念願叶って憧れの王子様から求婚されましたが、あの日舞踏会に出ていたのは女装した弟です
「昨夜、最後まで伝えられなかったことを言わせてくれ」
シャンテ・フロイデ伯爵令嬢の前に第一王子ヴァレリアが跪く。
周囲には野次馬と化した学園の貴族子弟が集まっていた。
ヴァレリアの手には指輪の入った小さな箱が握られている。
「これまで私は一国の王子として恋愛なんて物に興味を持たないようにしてきた。どうせそんな感情を抱いた所で自分も相手も傷つくだけだと……しかし今は、君のことしか考えられない。どうか私と結婚してくれ」
ヴァレリアが言い終わった瞬間、周りにいた者が喝采を上げた。
その反応は完全にフライングだったが、それも仕方あるまい。
シャンテが王子に懸想していることは周知の事実。
王子から求婚されて断るはずがないのだから。
「す、少し考える時間をくださいませ」
しかし、シャンテは頬をひくつかせながら答えを保留にした。
ヴァレリアと観衆を残して走り去ってしまう。
予想外の事態に、誰もが呆然と見送ることしかできない。
「一晩で一体なにが起こったって言うのよぉ~」
狼狽えた様子のシャンテが走りながら何か叫んでいたが、その意味を理解できる者はこの場にいなかった。
◇
事の発端は二日前に遡る――
「なんでよ! どうしたら王子は振り向いてくれるのッ」
何をやっても上手くいかない。
シャンテは悲鳴にも似た叫びを上げながら物にあたっていた。
ビリビリに破かれた枕から部屋中に羽毛が飛び散っている。
しかし、全ては自業自得なのだから仕方がない。
シャンテの評判を一言でいうなら悪女。
彼女は愛する王子に自分だけを見てもらおうと悪辣な事ばかりしてきた。
人を貶した。辱めた。見下してきた。
権力にモノを言わせて脅迫じみた事をした時もある。
「マズいわ。ヴァレリア様に愛されないどころかこのままじゃ……」
悪事を重ねれば、どう口止めをしようと悪評は拡がる。
気を引こうとすればするほど、ヴァレリアからは嫌われる一方だった。
しかも、シャンテの悪評は王城にまで伝わっていると報告が入っていた。つまり、令嬢達の口からシャンテのしてきた事が親へと伝わり、そこから更に国王へ陳情が集まっているということだ。
自分でも自身の立場が危うい状況にあるとわかっていた。このままでは断罪される日も近いだろう。
「逃げるなんて私のプライドが許さない。でも明日の舞踏会に出るのが怖い……ほとぼりが冷めるまでどこかへ隠れられないかお父様に相談して……どの道、準備に時間が……」
「姉さーん、何か大きい音がしたけど大丈夫ー?」
国外逃亡を企てている中、部屋を訪れる者がいた。
先日まで隣国に留学していた弟のミハイルだ。
世話になっていた貴族の家が流行り病になってしまったせいで、滞在を続けるのが難しくなり現在は一時帰国している。
ミハイルはシャンテの双子の弟であり風貌は非常によく似ていた。
化粧をしてカツラを被れば見分けがつかないくらいに。
身長も男にしては低く、ヒールを履いた姉と同じくらい。
その姿を見てシャンテは良いことを思いついたと手を叩く。
「ねぇミハイル、明日の舞踏会に出ない?」
「急な帰国だったし招待されてないけど」
「そうじゃなくて、女装して私の身代わりとして出るの」
姉が突拍子もない事を言うから、ミハイルは大声で笑った。
「ハハハッ、いくら姉さんの胸が平らだからってソレは無理があるよ」
「あ゙?」
半分冗談のつもりだった。
しかし、ミハイルの余計な一言で、女装は提案から命令へ変わった。
◇
「あんたがもう心配ないって言うから学園へ行ったのに……舞踏会で何したの、いきなりヴァレリア様から求婚されて、訳がわからなかったわよッ」
「……婚約おめでとう?」
「してないし、何をしたかって聞いてるのッ」
「んー、当たり前のことしかしてないけどなぁ」
なぜヴァレリアから求婚されることになったのか。
屋敷に帰ってきたシャンテはミハイルを問い詰めた。
対してミハイルは特別な事はしていないと言い返す。
舞踏会で彼のした事と言えば――
姉が「ださい」だの「芋くさい」だのと外見を貶した相手のフォロー。王都の隣に領地を持つ大貴族として服や化粧の流行の最先端を教えてあげた。事前に贈り物もしている。更には、高圧的な話し方をするように親から教えられているが、本当は貴族同士、情報交換をしたかっただけだと伝えた。フロイデ伯爵家が贔屓にしている店や職人なども紹介してあげた。
嫌がらせをしたり王子に近づかないよう脅迫まがいのことをした相手には、やんわりと身分の差を強調した上で、王族に無礼を働いてしまった時の恐ろしさを教えてあげた。不用意に王族に話しかけようとする相手を純粋に慮ってした行動だったと思い込ませた。
仮にシャンテが同じ事をしていたら、何か裏があると受け取られたはずだ。しかし、それを完璧にフォローできてしまうのはミハイルの人徳故だろう。
