使徒たちの行く末
「……助けた。行くぞ」
少女を抱きかかえた不死王がそう口にした、その瞬間だった。
突如として、猛烈な突風が吹き荒れた。
爺さん、レヌン、さらには不死王にすら見えない。だが、そこには主の解放を待ちわびていた白獣ルラーがいた。
不死王の腕から、ルラーのもとへ吸い込まれるように少女の体が宙へ浮く。
「なっ、何だ!?」
「陛下!?」
レヌンも、不死王も、なす術がなかった。
姿なき風が、そっと少女を攫い、天高く登っていく。
「~ありがとう~ずっと探してたんだ~」
空から舞い降りて来た声に、呆然と空を見上げる三人。
その三人にはさらに白く、時折、銀色に輝く無数の小さな光――聖なる祝福が舞い降りた。
ただ、不死王だけは聖なる祝福を浴びて、たまらず片膝を落とす。
体から力が抜け、思い通りにならなくても、空に存在するであろう「何か」を見ようと眼窩に紅い焔をしっかりと灯していた。
◇◇◇
山は、何事もなかったかのように静まり返っている。
あの日、神の封印を解いた三人の男たちには、奇妙な変化が訪れていた。
一.山小屋の老人
翌朝。山小屋でいつものように目覚めた爺さんは、顔をしかめた。
膝と腰の滲むような痛みに備えるためだ。
だが、寝床から立ち上がろうとした瞬間、体に違和感を感じ、爺さんの動きが止まる。
「……ん?」
痛くない。重くない。ここ数年分の呪縛が解けたかのように、体が軽い。
爺さんは立ち上がり、恐る恐る膝を曲げる。腰を動かす。
「ん?」
そして、軽くジャンプしてみる。
次は、老体にはおよそ不釣り合いなジャンプだ。
「おお、おおっ……!」
爺さんは子供のように、何度も、何度もその場で跳ねた。
空中で自由を噛みしめるその姿は、かつて山を縦横無尽に駆け回っていた若者。
ひとしきり跳びはねた後、爺さんは荒い息を整え、ふと山を見上げた。
もう、そこには居ない。
けれど爺さんは、朝日に輝く山肌に向かって、一度だけ、深々と頭を下げた。
二.中年の魔法使いレヌン
街の雑踏には、相変わらず軽薄な声を張り上げるレヌンの姿があった。
今回の騒動で死にかけたというのに、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
「やあ、お嬢さん! このあと一緒に飲まないかい?」
「……」
「ふふ、つれないなあ! でも、そこがいい……!」
手当たり次第に声をかけ、無視される。いつもの光景だ。
だが、その場を立ち去ったレヌンは気づかない。
彼に声をかけられなかった一人の女性が、ふと立ち止まり、不思議そうに彼を振り返ったことに。
(……あの人、少し若くなった?)
鏡を見れば、レヌンの肌には僅かなツヤが戻り、瞳は力強く若返っていた。
これまでの彼には絶対になかった「興味を抱かれる」という視線。
それにようやく気づいたレヌンは、ナンパを中断し、余裕の表情で彼女に近づいていった。
メルのことも、死の恐怖も、すでに彼の脳内からはすっかり消えている。
三.玉座の不死王
町の中央にそびえたつ禍々しき漆黒の巨城。
玉座に鎮座していた不死王は、ふと、自身の指先を見つめていた。
「……聖水のせいか。妙な匂いがするな」
ありえない。死した肉体は、無機質な静寂の中にあるはずだった。
だが、鼻腔をくすぐるのは、どこからか漂ってくる食べ物の匂い。
不死王は傍らに置かれた水を手に取り、一口だけ含んだ。
ただの液体。乾きを癒す必要さえない死者にとって、それは意味のない動作のはずだった。
「…………。……ん?」
水を口に含んだだけなのに、味覚が蘇ったことを確信した。
数百年ぶりに蘇った味覚が、不死王の頭蓋骨を激しく揺さぶる。
――。
――ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!
巨城を震わせ、城の中に居た人すべてに振動が伝わるほどの、凄まじい咆哮。
それは怒りでも悲しみでもない。懐かしい感覚を突きつけられた、不死王の戸惑いと、言葉にならない歓喜だった。
神を助けたのは、勇者でもなんでもない。
ただの、お人好しな三人の男たち。
神が封印されていた地を、今日も二人の天使が守り続けている。
そして、その遥か上空を、神を背に乗せた白獣とそのあとに続く黄獣と青獣が、自由の風を受けてどこまでも、どこまでも駆け抜けていた。
◇◇◇
「……おっと、僕のこと見てたかい?」
「そうよ。見てたわよ。でも、最初、私のこと見てなかったでしょ?」
「ありがとう!いやぁ、ちゃんと見てたよぉ。じゃあ、このあと……」
レヌンがしゃべっている途中で、その女は少し意地悪な質問をする。
「あなたを見てくれる人だったら誰でもいいんでしょ?」
その言葉にハッとするレヌン。山で出会った彼女たちが頭をよぎった。
「……? ちょっと……」
せっかくその気がある子を無視して、レヌンは家路についた。
そして。
「爺さん。遠いんだよ」
「わしに言ってもどうにもならんぞ」
「まだいるよな? 彼女たち」
「ああ、いるよ。まさか、まだ懲りてないのか、今度はケガではすまんぞ」
「大丈夫。お土産を持ってきたから」
レヌンは爺さんにもお土産を渡す。
爺さんはレヌンからお土産を受け取り、その中身の紙を見て、首をかしげる。
その紙を色々な角度から見ながら、爺さんはレヌンに言った。
「あきらめない男だな」
「ひさしぶり!元気してた?」
彼女たちの視線がレヌンを捕らえる。だが、最初からすごく冷たい目線。
しかし、レヌンはまったくめげない。むしろ、感激している。
「見てくれた。……覚えててくれたんだね」
すかさず彼女たちに近づこうとする――
背の少し高い女がぼそっと呟く。
「またおまえか」
爺さんは少し離れたところからレヌンの行く末を見守っていた。
しばらくして、以前とは比べ物にならない爆音と風を感じた。
それは一番近くの町で見張りをしていた兵士にも届く。
山の方角から流れてきた風に、短く目を細めた。
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ここで一旦完結となりますが、いつか続きを書き足すかもしれません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




