中途半端なイケメンはモブとして退場する筈でした
「綺麗だね」
声のする方を向くとやたらキラキラした男が立っていた。え、あなたの方がよっぽど綺麗なんだけど。
「君が。その髪、ハチミツみたいですっごく綺麗だ」
「……それ、本気で言ってんの?」
「うん」
それが私と第二王子ルーベルク・アジルウエストとの出会いだった。
*****
「ここから中庭に繋がってて、あっちに行くと別棟……と」
お父様とお母様について王城に来ていた私は、二人が国王陛下に謁見している間、王城内を探索していた。
元々3人で来るようにとお達しがあったんだけど、王城に着いた段階で両親だけでいいと言われたので私は自由行動を許して貰えた。勿論一般に公開されている範囲内でだけど。
私、レイモンド伯爵家の次女ミシェルは転生者だ。
不慮の事故で他界、転生した私は公国アジルウエストに伯爵令嬢として生を受けた。
5歳の頃、街中で馬車に轢かれそうになった瞬間、前世で会社員として暮らしていた記憶を思い出した。
その時同時に流れ込んできたのが無類の乙女ゲーム好きだった自分のゲーム遍歴。
ひとたび新作ゲームを始めるとキャラクターの特性、攻略するために必要なステータスや情報、スキル、イベントスチルに至るまで何から何まで調べ上げて補完しなければ気が済まない……人呼んで『乙女ゲームマスター』。それが私だ。
ここは私がプレイしていたゲームの世界ではない。とはいえ、きっと独自のプレイスタイルや攻略法があるに違いない! そう思った私は7歳から少しずつ『アジルウエスト公国の全て』と題して攻略情報をまとめていた。
この国では階級と同列に重要視されているものがある。それは幼少期に付与される『属性』。
【ヒロイン、ヒーロー、メインキャスト、サブキャラクター、モブ 等】
付与された属性によっては後の人生に影響が出ることもあるため、上級貴族ほどその属性に重きを置いていた。
属性付与は生まれた直後から5歳の誕生日までを期限として年1回のタイミングで行われる。基本的に上の階級から順に好きな属性が選べるので、ヒーロー、ヒロインは上級貴族が、サブキャラクター、モブ等は下級貴族や庶民が属することが多い。そのため権力の均衡は保たれている。
そして中でもレアなのがシークレット属性として存在する【当て馬】。
その名の通り当て馬なので前提としてヒーローやヒロインとは絶対に結ばれない。最大の特徴は周囲の魅力の底上げと強力な縁結び。その代わり善行を積めば最強の当て馬とのハッピーエンドを迎えることが出来るというある意味いいとこ取りのチート属性。
シークレットなので世間にその良さが知られていないのが本当に勿体ない!
私は生まれた時点で『ヒロイン』だったので選択権がなかったんだけど、姉のローズマリー・レイモンドは自ら『当て馬』を買って出た希少種。
伯爵令嬢としては貴重なその属性ゆえに周囲から密かに当て馬令嬢と呼ばれ縁結びの神様と崇められている。
自分の姉が当て馬なんて最高じゃない? 美味しすぎる!! ということで私の日課はお姉様から当て馬体験を聞くこと。だって情報は多いに越したことないじゃない。
勿論貰ってばかりではなく、ゲームマスターと呼ばれた私の攻略知識をお姉様には余すことなく渡している。だって善い当て馬は絶対に報われるべき! ローズマリーお姉様には幸せになる権利があるのだから。
今日も知識のブラッシュアップに余念がない私は王城内をくまなく物色中。
あ、そうそう。乙女ゲームといえば攻略キャラとの恋愛は必要不可欠。勿論このアジルウエストにも3人の王子がいるし、上級貴族の中にもハイスペックな令息達がゴロゴロいて選びたい放題なんだけど……はっきり言って今、リアル恋愛には興味がない。
あれはヒロインを通して疑似体験をしている時が一番楽しいのであって、実際自分がその立場になったからといって自動的に恋愛モードに切り替わる訳ではないんだなぁ……と実感。
ダンジョンばりに王城内を歩き回り堪能し尽くした私が渡り廊下を抜けて外に出ると、そこにはテニスコート何枚分? という程広くて美しい庭園が広がっていた。
ふわあああっ、素敵過ぎる……!!
そういえばデートイベントであったなぁ、公園を回りながら攻略キャラの好む選択肢を選んでいくっていうミッション。クリア数値を超えるとデートの締めくくりに甘いご褒美ボイスが貰えるんだよね。
ここでも好感度が上がると王子と優雅にティータイム、なんてスチルが手に入ったりするのかなとオタク全開の妄想を滾らせていると。
「綺麗だね」
声のする方を向くとやたらキラキラした男が立っていた。え、あなたの方がよっぽど綺麗なんだけど。
「君が。その髪、蜂蜜みたいですっごく綺麗だ」
「……それ、本気で言ってんの?」
「うん」
それが私と第二王子ルーク・アジルウエストとの出会いだった。
第二王子は天然だった。そして彼は自分を物語序盤に登場するモブだと思っていた。
*****
中庭での初対面後、何故か彼に懐かれた私は、お茶会という名目で度々王城に呼ばれ会って話をするようになった。
「うわあ……っ!」
目の前に広がる色鮮やかなケーキにパイ、フルーツ、クッキー。ここはまさにスイーツパラダイス!