外見は非常によく似た双子。しかし、男女で性別が分かれているように、この姉弟は生まれ持った気質も真っ二つに分かれてしまったようだ。
「私の顔と名前で頭を下げた上に施しを与えたですって……」
「なんで不満そうなのさ、フォローしてあげたのに。謝罪をすれば人は許してくれる。優しくすれば人も優しくしてくれる。認めてあげれば相手も自分を認めてくれる。思い遣りは巡って返ってくる。姉さんはそうゆうとこ学んだ方がいいよ」
シャンテはふんっ、と鼻を鳴らす。
「バカね、そんなもの子供の論理でしょ。対価を求めず優しくすれば人はつけ上がる。そこに何か弱みがあるのだと腹を探られる。善意は返ってくるものではなく一方的に浪費されるものよ」
二人の主張は平行線だ。
しかし、両者とも折れなかろうと問題はない。議論がどうあれ、弟ミハイルのおかげでヴァレリア王子はシャンテに夢中なのだから。
「そういえば、ヴァレリア様には何を言ったのかしら」
「なにも。姉さんって自慢話が長いし自己主張強いから、その辺も嫌がられてたんじゃない? 王子には絶対女装がバレちゃマズいと思って、何を話しかけられてもお淑やかに相槌だけ打って躱してたら、勝手に盛り上がってたよ。物静かな女の子が好きなんじゃないかな」
ぎりりとシャンテの歯ぎしりが聞こえた。
弟から「理想の女性像」を教わるのは流石に納得がいかなかった。
だが翌日以降、シャンテはミハイルに淑女の在り方というものを改めて考えさせられることになる。
まず、学園へ行くとシャンテは王子ではなく、それまで自分を敬遠していた女生徒に囲まれた。敵意や怯えの混じった視線はなくなり、貴族令嬢として求められる言葉遣いや仕草、流行のドレスや香水について相談してくる。
こんな経験は一度もなかった。派閥にいる取り巻きの娘達ですら、彼女を恐れて当たり障りのない話しかしない。
突然変わった自身の状況に、戸惑いと少しの鬱陶しさを感じながらも、人から頼られる初めての環境にシャンテは楽しさを覚えていた。
しかし、彼女達とどう接したらいいかシャンテには分からない。
シャンテにとって、自分を敬わない派閥以外の娘は敵だった。無邪気に恋やおしゃれの相談をされたところでアドバイスなんてまともにしたことがない。環境の変化に適応するには、ミハイルから習うしかなかった。
「あんた、なんで女の話題にも詳しいのよ」
「国の代表として留学してるんだから、どんな話題でも出来るようになってるに決まってるでしょ。学生と言っても外交の一部なんだし。無知は罪、知識は武器だ」
姉が恋に現を抜かしている間に、双子の弟は少し大人になっていた。
またヴァレリア王子への対応も変えざるを得なかった。
彼は舞踏会で見た無口でお淑やかなシャンテを追いかけている。
調子に乗っていつものように自分語りをして他人を見下すような発言をすれば、顔をしかめられてしまう。記憶に残る女装野郎と比較されたあげく、
「あの日の君は神の気まぐれ、それとも幻だったのか……」
などと言われてしまえば、女のプライドが許さない。上品で優雅、誰を咎めることもない心優しき深窓の令嬢――という幻想を演じる必要があった。
屈辱に唇を噛みしめながらも自分を偽る。ようやく知ることのできたヴァレリアの理想の女性像に合った女になろうと努力した。
その甲斐あって、ヴァレリアとの仲は徐々に進展していった。
一足飛びだった求婚も今なら正面から受け止められる。
と、フロイデ家の面々が安心しはじめていたところで――
シャンテの溜め込んでいた不満が爆発した。
「ねえ、今の私って本当の私なのかしら」
「どういう意味」
「人から好かれるために自分を着飾るのってこんなに疲れるの? 疲れるってことは無理してるってことよね。本当の自分を偽ってるから疲れるのよね。こんな生活に意味なんてあるの。演じた自分に囁かれる愛に価値はあるの?」
シャンテは自らを省みることを覚えた。
それ故にさまざまな葛藤も生まれた。
真実の愛、偽り、演技、あるべき未来、本当の自分……
色々な言葉で誤魔化そうとするが要約するなら、
『こんなストレスの溜まる生活がこれからも続くなんてもううんざり』
『こんな大変なら王子に愛されなくてもいい』
といったところだろうか。
ミハイルを筆頭に上にいる兄達や両親も考え直すように説得したが無駄だった。
愛は一度冷めるとそれまで見えなかった相手の粗が見えるようになるもので、シャンテは一転してヴァレリアを鬱陶しく感じるようになった。自分が感じている無理は王子に強いられているのだと錯覚するようになり、憎しみまで生まれてくる。
また、学園の他の生徒達も同様だ。シャンテが元の横柄な性格に戻ると、彼女達はシャンテの性格がまるで変ってしまったかのように心配してきた。中には悪魔に憑かれたのではないかとお祓いを勧めてくる者まで出る始末だ。
