6話 厨房で悪巧み
城内を偵察中に階段しかない行き止まりに到着してしまい、いま来た道を戻るとトリスタン様に鉢合わせしてしまうかもしれないとのことで、一階に下りて迂回しながら部屋に戻ろうということになった。
曲がり角に到着するたびにキャスに先を確認してもらいつつ一階を移動していたら、もの凄くいい匂いが漂ってきた。
「これは……チキンを煮込んでいるわね」
「良くわかりますね? この時間であれば、夕飯の準備でしょう。厨房が近いので」
――――厨房。
キャスの腕をガシッと掴み、匂いを辿りつつ厨房へと向かった。
トリスタン様に見つかる前に部屋に戻るべきだとキャスに言われたが、厨房は城の中では裏手の仕事にあたるので、領主自ら何かをしに来ることはないはずだ。むしろ厨房で少し時間を潰したほうが安全じゃないのかとキャスに言うと、なぜか苦笑いされてしまった。
「厨房で調理器具や食材が見たいんですね?」
「……まぁね」
色々とバレていたのは横に置くとしよう。
厨房に到着し、きょとんとしているキッチンメイドたちに気にしないでくれと伝えつつ、偵察開始。
さすが城の厨房といった感じで、大きなパーティーが開催されても回せるようになのか、かなりの広さがあった。調理器具などの手入れや整頓がしっかりとされていて、料理長の丁寧さが伺い知れた。
「あっちが食糧庫?」
「ええ、そうです」
厨房の奥の扉をくぐると、そこは宝石箱のように食材たちが綺麗に並べられていた。先ほども感じたが、料理長はおそらく几帳面なのだろう。
食糧庫の奥へと進むと、中で作業をしていたらしい、コックコートを着た壮年の男性と目が合った。
「え……っと?」
「オレリア様、こちら料理長のジェフです」
「あら、貴方が。いつも美味しい食事をありがとう」
「え、あっ、はい?」
料理長は状況がのみ込めない様子でぽかんとなっていたので、厨房の見学をしに来たから気にせず仕事を続けてほしいと伝えた。ついでに、食材を見せてもらうわね、とも。
「……ん? あら、果物が結構あるのね。これなんて南国のものじゃないの」
「氷の取り引きしている商人の方が立ち寄られたときに、買わせていただいたものです」
「へぇ」
――――なるほど。
雪や氷ばかりで何もないと思われがちのネージュ領だけど、ちゃんと他の地域や商人たちと関わりはあるのね。
「あら、チョコレートが沢山ね。何かに使うの?」
「ステーキのソースがメインです。あとは、煮込み料理などのコク付けに」
「あら? デザートとかには使わないの?」
「はい。トリスタン様はあっさり系の焼き菓子が好きで、あまりチョコレート系のものは食べられないんですよ」
それならなんでこんなに仕入れているの? と聞くと、ネージュに入るのは貴重だから、商人が持ってきたら仕入れていいと言われているそう。しかも、トリスタン様相手では使う機会が少ないだろうから、練習に使っていいとまで。
「流石に日常的に使いはしませんが、お客様が来るときや、事前練習などには使わせていただいています」
「なるほどね」
トリスタン様、優しいわね。私以外には。
しかし、いいことを聞いたわ。ということは、チョコレートって結構余っているのよね? それなら私が使っても構わないわよね?
そう思って、チョコレートを分けてもらおうとしていたけれど、料理長はトリスタン様か執事に許可を得ないと無理だ、勝手は出来ないとしっかりと断った。トリスタン様って、本当にいい使用人たちに囲まれているわよね。
さてどうしようかと悩みつつ、他にはどんな食材があるかなと見ていると、ポールとナタリーが厨房にやって来た。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「オレリア様、探しましたよ。お部屋に戻りましょう」
「ちょうど良かったわ!」
チョコレートと生クリーム、今ちょうど見ていたナッツ類も数種類ほしいとポールに話し、代金は私の持参金から差し引いてと頼んだ。
「あと、厨房広いし……ちょっとだけ場所を借りてもいいわよね?」
「またアイスですか?」
「ええ。食べるでしょ?」
「…………承知しました。お気に召すままに」
ポールが悩む素振りをしつつも、すぐに頷いてくれた。
「うふふ。ポールのそういうとこ、好きよ」
許可が出たし、好き勝手にやっていいわよね? ということで、先ずは五センチ角のチョコレートブロックを包丁で細かく刻むことに。みんなで食べたいし三〇〇グラムくらいでいいかしらね。
小鍋の底から五ミリくらいまで生クリームをいれ、弱火に掛ける。鍋の縁がふつふつとなりだしたら刻んだチョコレートを入れ、木ベラでゆっくりと混ぜながら溶かす。
「んーっ、いい匂いね」
「へぇ、チョコレートってお鍋で煮ていいんですね」
キャスが不思議そうに鍋の中を覗いていたので、煮るというよりは溶かしているのだと話すと、更に不思議そうな顔になっていた。
聞くと、そもそもチョコレートは高級品なので、取り扱ったことなどなかったそう。王都では、そこまで高級というわけでもなかったはず。平民はご褒美用のお菓子といった認識くらいだったから。
北では手に入りづらい食材なのかもしれない。そこら辺はあまり把握していなかった。後でそういった資料があれば読ませてもらおう。
「さて、ボウルに氷水を用意し――――」
「準備完了しております」
流石ナタリー。
鍋の火を止めて後ろの作業台を向いた時には、ボウルに氷水を張って準備万端の状態だった。ぴしりと真っすぐに立ち、おなかの前で手を重ねている。かけている丸眼鏡が明かりをキラリと反射していて、デキる侍女感を醸し出していた。