことだよ」
「はい」
「俺が困る」
「……ごめんなさい」
声が、少し小さくなった。
俺は下を向いた白百合さんの顔を見た。
怖いオーラは相変わらずあった。
でも、「ごめんなさい」の後の顔は、なんとなく子どもみたいだった。
「……やめてくれる?」
「……努力します」
「努力って、できるかどうか分からないじゃん」
「私は陽太くんに関することが、理性で制御できないことがあります」
「そこは頑張って制御して」
「努力します」
「また努力って言った」
白百合さんは俺をじっと見た。
「……陽太くん」
「なに」
「弁当、今日も美味しかったですか」
「……美味しかった」
「よかった」
また、頬がピンクになった。
俺は何も言えなかった。
こいつ、本当に訳が分からない。
怖いのに、ちょっとだけ、愛おしい気がする。
(俺、本当にヤバいな)
---
# 第4話 藤村がくれたアドバイスが最悪だった
「陽太、マジで言うけど」
放課後、藤村が深刻な顔で言った。
「白百合さんのこと、真剣に考えた方がいいと思う」
「俺も毎晩考えてるよ!!」
「いや、そうじゃなくて——付き合う方向で、ね」
「はあ!?」
俺は声が裏返った。
「なんでそうなるの! あの人、怖いじゃん!!」
「怖いけど、一途でしょ」
「一途の度合いが振り切れてるんだよ!!」
藤村は少し笑った。
「俺さ、昨日白百合さんに「陽太のことどれくらい好きなの?」って聞いたんだよ」
「なんで聞いたの!?」
「気になったから。そしたらさ」
藤村が表情を変えた。
「「この世界に陽太くんがいなくなったら、私も要らない」って言ったんだよ」
「……」
「真顔で。一ミリも躊躇なく」
「……重い」
「重いんだけど、あの顔で言うとさ、嘘じゃないのが分かるじゃん」
「それがまた怖い!!」
藤村はため息をついた。
「お前さ、モテたことないじゃん」
「うるさい」
「クラスで一番可愛い子に、あそこまで本気で好かれる経験なんて、普通ないよ。ちょっとは喜べよ」
「喜んでいいのか、あれを」
「喜んでいいと思う」
「翌朝下駄箱の前に立ってた時点で、俺の何かが終わった気がした」
「そういう思い出の一つになるんだよ、大人になったら」
「なるかなあ」
「なるなる」
俺は机に突っ伏した。
「……藤村、アドバイスくれよ。どうしたらいい」
「そうだな——」
藤村は少し考えた。
「普通に接してみれば?」
「普通に?」
「あいつ、学校でほとんど友達いないじゃん。誰とも話さないし、誰も近づかないし。お前が初めて「普通の男子」として話しかけてる人間なんじゃないの?」
「……」
「だからお前のことが全宇宙になってるんだよ」
「全宇宙にしないでほしい」
「それがあいつの問題なんだけど、原因の一つは孤立してることだと思う。友達が増えれば、少し落ち着くんじゃないかな」
「……」
「まあ、俺の勘だけど」
俺はしばらく考えた。
確かに、白百合さんがクラスの女子と話しているところを見たことがない。
給食も一人で食べている(最近は俺の隣に来るけど)。
放課後、誰かと帰るところも見たことがない。
成績トップで顔が良くて、それでいて友達がいない。
「……なんで友達いないんだろ、あの人」
「怖いから近づかないんじゃない?」
「まあ、俺も最初はそうだったけど」
「今は?」
「今も怖い」
「でも弁当食べてるじゃん」
「……食べてる」
藤村が笑った。
「それが答えだよ、陽太」
「どういう意味だよ」
「怖いけど弁当食べてる。それが今のお前の答えだ」
俺は藤村を見た。
「……お前、時々いいこと言うよな」
「時々?」
「時々ね」
「たまにはちゃんとアドバイスするよ俺も」
藤村は立ち上がって鞄を持った。
「とりあえず、明日も弁当食べてやれよ。あいつ、たぶんまた三時間かけて作るから」
「……分かった」
俺はそう答えながら、窓の外を見た。
夕暮れの校庭に、白百合さんの後ろ姿が見えた。
一人で、まっすぐ歩いていた。
誰とも話さず、誰にも声をかけられず。
「……孤独だな」
呟いたら、なぜか胸が痛かった。
---
# 第5話 雨の下駄箱と、笑った顔
翌日、雨だった。
俺は傘を持って登校した。
下駄箱の前に着いたら、白百合さんがいた。
いつもどおり。
でも今日は様子が違った。
制服が、少し濡れていた。
「……白百合さん、傘は?」