「ヤバい……全部美味しそう」
「ミシェルは本当に甘い物が好きだよね」
「好き! え、チョコファウンテンまである。あ、マシュマロも」
「そんなに喜んで貰えて嬉しいな。遠慮しないで沢山食べてね」
「うん、いただきます!」
一心不乱に食べ始める私を楽しそうに見ているルーク。
彼は勉強家で知識量が多く市井や近隣諸国の内情にも詳しくて、攻略の役に立ちそうな話を沢山聞かせてくれた。
「え、あるの?」
「うん。『アジルウエストと近隣諸国の成り立ち』でしょ? 王城の書庫にあるからあとで持って来てあげるね」
「ありがとう! かなり昔の本でもう絶版だったから諦めてたの……嬉しい」
「ううん、これくらい何でもないよ。ミシェルの望みは何だって叶えてあげたいから」
「はいはい、ありがとう」
「あ、本気にしてないでしょ。本心なのにな」
「そんなことないわよ」←話半分
ルークは息をするようにこういうことを言う。まあ出会い頭に『綺麗だね』なんて言い出す王子だ、元々たらし気質なんだろう。最初はドキドキしていたけど、もうすっかり慣れた。
あとこの口調もそう。敬語で話していたら『他人行儀だから嫌だ』と言われてタメ口になった。でも、第二王子とタメ口で話してるなんてお父様が知ったら卒倒しそう……
「それにしてもルークって博識よね。王都だけじゃなくて市井についても凄く詳しいし。どうやって勉強してるの?」
「時間がある時は街に出て人々の生活を肌で感じるようにしているんだ。王都にもよく行くからどこかで君とすれ違っていたかもしれないね」
と、ここであることに気づいた私。
「そんな見た目でほいほい出て行ったら大変なことになるんじゃ……」
「え?」
この美貌はどうしたって隠せやしない。ほら、今だって彼の周りだけキラキラしてるし。試しにパッパッと手で払ってみたけど直ぐに戻ってきた。
「あ、大丈夫だよ。王家の人間は自分のオーラを隠すためのアイテムを持っているんだ」
そう言って取り出したのは何の変哲もない……ローブ? それを羽織るとあら不思議、あっという間に存在感がなくなった。
何だろう、外見は一緒なのにもの凄く冴えない。
「凄い。どうなってんのこれ?」
「魔道具だよ。ローブ自体に魔力が込められているんだ」
「へー、それで庶民に成りすまして街中を視察してるってこと?」
「うん。視察っていうと近衛兵や騎士団を連れてするのが一般的だけど、それじゃあ萎縮しちゃって本音が聞き出せないでしょ。国民の生活水準や現状を正しく知る、これって将来次期国王となった兄さんを支える時必ず役に立つと思うんだ」
「ルーク……あなたちゃんと考えてるのね」
「そりゃあね。これでも第二王子だよ、僕」
ラノベやゲームでは兄弟の各派閥に分かれて誰が次期国王になるか血で血を洗う闘いが起こったりするものだけど、ルークの頭の中にはそんな考えは微塵もない。
次期国王は第一王子だという揺らがない確信。その中で将来兄が担う国をどうやって支えていくのか、今自分が出来ることは何なのか……ずっと先の未来を想像しながらそのための準備をしているんだ。
ただのキラキラ王子じゃない、考え方もしっかりしている。
「でもそんなに頻繁に顔を出していたら街の人とも顔なじみになりそうね」
「うん、結構知り合いも増えたよ」
「そうなんだ、いいなぁ!」
私も仲良くなりたい。そうしたら特別に住民しか知らない裏話とか聞けちゃうかも……知識もレベルアップするし、あと単純に楽しそう。なんて思っていると、
「あとね……」
「うん」
「最近知り合った女の子がいるんだけど、すっごく素敵な子で」
急にもじもじ始めたルーク。これはもしや……
「もしかして、その子のことが気になってるの?」
「うん。あ、誰にも言わないでね」
心配しなくても共通の知り合いがいないので誰にも言えない。
もじもじルークが可愛い。友達として全力で応援してあげたいのは山々なんだけど……
第二王子という立場上、相手が庶民だった場合中々にハードルが高そう。そもそも属性の問題もあるし。
「どんな子なの? 王都のご令嬢とか」
「ううん、市井のパン屋で働いている子だから爵位はないと思う」
ああ、これは厳しそう……とはいえ、姉のように当て馬で無い限り『庶民+王子』の可能性はゼロではない。しかもこちら側が好意を持っているならば。
「そうだ、ミシェルは知ってる? 世の中には恋人がいながら別の相手に流されて浮気した挙げ句最終的に痛い目を見る男がいるって」
ん? 何故今その話題をふってきた……? まあいいけど。
「ああ、確かにいるわよね。最初ヒロインと付き合っておきながら肩書き目当てに寄ってきた企み女子に堕とされてヒロインを裏切った挙げ句ヒーローに断罪される中途半端なイケメン」
「よく知ってるね。僕、その中途半端なイケメンなんだ」
「は??」
「だからきっと彼女とは結ばれないと思うんだけど」
「ちょ、ちょっと待って!」
自分で言う? しかも彼は中途半端ではなくとんでもないイケメンだ。もしかして王城には鏡がないのだろうか……
ほら、今だってルークの周りだけキラキラしてるし。
「あのね、まず大前提として物語の最初に出て来る中途半端なイケメンはモブなの! ルークはヒーローでしょ」
「ううん、僕モブだよ」
「はあ!!?」
「ほら」
あっけらかんと爆弾発言をしたルークが属性証明書を見せてくれた。そこには間違いなく【モブ】という文字が……
「何で? どうして一国の第二王子がモブなのよ!?」
「うーん、それについては色々複雑な事情があるんだけど……」
これ以上は聞いてくれるなという雰囲気。確かにこんな王家を揺るがすトップシークレット、私に話してる時点で大丈夫か? と心配になる位だから、そりゃこれ以上は話せないよね。
とりあえずルークがモブであることはよく分かった。いや、分かりたくなかった……
でもこれって、裏を返せば属性の問題はクリア出来たってことじゃない? 庶民であるお相手が上級属性である可能性はほぼゼロだし。
「ていうか、自分がイケメンであることは認めるのね」
「昔からよく顔を褒められるからそれなりだとは思ってたんだけど……もしかしてミシェルから見たら全然たいしたことなかったりする?」
「ううん、ルークはカッコいいと思う」
「そうかな? ありがとう」
照れくさそうに笑うその顔は……やっばい! 気を抜くとヤラれる。これでどうして自分を中途半端だと思えるのか。
モブだから? いやいやそれにしたって理解に苦しむ。
「そうだ! 今度僕が街に行く時ミシェルも一緒に行かない? エミリアにも紹介したいし」
またいきなり……ルークって結構唐突だよね。というか好きな女の子に友達とはいえ同性を紹介するというのはあり……なのか?