次第に何もかもに嫌気が差し、シャンテは学園へ行かなくなった。
元々、フロイデ家では男兄弟ばかりの中の紅一点として溺愛されてきたシャンテだ。強く意見できるのは双子のミハイルだけであり、彼女が引き籠りになったとしても誰にも止められない。
そんな中で一人だけ諦めなかったのが王子ヴァレリアだった。
彼は毎日のように花束を持って伯爵家を訪れた。
シャンテが部屋から出て来なくても、シャンテが何に傷ついているのか分からなくても、ひたすら彼女へ呼びかけ続けた。
その純愛と献身ぶりは国中で噂になるほどだったが、それが余計にシャンテを追い詰めていった。そしてある日――
「おお、シャンテ、やっと顔を見せてくれたね」
「ヴァレリア様にお教えしなければならない事があります」
部屋の扉を開けたシャンテは、金髪ロングのカツラを持ってくると弟の頭へ乱暴に叩きつけた。目にも止まらぬ早業で口紅とチークを塗る。
「ヴァレリア様が舞踏会で惚れたという私は女装した弟。全て幻だったのです」
真実を伝えられると、ヴァレリアはゼンマイの切れたブリキ人形の様に動かなくなってしまった。
シャンテだけ「ついに言ってやった!」と二週間続いた便秘が解消した時のようなスッキリした顔をしている。
「姉さん、なんてことを……」
事実であると認めるかの呟きに反応してヴァレリアが動いた。
首から上だけ女になったミハイルがびくりと震える。
だが王子の瞳には、落胆も非難も叱責も映っていなかった。
高揚し赤みの差した頬でただ嬉しそうに笑っていた。
「君が私の運命の人だったのか」
ミハイルが「あ、やばい」と感じた時には手遅れだった。
両手でがっしりと手を握られている。
「少し外見が変わっただけで最愛の人を間違えるとは、悔やんでも悔やみきれない過ちを犯すところだった……」
「いやいやいやそんな、姉の冗談ですよ。僕は女装したことなんて」
「今なら分かる! あの時会ったのは君だ!」
「そもそも僕、男ですし」
「かまわないさッ!!」
熱烈な愛の告白にミハイルがたじろぐ。
助けを求めるように姉の方を見ると、手で口を押さえながら「まあ!」などと楽しそうに見物していた。一番の当事者でありながら観客にでもなったつもりのようだ。「いいに加減しろ!」と睨みつければ、ようやくシャンテが二人の間に割って入る。
「シャンテ、邪魔をするつもりか」
「いえ、ヴァレリア様には学ばせていただきました」
しかし、何か様子がおかしい。
弟の救援に入ったのではないようだ。
「失礼ですが、ヴァレリア様は私にとっての王子様ではなかったようです。この世には性別の壁さえも越えた真実の愛が存在すると教わりました。私も私だけの王子様を探しに行こうと思います。どうか弟を幸せにしてやってくださいませ」
優雅に会釈をして、既に準備してあった旅行鞄を手に取る。
「ミハイル、私は私のままで私を愛してくれる方を探しに行くわ」
「無償で手に入る愛なんて妄想の中にしかないよ。バカ言ってないで説得してよ」
「バカ言ってるのはそっちよ。私だけの王子様が絶対どこかにいるんだからッ」
助けを求める言葉もむなしく、シャンテはヴァレリアとミハイルを置いて、すたこらと屋敷を出て行ってしまった。弟は完全に生け贄である。
王子の手を力づくで振り払うわけにもいかず、手を握られたままミハイルはヴァレリアと向き合う。
「も、もう一度言いますけど、僕男ですよ」
「本音を言えば惜しい。今の君はあまりにも美しく、この瞬間を永遠にしたいとさえ思う。しかし、それが叶わなくてもいい。私は君の心に惚れたのだ」
ヴァレリアの前では、性別は愛を否定する言い訳にならない。
そう悟ったミハイルの額に汗が流れる。
「ミハイルは私のことが嫌いか。自分で言うのも何だが私は優秀だぞ。地位も名誉も財力もある。容姿もこの通りだし健康にも何の不安もない。ペニスがついているかどうかなど些細な問題だろう」
「そこは絶対クリアしないといけない問題じゃないんですかね」
「そうか、ではこの困難を二人で乗り越えて行こうッ」
「いやー! 姉さん戻ってきてー!」
必死の抗議も甲斐なく、ミハイルはそのまま王城へと連れ去られた。
時期国王ともなれば妃の二人や三人は当然、妾を何人囲っていたとしてもおかしくない。子供を作れない愛人が一人増えたところで、世継ぎを別の誰かに産ませれば何も問題ないのだ。
その後、
どういう訳か歴史上にシャンテ・フロイデという女性は二人出てくる。
一人はヴァレリア王の第一王妃。彼女は婚姻前から姿を見せないことも多く病弱だったと言われており、一度も表舞台に立つことなく後宮で生涯を終えた。
もう一人のシャンテ・フロイデは初めて大陸を一周した女冒険家として歴史に名を残した。彼女は幾つもの出会いと別れを経験しながら旅を続け、世界の果てでついに安息の地を見つけたという――




