4話 侍女とストロベリーアイス
ネージュ領に来て一週間。トリスタン様とは相変わらず会えずじまい。
眼鏡な侍女のナタリーに聞いても、執事のポールに聞いても、返事は同じで『執務されています』か『視察に出られています』だ。メルに聞くと泣きそうな顔で「あっ……の…………お話したらダメだそうで……」と言いながら徐々に声を震わせるので、しつこくも聞けない。
待ち続けるのは性に合わないものの、執務室にまで乱入する図々しさは流石にない。
一週間も経ったのであれば、私の身元の確認は取れていると思うのだけれどね?
――――はぁ、面倒ね。
イライラした時は、お菓子作りに限る。第二回アイス作り開催しましょ。
黒髪侍女のキャスに苺を持ってこられるか確認すると、何にどれくらい使うのかと聞かれた。できれば苺はたっぷりの方がいい。人数分を逆算して、アイスに使うから五百グラム程度あればいいと伝えると、キャスがほんのりと微笑んで部屋から出ていった。
砂糖やクリーム、もちろん氷も頼んだので、それらが到着するまで、事前準備をしておこう。
簡易キッチンにボウルや木べら、泡だて器などを準備していると、不思議そうにこちらをメルが見ていたので、何に使うかなどを説明した。
「苺の、アイスですか?」
「ええ」
「苺をカチカチに凍らせて砕くんじゃないんですか?」
「ええ? まぁ、それもおいしそうだけど……それだとシャーベットかしらね? どちらかと言えば」
メルが良くわからないと言った反応で首を傾げていたので、食べてみれば分かると言うと、それはそれは期待に満ち溢れた笑顔になった。
今回のアイス作りは、絶対に失敗できないわね。
簡易キッチンで準備をしていると、キャスとメイドたちが頼んだものを運び込んできた。お礼を伝えて受け取り、早速アイス作り開始だ。
先ずは苺のヘタを取り、小鍋に入れる。そこに砂糖を苺の半分よりやや少なめで加えて良くまぶしたら、一時間ほど放置する。加水してしまうと味がぼやけてしまうので、砂糖の脱水性を利用して苺の水分を出すのだ。
「さて、氷を砕きましょ」
メルとおしゃべりしながら、アイスピックと木槌で氷を使い勝手の良いサイズにまで砕く。この作業、地味に時間が掛かるので、時間潰しに最適なのだ。
「さて――」
苺から水分が出て、砂糖がとろりとなっていることを確認し、変色防止用のレモン果汁を少し入れて火を点ける。弱火で煮込み、苺から更に水分が出て来てお鍋全体がサラサラとなったら、中火にして十五分ほど煮詰めつつ、苺をヘラで少し潰す。
完全にすり潰すのではなく形を残しつつ潰すのがおすすめだ。
鍋を火から下ろして、氷水を張った大きなボウルに漬ける。鍋の中はまだサラサラとしているが、冷やすととろみがつくので気にしなくて大丈夫。
キャスに、ジャム全体がしっかりと冷えるよう、お鍋の中を混ぜるようと頼むと、メルが自分も何かしたいと言い出した。
「そぉねぇ。じゃあ、クリームの泡立てをお願いするわね」
「はい!」
ジャムが冷え切るまでは少し掛かるから、メルに泡立てを頼んでも大丈夫だろう。
メルはまだまだ八歳の女の子。足踏み台に立ち、大きなボウルと泡だて器を使って必死に混ぜてくれているが、そうそう早くはホイップ出来なかった。予想通りだったのだが、メルがしょんぼりとしていたので、罪悪感が湧いた。
メルのアイスは苺の部分を多めにしよう。
クリームを九分立てにした、そこにしっかりと冷えた苺ジャムを移し入れ、泡を潰さないように混ぜる。
容器に移して氷室箱に入れたらあとは冷やすだけだ。冷やし始めて一時間後と二時間後に軽く混ぜておくと、舌触りが少しだけ滑らかになるような気がするので、メルに頼んでおいた。
右手にスプーン、左手は拳を握りしめ、やる気に満ち溢れているが、それの出番はまだ先だから撹拌を忘れないようにねと再度釘を刺した。
アイスは三時のおやつの時間に間に合うように作ったし、またみんなで食べましょうねと、侍女のナタリーとキャスと、見習いのメルに話した。
「さて、食べましょうか」
「「はい!」」
なぜかポールもいるのは置いておくとして、五人で第二回アイスディ。
今回のベースには泡立てた生クリームを使ったので、ふわりとした中にシャリっとなる苺もあって、口の中が天国だ。
「っ…………! おいひぃぃぃぃ!」
メルがストロベリーアイスを食べ、手足をジタバタとさせていたので、知覚過敏か何かかと思ったら、あまりにも美味しくて踊っていたらしい。
そこまで手放しで褒められるものでもない気がするけれど、悪い気はしない。
「おかわりもあるからね」
「「はい!」」
ポールまで返事してるけど、ポールは何もしてないし、おかわりはあげないわよ……?
第二回アイスディからさらに一週間が経ち、ネージュ領に来て既に三週間が経っている。それなのに、トリスタン様とはお顔も合わせられていない。
相互不干渉は別に構わないのだが、部屋から出る許可ぐらいは出してくれてもいいのに。
「そろそろ限界なのよね……」
「ご辛抱を」
ポールが頭を下げてくるが、別にポールに謝って欲しいわけではない。私はただ、本人確認の結果と、外出の許可が欲しいだけだ。
大人しく待っていたものの、これ幸いとなのか、トリスタン様からの一切の接触がない。それならば、こちらにも考えがある。
「……脱走、しましょ」