「あー……都合が合えばね」
「うん、じゃあ僕の方で予定組んでおくね」
『都合が合えば』なんて社交辞令だし、ルークも本気じゃないでしょと思っていたんだけど……彼は有言実行の王子だった。
*****
一週間後。ルークは私の予定を調べ上げ、あっという間に市井への外出許可を取り付け同行証明書まで取って来た。
それで渋々一緒に行くことになったんだけど……
「私はいいってば!」
「駄目だよ。僕の言うとおりにして」
今、私達は何に揉めているのかというと……市井に出る前に防御力を強化したいルークとありのままで行く気満々な私の不毛な言い合い。
「大丈夫だって言ってるでしょ!」
「何言ってるの、ミシェルはお人形みたいに可愛いんだよ。そのまま市井に出たら悪いオオカミに食べられちゃうじゃないか!」
お人形とは……? ルークが過保護なママ化している。
「買い物なんてどこだって一緒でしょ。王都も市井もさほど変わらないわよ」
「全然違うよ。市井は街の雰囲気だって治安だって王都とは真逆だし、それにいつもは従者や護衛が一緒だから安心だけど、今日の僕はきっと役に立たないから」
冴えない自分ではボディーガードにならないと言いたいのだろうか? 見た目って関係ある??
「だから――はい。これを付けてね」
ルークが私の胸元に何かを留める。これってブローチ? 中央にオレンジの石が埋め込まれていて周りに花びらのような銀の縁取りが入っている。可愛い!
「魔道具だよ。こうやって身に付けている間は相手からはぼやっとして見えるんだ」
存在感がなくなるらしい。ぼやっとした私……どう見えているのか非常に気になる。
「でも、ミシェルはぼやっと見えても可愛いけどね」
そしていつもの口説き文句を忘れないルーク。もう慣れっこなんだけどあまりに連発されると流石に照れる。
きっとこれ、免疫ないと簡単に堕ちちゃうんだろうなぁ……この人たらしめ。
「分かった、じゃあありがたく付けさせて貰うわ」
「うん。それじゃあ行こうか」
こうしてぼやっとした私と冴えないルークは二人で街に出掛けることになった。
*****
『さあ、安いよ安いよー!』
『今日は取れたて新鮮野菜と果物がお買い得だよ』
『串揚げはいかがですかー』
『美味しい焼きりんご! 今なら3つ買うともう3つ付いてくる!」
街の至る所から活気に満ちた声が響いている。ルークに連れられて市井にやって来た私はその熱気と人の多さに圧倒されていた。
凄い人……確かに王都とは全然違う。大人に混じって子供の数も多い。王都だと基本馬車で移動するし、幼少期はあまり街に出ることがないもんね。
そんな中、人混みを避けて平然と歩くルーク。本当なら自国の第二王子が護衛も付けないで街中を闊歩するなんて完全NGなんだけど。
ここでは誰も彼が王子だということを知らない、まあ存在感もないしね。息抜きには丁度いいのかもしれない。
「折角だし、少し街を見て回らない? 美味しい物が沢山あるんだよ」
「うん!」
「あ、待って」
「え?」
脊髄反射で駆け出そうとした私を呼び止めるルーク。
「はぐれたら大変だから手を繋いでもいい?」
「え、いいけど……」
「ありがとう。じゃあ、はい」
差し出された手を取るとぎゅっと握られる。そのまま嬉しそうに歩き出すルークの横で私の心臓は今世紀最大の爆音オーケストラを奏でていた。
*****
市井を堪能した後は今日の本題。ルークの想い人、ミシェルさんに会うため彼女の働いているお店に向かった。
「あ、あそこだよ」
指さす先には一軒のパン屋さん。素敵なお店!
私の中でまた妄想が膨らみそうになっていると、パンの袋を抱えた家族連れが店の外に出て来た。と、その後ろからもう一人。
「今日はありがとう、エミリア」
「こちらこそ! あ、味付けパンは期限が短いから先に食べてね」
「エミリアちゃん、ばいばーい!」
「うん、ばいばいー! また来てね」
わあ……可愛い。太陽みたいに明るくて周囲を笑顔にしてしまうタイプ。乙女ゲームなら完全にヒロインだ。
ふと横を見るとルークの顔が赤い、その視線は真っ直ぐあの子に向いている。彼女がエミリアさんか。
「行こう、ミシェル」
って、ちょ、ちょっと! この手は離した方がいいんじゃ……
「エミリア」
「あ、ルーク!」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せるエミリアさん。
「来てくれてありがとう! 今日は遅いから心配しちゃった」
「ごめんね、ちょっと家の用事が終わらなくて。いつものブレッドまだあるかな」
「勿論! さっき焼き上がったばかりなの。ほら、いい匂いがするでしょ?」
「わあ、ホントだ。楽しみだな」
かなり親しげな二人。これは彼女もまんざらではないのでは……と思っていると本人と目が合う。
「こんにちは! ルークの妹さん?」
「あ……」
「紹介するね、彼女は友達のミシェル。ミシェル、彼女がエミリアだよ」
「え、ルークったらこんなに可愛い友達を隠してるなんて水くさいじゃない! よろしくねミシェル、良かったら私のこともエミリアって呼んで」
いきなりファーストネーム呼び、そして握手からハグまで。うわあ、陽キャ+コミュ力の塊って感じ!
