第8話 オリエン合宿初日(前篇)
今日はオリエンテーション合宿当日。
班分けは当日、校門前での発表となるので俺は期待しながら学校へと向かう。
つい最近まで煩わしいと思っていた人間関係だったが、いつの間にか班分けを心待ちにしている自分に驚きを隠せない。
学校に着くと校門の前に三台のバスが並んでいた。
とりあえず校門前の広場に集合との指示があったので、俺はそこへと向かう。
途中、俺は校門に張り出された班分け表を確認する。
「えっと、俺は……7班か。班員は……黒崎、中屋敷、西村と、ほかは知らないな……」
全体的には当たりだろう。
何といっても今までに話したことのある人と同じ班になったのは大きい。
心を弾ませながら歩いていくと集合場所に着く。
俺の班の列にはもうすでに中屋敷と黒崎がならんでいる。
中屋敷は俺を見つけたようで手を振ってきた。
「よう、熱田。同じ班だな」
「そうだな。この合宿ずっとボッチかと思っていたけどお前がいるから心強い」
会話をしていると集合時間になったようで学年主任が前に立つ。
「どこか、揃ってない班はあるか? 班員がそろってない班の班員は静かに挙手しなさい」
誰も挙手しないところを見ると、どうやら全員そろったらしい。
そういえばうちの班はどうだろう。
俺は人数を数える。
「1,2,3,4,5……あれ……?」
もう一度数えるが俺を入れて五人しかいない。
確か俺の班は6人のはずだ。
俺はすかさず手を挙げる。
「先生、一人いません」
「手を挙げるときは静かに」
しっかり報告した俺が注意されて、気づかなかった他の班員は注意されない。
不条理な世の中だ。
すぐにうちの担任が俺のもとに来て確認する。
「熱田くん、来てない子って茅蜩さんで合ってるよね?」
「いえ、まだクラス全員の名前は把握していないので何とも……」
担任は主任の所に向かうと名簿を確認し始める。
教師たちは慌ただしく電話を掛ける。
そんな中、茅蜩さんが走ってこちらの方へやってくる。
「お前今何時だと思ってんだぁぁぁッ!」
「君一人で何人が迷惑してるのかわかってるのか!」
「……」
「ハア……今後遅れるときは必ず連絡を入れるように。それと宿泊施設に着いたら茅蜩の班員は全員本部に来るように。班員の間違いは班員全員の責任だ」
呼び出しか。かわいそうに。ってか俺も!?
班員がなかなか粒ぞろいだったのでこの合宿には妥協的希望を抱いていたが、
やはり自称進の合宿はどこまでいっても自称進。ああ、望んだ通りにはならないものであることよ。
広部は全員に続ける。
「それはそれと、バス内では静かに過ごすように。喋ったものにはペナルティを課す」
そう言うと広部は隣にあるスーツケースから400字綴りの原稿用紙の束を取り出して見せる。
バス座席は出席番号順。
特に誰とも喋る予定のない(喋る相手がいない)俺には無縁の話だ。
話を聞き終わった俺たちはバスに乗り込む。
席に着いた俺はカバンの中からラノベを取り出す。
結局合宿の目的地に着くまで時間いっぱい読むことになった。
昼前、俺たち一行は長野に着いた。
高原なので空気は澄んでいて思わず叫びたくなる気持ちだ。
バスを降りると、俺たちは食堂へと誘導された。
机の上にはもうすでにカレーライスが用意されている。
全員が食事会場に着くと広部は話し始める。
「今から、食事後の行程について話す。必要ならばメモを取るように」
多くの人がしおりを取り出す。
俺も周囲に合わせて一応取り出しておく。
「食事後は荷物を宿舎へと搬入する。その後は講演会を予定している。今日は全員が受験生としての意識を高めるられるよう先輩方をお呼びした。彼らは定期考査でも優秀な成績を修めていらっしゃる。学びとれることも多いだろう。しっかりと聞くように。講演会後の予定に関してはしおり通りだ。時間厳守で動くように」
俺は適当に聞き流す。
とりあえず、広部の話も終わったので俺はカレーライスに口をつける。
「てっきり合宿っていうから飯盒炊爨とかするのかなーって思ってたんだけどそんなことなさそうだな。ていうか講演会って別に学校もできたと思うんだけど……」
俺の隣に座ってるやつは……あ、元倉だったかな。
眼鏡をかけていて、ちょっとぽっちゃりしている。
「そうだな。……でも元から午前中は勉強って言われてたから薄々そんな感じだとは思ってた」
「確かに~ この学校何かと僕の通ってた中学校と比べて変なんだよね。やけに厳しいっていうか……」
同感だ。なんせここは……
「この学校って自称進学校何じゃないか?」
お前ッ!!!その名を口に出すのはまずい!!
