不死鳥のファイ
真夏の夜ってのはとにかく寝苦しい。
明日には冷房が届くらしいから今日が最後の灼熱夜との戦いになるんだが、飲んだ水分が飲んだ傍から消えていくように滝のような汗が流れ落ちる。
「死ぬーーアチイーー!」
明日には干からびて死んでんじゃないのか。
いやもういっそ殺してくれ、俺をこの生き地獄から解放してくれ。
ああ⋯⋯俺の耳も暑さでおかしくなったみたいだ。さっきから何かジュージュー音がしてるぜ。鉄が溶けてるみたいな音も聞こえてくる。心なしか暑さも増したような⋯⋯
「んんっ!!??」
凄ーく嫌な予感がした俺は跳び起きる。そして最初にするのはFワード連呼だ。
俺の部屋の入り口がボーボー燃えている。何故だ、何でだ、俺はタバコ吸ったりしたないし火の始末には人一倍気を付けている自信もある。
つか、火の不始末レベルの燃え方じゃねえぞ!? 何で鉄製の扉がドロドロに溶けてんだよおかしいだろ!!
「頼もう! 人間の賢者殿!!」
人間の賢者あ!? まーた自称モンスターかよっ!!!
スライム、ゴブリン、雪女と来たが今回はダントツでタチが悪そうじゃねーか!!
「お前誰だ!? まさかドラゴンじゃねえだろうな!?」
「失敬な! 私をドラゴンのような無作法者と一緒にするでない!! 私は不死鳥のファイという者だ!」
「何で燃えてんだよ!?」
「ハッハッハッ! 気分が高ぶると体が燃えてしまうのだ!」
「燃やすんじゃねえーーー!!!」
このままじゃ俺の部屋が全焼する。扉は既にご臨終だがせめてそれ以外は守らなければ!
俺は消火器を持ってくると太古の記憶から消火器の使い方を引っ張り出す。確かピンを引っ張ってからノズルを構えてレバーを握って⋯⋯もうなるようになれ!!
脚で溶けた扉を蹴破った俺。するとそこには孔雀くらいのサイズで、メラメラ強烈に燃えている真っ赤な鳥がいやがった。
「やあやあ人間! 私は不死鳥のファイ⋯⋯」
「フ〇ックオフ!!」
ガス噴射。
後でご近所さんに死ぬほど謝ることになるが仕方ない。ただひたすら目の前の爆熱バードを鎮火することだけを考えてレバーを握った。
「ハア⋯⋯ハア⋯⋯火は消えたか?」
火はしっかり消えていた。爆炎に包まれていた時は恐ろしい化物のようだったけど、火が消えると大きいニワトリみたいだ。真紅の羽毛に頭にちょこんと金色のトサカがのっている。
様子はというと自信満々な感じで鳩胸みたいに胸を張っている、鳥だけに。そして声は若い青年のような爽やかな印象だがそれにしても熱気が凄い。
「すまんな人間。私の炎は自分では制御できないのだ」
「じゃあ火気厳禁の時はどうしてんだよ」
「耐熱ポーションくらい皆持っているではないか」
そんなん持ってねえよ。
お前らの世界ではエナドリ感覚で売ってんのかもしれないが。
「それはよい。では、私の悩みを聞いてくれ」
何普通に話始めちゃってんのとツッコもうと思ったが、刺激したらまた火を噴きそうなのでやめた。
「実は今不死鳥の間で深刻な問題が発生しているのだ。我々不死鳥族は他の種族と友好な関係でいることを望んでいるのだが⋯⋯残念ながら不死鳥族は多種族に嫌われている。嫌われている理由は人間には中々理解しがたいものかもしれないが⋯⋯」
「燃えるから?」
「なぜ分かった」
理由は、俺の部屋が全焼しかけたから。
火は自分では制御できないってことは、普段はどうやって消してるんだ?
「自然に消えるのを待つだけだ。因みに私くらいの熱意溢れる不死鳥となると、火が消えるのは年に1日くらいだぞ」
つまり364日はあんな感じでボーボー燃えていると。
そりゃ嫌われますわ。
「だが、流石にいい加減にしろと他種族の長達から苦情を頂いてしまったのだ。しかしこの燃える体は我等不死鳥一族が何千年も解決できぬ難題。困り果てていたところ、スライム族代表のプル殿から人間に一人困りごとを解決してくれる賢者がいると聞いてやってきた次第だ」
またアイツか。
てかプルの奴、やっぱりスライムの中でも偉かったのか。ロリコンのくせに。
「不死鳥の炎は如何なる魔法も跳ね返す無敵の炎。消せと言われても簡単に消せるものではない。だが私も不死鳥族の長としてこの問題を解決しようと⋯⋯思ってな⋯⋯」
急にファイの視線が落ち始めた。
何処を見てるのかと視線を追ってみると消火器を凝視している。
「人間。それは一体どういう魔道具だ」
「消火器」
「神の加護を持つ私の炎を消すとはさては悪魔との契約で生み出したものか」
「大家さんとの契約で設置を義務づけられてるものです」
夢中で気付かなかったが消火器でファイの炎は普通に消えた。
詳しい仕組みは分からないが、中に対不死鳥用の消火成分でも入ってるのか?
「人間。これは何処で手に入る?」
「うーん、ホームセンターとか?」
「ホームセンター? 精霊の泉の事か?」
「そんなメルヘンなホームセンターはない」
この世界にそういう店があると言っても分からないらしい。
挙句の果てに「あるだけ消火器とやらを買ってこい」とか言い出しやがったが、拒否したらまた燃え上がりそうな体の不穏なオーラに負けて渋々買いに行く羽目になった。
そして数十分後⋯⋯
「ゼエ⋯あるだけ買って来たぞコノヤロー」
激重の消火器をあるだけ買って来た。
腰が砕け散りそうになっている俺を尻目にファイはツンツンくちばしで消火器を突っつくと満足そうに頷いてやがる。
「世話になったな人間。いずれこの恩は返させてもらおう」
すると急に気温が上がって来た。
おいおい⋯⋯まさか⋯⋯!!
「ではさらば!!」
こうしてファイは消火器をもって飛び去った。
置き土産に、俺の部屋を丸焦げにして。
そして後日、俺の元に一通の手紙が届いた。
どうやら買った消火器は効果てきめんで、燃える体問題は解決できたらしい。手紙には「世話になった礼だ。受け取ってくれ」という文言と共に大量の金貨が同封されていた。
これだけは有難かった、何せ部屋を丸焦げにされたせいで俺の預金通帳も灰になり一文無しになっていたからな。
手紙を読みながら文字通り手羽先の手でどうやって手紙書いたんだアイツ、と思う俺だったが何より気になったのは「アイツら消火器の使い方知ってるのか?」という疑問だ。
まさかボンベを爆発させてガスを浴びてるんじゃ⋯⋯と思ったが、まあいいかとそれ以上は気にしないことにした。
だってアイツら、不死鳥だから死なないだろ。