表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

天使の警告


その時、天界の異変を誰よりも早く察知し、狂乱のなかにいた者たちがいた。

主である神、メルに仕える使役獣たちだ。


白獣ルラーは、夜の帳が下りる空を切り裂くように舞っていた。

一見すると、白猫を数百倍に巨大化させたような優美な姿。

その本質は、空に足場があるかのように駆け、次元の隙間さえ走り抜ける、人智を超えた存在である。


ルラーは血眼になっていた。

風の中の残香をできるだけ吸い込む。


――いない。

どこを探しても、主の香りは残っていない。


ルラーは時折、何かにすがるように空中で静止した。

微かな吐息すら殺し、全神経を研ぎ澄ませ、メルの気配を感じようとする。


しかし、感じるのは、無機質な風の圧だけ――


完璧な断絶。

いつもそばで感じていた命の灯火が、まるで最初から存在していなかったかのように、完全に消し去られている。


ルラーの喉から、悲痛な鳴き声が漏れ出る。

どうかこの声が主に届いてほしいと細く長く、鳴き続けるのだった。




◇◇◇




天使たちは慎重だった。

封印は成功したが、万が一の綻びも許されない。

人間の女の姿を借り、しばらくの間、山の周辺を監視することにした。


この山に住む住人はあの爺さんだけ。



遠くの山道で彼女たちを見た瞬間、爺さんの背中に薄ら寒いものが走った。

こんな人里離れた場所に、余所者が迷い込むはずがない。また、そもそも、登山に来るようなところでもない。

一度は彼女たちから見つからないうちに通り道を離れようとした。

すぐ脇の茂みに隠れ、通り過ぎるのをじっと待つ――


気づいたのだろうか。片方の女がさっきまで爺さんが居た付近で立ち止まり、周囲を見渡す。

その女と目が合ったような気がした爺さん。覚悟を決め、山菜を探していたふりをしながら、彼女たちに話しかけた。


「お二人さん、こんなところで何をしていなさる」


爺さんは努めて穏やかに声をかけた。

返ってきたのは、毒にも薬にもならない世間話。

しかし、その声には感情の起伏が一切なく、目の前の人間と話していないような不気味さがあった。


爺さんがさらに踏み込もうとした、その時。

背の少し高い方の女が、氷のように冷たい視線を爺さんに向けた。


「お爺さん。このへんは危ないですから、あまり近づかない方が身のためですよ」


それは親切な助言ではなく、明確な拒絶であり、警告だった。

去っていく女たちの背中を見送りながら、爺さんは確信する。


(このへんのことは、あんたらよりもわかっておる。それにしても、ありゃあ、人間じゃねぇな)




◇◇◇




檻のなかで、メルは意識を取り戻していた。


目を開けたのか、閉じているのかさえ分からない。

上下左右も、距離感すらも存在しない、ただ濃密なだけの暗黒。


(……暗い……。どこ、ここ……)


体を動かそうとしても、指先一つ、瞼一つ、びくともしない。

体全体が重い――圧倒的な重圧感。


声を出そうとしても、口を開けず、喉から空気も出せない。

たとえ、ここで喉が裂けるほどの悲鳴を出せたとしても、この神殺しの檻の内側の声は、絶対外には届かない。


そこには静寂しかない。

メルはただ、止まってしまった時間の中で、ゆっくりと絶望に押しつぶされそうになっていた。




◇◇◇




一夜明けても、事態は変わっていなかった。


山肌を這う朝霧の向こうに、昨日と同じ女たちの姿がある。

彼女たちは何かを探すでもなく、ただそこに存在し、山をうろついている。

その足取りは疲れを知らない。周辺の地形でも把握しようとしているのだろうか。



その様子を遠く離れた小屋から見ていた爺さんは、確信を深める。


(間違いない……。何かを隠している……。)


それも、ただの落とし物や内緒事ではない。

あの強烈な光、そして空に消えた白い影。それらと密接に関わる「何か」が、あの山にあるのだ。


彼女たちにはこれ以上聞くことはできない。

せめて閃光が走った場所には行ってみたいが、自分は膝や腰を痛めた孤独な老人だ。

万が一のことを考えると、一人では無理をしたくない。


ただ、見守ることしかできない無力感。

平穏だったはずの山が、不穏な空間へと変わっていく。


爺さんは一見いつもと変わらない山肌を眺めながら、忌々しげに吐き捨てた。


(これ以上関わると、ろくな事にならんかもな……)


その直感が、間もなくこの山にさらなる異物を呼び寄せることになるとは、この時の爺さんはまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