「忘れました」
「濡れてる」
「少し」
俺は彼女の制服の肩を見た。
「少し」どころじゃなかった。
かなり濡れていた。
「走ってきたの?」
「はい。陽太くんより先に来たかったので」
「そのために走って傘忘れてきたの!?」
「弁当は濡れていません」
「そこじゃない、お前のことが心配なんだよ!!」
白百合さんがぴたっと動きを止めた。
「……陽太くん」
「なに」
「今、私のことを心配しましたか」
「したよ、当たり前じゃん」
「……」
白百合さんは何も言わなかった。
でも俺は見た。
彼女の目が、微かに、揺れたのを。
「……タオル、ある?」
「ありません」
「ちょっと待って」
俺は鞄の中を探った。
体育のタオルが入ってた。
「これ、使って」
渡したら、白百合さんは少し固まった。
「……これは、陽太くんが使ったものですか」
「昨日体育で使ったやつ。洗ってあるけど、それしかない」
「……いただきます」
受け取った白百合さんは、タオルを一度、そっと胸に当てた。
「白百合さん?」
「……何でもないです」
顔が少し赤かった。
(今、絶対変なこと考えてた)
俺は見なかったことにして靴を履き替えた。
「今日、放課後どこか行く予定ある?」
「ありません。陽太くんを待っています」
「それが予定!? 俺を待つことが予定!?」
「はい」
「……じゃあ、一緒に帰る?」
白百合さんが、振り返った。
俺を見た。
いつもの、人形みたいな目だった。
でも、次の瞬間。
「……はい」
声が、少し震えた。
俺、そのとき初めて分かった。
この人、緊張してるんだ、と。
俺のことが怖くて、緊張して、それでも毎朝三時間弁当を作って、雨の中走ってきてる。
「ありがとうございます、陽太くん」
「大げさだよ、ただ一緒に帰るだけだって」
「それでも」
彼女は小さく微笑んだ。
本当に小さく。
口角が少しだけ上がって、目がほんの少し細くなって。
でも確かに、笑った。
俺は思わず止まった。
「……笑うんだ、白百合さん」
「変ですか」
「変じゃない」
「怖くなりましたか」
「ならない」
「……そうですか」
「可愛かった」
言ってから、俺は自分で驚いた。
声に出てた。
白百合さんの頬が真っ赤になった。
今まで見たことないくらい、真っ赤に。
「……陽太くん」
「え、あ、ごめん、独り言だった」
「聞こえました」
「ごめん」
「謝らないでください」
「なんで」
「嬉しいので」
また、笑った。
今度はさっきより少し長く。
「……やっぱり可愛い」
「また言いましたね」
「言ってしまった」
「構いません。これからも言っていただいて大丈夫です」
「お前が赤くなるから逆に恥ずかしい!!」
「陽太くんも赤いです」
「気づくなよ!!」
下駄箱の前で俺たちは二人で笑った。
彼女の笑い声は、静かで、でもとても綺麗だった。
雨の音に混じって、少しだけ聞こえた。
俺の心臓が、少し、うるさかった。
(ヤバい、本当にヤバい)
---
# 第6話 「告白は俺からしたかった」という気持ちが芽生えた件
それから一週間が経った。
毎朝、下駄箱前に白百合さんがいる。
弁当をもらって、昼に一緒に食べて、放課後に一緒に帰る。
気づいたら、それが日常になっていた。
「陽太くん」
放課後の帰り道、白百合さんが言った。
「最近、田中くんと話せていますか」
「……え、急に?」
「先週、田中くんに「必要最低限にして」と言いました。反省しています」
「……」
「陽太くんの友達まで制限しようとするのは、間違いでした」
俺は驚いた。
「自分で反省したの?」
「はい。陽太くんに「困る」と言われたので、考えました」
「……一週間考えてたの?」
「はい」
「それでこの答えが出たの?」
「はい。陽太くんは私のものになってほしいですが、陽太くんの世界を狭めることは、したくありません」
「……」
「陽太くんが笑顔でいてほしいので」
俺は歩きながら、うまく言葉が見つからなかった。
白百合さんは相変わらず前を向いたまま歩いている。
人形みたいな横顔。
でも俺には今、その横顔の後ろに、一週間考え続けた時間が見えた気がした。
「……田中とは普通に話してるよ」
「よかった」
「白百合さんの「気をつけます」、ちゃんと意味あったじゃん」
「努力しました」
「努力したんだね」
「はい」