「今日は試食の種類も多いから是非試していってね。ほら、ルークも!」
エミリアさんがルークの腕を取ってグイッと引っ張る。その拍子に私と繋いでいた手が離れた。
「ここのパンはどれも凄く美味しいんだ。ミシェルもきっと気に入るよ」
「ミシェル、あなたも早くいらっしゃいよ!」
「う、うん」
その勢いに圧倒されながら、腕を組んで歩く二人の後ろに続いた。
*****
エミリアの働くお店のパン、どれも凄く美味しそうだった。
勧められるままに試食して選んだ商品をルークがまとめてお買い上げ、両手一杯の袋を抱えたルーク、手ぶらの私、お見送りのエミリアは店の外に出た。
「二人とも今日はありがとう!」
エミリアが私の両手を取ってぶんぶんと上下に振る。
「また来てねミシェル。もっと話したいし次はカフェでお茶でもしましょう」
「うん、予定が合えば是非」
「本当!? じゃあ私の方で予定を組むからルークを通して確認させてね」
「あ、ルーク。明後日の約束忘れないでよ」
「勿論。11時に教会の前だよね」
「そう。子供達のチャリティーバザーしっかり手伝って貰うから!」
「うん、皆に喜んで貰えるように頑張るよ」
ルークとエミリアが話している側で、じっと二人の様子を観察する私。
これ、絶対脈ありだよね……やったじゃん、ルーク! と思いながら彼に目をやるとエミリアに向かって照れくさそうな笑顔を向けていて。
ん? 何か今胸がモヤッとした様な……これは自分にしか懐かないと思っていたペットが別の人に擦り寄っているところを見た時の心境に似ている。
「お待たせミシェル。じゃあ帰ろうか」
「またね、ミシェル!」
「うん。またね」
え、私ルークのこと自分のペットだと思ってるのかな。ちょっと嫌だな……とそんなことを考えながら二人でお店を後にした。
*****
「でね、今日はルークと市井に行って来たんだけど凄かったの! 王都とは活気も熱気も全然違ってて、美味しい物が選びたい放題で!! あ、これはお土産のパン。これもすっごく美味しかったからマリーやジョセフ達にも食べて欲しくって、あとそれから――」
「お、落ち着いてミシェル。まずはその袋をマリーに渡して、お部屋に行ってからゆっくりお話ししましょう」
しまった! つい玄関先でテンションを上げ過ぎた。メイドのマリーと執事のジョセフが生暖かい目で見ている。
いつもならお姉様の『当て馬武勇伝』を一つ残らず聞き出している私だけど、今日は聞いて欲しいことが山のようにあった。
マリーにパンの袋を引き取って貰い、ローズマリーお姉様と部屋に向かう。
「ふふっ」
「どうしたの、お姉様?」
「ううん、ミシェルはその第二王子殿下のことが気になるのかしらと思って。最近よく二人で会っているし口を開けばルーベルク様の話ばかりだもの」
「そんなことある訳ないでしょ! そもそもルークには他に好きな子がいるんだから」
人の話を聞いていなかったのだろうか、この姉は。
「でもそのお相手とは結ばれないんでしょう?」
「ルーク曰くね。だけど分からないじゃない、例え身分が違ってもお互いの想いが強ければ試練だって乗り越えられるかもしれないし」
「そうね。エミリアさんが当て馬でなければチャンスはあるものね」
あ、その辺はクリアしてるの。だってルークはモブだから! とは言えない。何しろ王家を揺るがすトップシークレットだし……
「もう、私のことはいいってば! お姉様こそどうなのよ、人の恋路よりそろそろ自分の恋愛について考えてみたら?」
「私は当て馬ですもの、自分の縁は望んでいないわ。それに」
「それに?」
「……ううん、何でもない」
そう言って幸せそうな笑顔を見せる姉に「変なお姉様」と思いつつも深くは追求しなかった。
*****
「…………」
目の前に広がる色鮮やかなケーキにパイ、フルーツ、クッキー。ここはまさにスイーツパラダイス! なんだけど……
「最近、エミリアが冷たいんだ。会いに行っても素っ気なくて……」
今日は出だしからテーマが重かった。
「僕、もうすぐ彼女のヒーローに断罪されるのかな」
悲しげな表情のルーク。憂いを帯びても輝いている……って、こんな時くらいちょっとは自重しなさいよこのキラキラ!
結局あれから私は市井に行っておらず、当然エミリアとも会っていない。
でも彼女からルークを通してお誘いが来ているかと言えば……なので、エミリアの『もっと話したい』『予定を確認する』は本当に社交辞令だったんだろう。まあ本来はこれが普通よね。
どうやら聞くところによると、
『ルークとエミリアは順調に愛を育んでいたが、ある日ルークの浮気が発覚して二人の仲に亀裂が生じる。傷ついたエミリアの前にスパダリが現れそのスパダリとエミリアが急接近! 彼女を蔑ろにして傷つけた報いとしてルークはエミリアの目の前でその悪行を晒された挙げ句断罪される』
というのがこの後のシナリオらしいんだけど……ん?
「ねえ、ルークとエミリアって別に恋人じゃないよね」
「うん。残念だけど」
「他に気になる相手がいたりとかは……?」
「する訳ないじゃないか」
「だよね。つまり市井や王都、社交界で他の女の子や令嬢に惹かれたり流されたりもしていない、と」
うんうんと頷くルーク。
「じゃあ何でルークが浮気して傷ついた彼女の前にスパダリが現れる、なんてストーリーが進んでるの?」
「確かにそうだね」
どういうことだろう……考え込む私とルーク。すると、彼が「あ」と言った。
「僕、この間エミリアにミシェルを紹介したよね」
「そうね」
「もしかして……僕が流された相手として君がカウントされてるんじゃないかな」
「え……私!?」
この間友達として会っただけでライバル認定されたってこと?? 酷い、とんだ濡れ衣じゃない。
でも、裏を返せば私が二人の仲を邪魔しているということに……途端に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ごめん! 私、ルークと距離を取った方がいいよね」
勢いよく立ち上がり離れようとすると手を取られる。
「駄目だよ、ミシェル」
「え? だってもし私のせいなら」
「僕は離れたくない」
…………へ?
