8話 日常を楽しむ
部屋を脱走して厨房でアイス作りをした日から、部屋をこっそりと抜け出して厨房に入り浸る日が続いた。
食材は、使った分を料理長がポールに報告してくれ、ポールが私の資産から差し引いてくれている。なので、諸々を気にせず好きなものを作って楽しんでいる。
「ふぅ、アーモンドを粉にするのって結構大変ね」
乳鉢である程度砕いてから石臼で挽くのだが、なかなかに重労働だった。基本的に麦は川辺りの粉挽き場でするよう義務付けられているのだが、ネージュ領は川が凍り付くので、各家庭で石臼の所持や人力の粉挽き業者が認められていた。
そして、ネージュ城では少量であれば手挽き、大量に使うのであれば業者に任せているそう。
アーモンドの粉を小麦粉などと混ぜ合わせながらクッキー生地を作っていく。アーモンド多めで作るとサクホロとした食感かつ、風味がとても良くなる。アーモンドはチョコレートとも相性がいいので、混ぜ込むのもおすすめだ。
今回はチョコとプレーンで色んな模様を作ろうかしら。
チョコ生地を薄く伸ばし、その上に同じ厚さに伸ばしたプレーン生地を重ね、ロールケーキのように巻いていく。
今度は別の柄用に、少し厚めに伸ばしたそれぞれの生地を重ねて半分に切り、もう半分を更に重ねる。すると、上から白黒白黒とボーダー状になる。今度はそれをそれぞれの色の厚さと幅が同じになるように切っていく。細長くなったそれらを互い違いのいろになるようにくっつけると、小さなチェスボードのような柄になる。
余った分は、マーブルになるようにざっくりと丸め固めて、細長い四角柱にしておく。
あとは五ミリ程度の厚さに切っていくだけなのだが、このままではせっかく作った柄が潰れてしまいやすいので、パラフィン紙に包み氷室庫で一時間ほど寝かせて切りやすい固さまで冷やす。
「寝かせている間にオーブンを温めておきましょう」
「はい」
生地が固くなるのを待つ間、オーブンに薪を足したりしながら、飲み物は何にするかなんて話もした。
個人的には、乾燥させたフルーツを入れたものもおすすめだけど、アーモンドの風味をしっかり味わいたい場合は、やはりストレートの紅茶が良さそう。
「今日はストレートティーにしようかしらね」
「こちらで食べていかれますか?」
「部屋でメルとナタリーが待っているから、今日は戻るわ」
「承知しました」
部屋を完全に無人にしてしまうと、何かトラブルが起きた際……というか、奇跡か何かが起こってトリスタン様が部屋を訪れた際に対処できないので、誰かは部屋に残ってもらうようにしている。
今日は、メルとナタリーがその当番なのだ。
メルがきらきらとこちらを見つめながら、楽しみにしていると微笑んだので、何が何でも持って帰ってあげなければ。そして、笑顔で『ありがとう』と言ってもらうのだ。
「さて、そろそろいい頃合いね」
氷室庫から太い棒状になったクッキー生地を取り出し、五ミリほどの厚さに切っていく。不揃いの端っこは、軽く捏ねながら丸めてマーブルクッキーにする。
全てを切り終えてから天板に油を塗り広げ、小麦粉を薄く振るう。隙間を開けつつクッキー生地を並べたら、十五分ほど焼き上げる。
今回は沢山作ったので、六回焼いてなんとか終了した。
クッキーが焼き上がったら、共犯者づくりも忘れてはならない。キッチンメイドたちにお裾分けしつつ、情報収集という名のおしゃべりも楽しむ。
こういうとき、やはり人と関わるのは楽しいなと思う。部屋でのんびりするのも好きだけど、閉じ込められたり人と会うことを制限されることとは、また違う問題なのよね。
「さて、そろそろ部屋に戻るわね」
今日はトリスタン様が視察に出かけていると聞いたので、城内を好き勝手に見て回ったり、お菓子作りをしたりと充実していた。キッチンメイドたちに惜しまれながら部屋に戻る。
メルに焼きたてのクッキーを渡しつつ、明日の『アイスディ』についてポールや侍女たちに相談する。
あまりにも暇を持て余した結果、週一回でイベントを開くことにした。イベントと言っても、ただ単に私のいる客間に使用人たちを呼んで、みんなでアイスを食べるだけの『アイスディ』だ。
「コーヒーを使うのはどうですかな?」
「メルが食べれないかもでしょ?」
そう言うと、メルがキラキラと瞳を輝かせて私を見上げてきた。そしてブンブンと頭を上下させて必死に頷いている。可愛いわね。
「そういえばジャレッドがバナナが余ってると言っていました」
「へぇ、バナナねぇ……」
バナナミルクアイス、結構いいんじゃないかしら?
甘くてまろやかになりそうだし。味変として、溶けたチョコをあと掛けしたら絶対に美味しいわよね。
「じゃあ、明日はバナナミルクアイスにしましょう」
「ぅわーい!」
飛び上がって喜ぶメルの姿を見ると、こちらも嬉しくなる。人に食べてもらうのって、とても幸せなことだわ。同じ時間を過ごせるならば、なおのこと。
段々と日常に慣れてきて、過ごし方も決まってきた。
だから、これからもトリスタン様とはあまり関わらないままで、のんびり好き勝手に過ごせるのだろうと、思い込んでしまっていた。