俺は少し笑った。
「白百合さん」
「はい」
「俺のことが好きなの、最初は怖かったけど——」
「今も怖いですか」
「……少し、嬉しい」
白百合さんが足を止めた。
俺も止まった。
振り返ったら、また、あの表情だった。
目が揺れて、頬が赤くて、声が少し震えてた。
「……陽太くん」
「なに」
「好きです」
「俺も」
「え」
白百合さんの目が大きくなった。
俺も驚いた。
でも、言葉は続いた。
「……好きだと思う、たぶん」
「……たぶん?」
「まだ整理できてないけど。でも、毎朝お前を待つのが楽しくなってる」
「……」
「弁当が美味しいから、っていう理由だけじゃない気もしてる」
「……」
「怖いのに、怖くなってきてるし」
「矛盾しています」
「そうだよ、矛盾してる」
白百合さんはしばらく黙っていた。
「……陽太くん」
「なに」
「私、告白して良かった」
「……俺も、されて良かった——って言いたいところだけど」
俺は苦笑した。
「できたら、俺から告白したかった」
白百合さんがまた笑った。
今度は声に出て、小さく笑った。
「陽太くんがそう思うなら、告白は無かったことにします。記録から削除します」
「削除!? お前、記録してたの!?」
「全部記録しています」
「全部!?」
「削除します。今この瞬間から、白紙にします」
「……」
「次は、陽太くんからお願いします」
俺は空を見た。
夕焼けが広がっていた。
橙と赤と紫が混ざった、綺麗な空だった。
「……少し待って」
「何年でも待ちます」
「そんなに待たせない」
「一ヶ月でも——」
「もっと早い」
「……いつ?」
「明日かもしれないし、来週かもしれない」
「……楽しみにしています」
白百合さんの声が、ふわっと温かくなった気がした。
俺は歩き出した。
隣に白百合さんがいた。
いつもより少しだけ、近くに。
「……白百合さん」
「はい」
「今日の弁当、唐揚げ美味しかった」
「昨日より一分多く揚げました」
「そのこだわり方、怖い」
「でも美味しかったんでしょう」
「美味しかった」
「なら怖くありません」
俺は笑った。
白百合さんも、ほんの少し笑った。
ヤンデレに告白されてから十日。
俺の学園生活は崩壊した。
毎朝起きるのが早くなって、弁当を楽しみにするようになって、帰り道が少しだけ遠回りでも構わなくなった。
崩壊したはずなのに。
なんだかんだ、悪くなかった。
---
**◆エピローグ 翌朝**
「おはようございます、陽太くん」
「おはよう、雪乃」
下駄箱の前で、俺は初めて彼女の名前を呼んだ。
白百合さん——雪乃の頬が、一瞬で真っ赤になった。
「……陽太くん、今、名前で」
「呼んだ。ダメだった?」
「……ダメでは、ないです」
「じゃあいいじゃん」
「……」
「弁当、今日は何?」
「チキン南蛮です。昨夜三回作り直しました」
「三回!? 寝て?」
「二時間」
「それは寝てないって!!」
「陽太くんに美味しいと言ってもらえれば——」
「寝ろ!!」
「でも——」
「俺が心配するんだよ、お前の体を!!」
雪乃が、ぴたっと止まった。
「……陽太くん、今、私の体を心配しましたか」
「したよ、当たり前じゃん」
「……嬉しい」
「だから睡眠取れって言ってる」
「陽太くんが心配してくれるなら、ちゃんと寝ます」
「それが動機でも構わない、とにかく寝て」
「……陽太くん」
「なに」
「昨日の夕方、「明日かもしれない」と言っていました」
「……うん」
「今日は明日です」
「……うん」
「どうですか」
俺は深呼吸した。
下駄箱の前。
七月の朝。
蝉が鳴き始めた。
「……付き合ってください」
雪乃が、静かに、ゆっくりと、微笑んだ。
今まで見た中で一番、笑った顔だった。
「はい」
声が、春みたいに温かかった。
(最悪な始まりだったけど——)
(悪くない)
俺の学園生活は、今日も続く。
毎朝弁当付きで。
ヤンデレ彼女付きで。
怖いけど、尊くて。
笑えるけど、少しだけ胸が痛い。
そういう毎日が、俺は案外、好きだった。
---
今回の白百合雪乃。
・登校時間を統計化
・標準偏差を出す
・男子を牽制する
・毎朝三時間かけて弁当を作る
だいぶ危ないです。
でも陽太くんは、なんだかんだ受け入れ始めています。
人は慣れる生き物なのかもしれません。
たぶん違います




