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雪女のユキ

 君たちに説明し損ねていたけど、今の日付は8月だ。テレビを付けたら海でキャッキャウフフとはしゃいでいるガキンチョやら水着ギャルやらが連日リポートされ、部屋で寝転んでいればセミの皆様が子守唄を歌ってくれるような季節だ。んで、それを見ながら俺は社畜の義務を果たしに、労働という名の社会奉仕に赴くわけなんだが。


 しかしまあ、何といっても暑い。

 日本の夏の殺人的な暑さは語るまでもないだろうが、結局大事なのは部屋に夏の暑さの侵攻を防いでくれる冷房があるかどうかだ。これがあれば大抵のことは解決するし、おやつのアイスでもあればたちまちカビ臭い激安アパートの一室でも軽井沢の高級別荘地に早変わりだ。


「あーつーーいーーーー!!」


 そう、冷房があれば。

 そんなことを拷問部屋と化した俺の家で思うわけだ。


 まあ、いずれこんな日が来るとは思ってた。俺の住んでいるアパートに設置されている冷暖房は設置して二十年経過のオンボロだったわけで、いつ何時オシャカになるか分からん状態だったんだが、つい先ほど旅立たれた。そして冷気の防御壁が陥落した俺の部屋は夏の暖気に完全敗北を喫し、俺の部屋は見事軽井沢からサハラ砂漠のど真ん中に早変わりしたってわけだ。


 窓を開けても入ってくるのは暖風だし、扇風機でも付けようものなら生温い風が俺の体をひたすら撫で続けるプチ拷問が生まれるだけだった。同じ理由でうちわも無効化されている。


 二代目空調機が来るまでどう生きていこうかと本気で悩む俺。

 そんなことを思っている俺の部屋を誰かがコンコンとノックした。


「こんのクソ暑い日に何の用だよ!」


 ここ最近の訪問客は、いずれも変な奴ばかりだ。

 自称スライムのロリコンに、自称ゴブリンの作家。だが今日は、あんな奴らに付き合う余裕はない。部屋の前で寝転んでるなら干からびるまで放置してやろうと思いながら俺は入り口の扉を開けた。

 鉄の扉を開けると外気の灼熱の熱風で思わずオエッと声が漏れる。


 すると玄関の前には、またまた妙な奴が立っていた。


 恐らく身なりからして女性だろう。今時珍しい和服に草履を履いている純和風の服装なんだが、一点のくすみも無い混じりけの無い真っ白の和服だ。大抵の和服は柄が入っているものだと思い込んでいた俺は、こんなのどこで買うんだと思ったんだが、それ以上に目立つのはまるでラフ板のようにチカチカと俺の網膜に入り込んでくる強烈な肌の白さだ。


 粉でも振ってあるんじゃないかというくらいに真っ白で、質感は見た感じ絹みたいだ。きっと年も若い女性なんだろう。だが、そんな身なりの全てを粉砕する異彩を放っているのが、その女の頭だ。


「⋯⋯暑くないの?」


 そいつは、頭に黒い袋をかぶせていた。しかもご丁寧に目のとこだけ穴を開けて目が効くようにしている。首から下は淑女を思わせる綺麗さなんだが、首から上が不審者過ぎる。


「入っても⋯⋯よろしいですか?」


 遠慮がちにややくぐもった声が袋の中から聞こえてきた。

 少し袋でくすんでるけど、声質は相当良い。最近何かと話題の声優さんみたいだ。取り敢えず、俺は部屋の中に上げることにした。


「先に聞いとくぞ。お前は人間か?」


「いいえ⋯⋯私は雪女のユキと申します」


 だと思った。さっきから彼女が部屋に入った途端に、うだるような灼熱の暑さだった俺の部屋が冷蔵庫みたいに寒くなったからだ。汗が冷たくなった上にピッタリと肌に張り付いてむしろ寒い。けど、ホットな今の俺の体はむしろその冷たさに喜んでいる。こりゃ、明日確実に風邪ひくな。


 しかし、何でこう最近は人ならざる者が俺の所に押し寄せるんだ。

 あれか? そういう業界で俺んちの住所がばら撒かれてんのか?


