7話 背徳のチョコアイス
氷水を入れたボウルの上に生クリームが入ったボウルを重ね、ホイップしていく。しっかりと泡立てたら、溶かしたチョコレートとしっかり混ぜ合わせて、氷室庫の中で凍らせる。
砕いた氷に塩をかけて温度を下げることも忘れずに。
あとは数時間待てば出来上がりだが、それまでボーッとするのは性に合わない。
「トッピングを作りましょうかね」
貯蔵庫にあったくるみを五ミリ程度に砕き、フライパンで乾煎り。
一度くるみを取り出して、フライパンに砂糖と少量の水を入れ熱する。このとき全体が半透明でふつふつとなりだしたときに火を止めないと、すぐに茶色くなってしまうので注意だ。
火を止めて、乾煎りしていたくるみをフライパンに戻し、溶けた砂糖にしっかりと絡める。その後、火をつけて茶色く焦げる一歩手前までじっくりと火を通す。
あとはバットにパラフィン紙を敷き、それぞれがくっつかないように広げて冷ませば、くるみのキャラメリゼの完成だ。
アイスが固まりだしたら、上に散らしておこう。早く入れると、全部が沈んでしまいがちなので、時間をずらした方がいいのだ。
出来上がったアイスの上にトッピングしてもいいのだけど、私は少し混ざっていたほうが好きなのだ。食べている途中で不意に『カリッ』と食感が変わるのが楽しい。
「ちょっと休憩しましょ」
キャスにお茶を入れてもらって、厨房で休憩を取ろうとした。イスを貸してもらえれば、厨房の片隅で勝手に休むと言ったのだが、それは流石に駄目だとみんなに言われ、使用人たちの休憩スペースを借りることになった。
少しだけくるみのキャラメリゼをつまみつつ、軽くおしゃべり。
今まで見聞きしてきた感じからも、トリスタン様はかなり慕われているのだと思う。
先ほど王城内でトリスタン様を見ていたが、すれ違う使用人たちはみな笑顔で挨拶をしていた。過剰なほどの臣下の礼を執る者はいなかった。
ポールやナタリー以外が意見してきたとしても、ちゃんと聞こうとする人のようだった。まぁ…………私のことは例外なのだろうけれど。
「へぇ、手荒れクリームを支給?」
「はい! 食品を扱っても大丈夫だとかいう貴重なものを王都から買ってきてくださってるんです」
キッチンメイドたちが、王都では一般的に売られていると言われても、ここでは貴重に変わりないのだと、目を輝かせていた。
そういえば、王都ではもう普通になっていたけれど、そういったものもネージュには届かないのか。
「それに、三年ほど前からは、お仕着せは古くなったら新しいものを支給してくださるようになったんです」
「あの時、全員に新しいものと入れ替えてくださったのよね!」
「え? 支給?」
「はい」
この国では自分で買うのが普通で、綻びたら自分たちで修繕する。隣国は支給らしく、それを知った陛下が王城に導入したが、貴族たちへはまだまだ広がっていなかった。
トリスタン様、すぐさま取り入れたのね。
キッチンメイドたちに話を聞いてみて、トリスタン様が慕われているのが更によく分かった。小さな要望もしっかりと聞き届けてくれるのだと笑顔で話されては、いい領主なのだと認めざるを得ない。
それならば、なぜあんなにもこちらの話を聞いてくれないのかと考えつつ、冷えて固まる途中のチョコアイスにキャラメリゼしたくるみを混ぜ込む。
「あと一時間少しで固まりそうね。私も下処理の手伝いをするわね」
「えっ、いや……お客様にそんなことはさせられません」
料理長のその言葉で、私がこのお城でどう扱われているのか理解してしまった。まだ『お客様』なのだ。ため息を吐きつつ、時間を潰したいから気にしないで欲しいと言って、キッチンメイドたちに混ざってじゃがいもや玉ねぎの皮を剥いたり、指定された形に切ったりしつつおしゃべりに花を咲かせた。
「さて、食べましょうか!」
その場にいた全員分のアイスを用意すると、料理長やキッチンメイドに酷く驚かれてしまった。
「ほらほら、遠慮している間に溶けてしまうわよ?」
「はっ、はい」
「みんな座って座って!」
「「はい……」」
恐る恐るといった感じで、全員が休憩スペースで席に着き、アイスを手にとって不思議そうに眺めたり、お互いの顔色を伺っていた。本当に食べていいのかとか、そんなことを思っていそうだ。
皆の不安や空気の読み合いなど知らない。私は溶ける前に食べたいので、気にせず食べる。
「んーっ! 端的に言って、最高ね」
舌の上でねっとりと溶けるチョコアイス。溶かしているときから感じてはいたが、かなり品質の高いチョコレートだった。
そのおかげか、ほどよい甘さと苦みがしっかりと生クリームに混ざり込んでいて、人生で作った中でも理想に近いチョコアイスになっていた。
途中でカリッとした歯ごたえのくるみのキャラメリゼも、いいアクセントになっている。これは大量に食べても食べ飽きないだろう。
「ほぅ。今回のも本当に美味しいですな」
「でしょ? 今回のは特に結構いい出来だったわ」
「チョコアイス、良いですね」
「あっ! メルの分を残してるから、後であげてね」
「はい。ありがとうございます」
ポールや侍女二人が気にせずアイスを食べだしたおかげか、料理長がやっとアイスのカップに手を伸ばした。
「っ、うまい……!」
一口目で目を見開き、二口目を食べて鼻でゆっくりと呼吸しながら目を閉じていた。
鼻から抜けるチョコレートとくるみの香りがなんたらかんたらとか、わりと長めの感想を述べていたので、キッチンメイドたちに早く食べるよう再度促した。
どうやら、自分たち用の食材じゃないことや、勝手に甘味などを食べてもいいのかといった戸惑いがあるらしい。
「私がいいって言ってるの。トリスタン様や他の使用人たちには内緒よ?」
「本当に内緒でいいのでしょうか?」
一人のキッチンメイドが視線をチョコアイスから逸らさずに恐る恐る聞いてきて、笑いが込み上げそうになった。
口では戸惑っているが、本心は隠せていない。
人さし指を唇にあて、笑みを深めて首を傾げる。
「内緒って、美味しいじゃない? 背徳の味よ」
さぁ食べなさい、ともう一度だけ言うと、キッチンメイドたちがスプーンを手に取り、アイスを掬った。
そうして面々からこぼれ落ちる笑顔。
――――あぁ、いつ見ても嬉しいわね。