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帝国騎士を辞める

フウラ(ディヴィア)とロゼミ(ローザ)は黒髪です。ホルト帝国では、黒髪が珍しいので、良く覚えられています。なので、もしかしたら…

 今の俺はとても眠たかった。室内ではあるが、鎧を被っているので、目を閉じて瞑想をする。最近は特に忙しくて、朝昼夜全てが仕事だった。プライベートの時間など無いに等しい。去年までは、一年の三分の一が休みで、労働時間は少なかったけれども、給料はそこらへんにいる自営業の商人達より貰っていた気がする。


 去年に、皇帝が亡くなってから帝国内の方針がガラリと変わってしまった。現皇帝の強い実力主義の思想のせいで、最初から出来る者が仕事を請け負うことになってしまった。その結果として、一応帝国騎士内の序列二位である俺には、次から次へと難度の仕事がやって来た。


 最初の頃は、新皇帝が俺のことを買ってくれていると考えていたから頑張れたものの、調子に乗って頑張ってしまったせいで、仕事の量が丁度三倍になってしまっていた。月給制から歩合制に変わったことも関係があるが、通帳の残高は去年の二十倍ほど増えた。


 一生お金に困らないであろう金額を、一年経たない内に稼いでしまったのだ。特に、お金を使う趣味は無く、時間も無く、装備一式は支給品で、食事も城内に居る一流のシェフさんが無料で作ってくれる。序列が高いおかげではあるが、五年ほどお金を使ったことがないぐらいだ。


 なので、ここまで過酷な仕事をする動機が全く無いと言っても良いだろう。何でこの仕事をしているのか、自分でも理解をしていない。


「ディヴィアさん。また新しいディヴィアさん案件が二課に入って来ましたので、既存の四つの要件に組み込みました。このルートで行けば間違いないでしょう」


 体裁上、書記となっているローザが書類を机の上に置いて説明をしている様だ。どうやら今日の予定が決まっているらしい。目を開けて確認すると、しっかりと事細かに書かれているので、紙を見れば何となくわかる。最後から二ページ目の部分にまとめが書いてあるので、そこに栞を差し込む。


「最後がサウス地区か…ローザは実家に帰ってるよね?」


 もしこの紙通りに動くと、数日の間は家には帰られないことになる。


「はい。私には書類作成しか認められていませんので…」


 少し自虐をするように言ったので、後ろめたさを感じてしまった。序列が二十位以内ではないと、戦闘系の仕事をしてはいけないと皇帝に命令されている。本来は戦闘経験が豊富だったり、大会で結果を残している人が帝国騎士になることが多い。


 ローザもその中の一人なのだが、序列は二十三位とギリギリ規定には達していない。人手が足らないので、序列五十位以内に条件を変えて欲しいと皇帝に抗議をしたが、二十人で事足りていると耳を貸さなかった。


「そう…ローザは強いから一緒に来て欲しいんだけどね」


 二人にどんよりとした空気が流れていると、バタバタと足音を立てて何者かがこの部屋に入って来る。扉を開けてこちらに来た人物は、まさにディヴィアが待ちに待った青年だった。


「ディヴィアさん居たんですね!ジン先輩に勝って、序列が十七位になりました!皇帝さんも僕の試合を見てくれていたらしいです!」


 ウキウキで二人に話しかける青年は、右腕から出血していることを気付いて居ないのだろうか。そんなことはどうでもいい。やっと、念願の、待ちに待った、二課に二人目の序列二十位内の人間が誕生した。


「良くやった!ピセルは出来る男だと信じていたぞ!」


 まるで、自分の事のように喜ぶディヴィアを見て、ピセルはさらに雄叫びをあげた。ディヴィアは席を立ってピセルに歩み始めると、ピセルもディヴィアの方にめがけてゆっくりと嬉しそうに歩く。


 ピセルは、ディヴィアに抱かれるのを待つために、目を閉じて両腕を大きく広げて受け身をとる。ディヴィアは迷わずに、目を閉じているピセルの右肩をポンポンと叩くと、ピセルは目を開けてディヴィアを見た。


