第5話 イズム
俺はまだ昨日のことを後悔している。
昨日は全員ほぼ初対面。
俺は高校デビューをする恰好のタイミングを失った。
「チクショウ……」
副委員長補正とか、かからないかなぁ。
唇をかみしめながら電車を降りる。
今日は一年生のみの登校日。春課題テストを受けるために登校する。
早速休日登校とか正気か? サブタイ回収はもっと先でも良いんだが……
昨日は一人で登校する一年生が多かったが今日はグループが散見される。
俺が帰った後に連絡先でも交換したのだろうか。
そんなことを考えながら一人で歩いていると、背後から声をかけられる。
「熱田くん……だっけ?」
こくりと俺は頷く。
えっと。誰だっけこの人。
昨日の自己紹介をきちんと聞いていなかったことが仇に出る。
「あぁ~もしかして私のこと覚えてない~?」
そんな小悪魔みたいな顔されると勘違いしそうじゃん!
やめてよ~!
「ほんとにごめん。人の顔覚えるの得意じゃなくて……」
「そっか、そっかぁ~」
でも、本当にこんなかわいい子が俺に何の用だろう。
「じゃあ、ヒントっ! 西村芽依って聞いて何か思い出さない?」
どこかで聞いたことあるな……
いつかの遠い記憶に…………あっ、
「えっ、もしかして同じ中学の?」
「そうそう! 覚えてくれてたんだ! 昨日声かけようと思ったんだけど、なんかすぐにいなくなっちゃったから……」
結構うちから遠めの高校ばっかりを受験したつもりだったんだけど、
まさか同じ中学出身の子がいるとはな。
それもうちの中学のヒエラルキートップに君臨していた女子。
そんな女子がなんで俺のこと知ってんだ?
もしかして……俺の昨日の自己紹介、女子には好評だったとか?
「中学校の時はあんまりしゃべれなかったけど、せっかく高校も同じだしよろしくね!」
ああ。期待した俺が馬鹿だったか。
「あ、あぁ。こちらこそ」
そういうと彼女は満足げな顔をしてに小走りで学校へと向かう。
俺はあくまでもほぼ「他人」という関係の女子に少し「デレッ」としている自分が嫌いになった。
ここで俺みたいな人種は会話を振り返って後悔する癖がある。(俺だけじゃないと思うが)
どんどん遠ざかる彼女を目で追いながら俺もさっきの言葉を反芻しつつ学校へと向かう。
「『えっ、もしかして同じ中学の?』か、『えっ』はいらなかったなぁ。それに…………」
学校に着いてしばらくすると、試験監督がやってくる。中蔵じゃないのか。
黒板には試験の時間割が書かれている。
全員が着席したの確認すると、解答用紙が配られる。
俺はこの学校のテストがどのようなものか、その類の情報を一切持ち合わせていない。
「それでは、試験はじめ」
合図とともに試験は始まる。
記名を終えた俺は問題用紙に目を通す。
「(ッ……。なんだこの問題量……? )」
俺は未だかつてない物量に圧倒される。
それだけではない。
何といっても、一番驚いたの国語の問題構成が、諺・慣用句の意味とセンターの過去問のみから成るという点だ。
自称進学校のテストがここまでのものとはな。
正直に言ってほぼ暗記ゲーかと思っていたのだが。
少し見くびっていたな。
他の科目も概ね同じような傾向であった。
春課題から出題するとの指示をもらっていただけに俺は少し動揺する。せっかく昨日、家に帰ってから、模写した春課題の見直しをしたのにな。
そんなことを考えながら、俺はせっせと問題を解く。
思い返してみると、中学までの俺は内申点欲しさに定期考査に全振りしていた。
そのため、俺はこの手の実力テストらしきものは苦手だ。
俺の受験失敗の原因はそこにあるのかもしれない。
今更そんなこと言っても意味ないんだけどな。
そうこうしているうちに、テストは残り一教科になる。
「えっと、最後は……学習習慣アンケート?」
学校側に俺の個人情報を流さないといけないのか?
