転生悪役令嬢×巨大ロボ〜婚約破棄されたら、転生者であり逆行してることに気づいたので焼け野原にしてやんよ。王子は生えるし、ネコ型ロボもいるよ
「オードリー・マクレーン! 卑怯なお前との結婚など、まっぴらだ! 婚約は破棄させてもらう!」
王宮で開催されていた卒業パーティー。 その会場に響いた突然の罵声に、私の頭は真っ白になった。
これはただの恋人同士の別れ話ではない──婚約破棄。
しかも、この婚約は当人同士の意志によるものではなく、幼いころに両家の親が決めた政略的なものだ。当人、それも一方だけの意見で破棄できるはずがない。 そう思って反論しようとしたのに、突然突きつけられた現実に、喉が張り付いたように声も出せず、呼吸さえままならなくなって、私はただその場に立ち尽くしていた。
そんな私を、婚約者──いや、もう「元」と呼ぶべきなのだろうか。 この国の王太子であるアレン・トラートル殿下が、鼻で笑った。
「ふん。やはり、何も言い返せないか。 ……やはり、お前がキャロル嬢に嫌がらせをしていたという噂は本当だったんだな」
(……キャロル嬢? ああ……確か、『アカデミー入学前は平民だったらしい』と噂になった子が、そんな名前だったような……)
混乱する頭でぼんやりとそんなことを考えていると、「アレン様っ!」という声が耳に届いた。
反射的にその声の方を見ると、見覚えのない亜麻色の髪の女性がいた。 目に涙を浮かべ、アレン殿下を見つめていたが、私の視線に気づいた瞬間、びくりと体を震わせ、溜めていた涙がぽろぽろと零れ落ちた。
──ズキンっ
その涙を見たとき、胸ではなく頭に突き刺さるような痛みが走った。
私のそんな様子など意に介さず、目の前の茶番は続いていく。
「キャロル。君は何も考えず、ただ私の傍にいなさい。 何も心配はいらない。君のことは──私が守る」
「アレン様……っ」
キャロルと呼ばれた女性は、なぜか大胆に開いた胸元を、むぎゅっと音がしそうな勢いで殿下の腕に押し当て、その腕にからみつくように抱きしめた。
──ズキン、ズキンッ!
頭の痛みはどんどんひどくなり、耳鳴りまでしてきた。
その耳鳴りの中に、外野のざわめきが混じって聞こえ、さらに頭が痛む。
「あのキャロル嬢の怯え方……オードリー様が、婚約者であるアレン様と親しくすることを許せなくて、嫌がらせしてたって……本当だったのね」
「えっ? じゃあ、嫉妬してキャロル嬢の教科書を燃やしたって噂も……?」
「ええ……っ!? そんな酷いことをしてたの?」
……何を言ってるの? 私はキャロル嬢の名前も顔も、今まで知らなかったのよ? なのに、嫌がらせなんてするわけが──
──ズキン、ズキン、ズキンッ!
「オードリー様! 私とアレン様はただの友達なんです。だからもう……もう嫌がらせはやめてください! 私に謝罪さえしていただければ、それでいいですから……!」
「キャロル……あんなに酷い目に遭わされながら、それでも謝ればいいなどと……! 君はなんて優しい女性なんだ。それに比べて……っ」
アレン殿下は眉を吊り上げ、私を睨みつけてきた。
──ズキン、ズキン、ズキン、ズキンっ!!