「偶然知り合ったスライムさんに『相談事ならアイツにするといいぞ!』とここの住所を教えて頂きまして⋯⋯」


 俺んちの住所をばら撒いてたのはスライム(プル)だった。あのヤロウ、後で訴えてやる。

 ところで、そういう経緯で俺の所に来たってことは相談事があるってことなんだろうが⋯⋯どういう相談なんだろうか。


「実は⋯⋯私は、周りからいつも『ブス』とか『顔が気持ち悪い』と言われていて⋯⋯もういっそ、自ら命を絶てば楽になれるかなって⋯⋯」


 ヤバい。急にガチなやつが来た。今までのロリコンスライムやらトレイを平気で食うゴブリンやらのそれとは話の重さが別次元だ。やべーよ、どうしよ。

 とか思ってるうちにユキが袋の奥で泣きだしてる。おいおい、てことは雪女の界隈で虐めにあってるってことか。恐らく理由は、ユキの容姿があまり良くないという周りからの評価なのだろう。だから顔を隠すために袋を被ってたのか。


「と、取り敢えず落ちつけ。君を虐めてる奴がいるなら、写真でもいいから見せてくれよ。どうせ、そいつらも大していい顔なんかしてねえだろ」


 倫理的にどうかは兎も角、まずは虐めてるやつの顔をボロクソに言ってやることにした。そしたらユキは和服の裾からスマホを出すと俺に見せた。つか、雪女なのにスマホ持ってるんかい。


「こ、こいつは⋯⋯!!」


「私がそう言われるのも仕方ないんです! だってこの人たちは皆可愛いんだから! 私みたいなブスじゃ、絶対にこの人たちに容姿で勝てない!」


 神様が余り物のパーツで作ったみたいな、超ド級のブス共が映ってんだが⋯⋯

 てことは、袋の奥のユキはこれ以上で⋯⋯?


「もう死にます。ありがとうございました」


「待て待て待て待て!! 早まるなユキ!!」


 このままだと俺の部屋が事故物件になる。てか、そんなのは一先ずどうでもいい。雪女とはいえ、恐らくまだ年場もいかない女の子だろう。年頃の子に容姿の悩みは付き物だろうが、いくら何でも自分から命を絶つだなんてそんなの間違っている。


「いいかユキ。確かにお前は人より容姿に劣ってる⋯⋯かもしれない。袋を取って俺に顔を見せてくれれば分かるんだが」


「嫌です! そんなことするくらいなら死にます!!」


 無理矢理袋を取ったらそのまま窓から飛び降りそうなレベルの拒絶だ。

 といっても下手に褒めたところで逆効果になりそうだしどうしたらいいんだろうか。


「ユキ。お前、今好きな人とかいないのか?」


「⋯⋯いました」


「いました、ってことは今は違うのか?」


「⋯⋯振られたんです。その人も、私の顔を見てからは一言も話してくれませんでした」


 ユキを見てると、俺が彼女を強奪された直後のことを思い出した。

 あの時、俺は極度の人間不信に陥った。目に入る全ての情報が信じられなくなり、俺に価値なんてないんじゃないかとすら思うようになっていた。劣等感と敗北感に押しつぶされて自暴自棄になっていたし、今もその時の心の傷が完全に癒えたとは言いづらい。実際、それが理由で俺はやさぐれた。


「なあユキ。俺もさ、好きだった人をどこの馬の骨とも知らねえ奴に奪われてんだよ。アレから彼女とは連絡とってないし、多分未来永劫会うことも無いんだろうぜ」


 ユキから伝わってくる雰囲気が変わった気がする。

 俺の話を聞いてくれてるんだろうか。なら、俺はここから更にもう一押しだ。


「けどさ、過ぎたモンを追っかけるより新しいものを求めた方が良いって思ったんだ。それに、何時までも自分を嫌ってても神様は微笑んでくれねえだろうって思ってな。取り敢えず俺は、頑張って今の自分を好きになることから始めようって決めたんだ」


