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第3話 自称進の入学式は自称進のテイストで

 これまでにも勉強漬けで潰れてきた長期休暇はたくさんあったが、ここまでに大量かつ無意味なタスクに時間を食われたのは初めてであった。


 俺は妹の宿題を手伝う傍ら、自身の課題も進めなくてはならない。


 最近の妹は反抗期真っ只中でどうも俺とは馬が合わない。

 宿題を手伝ってほしいと言う割には俺に非協力的だ。

 何かとつけてめんどくさい。

 昔はもっと可愛かったんだけどな。

 そんな事を考えながら、鉛筆を進める。


「やっと、終わった──」


 入学式二日前になって俺はやっと春課題を終える。

 あらかた答えを模写したことはさておき、正直一生分の勉強をした気分だ。

 妹は公立中学に通っていることもあり宿題は適量。妹の頭が悪いことを除けば特に問題はない。

 俺が協力したこともあり、妹は早々と春休みライフを満喫し始め、俺は歯がゆい思いで「自称進」から出された春課題に食らいついていた。


「これでやっと、俺も開放される……」


 リビングに降りて久しぶりにテレビをつける。


「自称進に通った以上、もうこんな風にくつろげる日は少なくなるのかな─ー」


 心の中でそう呟く。

 明後日は入学式。くつろぐ前に準備でもするか──




 今日は四月九日。誠福学園の入学式当日だ。

 前回のオリエンテーションとは違い今日は制服での登校である。

 正直に言うと、この学校の女子の制服は比較的可愛らしい。俺の妹の着ている制服とは段違いである。

 今日は入学式ということもあり両親も来ている。

 校門につくと


『誠福学園入学式』


 と書かれた、立て看板が新入生を迎える。


「健二、ちょっとそこに並びなさい」


 写真は嫌いだ、なんてことが言えるわけもなく俺は言われたとおりに列に並ぶ。

 数分待つと俺たちの順番が回ってきた。

 俺の母親はニッコリしてスマホを構える。


「はいっ! 撮るよー」


 笑顔を作るのが苦手な俺は口角をあげようと頑張る。

 やっと一枚目が撮り終わる。

 すると、母親は後ろを振り返る。


「すみません。もし、よろしければ撮っていただけませんか?」


 自分も写りたかったらしい。母は自分のスマホを差し出して後ろに並んでいた人に言う。

 もう……そんな面倒くさい事どうでもいいから。早く行きたいんだけど……などと考える俺の方には目もくれず、後ろに並んでいた女子高生は、


「大丈夫ですよ!」


 と気さくに返事をした。

 言われた通りにこの女子高生は写真を撮る。

 俺はスマホを構えるその女子高生の方をじっと見る。

 へぇー。自称進にもこんな可愛い女の子がいるんだなあ。

 いや、待てよ。この考えじゃ、自称進があたかも学校じゃないみたいになっちゃうじゃん。


「ありがとうございます! そちらもよろしければお撮りしましょうか?」


 俺の母親がそう言うと向こうも快諾する。

 時間がかかりそうだと判断した俺は写真を撮る母親を後にして、入学式の行われる講堂へと一人で向かった。



 講堂前に着くとクラス分け名簿が貼り出されていた。


「えっと、俺は……B組か」


 この学校には「特進コース」と「一般コース」があり、A組が特進コース、B組とC組が一般コースという編成になっている。


 まあ、コース分けは自称進の御家芸だから。


 俺の第一志望校からしてここで特進コースに行けなかったのはかなりの痛手だったが、幸いにもクラス替えは毎年ある。上のクラスにも行けるチャンスが残されているということだ。もっとも、入れ替わるのは例年数人程度らしいが。


 クラス分けを確認し終えた俺は、そのまま誘導に従ってB組の席に座った。

 しばらくすると、俺の隣に女子が座った。

 この子は──

 一瞬その女の子と目が合う。

 ついさっき、外で写真を撮ってもらった女の子だった。

 もちろん俺には話しかける勇気などもなく、そのまま式辞を待つことにする。


 俺が着席してから一〇分ほどすると席のほとんどが埋まってきた。

 すると、後ろの席から一人の男子生徒が身を乗り出してくる。


「待ち時間長いよねー。今ここらへんに座ってるみんなで自己紹介してるんだけど、よかったら君も参加しないかな」


 俺はこういう押し付けがましい親切心は嫌いだ。

 まあでも、せっかくだし答えておくか。


「俺は熱田健二だ。よろしく」


 このシンプルで、スマートな受け答え。

 俺のコミュニケーション能力の底力を舐められては困る。


「熱田くん……か。よろしくね! ぼくは永田ながた輝明てるあき。中学時代はバスケ部に入ってたんだ」


「運動部か。スポーツできるっていいよな。俺、運動苦手だから羨ましい」


「そんな褒められるほど、ぼくも運動できないよ。走るのもそんなに早くないし」


 嘘つけ。なんでも謙遜すればいいってもんじゃないぞ。

 大体、運動苦手なやつは初対面の人間に運動部所属だったってこと告白しないだろ。

 俺が心のなかでそう毒づいていることを知る由もない彼はそのまま続ける。


「熱田くんは何か得意なこととかあるの?」


 俺が得意なこと……か。

 今まで考えたこともないな。

 ここは正直に答えたほうがいいよな。


「特筆して言えるほど得意なことはないな。君とは違って中学時代は帰宅部だったし」


 俺が本当のことを言うと彼は少し気まずそうな顔をして、乗り出してきた頭を引っ込める。

 俺何か変なこと言ったか?

 まあ、ここは気にしないでおこう。

 思い返してみると春休み以降、家族以外の人間とまともに話したのは久しぶりかもしれない。

 中学時代の俺はあまり他人との接点を持っておらず、友人も数人程度であった。

 その数人の友人とも卒業後はほとんど連絡が取れていない。

「はぁ」と俺はため息をつく。

 もうしばらくすると、入学式は始まった──



 国歌演奏とともに始まった入学式は校長の祝辞へと入った。


「保護者の皆様、新入生の皆さん、入学おめでとうございます。学園一同、心より歓迎いたします。……本校での第一歩を踏み出すに当たり、一言お祝いの言葉を贈りたいと……」


 中学時代からこの手の話には興味がない。

 そもそも、聞く価値と意味を見出せない。

 そう考えていた俺だが、ここは入学式。仮にもこの校長の話を聞くのはこれが初めてなので一応最後まで聞き届けることにする。


「……この学校には学びの機会があります。どうか生徒の皆さんは学校を信じて、突き進んで……」


 学校を信じる。これ以上の自称進ワードは存在しない。

 これは言い換えると「塾へ行くな、学校のやり方で勉強しろ」という意味になる。

 オリエンテーションの時からわかってはいたが、事実ここへ入学するとなるとやはり心が重い。


「……最後になりましたが、保護者の皆様方に置かれましては、ご子息、ご息女の成長を信じ、我々に安心して託していただき、同時に温かいご支援とご理解を賜りますようお願いいたします。以上で、入学生の皆さんの限りない可能性を祝し、以上をもって式辞といたします」


 保護者席からは拍手が鳴り響く。

 同様に、生徒からも拍手が鳴り響いた。いずれこいつらも「真実」に気づく時が来るというのに……

 自称進であること、それは、「保護者の信頼を得ようと生徒に無理難題を押し付ける」ことと同義である。


 それに付随して根性論に走る。そしてそれに反発する生徒も生まれる。

 自称進にはこのような不安定要素を抱えた中での学校運営が運命づけられている。

 果たしてこの学校での生活はどのようなものになるのか──

 今の俺には想像がつかない。

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