2話 前途多難
トリスタン様が執事を連れてサロンから立ち去って行った。
私はどうしたらいいのだろうかと部屋にいた侍女に視線を向けると、スッと逸らされてしまった。さてどうしたものかと座って出されたお茶に口をつけていると、侍女長だという女性が部屋に案内するのでついてくるよう言った。
広い城内をチラリと見ながら歩く。何十年か前にネージュ城周辺は戦場になっていたらしいけれど、見た限り少し古めなもののとても綺麗に掃除されている城だった。戦火は城までは届かなかったのかもしれない。
装飾品が少なめなところは、正直好ましい。
「こちらをお使いください」
案内された部屋は、客間のようだった。
二人の侍女と見習いの女の子に迎えられた。侍女長は二人の侍女に何かを伝えてすぐに立ち去って行った。
「室内のご案内をいたします」
「よろしくね」
客間にしては予想よりも広く、寝室とリビングと浴室、トイレや衣装部屋などもあった。客間の中でも上級貴族向けなのだろうということが伺えた。
来客のための装飾もしっかりとされており、絨毯もふかふか、しかも室内は暖炉の火でしっかりと暖められていた。正直、トリスタン様の態度は最悪だったが、一応の礼節を持ってくれているらしい。
「ありがとう。あっちの部屋は貴女たちの控室かしら?」
他の扉とは違い、控えめな作りの扉が部屋の隅にあった。それを指さすと、お茶やお菓子を用意するための簡易キッチンなのだと教えてくれた。
国の北端に位置し常に冬状態。しかも、かなり広い城だ。例え淹れたての紅茶やコーヒーだったとしても、厨房から部屋に運ぶまでに完全に冷めてしまうらしい。なので、各部屋の横には必ず簡易キッチンがあるのだとか。
「な、何か問題でもございましたか?」
「いいえ、気にしないでちょうだい」
話を聞いてニヤリと笑ってしまったせいだろう。侍女が怪訝な表情になっていた。
しばらくして持ってきていた荷物が部屋に運び込まれて来た。
荷物を置く場所などを聞かれたので、三つのトランクは服なのでクローゼットに、二つは生活用品なのでキャビネットなどに並べるようお願いした。
「残り五つのトランクはどうされますか?」
「あぁ、それは……あ。許可を取り忘れましたね。トリスタン様にお目通り願いたいのだけど」
「ご主人様は先ほど城下町へ視察に向かわれましたが……」
「あら? そうなのね。昼食には戻られるかしら?」
侍女と従僕たちが顔を見合わせて、夜までは戻らないことが多い、と申し訳無さそうに謝ってきたので、気にしないでいい、残りのトランクはそのまま置いておいて、とお願いして片付けを終了した。
侍女にお茶をお願いし、ホッとひと息。
侍女の一人は焦げ茶色の髪で眼鏡をかけたナタリー。三十代でここで働いて十六年になるそう。
もう一人の侍女は黒髪のキャス。二十歳で五年ほど前に働き出したとのことだった。
侍女見習いはメルで、八歳とのことだった。流行病で両親が死に、たまたまその場に居合わせたトリスタン様が城で働くよう言いつけたそう。
「へぇ。いい人なのね」
「はい! すごくすごく優しいんです!」
メルはキラキラとした笑顔でそう言うけれど、二人の侍女はスッと目を逸らしたので、もしかしたら何か裏でもあるのかと疑ってしまう。流石に人身売買とかはないだろうけど。そんなことをつらつらと考えていると、老齢の執事が部屋を訪れた。
「ご挨拶が遅れました、執事のポールでございます」
ぴっしりと撫でつけられた白銀の髪と、一切着崩れしていない執事服。とてつもなく遣り手の気配がする。
「ポールね、よろしく。早速だけど、城内を案内してくれないかしら?」
北の要であるネージュ。領主が住むのは、数代前の国王が頑丈に造らせた城。当時は他国との戦争が頻繁に起こっていたため、かなり重厚な造りになっている。敵に侵入された時のために、城内を複雑な造りにしているようで、さっき歩いただけでは何が何やらという感じだった。
「申し訳ございませんが、承知致しかねます」
「あら? どうして?」
「トリスタン様と城内で働く者のため、貴女様が本当にオレリア・ハイアット様かどうか確認できるまでは、こちらの部屋からお出にならぬようお願いに参りました」
これは…………前途多難ね?
まぁ、部屋から出ないでと言われたのであれば出はしないけれども、その代わりに欲しいものは持ってきてくれるのかしら?
ポールの表情からは感情が読み取れないけれど、なんとなく言葉に棘がある。もしかしたら、確認とともに拒否の嘆願状を陛下に送っているのかもしれないわね。
「食事はどうするの?」
「部屋に運ばせます」
「そう。トリスタン様が戻られたら、話したがっていると伝えてくれるかしら?」
「承知しました。お伝えはします」
「…………よろしくね」
なるほどね。伝えはする、ということは、話せない可能性の方が大きいってことよね。まぁいいわ。とりあえずは、言われた通りに部屋でのんびりしていましょう。