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おもちゃ屋のヒーロー

作者: 千代三郎丸

 僕が高校二年生のころ、(かばん)の中に真四角で固そうな物を忍ばせている悪友がいた。


 いつもそこを膨らませ、その横の教科書が今にも押しつぶされそうになっていた。


 その物とは当時大流行していた“ルービックキューブ”というプラスチック製のおもちゃだった。もちろん校則で持ち込みは禁止されていた。


 十センチ四方の箱型で、赤、青、黄、緑、(だいだい)、白、と六面が色分けされている。縦横3列ずつ、小さなブロックに分かれている。最初はそれぞれの面で色が揃えられているが、縦や横に九十度ずつ回すと場所をずらすことができる。遊び方は、六つの面の色が全てそろった形に戻すというものだ。


 休み時間に悪友は、混ざり合ったキューブをいとも簡単に合わせていた。僕はその姿を見て、感動したものだった。周りの生徒からも“できるやつだ”、“天才だ”、“すごい”、と男女を問わず羨望の目で見られていた。


(うらやましい。僕もあれをしたい! ああなりたい……)


 と、嫉妬したほどだ。


 僕は期末試験中というのにさっそく買い入れ、部屋に閉じこもりそれに熱中した。


 だが、どうしても合わせることができず、試験の難問以上に難しかったのを覚えている。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 それから年月は過ぎ去り、ある新聞の見出しが目に飛び込んできた。


『ルービックキューブ・四十周年』 


 ネットの記事に、ハンガリーの建築学者でブタペスト工科大学の教授が発明したと書かれていた。大ヒットした当時、二億個も販売したらしい。


 僕は、ショッピングセンターのおもちゃ屋で、過去の宿敵、そのキューブが陳列されているのを見つけた。コロナ禍で外出ができなく暇つぶしにいいと思ったが、「触ってみたい」、「回して見たい!」、などと懐かしさが湧き出て、購入を決めた。


 自宅に持ち帰り焦る気持ちを抑えながら、箱を開けてみると、きれいに六面がそろえられたキューブがコロッと出てきた。ゆっくりと上下左右に回してみると次第に色が混在していく。


「ヤベッ、もとにもどせるかな」


 学生当時の記憶を探りながら、色をそろえようとチャレンジしてみるが、やはり難しい。やっとのことで一面が綺麗に並び次の面へと進んだ。そこを合わせると、元の側がずれる。その面を直すと今度は、横の面に別の色が混ざってしまう。

 どうしても、二面以上は難しい。これでは僕の高校時代と同じレベルだ。まったく進歩していない。当時、立ち読みした本屋にマニュアル本みたいなものがあったが、僕にはかなり難解だったのでそのまま戻した記憶があった。


 だが、今はユーチューブという無料で視聴可能なインターネット動画サービスがある。『ルービックキューブ そろえる』と検索してみると、ざっく、ざっくと現れてくる。やり方や覚え方を、その人なりに披露しているのだ。


「さて、さて」


 その動画解説を見ながらメモをとった。


 一面の後は、接する横の面全てを二段目までそろえるのがルールらしい。そして、最後の上面だけに集中するのだ。解法としては外国式、日本式があるらしく、まずは初心者用だと言われている外国式をノートにメモしていった。それを片目で見ながら進めていき半日はかかったが、やっとすべての面が揃えられた。二億人以上が目にしたであろう元の姿に戻したわけだ。


「うぉー、やっ、やった、そろった!」


 この感動はものすごかった。高校時代のできなかったこと、悔しかった思いが一掃され、何か自分の能力がアップグレードしたような気持になった。


 再び色を混在させて始めると、今度は一時間でそろうようになった。もちろん、ノートを見ながらだったが……。


 動画をいろいろと検索していくと、どうやら強者(つわもの)たちは、解法をすべて暗記して時間勝負を繰り広げているようだった。トップレベルは十秒を切るまでになっている。世界記録は三、四秒だと知った。


 僕も解法を覚えようと必死になった。こんなに頑張れるのなら、学生時代の勉強にこのエネルギーを費やすべきだったと思うほどだ。


 それから数カ月が経過。


「ついに、やったぞ。覚えた」


 と一人、奇声を上げた。


 購入から半年近くが経過していた。もちろん、間違うこともあり、メモ書きをちょこちょこ見ながら反復をしている。最近では二分を切れるようになった。しばらくすると自己記録は一分少々になっていた。

 

 年も明け、令和二年の春、電池を買おうかと、ショッピングセンターに車を入れ、ついでにそのおもちゃ屋に足を運んでみた。


 そこには、「遊んでください」と言わんばかりに、キューブの見本が置かれていた。コロナ禍の引きこもり需要で売れ出しているようだ。先客の学生はスマホを下に置き、おそらく解法を見ながらだろう、キューブを両手で必死に動かしているが、ふと諦めたようなそぶりで元の場所に戻していた。


 僕は、よっしゃと手に取ってみた。


 なるほど、やる場所が変われば緊張もするものだった。手先が凍り付いたようになっていたが、だんだんと記憶をたどりながら一面、横の面と順次に色をそろえていくと、調子に乗ったのかスピードが増してきた。


 ふと、あることに気が付いた。人の気配だ。


 右横に、セーラー服を着けた女の子が一人で立っていた。私の手元に注目しているようだ。すぐに、友人を引き連れてきて、その方向には四,五人の女子グループが作られた。ある子は隣の友人を肘でつつくそぶりがあった。「これ見て!すごいね」と伝えているのだろうか。


 僕は、緊張しながらもようやく全面をそろえることができ、キューブをテーブルに戻した。


 向けてくる彼女らの視線を、『驚愕』『尊敬』『すごい人だ』と受け取った。


 声に出したなら『「キャー」という黄色い悲鳴』かもしれない。


 歌手や芸能人が受ける賞賛とはこれかと、改めて知った。


(これは、最高だ。やめられないよ)


 と、高校時代の悪友が常にカバンにこれを忍ばせ、みんなに見せびらかせていた理由がこの時、初めて分かった。休み時間にショーを開催するのが彼の生きがいになっていたんだろう。


 この向けられてくる視線はたまらない。



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 それから一カ月後、僕は再びそこにいた。しかし、タイミングが悪かったのか店内は閑散としていた。誰かが傍を通るのを待っててもしょうがないと考え、色が乱れたそのルービックキューブを手にした。


(うっ、たくさんの人が触れたのか、脂でぬるぬるしている。後で、手を洗わないとコロナに感染しそうだ)


 と思いながらもさっと綺麗に全面の色を合わせた。


 左の頬に視線を感じ、そこに注意を向けると少年が一人で立っていた。おそらく小学二、三年生だろう。下から私に熱い視線を向けている。きっと感動した時の目つきだ。日ごろ、苦労してどうにもならないおもちゃを、私が二分ほどでいとも簡単に合わせたからだろう。


 一方で、僕がその場から離れるのを待っているようだ。大きく息を吸い込んで、見開いたその眼は、僕が今しがた合わせたルービックキューブに向けられている。それに触れたくて落ち着かない雰囲気が伝わってきた。


 僕はその場を離れて歩き出し、数歩進んだところで後ろを振り返った。私の目に映ったのは、必死に両手をつかってルービックキューブを回している子どもの姿だった。


 そのとき、身震いが僕の体に生じた。




(僕は、このおもちゃ売り場でヒーローになれる。間違いない)






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