いやいや、俺は嫌なんだけど。
配布された冊子をめくると、結構細かいスケジュールまで聞いてきている。週末の過ごし方から、起床時間まで質問は多岐に渡る。
最終ページには、「※後日行う保護者面談の際にはこれをもとに話を進めます」との注意書きがあった。下手な噓はすぐにバレる。
仕方ないのでマーク部分のみ適当に埋めることにする。
記入が終わると俺は寝ることにした。
俺が寝始めてから数分が経った頃であろうか、監督の教員に俺はたたき起こされることになる。
「お前ッ、入学二日目やからつってテスト舐めとるんかあぁぁぁッ!」
教室に関西弁で怒号が鳴り響く。
何事かと思った俺はバッと顔を上げる。
周囲を見渡した感じ、どうも怒りの矛先は俺らしい。
「これが、数学の試験やったらどうするんやッ! 見直しするのが普通ちゃうんか? 何事も本番見据えて行動するのがプロの受験生じゃないんか? アぁん?」
いやいや、数学のテストじゃないから寝てるんだよ。
それに、プロの受験生ってなんだよ。受験は職業じゃないからな? この教師はそれわかってんのか。
変に反感を買うのも嫌だが、ここは一つ言い返してみるか。
「ウッ、あっ、その、スミマセン……」
……意図せず目を覚ませてしまった俺は仕方なく時間一杯、学習習慣アンケートの自由記述欄も書くことにした。
一悶着あったものの、とりあえずテストは終わった。
残すところ今日の予定はあと学年集会とホームルームのみだ。
さて、今からは昼休み。
ここで友達作りのために動くこともできるが、普通におなかが空いたのでとりあえず食堂に行く。
食堂棟は一面ガラス張りの現代的な建物だ。
この学校の食堂は世間的に結構広い部類に入るらしい。どこかのレビューサイトで見かけた。
初めて来たがメニューは結構豊富。
選ぶのに時間がかかったが、ひとまず定食を受け取った俺は空いた席に陣取る。
この学校はボッチのお供であるスマホの持ち込みが禁止されているので、これからこの手の生活をしていく俺にとってはかなり辛いところだ。
だが幸いにも今日はラノベを持ってきていたので特に困ることはない。
俺は無言で定食を頬張る。
しばらくすると、俺の隣に誰かが座る。
他にも空いてる席があるのにわざわざ俺の隣に座るなんて物好きなやつもいるんだな。
俺の理解が及ばない所のことを考えても時間の無駄だ。
俺は、ラノベを片手に黙々と食べ進める。
「お前ってB組だよな。そのラノベ、何読んでるの?」
隣に座った生徒が話しかけてくる。
「あ、これ? 『転生したら家出少年でした~帰ってきてくれと言われてももう遅い~』だけど……どうかした?」
「ああ、エスケーパーか。あれの扉絵結構いいよな。かわいい」
「俺もそう思う。毎日ブックカバー外して見てる」
「それはやりすぎじゃないか……ってか、お前ってラノベ好きなのか?」
「いや、好きなんだけど実はこれ、まだ二シリーズ目なんだよね」
「なるほど。これ俺のおすすめだから……」
そう言うと、彼はブレザー内側のポケットから三冊ほどラノベを取り出す。
そんなところに入れてラノベ持ち運んでるやつ初めて見たわ。
「これ布教用だからお前にやるよ。クラスに同じ趣味のやつがいるとなんだか嬉しいからな」
そう言って彼は俺に手渡す。
「そんな、悪いよ。初対面なのにこんな何冊も、もらったら」
「遠慮するなって。まだ家に何冊もあるから」
一応厚意は受け取っておこう。
「そうか? じゃあありがたく。そのうち読むよ」
「俺んちにもっとあるから、続き読みたくなったらまた声かけてくれよ。……で、お前誰だっけ」
「なんだ。君も昨日の自己紹介聞いてなかったのか? 俺は熱田健二だ。よろしく」
「熱田か、よろしく。俺は中屋敷敦彦だ。またクラスでもよろしくな」
「おう。それじゃあ」
飯を食べ終えた俺は、彼に別れを告げて食堂を後にする。
友達と言っていいのかはわからないが、とりあえず趣味が合う人を見つけられたのは大きい。ボッチでこの学校生活を乗り切ろうと考えていた俺にとっては願ったり叶ったりだ。
少し話し込んだ(ものの数分)からのどが渇いたな。
自販機に寄ってから学年集会に向かうとするか。