「自分を⋯⋯好きになる⋯⋯?」


「ユキは自分が嫌いなんだろ? それを改めろとは言わねえよ。でも、例え他の連中が、自分自身がユキを嫌いだとしても、俺はそうは思わないぜ。周りから悪口言われても、お前はずっと我慢して自分を抑えて来たんだろ? そいつは強い奴にしか出来ないことだ。そんな強い自分を、少しは好きになってもいいんじゃないのか? 少なくとも俺は、そんなユキのことが好きだ」


 するとユキの被る袋の目元がじんわり湿ってきた。

 グスンと聞こえてくるのは、きっと今までの自虐的な涙とは違うものだろう。


「よし、じゃあ袋外すか」


「絶対嫌です!!!」


 チッ、ダメだったか。あともう少しだと思ったんだが。

 しかし心なしか、少しユキの声が明るくなった気もする。


「でも気持ちが少し楽になれた気がします⋯⋯ところでお名前を教えて貰ってもいいですか?」


「ヤナギ」


「ヤナギさん、お話を聞いて頂いてありがとうございました」


「帰るのか? 出来ればユキには、冷房代わりにもう少し長居してほしいんだが」


「フフッ⋯⋯そんなサイテーな人の家に長居なんかしません。それでは失礼します」


 すると袋の中から控えめな可愛らしい声で「あっかんベー」と聞こえてきた。でも肝心の顔が見えないんじゃな、と心で思ってるうちにユキは外に出ていってしまった。するとユキが居なくなった途端に部屋が猛烈に暑くなってくる。


 しっかし、話してる分には普通のお年頃な可愛い女の子って感じだったけどなあ。顔はもしかしたらアレなのかもしれんが、年頃の子たちのコミュニティは難しいもんだ。でもそれが何年かして中年手前になってくると、いろいろ思い出が混ざっていい思い出になったりもする⋯⋯でも、顔を弄られるのは何年たっても嫌だな。うん、やっぱ虐めはクソだわ。


「ああーークソ! 俺も学生時代に戻りてえ!!」


 何か色々思い出して嫌になった俺は冷蔵庫からアイスを取り出すとやけ食いすることにした。



 =========================



「ヤナギさん⋯⋯いい人でした」


 私はユキ。自分が、どうしようもなく容姿に劣った雪女だってことは分かってるんです。でも、今まで会った人の中でヤナギさんだけは私のことを好きだと言ってくれました。きっとあの人も私の顔を見たら幻滅しちゃうのかもしれないけど⋯⋯あの言葉は一生忘れられない。


「こんな私でも⋯⋯好きになってくれますか?」


 袋を外して、私は鏡で自分の顔を見ます。

 髪は真っ白で足元まで伸び、まつ毛まで真っ白。そして⋯⋯顔はどうしようもなく()()()()()()


 雪女の世界では、美に絶対的な基準が存在するんです。

 顔のパーツがバラバラで、目の大きさが不均一。そんな不揃いな顔こそが何にも勝る美しさであるという『不揃ノ美(ふぞろいのび)』が私たちの絶対的な美的感性であり、基準です。


 私の顔は目は大きく左右対称に揃い、鼻も顔も口も耳も何から何までが完全な線対称。パーツが揃いすぎていて、雪女において最も忌避される『揃ノ醜(そろいのしゅう)』を完全に満たしているのです。


 だから私は、雪女としてどうしようもないブスなのです。

 救いようもなく、女として私を見てくれる雪男もいません。見る人は皆私から目を背け、私はずっと孤立してきました。私に好意を向けてくれる人は異性にも同性にもおらず、ましてや私を好きと言ってくれる人なんて⋯⋯


「ヤナギさん⋯⋯ありがとうございました」


 あの人の言葉で生きる気力が湧いてきました。

 でも何故か、あの人の顔を思い浮かべると心が弾んで心臓がドキドキしてしまうんです。前にもこんなことは何回かあったけど、今までこんなに強く鼓動を感じたことはありません。この説明できない気持ちは何なんでしょうか? 私はヤナギさんに会って何かおかしくなったんでしょうか?

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