「折角出来た友達なのに」
ああ、そういう……毎度のことながらルークのこれは心臓に悪い。一生のうちに拍動する鼓動の回数は決まっているというのに、私の死期を早めるつもりかこの思わせキラキラ王子め。
というか、友達をときめかせる前に好きな子を優先しなさいよ!!
「それに、どっちにしても僕は彼女に選ばれないんだからミシェルが離れても同じことじゃないかな」
「それは……そうかもしれないけど」
「だったら距離を取るなんて言わないで。僕の側にいてよ、ね?」
そんな屁理屈ある? と思いつつ……ああ、この可愛さにはあらがえない。そしてケーキと紅茶も勿体ない、ということで大人しく従う。
「心配してくれてありがとう。ミシェルのそういうところ……凄く好きだな」
「そ!? ソンナコトは……なくてヨ」
油断した、ルークの人たらしムーブまだ終わってなかったあ! いかん、動揺しすぎて言動がおかしくなってる。
「でも大丈夫、僕は彼女が幸せになるためのカンフル剤なんだ。その時が来たらきちんと役目を果たしてみせるよ」
「ルーク……」
何て健気な……心優しいイケメンは必ず未来で報われるからね!
「だから当日は近くで見守っていてくれるよね」
「うん……うん? 何で!?」
「だって覚悟は出来ていても、きっと当日僕は傷つくと思うんだ。そんな時友達が側にいてくれたら心強いでしょ」
「で、でもそれは」
無関係の私がその場にいるのはいくらなんでもお邪魔虫が過ぎるのでは……
「駄目……かな?」
ぐっ……! こいつ、自分の顔の使い道を分かっている。
「い、いいわ……分かった。乗りかかった船よ、こうなったら最後まで見届けてあげるわ!」
「わあ、ありがとうミシェル」
という訳で、何故か私はルークの中途半端なイケメンとしての晴れ舞台を見届けることになった。
*****
「エミリア、その人は……?」
「ごめんなさいルーク。あなたを嫌いになった訳じゃないの……でも私、運命の人と出会ってしまったのよ」
遂にこの日が来てしまった! 向かい合うエミリアとルーク。
私はといえば、物陰に隠れて彼の一世一代の大芝居を見守っている。気持ちは子供の授業参観にやって来た新米ママだ。
ルーク頑張って! でも出来る限り傷つかないで欲しい……
だって彼はこれからこっぴどくフラれてしまう。どうしよう、母親モードの私は泣いてしまうかもしれない。
そういえばエミリアと一緒にいるのって、傷ついた(?)彼女に手を差し伸べた超絶イケメンのスパダリだったよね。あのルークを上回る美貌の持ち主……一体どれ程の、って…………ん???
「私の運命の恋を応援してくれるわよね。ワトリスは街で1・2を争う商会の跡取り息子なの、申し訳ないけど彼と比べるとあなたは……ねぇ」
「エミリアは俺を選んだんだ。恨むなら彼女を繋ぎ止めるだけの甲斐性がなかった自分自身を恨むんだな」
テンプレート通りの台詞。何も言い返さないルークと、彼を蔑むエミリアとスパダリ。でも、あれは――
イケメン……か? ドームコンサートで3階の観覧席から見たら、あ、あの子カッコいいかも~というレベルの、まあイケメンと言えなくもない……かなぁ。うん、歯に衣を着せずに言えばそこら辺のモブにしか見えない。
と、私がスパダリにバグっている間も無抵抗なルークに罵詈雑言を浴びせ続けるエミリアとワトリス。
ん???
これ、どう考えても立場が逆じゃない? ルークは自分のことを物語序盤で退場する中途半端なイケメンで、彼女がヒロイン、その相手がヒーローだと言っていたけど。
・ルーク:ヒロイン
・エミリア:序盤で退場するクズ女
・お相手:クズ女が流された中途半端なイケメン ←モブに改名
そうそうこれ! この方がぴったりハマる。そう考えるとルークは断罪されない(やったあ!)そして、彼がヒロインのポジションならここでルークを救うべく颯爽とヒーロー女子が現れる筈なんだけど。
きょろきょろと辺りを見渡してみるが……誰もいないし気配すら感じられない。
あれ? ちょっとヒーローどこ行った!!
「ルークって優しいけどそれだけなのよね。お金もないし地位もない、容姿だって普通。何もかもが中途半端なのよ」
お相手の方が何もかも中途半端に見えるけど。ていうか、あなた誰ですか? この間会った時とは別人過ぎて恐怖すら覚えるんだけど……
「元々お前みたいな何の取り柄もない奴がエミリアに近づこうなんて身の程知らずだったんだよ。金、地位、顔、全て俺の方が上なんだからな」
いや、全てぶっちぎりでルークの勝ちだ。
「そんな訳だから二度と私達の前に現れないでね」
「これ以上俺のエミリアに付き纏うようならただじゃおかないからな!」
これもテンプレート通りの展開だけど……
「今までありがとう。さようならルーク」
「エミリア……」
ああ、もう見てられない!!
