3話 内緒よ?
昼食も夕食も部屋で取った。トリスタン様からもポールからも、何も連絡がなかった。そして、翌朝も部屋で食事だと伝えられて納得する。これは本格的に会ってはもらえないのだろうと。
もしかしたら、無視しておけば勝手に逃げ出すと思っているのかも? であれば、こちらはこちらで好きにしても良いのでは? 一応、部屋に居ろという言い付けは守る方向で。
「ねえ、ちょっとお願いしたいものがあるのだけど」
「は、はい」
何か欲しいものがあれば侍女たちに頼んでいいと、初日に執事のポールから言われていた。であれば、最大限期活用せねばならないというもの。私のルールでは。
「先ずは部屋の温度を少し下げて欲しいのよ。窓を開けて構わないから、お願いできる?」
「え……っと、暑かったのでしょうか?」
「あっ、ううん。違うの、貴女の温度管理は完璧よ。ただ、やりたいことがあってね。それから――――」
持ってきて欲しいものをお願いすると、侍女が怪訝な顔をしたものの、了承してくれた。とりあえず、一歩前進である。
部屋はかなり広く、軽い炊事であれば出来るようなキッチンも備え付けられている。流石と言うべきか、大きな氷が入った氷室箱もあった。これなら、色々と出来そうだと初日から目をつけていたので、やってしまおう。
思い立ったが吉日という言葉が東の国にあるのだが、私はこれを信条としている。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
持ってきてもらったのは、生乳と生食の出来る卵と、沢山の砂糖。
そして、不揃いに砕かれた氷と塩。氷は食べはしないので、ある程度綺麗であれば構わないと伝えていた。
使う道具は、材料を取りに行ってもらっている間にトランクから出し、簡易キッチンでしっかりと洗っておいた。
「さて」
――――第一回アイス作り、ね。
先ずはボウルに卵黄だけを入れて、そこに砂糖を入れる。卵黄が白っぽくもったりとするまで、泡だて器でしっかりと混ぜるのだが、これが地味に大変だ。
次に生乳を鍋で温める。鍋肌の生乳がふつふつと泡立ち沸きかけたら火からおろす。完全に沸騰させてしまうと大変なことになるが、割愛。そして、先程作った卵液に生乳を少しずつ入れながら泡だて器でしっかりと混ぜる。ここでちゃんと撹拌しておかないと、味がぼやけてしまうので注意しておかなければならない。
しっかりと混ざったら、次は冷やす工程。
侍女に持ってきてもらった氷を、別の大きなボウルに入れ、そこに氷の三分の一程度の塩を加える。そうすると、氷が溶ける際に温度がぐんと下がるのだ。
氷を入れたボウルの上に、さきほど作ったアイス液が入ったボウルを乗せ、ヘラでゆっくりと混ぜながら、冷やしていく。
ボウルの肌で冷やされ少し固まりかけたものを軽く剥がしながら混ぜ続けると、段々と液がもったりと重たくなっていく。ここまでくると、一安心。
あとは氷室箱の出番。中に入る程度のボウルを選んでおいた。さすが私。
アイス液の入ったボウルを氷室箱の中に収め、蓋をしっかりと閉めたら、少し休憩。
今回はノーマルのものだけど、色々な具材を足したりもしたいなぁ、なんて考えているうちに三十分経っていた。
氷室箱からボウルを取り出し、少し固まりつつある卵液をヘラでしっかりと撹拌。これを二〜三回繰り返すと、滑らかミルクアイスの出来上がり。
「あの……先程から何をされているのですか?」
「あら? ポール。いつの間に?」
どうやら、侍女たちから私が部屋で何かをしているという連絡が執事のポールに入ったようだ。
久しぶりね、という嫌味とともに暇だから趣味に邁進していたのだと伝えると、怪訝な顔をされてしまった。
「丁度良かったわ。貴方も一緒に食べましょ?」
アイスを掬い、持参していたカップに入れて、ソファ前にあるローテーブルに並べた。
「ほらほら、みんな座ってちょうだい」
侍女二人と見習いのメル、そして執事のポール。四人と私でソファに座り、アイスをパクリ。といっても誰も手を付けようとしなかったので、私が一番に食べ始めたけれど。
キンと冷えたミルクアイスが口の中でとろりと溶け、ふわりと甘さを花咲かせる。
「んんっー! さすが私ね。美味しいわぁ」
「あっ、あのっ! これ……本当に食べていいのですか?」
アイスに舌鼓を打っていると、メルが恐る恐るといった感じで聞いてきた。なぜそんなに警戒されているのやら。
「いいわよ。溶けちゃうから、早く食べなさい」
「はいっ――――ふわぁぁぁ、あまぁい! 美味しいですっ!」
「でしょう?」
王都では氷はとても貴重なもので、気軽にアイスなど作れなかったけれど、ここでは有り余るほど。持参金も国王陛下からの融資金というか、謝礼金を上乗せして持ってきているので、かなり潤沢にある。例え毎日のようにお菓子を作りまくっても何の打撃もないくらいには。
今回の材料費も、ちゃんと私の持参金から差し引くように伝えていた。私は後ろ暗くならずに、美味しいものを美味しいと食べたいのだ。
「っ……美味しいですな」
「ふふっ。でしょ? あ!」
大切なことを言い忘れていたわね。
「トリスタン様には内緒よ?」
唇に人差し指を縦にあて、ウインクしながらメルたちにそう言うと、全員がコクリと頷いてくれた。ポールまで頷くのは少し予想外だったけれど。