頭痛はますます酷くなっていく。
まるで頭が割れるんじゃないかというほどの激しい痛み。
あまりの苦痛に、私は思わずその場にしゃがみ込んだ。
そのとき──
『……オードリー』
不思議な声が聞こえた。
それは耳ではなく、頭の奥に直接響いてくるような声。
でも、不快ではない。
むしろ、どこかあたたかくて、懐かしい気持ちにさせられる……そんな声だった。
私は──この声を、知ってる。
そう思った、その瞬間だった。
「……っ!!」
津波のように押し寄せる、暴力的な記憶の波が私を飲み込んだ。
──そうだ。私は……このあと……
ありえないはずの婚約破棄は、信じられないことにあっさりと国王に受理された。
それだけでも十分に異常だったのに、さらにマクレーン家には開国以来の忠誠を裏切ったとして、根も葉もない罪が押しつけられた。
両親は処刑され、罪などあるはずもない幼い弟、そしてまだ赤ん坊だった妹までもが……殺された。
──そして、私も。
処刑前日、牢に現れたのはあの亜麻色の髪の女──キャロルだった。
「あなたが手にするはずだったものは、全部、私がいただくわ。
今までご苦労さま。──あなたなんかを信じて死んでいったマクレーン夫妻も馬鹿だけど……
それ以上に、私の話を簡単に信じる王太子も国王も、国民も……本当に馬鹿ね。
馬鹿ばっかりで、つまらなかったわ」
そして、翌日──
私は処刑され、十八年の生涯を終えたのだった。
「……オードリー!」
名を呼ぶ声に、ハッと我に返る。
今度の声は、確かに耳に届いた。
先ほどとは違う、不快で、怒気を含んだ声。
ゆっくりと顔を上げると、そこには先ほどと変わらぬ怒りの表情を浮かべたアレン殿下が立っていた。
……今のは、何?
婚約破棄が受理され、家族が殺された……?
震える手を見つめながら、確信する。
──夢なんかじゃない。
あれは……実際に起きたこと。
私がこの後に経験するはずだった、もう一つの現実。
これは、二度目だ。
この後、私は正式に婚約破棄され、家族を奪われ、自分も処刑された。
──だけど、私は死の直前にあの声を聞き、そして今──
この婚約破棄の瞬間へと戻ってきた。
やり直すために──。
私は、自分自身を奮い立たせて、立ち上がった。
そして、くるりと後ろを振り返り、そのまま駆け出した。
「おいっ! 待て、逃げる気か!?」
アレン殿下の怒声が背後から飛んできたが、私は無視して、パーティー会場を飛び出した。
走る、走る。
途中で靴が片方脱げてしまったけれど、それさえ構わずに走り続けた。
そして──
「……ここ、だ」
たどり着いたのは、王城の端にある小さな池の前だった。
草花に囲まれた、静かで美しい場所。
けれど、滅多に人が訪れない場所でもある。
それはここが──罪人が“捨てられる場所”だからだ。
私は、池の水面をじっと見つめる。
実際に私も──
騒動の“元凶”とされた私は、処刑されたのちに重りを付けられ、この池の底へと沈められたのだ。
そして、あのとき──
死んだはずの私に、“それ”は語りかけてきた。
『オードリー、お前はこんなふうに死んではいけない。
偽りの王国から、真の王国を取り戻すために──
やり直しなさい』
その声を、私は今でもはっきりと覚えている。
だから私は、顔を上げた。
そして──一切の躊躇なく、池へと飛び込んだ。
どぼんっ
大きな音とともに、私の身体は池に沈んでいった。
重りなどつけていないのに、不思議と私の体は、底へ底へと引き込まれていく。
──あった!