ルークに向かって理不尽な態度を取り続けるクズ女と中途半端なイケメンに、私は堪忍袋の緒が切れた。
物陰から飛び出して大声を張り上げる。
「そこまでよ!!!」
「何だ!?」
「え、何!!」
「ミシェル……?」
「さっきから聞いていれば言いたい放題……これ以上ルークを侮辱したらただじゃおかないわ!!」
「あ、あんたこの間の! って……え? あんた……そんな顔だったっけ」
「おいエミリア、あの美少女と知り合いなのか!?」
私を見て呆気にとられるエミリアと浮き足立つモブ。恐れ入ったか! だって今日はぼやっとしてないからね。
で、私のことを覚えているということは……うん。一体今日までの間に彼女に何があったんだろう。
モブの肩を掴んでガクンガクンと揺らしながら怒りの矛先を私に向けるエミリア。
「ちょっと何見惚れてんのよ……あんたも! 関係ない外野は引っ込んでなさいよ!!」
「はあ? 関係ない訳ないじゃない! 私はルークの……」
友達よ!(ドヤァ)はあまりにパンチが足りない。悩んだ末私の口から出たのは、
「ルークの…………ル、ルークの婚約者よ!!!」
「え…………?」
ルークが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。ごめん! 関係性を偽った罪はあとで償うから!!
「はあ!? この間友達だって言ってたじゃない。そもそも何で庶民のルークに婚約者なんているのよ、おかしいでしょ」
「ふっ、情報弱者ね! そもそも根本から間違ってんのよ。ルークはこの国の第二王子よ、婚約者なんて当たり前にいるわ。それを横からかっ攫おうとした女狐が偉そうに言ってるんじゃないわよ!」
その瞬間、目を見開いたエミリアが『ぎぎぎぎ』と首を回してルークを凝視した。
「ルーク、あなた……第二王子なの?」
「うん、そうだよ」
その言葉にルークと中途半端なイケメンを凄い勢いで何度も見比べるエミリア。
「……じゃあ、ルークと結婚すれば私……王族の仲間入りってこと?」
周りには聞こえてないと思うけど、私にはその薄汚い言葉がはっきりと聞こえた。次の瞬間、エミリアがスパダリを突き飛ばし、猛スピードでルークに近づいたと思ったらそのまま抱きついた。
「ごめんなさい! 私、あなたの愛を確かめたかったの。ルークは誰にでも優しいからもっと私だけを見て欲しくて……全てお芝居だったのよ。本当に好きなのはあなただけ! 愛しているわ、ルーク!!」
「……え?」
「はあ!!!?」
きょとんとするルークと驚愕のモブ。そりゃそうだ、彼女からはルークを切り捨ててあなたと一緒になると言われていたのだろうから。
「俺のことが好きだって……あいつなんかもう用なしだって言ってたじゃないか!」
「はあ? そんなこと言うわけないでしょ。白昼夢でも見たんじゃないの!?」
「何だとこの尻軽女!」
「うるさいわねこの用なし男! その辺のモブの癖に図々しいのよ!! 待っててねルーク、今この男を追っ払うから。そうしたらこれから先のことを2人で考えましょう!!!」
「………ええと………」
ぎゃんぎゃん言い合いになった2人に挟まれておろおろしているルーク。あーもー、はっきりしないわね!!!
私は3人の間に入り、エミリアからルークをバリッと引き剥がした。そのまま彼を抱きしめる。
「ミ、ミシェル…………!」
真っ赤になっているルーク。先ほどの発言と合わせてあとで謝罪させて下さい!
「盛り上がっているところ悪いけど、残念ね! 彼は私の婚約者なの。散々ルークを振り回して傷つけておいて、今更元に戻ろうなんて虫が良すぎるのよ!」
「ちょっと、友達風情が私のルークに触らないで!! ……分かった、あんたも彼の爵位や財産が目当てで勝手に婚約者を名乗ってるんでしょ! 図々しい女ね!!」
「は? 私はそんなものに興味なんかないわよ」
「嘘おっしゃい! そうじゃなきゃこんな冴えない男にそこまで肩入れする理由なんかないじゃない」
今まさに復縁を迫っているというのにこの言い様……何という女だ。
「馬鹿にしないで!! そりゃちょっと頼りないところがあるかもしれないけど、彼は常に国や民のことを考えて今出来る最大限の努力をしてる。勉強家だし言葉だって直球で嘘がない……あんたには勿体ないくらい純粋で綺麗な人よ!」
「ミシェル……」
「爵位や財産? 伯爵令嬢の私がそんなものに目がくらむ訳ないでしょ! ていうかお金なら唸るほどあるわ!!」
「え、あんた……伯爵令嬢なの?」
思わず怯むエミリア。ここぞとばかりに畳みかける私。
「ルークが冴えない? はッ、これを見てもそんな口が叩けるかしら!」
「あ………」
私はルークが被っている魔法のローブを剥ぎ取った。途端、待ってましたとばかりに彼の美貌とキラキラが放出される。
「うわあっ! だ……誰だお前?」
「ひっ! ……え!!? るーく……」
その美しさに絶句するモブ男とエミリア。
「ルークうううううっ!!!!」
いち早く正気に戻ったエミリアは一目散にルークに突撃し彼に縋り付いた。その瞳は目の前にある爵位・財産・美貌を併せ持った最高の至宝を逃してなるものかというギラギラした欲望に満ち溢れている。
私は今、人間の一番醜い部分を垣間見ています……
「ルーク、私怖かった……あの男に騙されていたの。あなた以外の人となんて考えたこともないわ、私はこれからもずっとあなたと……キャアッ!」
縋り付いているエミリアをいとも簡単に振り払うルーク。その場に転がるエミリアに笑顔で言い放つ。
「今までありがとう、さようならエミリア」
それはついさっき自身がルークに向かって吐き捨てた言葉。暫く呆けていたエミリアが下を向いてぶるぶると震えだした。
「私……玉の輿……最大の、チャンス……いやあああああああああああ!!!!!!!」
その雄叫びは街中に響き渡った。
*****
「え……詐欺師?」
「うん」
いつものように王城の中庭でティータイム中、衝撃の事実が明かされた。
『さようならエミリア。あ、あとこのまま牢獄まで付き合ってね』
『………………え?』
あの後、側でスタンバイしていた騎士団にエミリアは捕縛された。何と、彼女は隣国を股にかける詐欺師だった。
各国の城下町や市井を渡り歩きまずはその土地に根を張る。そして周囲に溶け込んだ頃合いを見計らって羽振りの良い商人や資産家の貴族令息に狙いを定め財産を根こそぎ騙し取るというやり口。
国内外で被害は拡大していたけど、その巧妙な手口とエミリアが毎回名前はおろか姿形も全くの別人に変身してしまうせいで中々足が付かなかったという。
この国での仕事納めとして目を付けたのがルークだった。でも彼が思いのほか資産を持っていなかったので見限り、あのモブにターゲットを変更しようとしたらしい。
そんな中偶然、私という存在を知ったエミリア。お人好しの冴えないルークとぼやっとした異性の友達。この二人を利用してモブの好感度を上げつつ邪魔者を切り捨てようとしたのね。
主犯格を押さえたので、これから芋づる式に組織も摘発されるだろう。
そしてルークはというと……
「スパイ?」
「うん、僕は王家直属の特殊部隊なんだ」
彼は第二王子でありながら、国内外で諜報活動に従事したり、犯罪や陰謀を解決するために裏で暗躍する工作員だった。
「諜報活動ってことは……まさかその美貌を使って?」
「あははっ、国内でそんな目立つことする訳ないじゃないか」
海外ドラマ脳の私は瞬時にそっち=ハニートラップを想像してしまったけれど、市井や王都では市民に紛れて情報収集をしたり、明るみに出る前に証拠を固めた上で犯罪者の捕縛などを行っているらしい。
確かにその美貌を利用するならわざわざ冴えない男を演じる必要はないもんね。
「私、スパイってハニートラップしかやらないと思ってたわ」
「ミシェルは素直だね。まあ、外交時や諸外国に探りを入れる時はこの顔も便利だけど」
って……結局やってるんかい!
