運命の出会い
あの山から一番近い町の酒場。
喧騒の中で、中年の魔法使いのレヌンはいつものように一人で飲んでいた。
非番の兵士らしき男が「昼間に珍しい物を見た」と話している。
じっと、その男の話を聞く。
「光ねぇ……。そりゃあ面白そうだ」
いつもいつも女に無視される。見てもくれない。こういう日が続くと気分が滅入る。
気分転換にでも、その光について調べてみようじゃないか。
レヌンは腰を上げ、外に出ると、兵士が光を見たという山の方角を見つめるのだった。
翌朝、レヌンはその山の手前まで入り、調査を開始した。
ここまで来るのに、半日かかった。
思った以上に遠すぎる。
ウソかホントかわからない話だけでここまで来たことを少し後悔していた。
険しい表情で周辺を見渡していたレヌンの視界に「彼女たち」が入った。
二人の、動きや容姿に釘付けになった。
(……おいおい。なんでこんな山の中にいるんだよ!)
レヌンは悩む。右の少し背の高いクール系か、左のかわいい系か――
(どちらか一人に決めるなんてできないな。もっと近くでちゃんと見たい。)
レヌンは、彼女たちが本物の天使だとは夢にも思わず、ただ「運命の出会い」に一人で盛り上がっていた。
「やぁ、お嬢さん方! こんな山奥で迷子かな? 良ければ私が――」
甘い言葉を並べ立て、紳士らしく明るい振る舞いで距離を詰めようとする。
だが、彼女たちの反応は最初は好意的なように思えたが、すぐに明らかに冷淡になった。
彼女たちはレヌンを視界にすら入れない様子で、するりと身を翻して逃げようとする。
しかし、レヌンはしつこく付きまとった。
「おっと、逃がさないよ?」
レヌンは素早く先回りしようとする。彼は魔法使いとしては、できる部類だ。
先回りだけなら造作もないはずだった。
しかし、次の瞬間、レヌンは自分の目を疑った。
彼女たちは、まるで風が抜けるように去っていく。
興味のない者には一切関わらないように、あまりにも洗練された身のこなしで。
(……待て。今のはなんだ? 魔法か?)
ここで初めて、レヌンの浮ついた脳内に冷や水が浴びせられた。
彼女たち、ただ者じゃない。
一方、その光景を遠くから眺めていた爺さんは、盛大に頭を抱えていた。
あの不審な女たちに、これまた輪をかけて不審な男が絡んでいる。
しかも、命がけの闘いが始まるかと思えば、どう見てもただの女くどきにしか見えない。
(……なんだありゃあ。山にまで来て女を追いかけ回しとるのか)
もちろん、爺さんはレヌンの名も素性も知らない。
ただ、この危機感の欠片もない闖入者の登場に、爺さんは言いようのない不安を感じた。
◇◇◇
レヌンという男は、良くも悪くも「諦める」という言葉を知らなかった。
どれほど無視されようと、氷のような視線を向けられようと、むしろそれを燃料にして燃え上がる。
魔法使いとしての実力を無駄に発揮し、険しい崖をショートカットして、ついに彼女たちの行く手に三度立ちはだかった。
「はぁ、はぁ……さぁ、お嬢さん方。いい加減、僕の誠意に応えてくれても――」
その瞬間、山の空気が凍りついた。
背の少し高い方の女が、ついに不快指数の限界に達したのだ。
「失せなさい」
女が忌々しげに腕を振った。
それは攻撃ですらない。ただの羽虫を追い払うような、無造作な威嚇。
だが、その余波はレヌンの想定を遥かに超えるものだった。
凄まじい衝撃波がレヌンの体を浮かせ、彼はなす術もなく斜面へと叩きつけられた。
「あ、が……っ!?」
視界が回転し、岩や木々に体が激突する衝撃が続く。
ようやく止まったとき、レヌンは崖の下で地面に全身を叩きつけられ、意識を失いかけていた。
全身を走る激痛。立ち上がるどころか、指一本すら動かせない。
普通なら絶望し、死を覚悟する場面だ。
しかし。
泥まみれで傷だらけの顔をしたレヌンは、なぜか……笑っていた。
(……見た。今、あの子……確かに僕だけを見たぞ……!)
自分に向けられた殺意に近い拒絶。その強烈な眼差しが脳裏に焼き付いて離れない。
痛みが強まれば強まるほど、彼女の視界に入れたという事実が、レヌンの心に甘美な悦びをもたらしていた。
自覚はなかったが、彼はどうしようもない領域まで到達していた。
◇◇◇
静かな山に響き渡った落石音と、男の叫び。
それを耳にした爺さんは、小屋の中で顔を歪めた。
(あの馬鹿……やりやがったな……)
関わりたくない。放っておけばいい。
そう自分に言い聞かせても、根っからの性分がそれを許さなかった。
爺さんは、悲鳴を上げる膝をぽんと叩き、腰を庇うために杖を両手で持って、無理やり立ち上がった。
(馬鹿を助けに行けるほどの余裕はないんじゃがな……)