水の中で、目当てのものを見つけ、手を伸ばす。
それは、封印された“神物”。
額部に宝石を埋め込まれた、異形の装置のようなものだった。
私の手がその宝石に触れた瞬間──
「……これは……」
気がつけば、私は狭い部屋の中に座っていた。
唐突に理解する。
ここは──コックピットだ。
池の中にいたはずなのに、息は普通にできる。言葉も発せられる。
濡れていたはずの服も身体も、まるで最初から何もなかったかのように乾いていた。
そして──再び、記憶の波が押し寄せる。
だが、先ほどのような激しい頭痛はない。
ただ、静かに。確かに。
私の中に、かつての記憶と知識が流れ込んでくる。
私は──選ばれたのだ。
この国はかつて、「クレーフェルト」という名を持っていた。
クレーフェルト王国は、自然豊かで、王族も国民も皆が平和に、穏やかに暮らしていた。
だが、その平和は突然終わりを迎えた。
魔族の甘い囁きに唆された一部の人間が、突如牙を剥いた。
彼らは王族をはじめ、王国の人々を無慈悲に蹂躙したのだ。
王族の中でも、最も魔力量に優れた者だけが搭乗を許される、巨大な人型兵器──『ヴァンジェロ』。
そのパイロットであったのが、ジャスティス王子だった。
彼はヴァンジェロに乗り、王国を守ろうとした。だが──
婚約者だったモドリーンが魔族に人質として囚われ、ジャスティスはヴァンジェロの力を発揮することができなかった。
そしてクレーフェルト王国は、無惨にも敗北を喫した。
その後、裏切り者たちは勝者として国を乗っ取り、魔族の後ろ盾を得て新たな国を築いた。
それが今のこの国──トラートル王国である。
「……許せない」
自然と、その言葉が口からこぼれていた。
まだこの時間軸では起きていない。
それでも、私は知っている。
この未来で両親を殺され、罪なき弟と妹まで命を奪われることを。
そして何より、あんなにも優しかった──
私の愛するジャスティスを、卑劣なやり方で封じ、王国を奪ったことを。
ぽた……ぽた、ぽたぽた……
コックピットのパネルに、私の涙が落ちた。
私は──モドリーンだった。
私が油断し、魔族に囚われたせいで、ジャスティスは力を発揮できなかった。
私のせいで……
クレーフェルト王国は、滅んだんだ。
悲しみ、悔恨、怒り……
さまざまな感情が渦巻く。
けれど──泣いてる暇なんて、ない。
私は涙を拭い、ぐっと顔を上げて、目の前のコントローラーを握った。
「私のかつての名はモドリーン。今の名は、オードリー・マクレーン……
クレーフェルト王家の血を引く者。ヴァンジェロの正統なパイロットはこの私よ!
動きなさい──ヴァンジェロ!!」
『──認証OK。パイロットを確認しました。起動します』
機械的なアナウンスが響くと同時に、コクピットがわずかに揺れた。
ガシャン──という重厚な音とともに、目の前の視界が開けていく。
いや、それはヴァンジェロの“目”に映る世界が、モニターに投影されているのだった。
水中の揺らめく光景が、一気に浮上する。
ザバァッ!!
大きな水音とともに、ヴァンジェロが水面を破って飛び出す。
モニターの中に、王城の姿が映った。
──あの城は、モドリーンだった私の記憶には存在しない。
偽りの王族が建てたもの。
かつての栄光を塗りつぶすように建てられた、まがいものの象徴。
……あんな城……っ!
「──ヴァンジェロ」
……ピ、ピピピッ!
『──標的確認。
レジェンド猫型ロボと合体することでパワーアップ可能。
スーパーファイナルキャノン砲により、標的の破壊が可能です。
発動を許可しますか?』
「!?」
目の前のモニターに、唐突に現れた文字列。
『レジェンド猫型ロボと合体しますか? Y E S / N O』
私は迷うことなく、『YES』をタップした。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
地響きとともに、大地が震える。
背後を映すモニターを見ると、後ろの山が中心から真っ二つに割れ──
そこから現れたのは、猫のような顔をした巨大な石像。
……いや、なぜか“何かを運んできてくれそうな”気配がする。
石像は大きなあくびをひとつしたあと、スススーーと滑るような動きでこちらへ来た。
そして──
『ご注文、ありがとうニャン』
と甲高い声で呟いたかと思うと、突然浮遊し、変形を始めた。
ガシャンッ! ガシャガシャ……シャキーンッ!
機械音を響かせながら、猫型ロボは巨大な大砲へと変形し、そのままヴァンジェロの肩に合体する。
再び、モニターに文字が表示された。
『スーパーファイナルキャノン砲を発射しますか? Y E S / N O』
もちろん、私はためらうことなく『YES』をタップした。
ガシャシャーン!
ガシャン、ガシャン──キャピーンッ!
どこからともなく鳴り響くBGM。
派手すぎる変形音がコクピット内を震わせる。
……しばらく待つ。
キュイイイーーン……
貯めるような電子音が響いた、その直後──
『おまたせしましたニャン。発射するニャン』
肩の大砲の先がまばゆく光り、直後──
ドゴォォォォォォン!!