「今日から、お前が、帝国騎士二番隊の隊長だ。後は任せたよ。あ、ローザに今日の予定を聞いておいてね~。じゃあ」


 最初はゆっくり言う事によって、ピセルに期待感を抱かせて、途中で落とすという高等テクニックだ。聞き手は、一回目では話の全体像が理解が出来ないだろう。


「え?」


 当然、意味がわからないので聞き返そうとするも、既に部屋から消えていた。ディヴィアは追跡されないように、転移魔法まで使ったのだ。


「なるほど、先ほど資料を読んでいる時に辞表届を紛れ込ませていたんですね」


 ローザは、パラパラとページをめくって一通の封筒を取り出した。そこには、辞表届と達筆で書いてある。


「どういうことだ…?僕はディヴィアさんと遠征出来ないのか?」


「多分無理でしょうね…」


 小さく呟くローザは、黒縁眼鏡を外して机の上に置いて、右肩近くで髪を結んだ。


「ローザさん!?」


 先ほどよりも、ローザから圧倒的な雰囲気を感じたピセルは、自分よりも強いと直感が訴えたので、急いで距離をとった。まるで、学生時代のローザに戻ったみたいだ。


「私もディヴィアが居なくなるなら辞めるわ。戦うために帝国騎士になったのに、最近は事務仕事ばっかりじゃない」


 歩きながら内ポケットから封筒を取り出して、二通をピセルに渡す。この数分の出来事が衝撃で、ピセルはただ封筒を受け取って何も言えなかった。


 誰も居なくなった部屋を見渡すと、六つあった机が三つになった去年の出来事を思い出す。あの時から、遊撃部隊として結成した二番隊遊撃課がおかしくなってしまった。


 皇帝が変わってから、少数精鋭部隊が仇となってしまった。序列戦もディヴィアが頑張って二位になってくれたおかげで二課は存続出来たんだ。


「自分が弱かったから…やっと学生の頃から憧れていたディヴィアさんの隣に立てると…」


 それからピセルは三枚の封筒を持って部屋から出た。ホルト帝国騎士二番隊遊撃課は、解散となってしまった。これにより、様々な問題が帝国内で蔓延ることは、数人しか予期していなかった。





 ディヴィアは、ホルト帝国の最北端の位置にある崖から帝国一帯を見渡していた。帝国を離れるのは三年ぶりぐらいだろうか。帝国騎士になってからの思い出に浸りながらボーっとしていると、視界に見知った顔が現れる。


「ディヴィアさん」


 ローザがこちらを見て話しかけてきたが、今は鎧を着ておらず仕事モードでは無いので、無視をする。ローザは顔を覗き込んで、こちらを確認する。


「フウラ・アドメルトさん。ロゼミ・アーカミラです」


「本名を言うの止めてくれるかな?」


 急に帝国内で名乗っている名前では無く、本名を言い始めたので流石に止めてしまった。


「聞こえてるんですね」


 ニコっと笑うロゼミは、世界で一番可愛いだろう。勿論、異論は認めない。


「どうしたの?」


「一緒に付いて行こうと思いまして、帝国騎士を辞めてきました」


「だろうね…今の髪型の方が似合ってるよ」


「ありがとうございます」


 お互いがプライベートの時の距離感で話していた。ロゼミは同級生で、ずっと一緒に生きてきた五人集団の一人だった。


「これからどうするの?」


 どんどん距離が近くなるロゼミに、懐かしく感じてしまったので本音を語ってしまう。


「あの三人が帝国騎士を辞めた段階で、一緒に辞めていれば良かったな」


「…私は忙しくて楽しかったですよ。ただ、戦いたかったですけど」


「確かにね」


 二人は笑いながら日が暮れるまで話した。これから何処に行くのか二人で話した結果、とりあえず海を渡ることにした。ホルト帝国は、一つの大陸にある小さな国々が合併して出来た。ホルト帝国を出ると言う事は、ホルト大陸を出る事と同義だ。


 貨物船の荷台に隠れて乗り込んだ二人は、遠ざかって行く港を眺めながら静かに目を閉じた。






 フウラは目を覚ますと、遠くの方の海から太陽が半分ほど見えた。隣を見ると、ロゼミが見張っていてくれたみたいだ。


「済まないな。色々と」


「ホルト帝国に未練は無いですよ。婆様はきっと独りで生きていけますから」


 ロゼミは座っていた荷台に腕を置いて伏せてしまった。眠たかったのか、未練はまだあるのか、どちらかは本人しかわからないが、ロゼミは俺が守らないといけないと心に刻む。


 二課の三人がホルト帝国から出て行くことになった時に、ロゼミだけは残るか迷っていた。俺はホルト大陸から出ることは、物理的にも精神的にも嫌だったのでロゼミを説得して残らせたのだ。そして今は、俺の都合で帝国から出ることになり、ロゼミを振り回し過ぎていると実感している。