パン屋の女の子に恋をして足しげくお店に通っていた健気さも、エミリアを見て顔を赤らめたり照れ笑いしていた純真さも、もうすぐ彼女に捨てられると悲しみに暮れていた脆さも――
私に気になる女の子がいると言ったあの時から全部演技だったと聞かされた時はあまりの衝撃に暫く意識が戻って来なかった。もう王子を辞めて劇団に入ればいいと思う。
「彼女の腕は見事だったから懐柔して僕の手駒にするっていう選択肢もあったんだけど……やめた」
「え、何で?」
エミリアを自分の手足に出来ればかなりメリットがありそうなのに。
「後々面倒くさそうだし、それに……変な誤解は生みたくないからね」
え、何? めっちゃ見られてるんだけど……最近心音のコントロールが利かないからあんまり見ないで欲しい。
「そ、そうだ! 前から聞こうと思ってたんだけど。あれって何だったの?」
「ああ、中途半端なイケメン? 僕、隣国に友達がいるんだけど彼がミシェルと同じ様なことを言っててそれを思い出したんだ」
「同じことって?」
「ゲームがどうとか攻略が――とか」
それって……その友達は私と同じ転生者ってことでは!?
「私、その人と会ってみたい!」
そして前世と今世をリンクさせた話を色々聞きたいし話したい!!
「もしかして……リュカに興味があるの?」
リュカ? その友達の名前かなと思っていると、急にルークの圧が強くなった。
「駄目だよ。あいつは狂った妹から受けた仕打ちがトラウマになって、感情のままに行動するタイプや気が強くて騒がしい子が苦手なんだ。残念だけどミシェルとは合わないと思うよ」
それって……私が感情のままに行動する気が強くて騒がしいタイプだって言ってる? 失礼な。
「だからね」
「だから何?」
「ミシェルは僕のお嫁さんになるのがいいと思うんだ」
は???
「およめさん……?」
「うん、お嫁さん」
いきなり何を言い出すんだこの王子!!
「ねえ、僕と初めて会った日のことって覚えてる?」
いきなりのジェットコースターが止まってくれない。
「へ……? 私がお父様とお母様について王城に行った日のこと?」
「うん、実はあの時ミシェルは僕の兄さんと婚約する筈だったんだ」
「え!?」
「変だと思わなかった? 王城に着いた途端両親だけの謁見になって」
……確かに。
「あの日、本当は兄さんとミシェルの顔合わせをしたあと婚姻が結ばれる流れだったんだけど、急に兄さんの都合が合わなくなって。先にお互いの両親だけで話を固めておこうってことになったんだ」
「あ、それで私の」
自由行動が許されたんだ。
「で、僕は元々君のお姉さんに興味があったんだけど」
「お姉様に?」
「うん。類い希なる美しさを持ちながら当て馬ゆえに誰も手が出せない、隣国でも縁結びの女神と名高いローズマリー・レイモンド嬢にね」
改めて聞くと凄い異名だな……
「でも、ローズマリー嬢に近づくと僕の命が危うくなるからやめたんだよ」
「え……何で命??」
「詳しくは話せないけど、ちょっと隣国からどす黒い殺意がね」
「な、なるほど?」
よく分からないけどお姉様は何かに守られているらしい。ありがとう。
「それで妹の君が兄さんの婚約者候補だっていうから、王太子妃として相応しい器かどうか僕が代わりに見極めようと思って。王城内でのミシェルの行動を張ってたんだけど」
「は?」
私、知らない間にルークに監視されてたの……怖っ!
「君、突然探検し始めたでしょ? 公開されている場所を端から端まで……事細かにメモまで取ってるし。正直、伯爵令嬢と偽って城内に忍び込んだ盗賊が下調べしてるのかと疑うレベルだったよ」
「それは――」
私がゲームオタクだからです、とは言えない……
「で、思わず声を掛けたって訳。まあ話して直ぐに普通の女の子だって分かったけどね」
あの『綺麗だね』はそういう経緯だったのか。あれ、でも……
「婚姻の話が進んでいないってことは……私、殿下の相手としては相応しくなかったってことだよね」
知らないうちに値踏みされた結果、NOの烙印を押された……何だろう、ちょっとショック。
「あ、それは違うよ。僕が国王陛下と王妃殿下に兄さんじゃなくて僕の婚約者にして欲しいってお願いしたから、相手が兄さんから僕になったんだ」
ああ、何だそっか、よか…………って、え???
