1話 契約結婚の了承
この国は、南から北へと長く伸びたバゲットのような形をしている。そして北端は極寒の氷雪地帯で、一年中雪が溶けない。
「ネージュ侯爵ですか……」
そこを統治しているのがトリスタン・ネージュ侯爵閣下。
幼い頃に爵位を継ぎ、生活さえも厳しいような領地で辣腕をふるい続けた閣下は、婚期と言えそうな年齢になっても領地に引きこもり執務に励まれているらしい。王都に出てきて社交することはほぼない。
彼が唯一参加するのは建国祭。
その際、見目の良さから令嬢たちの好奇心の的にはなるものの、対応があまりにもそっけなく、周囲にブリザードを渦巻かせているのを何度か見た覚えがある。
そのせいで付いた通り名が『氷雪侯爵』だったのよね。
「――――で、その侯爵閣下と結婚しろということですか?」
「あぁ。彼の働きはオレリアも知っているだろう? この国の経済は彼と彼の領によって支えられている。彼の代で終わらせるわけにはいかないのだよ」
王族に連なる侯爵家に産まれたものの、長兄がいて家は安泰かつ、次女だったこともあり、両親ともにそこまで結婚に対してはうるさくなかった。何よりも、お菓子作りが大好きすぎて、結婚などしたら製菓の時間が奪われるから嫌だと断言し、了承を得ていたのに。
伯父上である国王陛下に、氷雪侯爵との契約結婚を持ちかけられてしまった。
「やっと彼が了承したのだよ。口うるさくなく、お互いの行動に干渉しない、そんな契約ができる相手ならば結婚していいと」
「なるほど?」
陛下が、領主教育が済んでいなかった幼い頃から、腹黒貴族や悪辣な親戚たちが跳梁跋扈する社交界に放り込まれ、人間不信になってしまっている。懐に入ったものには優しいのだがな……と少し寂しそうに話していた。
どうやら、領地だけでなくネージュ侯爵自身のことも気にかけているようだった。
「大丈夫とは言うが、ネージュ領は遠い。真実は分からぬ。オレリアが見たものを報告して欲しい」
「スパイは嫌なのですが?」
「ということは、結婚はいいんだな。早速出発してくれ」
「なっ――――!?」
ニヤリと笑った陛下の顔は、誰よりも悪辣だった。
屋敷に戻ると、すでに嫁入り道具や荷物が用意されていた。しかも持参金に加えて陛下からの祝い金という名目の資金も。
「何もかも、事前に決定していたのですね」
ニコニコ笑顔の両親と兄を軽く睨みつつ、大きくため息を吐き出して、罵詈雑言を飲み込んだ。何を言おうとも、ここまで用意されていては無駄な足掻きだろう。それならばネージュ領で好き勝手にやらせてもらおう。
実はネージュ領と聞いたときから、ちょっとだけワクワクしていたし。
王都を出発して四日。やっとのことネージュ領に入った。昨日あたりから雪が徐々に深まっていき、とうとう真っ白な雪景色のみになってしまった。
寒いだろうと沢山の毛皮を持たせてくれた陛下に感謝しなければならないのだろうけれど、そもそも陛下のせいでこんな目に遭っているので、やはり感謝はなしでいい。
ネージュ城に到着した。
ネージュ領は二ヵ国と隣接しているため、昔から国の防衛ラインを担っていた。質実剛健な城はどんな軍勢にも攻め落とされないだろうといった安心感がある。
数年前までは燻り気味だった各国間の関係も今はかなり良好になっているので、城下町や城内にいる人々の顔はとても明るく平和な空気を纏っていた。
城門で陛下からの書状を見せると、酷く驚いた顔をされた。事前通知をしていないとは聞いていたものの、本当に完全に知らされていないとは思ってなかった。多少なり、誰か来るぞ的な連絡は行っているものだとばかり思っていた。
慌てふためく門兵たちに気にしないでいい、ゆっくり慌てず確認をして欲しいと伝えた。
それからまもなくして老齢の執事が現れると、ついてくるよう言われた。
城の内部は思っていたよりも綺麗で暖かかった。太陽光を取り入れるよう作られた天窓などの効果もあるのだろうけれど、温度管理もしっかりと行われているようだ。
「侯爵がこちらでお待ちです」
「ありがとう」
見るからに不機嫌そうな赤髪の青年にカーテシーで挨拶をし、経緯を説明する。
「――――ということで、本日よりこちらへ輿入れして参りました、オレリアでございます」
「聞いてないのだが?」
「手紙はこちらに」
国王陛下から預かった手紙を氷雪侯爵に渡すと、眉間に皺を寄せて目を通し始めた。
ふわりと揺らめく炎のように赤い髪と、全てを凍らせるような青い瞳。しっかりと鍛えられているのが分かる、引きこもりとはいえないであろう体格。
今までは遠くから数度お見かけしたくらいだったが、目鼻立ちの整ったお顔なことも相まって、ご令嬢たちが色めいていた理由がやっと分かった気がした。
「――――なるほど。子さえ成せば仮面夫婦でも構わない、と書かれているが、君はそれでいいのか?」
氷雪侯爵は現在二十八歳、私は二十歳。婚期真っ只中ではあるものの、お互いに結婚する意思も意欲もないことから、国王陛下に契約結婚を勧められたのだと話すと、更に深く眉間に皺を寄せられてしまった。
「…………勝手にするといい」