「必ずロゼミだけは守るよ」


 寝息を立てて寝ている少女を見ながら、空に昇って行く太陽からの日光に照らされるのだった。


 段々と船上から活気が出ていた。どうやら多くの商人は起きたらしく、喋り声が聞こえてくる。海を見ながら話を聞いていると、聴き馴染みのある名前が聞こえてくる。


「アンドレって誰だ?」


「ああ、プラチナ山を越えて魔族とコンタクトを取ろうとしている冒険者だろ」


「そうだ!ホルト帝国に来てから新聞を読んでいないからな。最新の情報が入って来ない」


「冒険者教会は、まだ帰ってきてないって言ってたらしいぞ」


「三人だけで行こうとするからだ。団員募集は有って無いようなものだったし」


「常人には、あの募集要項を満たせるわけがない。全く若い冒険者は何を考えているんだか」


 商人からの話は興味深いものがあった。会話の中で、話題に出ていたアンドレは恐らく二課に居た男だろう。三人だけと言っていることから、三人とも一緒に動いている可能性が高いな。


「…ん、、、おはよう」


 可愛らしい声で挨拶をしてくれたので、こちらもカッコイイ声で返さねば。


「おはよう、ロゼミ。良く眠れたかい?」


「…そこまで」


 寝起きで機嫌が悪いのか、こちらを見てくれないので、覗き込んでロゼミを見ると腕を掴まれてしまった。


「はいはい。い、痛いから止めて!?」


「謝ったら許すわ」


「え?かっこよくてごめんなさい」


「そこじゃ…ないわよ」


 またこちらを見てくれなくなったので、荷台から隠れながら西の方の海を見ようとすると、港町が薄っすらと見えてきた。


「そろそろ着きそうだから」


「うん…わかった」


 フウラとロゼミは、お金が入っているカードしか持って来ていないので、準備をするものがなかった。船が港に着くことを待っていると、何やら船上が騒がしいことに気が付いた。


「おいおい!今のラジオは本当か?ホルト帝国が国際指名手配したらしいぞ」


「三人とも有名人じゃないか!」


「ディヴィアって対抗戦でホルト帝国代表だった奴だよな」


「ローザもそうですよ」


「罪状は…不敬罪?」


「あの皇帝に喧嘩を売ったのかよ!三人ともやるな!」


 みんな盛り上がっている様で何よりだ。ではなくて、どうやら指名手配をされてしまったらしい。俺とロゼミは理解出来るが、あと一人は誰だ?


「予定変更する?」


「そうだな…アグナ帝国を南西に移動して、メイラス王国に直行しようか。ロゼミが寝ている間にアンドレ達の噂を聞いたんだよね」


「そう、何時までも味方だと限らないよ?」


「知ってるよ。ロゼミはどうなの?」


「私は…貴方の味方よ」


 照れている様で顔からは真意が読み取れない。アグナ帝国の皇族が持っている人を見透かす力が欲しいと切に思う。


「俺はロゼミが好きだから、一生ロゼミの味方だよ」


 ただ、心の底から言葉を紡ぐ。ロゼミに伝わるかわからないが、俺の知り合いで信用出来る相手は、ロゼミしか今の所は居ない。ピセルも信用出来たが、自分で関係を捨ててしまった。


「わ、私も好きよ」


 顔を真っ赤にしている彼女はとても可愛らしかった。黒色の髪から時折見える耳が赤く染まっているのも確認出来る。だが、まだ足りない。背中を任せられる確信が欲しい。


「じゃあ結婚してくれる?」


「え!?」


 予想外の言葉だったのか、ロゼミは大声で驚いてしまった。この船に乗っている人の会話を聞いている限り、女性は誰も乗っていない。


「ばかっ」


 急いでロゼミの後ろに回って手で口を封じた。だが、遅かった様だ。


「誰だ!」


「今、女の声がしたよな」


「まさか、ディヴィアとかじゃねえだろうなぁ!」


 商人の声がどんどん近づいて来るので、急いで魔法陣を起動する。幸いにも西の方に陸地が見えたのでロゼミをしっかりと抱きしめて転移する。


『飛べ』


「おわ~ギリギリだった。危ないな」


 あと一歩ほど後ろで計算していたら落ちていたところだった。結構な距離が有ったので、距離を見誤ってしまった様だ。


 態勢を整えてから森の方に隠れると、ずっと腕の中に入っていたロゼミを解放する。


「…ごめんなさい。でも、フウラも悪いわ…」


「それは悪かった。とりあえず誰かに見つかると面倒だから逃げる…」


 ロゼミを見ながら誤っていたので、一瞬の隙を与えてしまったみたいだ。目の前に会いたくない奴が現れてしまった。


「久しぶりだね~私のフウラ君」


 全く強さを感じない姿に背筋が凍りそうになる。アグナ帝国で一、二番を争う強さを持っている目の前の少女は、俺の許嫁だった。

ホルト帝国が世界で一番大きい国です。国力で言うと、三番目ですかね。アグナ帝国は、世界の中心なので、全てが集まります。

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