「今……何て言った!?」
「兄さんじゃなくて僕の婚約者にして欲しいって」
「何でいきなり! あんた私のお姉様に興味があったんじゃないの」
「だから、君のお姉さんに近づくと命が危ないんだって。それに僕、ミシェルのことが気に入ったんだ」
『綺麗だね』
『……それ、本気で言ってんの?』
「女の子にあんな返しをされたのは初めてだった。それにミシェルは僕が王子だって分かってからも態度を変えなかったしずっと自然体でいてくれたでしょ。凄く居心地が良かったんだ」
「裏の仕事をする上で結婚相手なんて諜報活動の邪魔だし時には足枷や弱点にもなり得る。だから今まで全く興味がなかったんだけど、君ならいいかなって」
第一王子の相手役としてオーディションを受けたら、審査の途中で裏被りしていた第二王子の選抜に合格したってこと??
「でも、ルークの属性って……モブなんじゃ」
「属性? 僕はヒーローだよ。ミシェルはヒロインだよね」
「そうだけど……って、え!? だってあの時モブだって、属性証明書だって見せてくれたじゃない!」
深掘りされたくないほど複雑な事情を抱えてるんじゃなかったの?
「うん、勿論ウソだよ。市井で本物の証明書なんて見せられる訳ないじゃないか」
……この嘘つき王子があああああっ!!!
「それにミシェル。君は僕の婚約者なんでしょ? 自分でそう言ったよね」
「は? だから、あれはあの時とっさについた嘘で……」
「例え嘘でも自分が発した言葉には責任が生じるんだよ」
「……え?」
「まあミシェルが嫌がっても、法的にはもう直ぐ本当の婚約者になるんだけど」
それは私の同意がなくても成立……あ、両親の同意を得てるのか。ていうかどうして私に一言の相談もなく! って、私が嫌がるからか……
駄目だ、自分で投げかけた問い全てに自分で答えが出せてしまう。
「でも一方通行じゃ寂しいし、君からも言質が欲しいんだ」
いつの間にかずいっと私に近寄ったルークが、綺麗な笑みをたたえて言った。
「僕のお嫁さんになってくれるよね? ミシェル」
その瞬間、背筋が凍り付いた。え、キラキラしてるのに何か……ちょっと。
「い、一旦持ち帰って検討させていただき……」
「駄目だよ、僕から離れちゃ」
その場から退散しようとした途端、ぎゅっと腕を掴まれる。
ジタバタする私をがっちり捕らえて離さないルーク。エミリアを転がした時にも思ったけど、その細腕のどこにそんな力があるのよ!
「それともミシェルは僕のことが嫌い……?」
途端にしゅんとした表情を見せるルーク。んんっ! 可愛い……
「……き、嫌いじゃない」
「じゃあ好き!?」
ぱっと表情が明るくなる。あーもう可愛すぎてどうでも良くなってきた。
「す、きだと思うわ」
真っ赤になりながらそう言った瞬間、ルークが私の体を持ち上げた。そのまま一周する。
「やった! じゃあミシェルは今日から僕の婚約者ね」
「きゃっ、ちょっと! まだ国王陛下にもお父様達にも正式に話してないんだからそこからでしょ」
「陛下には今から報告すればいいし、そのあとレイモンド伯爵家にご挨拶に行こうよ。勿論一緒にね」
え、行動が早いですね。この外堀を外壁にして絶対に逃がすもんかという感じ……悪寒の正体はこれだな。
でも正直……嫌じゃない。照れ隠しで私を持ち上げたままのルークの顔を両手で挟む。
「ていうか、婚約するならもうハニートラップ外交やめてよね」
「うん、勿論しないよ。だってミシェルがいるのに他の女に振りまく愛想なんて持っていないもん。僕の愛は全て君のために取っておきたい」
心臓が止まるかと思った。真正面からこの顔面でこの台詞……バツグンの破壊力よ。
「僕、将来兄さんを支える立派な裏方になってこの国のために頑張るから。側で見ていてくれる?」
「もう逃げ場もないし……仕方ないからずっと一緒にいてあげるわ」
「ホント? 嬉しいな」
ルークの周りに漂うキラキラ。何かもうこの輝きすらも愛しくなってきた。
「でも、私が婚約者になるからには裏の仕事にも参加するわよ。夫が危険な任務に就いているのに安全な場所でただ待ってるなんて性に合わないし。こうなったら国を支えるルークを私が支えて、結婚相手は仕事の邪魔だとか足枷、弱点だなんて二度と思えないくらい役に立ってみせるんだから。覚悟しなさいよ!」
「あははっ、うん! やっぱりミシェルは最高だね!!」
満面の笑顔でルークが私を抱きしめる。あああ、また心臓オーケストラが!
「さっきの「夫」って、もう一度言って欲しいな」
「……無理」
こうして私は第二王子ルーベルク・アジルウエストの婚約者になった。
その後、アジルウエスト公国は第一王子を国王に据え、第二王子と第三王子が脇を固める最強の布陣が完成する。
第二王子としての表の顔と特殊部隊として任務をこなす裏の顔を使い分けるルークとそれを支える私は数えきれないほど偉大な功績をあげて行くことになるんだけど、それはもう少しだけ先のお話。
数ある作品の中から、「中途半端なイケメンはモブとして退場する筈でした」をお読みいただきありがとうございます!
前々作「当て馬を選択した私はトゥルー・エンドを望まない」に出て来た当て馬ローズマリー嬢の妹、ミシェルのキャラクターが好きだったので、今度は彼女を主人公にしよう! と構想を練り続けやっと完成しました。姉とはずいぶん性格が違いますが常に全力で一生懸命なミシェルを見守っていただけると嬉しいです。
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