俺は急いで周りを見渡す。幸い、広部はいないようで一命を取り留めた。
「あ、ネットで流行ってるやつか?確かにそうかもな」
それを聞いた中屋敷も「真実」に至る。
「もしかしたらあの講演の後、原稿用紙のレポート提出とか言い出すかもな」
俺は冗談半分で口に出し、それに対して中屋敷も元倉も笑っていたが、広部が
「言い忘れていたが、講演会はレポート提出必須だ。心して聞くように」
やっぱあるんかい……
昼食、荷物の搬入も終え、俺は集会室へと向かう。
集会室にはもう先輩がスタンバイしていた。
俺は適当に後ろのほうの席に座る。
もうじき始まるのはずなのにまだ集会室はガラガラだ。
みんな宿舎でくつろいでるのかな、そんなことを考えていると中屋敷が俺の隣に来た。
「お前早いな」
「あと3分で始まるのに早いって何がだ?」
「お前さっき食堂で広部が話していたこと聞いてなかったのかよ。講演の開始時間延長されたから、まだ始まるまで20分くらいはあるぞ」
「そうなのか?」
「ああ」
そんなことを話していたのか。
今から宿舎に戻る気にもなれないので俺はここで中屋敷と話すことにした。
「そういうお前は何でこんなに早く来たんだ?」
「お前本当に食事の時の話聞いてないな……俺たちの班『呼び出し』が掛かってるだろ? 食事後に集会室前の廊下に来いって」
「そういえば、そうだったな。場所と時間までは把握してなかった」
茅蜩さんが遅刻してきた件まだ終わってなかったんだったな。
俺たちが彼女の遅刻事由を知るわけがないのに……何で呼び出しを食らわないといけないんだ……
こんな不合理な連帯責任があっていいのか?
しばらくすると他の班員がぽつぽつとやってくる。
「茅蜩さん、まだなの?」
黒崎さんがそう言う。
少しいらだっている様子だ。
結構優しそうな感じの人なので意外だ。
しばらすると、茅蜩さんがやってくる。
「……みっみんな……ご、ごめんね! わ、私のせいで……その、みんなを巻き込んじゃって……」
彼女がそう言うので俺も含め、班員はみんな大丈夫だと返す。
「まあ先生も怒りすぎだよね」
西村さんが言う。
「確かに。俺も遅刻でここまで怒ってる教師を見たことがない」
俺が場を取り繕う。
「……」
茅蜩さんは黙っている。
そういえば、彼女がクラスで他人と喋っているところをあまり見たことがない。
そうこうしているうちに学年主任の広部がやってくる。
「それじゃあ、詳しく話を聞こうか」
茅蜩さんを睨みつけるようにして広部が話し出す。
「……」
「あのね、喋ってくれないと始まらないんだよ」
「……」
「……じゃあ、まずは今日遅れた理由を聞こうか」
「……ッ」
彼女は囁くように言う
「……ごはんが、お、おいしかったから……で……す」
なんだその理由。可愛すぎだろ!
「……お前、学校舐めてんのか?帰っていいぞ?」
広部が今までにないほどにマジトーンになる。
活舌がよくない学年主任の声がここまで一言一言はっきり聞こえるとは。
空気が凍り付くとはまさにこのことを指すのだろう。
「……いっいえ、本当にそうじゃなくて……」
「ハァ……これまで教師をやってきたがこんな理由での遅刻はお前が初めてだ……」
俺もこんな言い訳は初めて聞いた。
「まずは、とりあえず……」
そういうと広部はショルダーバッグから原稿用紙を取り出す。
「遅れたことに対する反省文だ。改行は禁止。それ以外は一般的な原稿用紙の規則に従うように」
広部は彼女に原稿用紙5枚を手渡す。
いくら広部とは言え、相手が女子である上、理由が理由なだけにこれ以上本気で怒れないと踏んでいたが……
当の本人は清々しいほど本気でキレていた。
「お前らも同じだ。同じクラスメイトの状況も把握していなかったのか!」
何がどう同じなんだ……そもそもまだ入学したてで、状況を把握しろというほうが無理があるような気がするんだがな。
前日に班分けを知らせてくれてたならまだ対策のしようがあったものの……発表は今日だったしな。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。
その一瞬の隙を広部が見逃すはずもなく、
「そのため息はなんだ? 信頼関係の確立は受験においての最優先課題だって俺は合宿前の集会で言ったはずだ。お前はそれを怠ったんじゃなのか?」
もう広部には何を言っても無駄らしい。
「……いえ……何でもないです」
俺がそう言うよりも先に広部は原稿用紙を取り出す。
「お前のその教師に対する反抗心も反省が必要だ」
幸いにも俺に配られた反省文は二枚で済んだ。
「今後は誠福学園の生徒である自覚を持って、生徒として恥ずかしくない行動をとるように」
そう言うと広部は集会室の講演台近くで待機している先輩方の方へと向かった。
他の班員も講演会の座席のほうへと散っていく。
結局俺と茅蜩さんの二人が反省文を書くことになってしまった。
「ご、ごめんね……私のせいで熱田くんも反省文書く羽目になっちゃって……」
「自分から言い出したことだから……それに反省文二枚程度ならすぐに書き終わる。それより茅蜩さんは五枚だけど大丈夫? 少しくらいなら手伝えるけど」
「べ、別に大丈夫だよ! それに、もうそんなに迷惑かけられないよ……」
「広部も言ってたけどおんなじ班なんだから結局連帯責任になる。困ったときはお互い様だ。遠慮はいらない」
「じゃ、じゃあ……一緒に書いてくれたらうれしい、な。そうだ! いつ時間あるかわからないから……さ、めっメアドとか……交換する?」
「いいの?」
おおおおおお!
人生で初めて同級生の女の子の連絡先ゲットしたぞ!!!
俺は学校の端末に彼女の連絡先を追加する。
「また合宿のどこかで時間があれば連絡するね」
「う、うん!」
彼女はにっこり笑って言う。
それから俺たちも講演会の方へと向かった。