泉の女神様は間違えた
「泉の水を、抜いてください。このままじゃ、お家に帰れないんです」
朝一に俺ノートンの店に来た女性は、開口一番にそんなことを懇願した。
「どういうことですか? 落ち着いて説明してください」
「……失礼いたしました。私、とある泉の管理精霊のルルと申します」
「泉の精霊様!?」
改めて彼女の姿をまじまじとみつめる。確かにオーラというか、神々しさを感じた。
(これは、本物の様だ)
魔法具の真贋を見分けることを職業にしている俺は確信する。少なくとも嘘は言っていない。
「精霊様が、うちの店に何の御用でしょうか?」
アイテム商をしている俺は魔法具の扱いに長けていた。それもあって、アイテムを用いた何でも屋のような仕事を依頼されることがあった。精霊様もその類のようだ。
「ですから、泉の水を、抜いていただきたいのです」
「どういうことなのでしょう?」
俺は助手のサーシャにだしてもらったお茶をルル様に勧めながら、詳しく尋ねる。
「はい。すべてはこれが原因です」
そういうと、ルル様は鞄の中から斧を取り出した。その華奢な手には不釣り合いな、古く無骨な斧だった。
「とある木こりの青年が、この斧を池に落としてしまった事がありました。気の毒に思って、斧を返してあげたのですか……その際に、斧を間違えてしまったのです」
誤って、泉に落ちていた別の新しめの斧を渡してしまったとの事だった。
「じゃあ、精霊様は泉に落としたものを綺麗にして交換してくれるっていう噂は間違いなんですか?」
そばで聞いていたサーシャが、驚きの声をあげる。どうも噂になっているらしい。
「はい。その噂のせいで次から次へといろんなものが泉に投げ込まれ、私の家は瞬く間にゴミだらけに。私、もうお家に帰れません」
「ああ、なんかごめんなさい」
つい謝るサーシャ。
「そこで泉の水を抜いて欲しいのです。泉の中を見れば、そんな噂も消えると思うんです」
「なるほど、引き受けましょう」
涙目のルル様が可哀そうになったこともあって、俺は依頼を快諾した。
準備をしてルル様と共に泉につくと、すでに泉の周りには人々が集まっていた。事前にサーシャに言って、泉の水を抜くという噂を流してもらっていたのだ。
「でもどうやって水を抜くんですか? 街にある魔法のポンプは、ほとんど壊れているみたいですけど」
サーシャの懸念はもっともだ。少し前に池や堀の水を抜くという企画が流行ったときに、魔法のポンプの多くが酷使され壊れてしまったからだ。当然、うちのポンプも壊れている。
「問題ない。これを使う」
俺がカバンから取り出したのは、紙製の大きなブリーフ形のものだった。
「それって、オムツじゃないですか! やだ~」
「これは魔法の紙おむつで、通常の100倍の吸収力を誇る。これを100枚ほど泉にばらまき、水を干上がらせる」
「……お、オムツ。私の泉に、オムツをばらまく」
「もちろん未使用品です。少し呪いがかかっていますが、適切に扱えば問題ありません」
「の、呪われたオムツ……」
ルル様は苦虫を噛み殺したような表情で少し考えていたが、ついには「わかりました」と首を縦に振った。
俺とサーシャは手分けして紙オムツを泉にばらまく。泉にプカプカと浮く無数の紙オムツはとてもシュールな光景だった。しばらくして、オムツの吸水効果によって水位はみるみるうちに下がり、泉の底が見えてくる。
「うわあ、ゴミでいっぱいです」
サーシャの言うとおり、泉の底はいろんな物でいっぱいだった。ルル様の小さな家も見えるが、ほぼゴミの山に埋もれかけていた。
「皆さん、泉に投げ入れると綺麗になるというのは、デマです。私物は持ち帰ってください」
俺の声に人々は、「なんだデマだったのか~」とぼやきながらも物を持ち帰ってくれた。あくまでゴミではなく、奇麗にしたい私物だったのが幸いした。
人々が持ち帰る中、ひときわ大きな狸の石像だけが残される。
「あれは、誰のだろう?」
「ごめんなさい。あれ、私の〝たぬ吉〟です」
「サーシャのかよ!」
「だって~、奇麗になると思ったんです」
「……その狸が一番邪魔でした」
よほど嫌だったのか、ルル様は目を伏せながらつぶやく。
「とはいえこれで綺麗になりました。やっとお家に帰れます」
満身の笑みを浮かべるルル様。その笑顔に、今日はいい仕事をした、と俺は思った。
「少しですが、私もお手伝いできてよかったです」
「え、手伝った?」
俺はその言葉に目を見開く。泉に沈めるオムツは、俺とサーシャしか持っていないはずだ。
「あちらに残っていたオムツをしずめたんですが?」
「あ、あれは〝使用済み〟のオムツになります」
「ええっ!」
魔法のオムツはその呪いで、処分するときは全部同時に処分する必要がある。そのため使用済のオムツは別に分けておいたのだ。
「使用済のオムツが、私の泉に……」
ルル様はガタガタと全身を震わせる。
「ま、また間違えた……お家に帰れません!」