眩しい光線が城を貫き、次の瞬間、衝撃音とともに大爆発が起きた。
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
まるで絵に描いたようなきのこ雲が空に立ち昇る。
王城は──跡形もなく吹き飛んでいた。
草木は焼け、建物は全て消え去り、辺り一面はまさしく焼け野原。
──中にいた人々は?
だが、モドリーンの記憶が戻った今の私には分かる。
あの城にいたのは、魔族が化けたキャロル嬢をはじめ、偽りの王族や貴族たち──
そして、オードリーとその家族を迫害し、笑いものにした人々だ。
それだけではない。
彼らは、かつて私が愛したクレーフェルト王国を滅ぼした“裏切り者たち”の末裔。
死んだところで──同情の余地など、どこにもない。
唯一、悔いるとすれば……
自然豊かで、草花が美しかったこの土地を、自らの手で焼け野原に変えてしまったことだけだ。
私は、生き物の気配がすっかり消えた焼け野原に、ヴァンジェロから降り立った。
『ご注文ありがとうニャン。またよろしくニャン』
そんな声が背後から聞こえ、レジェンド猫型ロボは空へと還っていった。
私はその場に膝をついた。
乾いた大地に、ぽたりと涙が落ちる。
──城を破壊したことに、後悔はない。
けれど、それでも……悲しい。
かつて美しかったクレーフェルト王国は、もうどこにもない。
オードリーとしての家族は辺境にいるから無事だろうが、モドリーンとしての家族には、もう二度と会えない。
そしてなによりも──
愛するジャスティスに、もう会えないという現実が胸を締めつけた。
目が溶けてしまうのではないかと思うほど、私は泣き続けた。
──と、ふと気づく。
……これは?
涙でできた地面の染みに、小さな芽が顔を出していたのだ。
そしてまた、私の目からひと粒の涙がこぼれ、その小さな葉に触れた。
すると──
芽はみるみるうちに成長し、私の背丈を超え、やがてまばゆい光を放ち始めた。
眩しさに思わず目を閉じる。
──そのとき。
「モドリーン」
懐かしいその声に、私ははっと目を開けた。
そして──
そこには、誰よりも会いたかった人が立っていた。
「……うそ……」
信じられない。目の前の光景に、言葉が詰まる。
それでも、彼は優しく微笑んだ。
「嘘じゃないよ、モドリーン。ありがとう。
君が、私とクレーフェルト王国を心から思ってくれた──その愛が、奇跡を起こしたんだ」
ジャスティスの語った真実は、私の知らなかったものだった。
滅ぼされたと思っていたクレーフェルト王国。
だが、裏切り者たち以外の一部は密かに逃れ、生き延びていた。
ジャスティスの弟殿下もその一人だった。
彼は身分を隠し、マクレーンという新たな姓を名乗ったという。
……つまり、今の私──オードリー・マクレーンは、弟殿下の子孫だったのだ。
そして、死んだと思われていたジャスティスもまた、生きていた。
王子でありながら、ヴァンジェロのパイロットに選ばれるほどの膨大な魔力を持っていた彼は──
その魔力を城の魔力源として利用するため、生きたまま地下に封印されていたのだ。
あの魔族と裏切り者たちは、どこまでも卑劣で……許せない。
怒りがこみ上げたが、ジャスティスが静かに言った。
「でも、そのおかげで……私はこうして、生きて君と再会できた」
その言葉に、私は胸の中の怒りを静かに沈めた。
そして、彼がそっと私を抱きしめる。
「改めて言うよ。モドリーン──いや、オードリー。
私と結婚してほしい。
たとえ困難が待ち受けていようとも……ふたりで、クレーフェルト王国を再建しよう」
私は涙をこぼしながら、笑顔で頷いた。
その腕の中で、もう枯れたと思っていた涙が、再びこぼれ落ちる。
──でも今度は、幸せの涙だった。
そして、私は気づいた。
城の中で、池の中で──あのとき耳ではなく心に直接届いた、どこか懐かしく、あたたかい声。
あれは……あなたの声だったのね、ジャスティス。
私は、感謝と愛を込めて──彼の唇に、そっと口づけを贈った。
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