ゴブリンのゲン
「おーれーはヤナギー♪ クーソしゃーちーくーー♪」
飲まなきゃやってられねえを絵に描いたようなデスマを終えて、俺は家に帰った。
いい加減のほろ酔いで気分良くなっていた俺は通りがかったコンビニで目に入ったモンを取るや、カゴに放り込んで全部レジに突き出したのは何となく覚えてる。
んで、総額2万円のお買い上げを達成した俺は、劇的な減量に成功した愛しい我が財布を見て酔いが吹っ飛び、今に至るってわけだ。
「何でこんなモン買ったんだろうな⋯⋯」
1週間は何も買わずに済みそうなコンビニ弁当の山に、スナック菓子がてんこ盛りになった俺の部屋を見て溜息が止まらない。日持ちのする菓子は兎も角、コンビニ弁当はマジで始末に悪い。俺の部屋のミニマムサイズの冷蔵庫には入りきらないし、放っておけば数日後にはゴキブリの餌になるのが関の山だ。
食欲旺盛だった学生時代ならすぐに腹に収まったんだろうが、今の俺の胃袋は全盛期を過ぎてキャパも油に対する耐久性も落ちてきている。頑張っても半分食えるか食えないかだろう。
「仕方ない。明日職場に行って新人に配るか⋯⋯アイツらも死にそうだし」
デスマ初心者の新人はゾンビみたいな顔になって仕事をしているからな。
労いにプレゼントでも持って行ってやるかと思ったその時。
『ピンポーン』
「ったく、誰だよこんな時間に」
玄関のベルが鳴ったので、俺はガチャッとドアを開けた。
ピンポンダッシュだったら追いかけてブチのめそうかと思った俺。
するとその目の前には⋯⋯
「た、助けてくれえ⋯⋯⋯」
なんかいた。
今にも死にそうな顔をした、ウチのゾンビモードに入った新人のさらに数倍くらい顔色も顔のパーツの配置も悪くなった奴が俺の部屋の入り口でぶっ倒れていた。
「⋯⋯どなた?」
「ゴブリンの⋯⋯ゲンだ。空腹で行き倒れてしまったんだあ⋯⋯」
よく分からんが、俺は部屋の中に担ぎ入れることにした。
てかコイツメチャメチャ重っ!! 体格は小学生より少し大きいくらいなのに、ペンチプレスをしてるみたいな重量が俺にのしかかってるぞ!?
恐らくこのゴブリンとやらも、先日のスライムと同じパターンだな。
研究所から逃げ出したのか、それとも未知の珍種かは知らんが、何でこう俺の所には変な奴ばっかりくるんだ。
「何でもいい⋯⋯食えるものをくれ⋯⋯」
何でもいい? 何でもいいんだな?
前に来たスライムのヤロウは、『サラマンダーの肉をミディアム、それにバンジー峡谷の岩塩を微細に粉砕したものを一摘み、ナルム高原のナツメグ草を一束⋯⋯』などと散々言ってきやがったから、面倒になって安物のレンチンしたハンバーグを食わせてやったんだが。
でも、『この世の物とは思えん美味だ!』とか言ってたな。あのスケスケスライム。
「コンビニ弁当なら山ほどあるぜ。ほらよ」
夏限定、夏野菜をふんだんに使ったカレー弁当だ。
スプーンを渡そうと思ったその時には、もうゲンは蓋を外してカレーを食べていた。因みにトレイごと。
「う、う、う、うううう⋯⋯!!」
急に呻き始めるゲン。ほら見ろ、がっついて食べるからトレイが喉に引っかかったんだろ。でもゴブリンを担ぎ込んで見て貰える病院なんてあるのか? 救急車呼んだら何て説明すればいいんだろうか。
「旨すぎる!! こんなに旨いもの生まれて初めてだ!」
ズッコケる俺。
まさかとは思うが、その『旨い』にトレイは入ってないよな?
「スパイシーな香り、鼻腔をくすぐるこの感覚は何の薬草だ? とろりとした具の舌触りも素晴らしく、この白く細かい純白の穀物は口に含むたびにえも知れぬ満足感が体から溢れ出てくる! そして何より、口で噛むたびにバキバキと砕ける物質は何だ? この癖になる未知の感触は魅惑的だ!」
それトレイ! 食っちゃいけないやつだって!
とか言ってる間に今度はハンバーグ弁当を物色し始めた。
「この肉は、一角獣の肝か? いや、それにしては柔らかすぎる。なのに何故これほどの肉汁が入っているのか全く見当がつかない。かの世界的名店、『ウル・ゴブ』のフルコースすら霞むほどの見事な肉料理だ!それに、何といってもこの器のパリパリ感が癖になって仕方がない」
だからトレイ食うなっつってんだろ!!
しっかし、たかがコンビニ弁当にここまで感動されるとは、このゴブリンが住んでる場所は余程食に関しては酷い場所だったのかもしれないな。
「旨い! 旨すぎる!」と絶叫しながら次々とゲンは弁当を腹に納めていく。それはもう、バキュームカーかと思う様な勢いで。俺が酔った勢いで買った弁当があれよあれよという間に無くなっていくのは見てて壮観なほどだった。
「見事な傑物をありがとう人間殿。おかげで死なずに済んだ」
ポッケから綺麗なハンカチを取り出すと口を拭って俺に礼を言ったゴブリン。
俺としても行き場の無くなった弁当を片付けてくれてありがとうという感じなんだが、にしてもゴブリンって何かこう、もう少し粗野で礼儀のれの字もない感じだと思ってたけどゲンは違うみたいだな。
「確かに畜生同然のゴブリンもいるが、私は幼少期から学問を学び、大学で学士を得たゴブリンだ。今も世界各国を渡り歩いて本を執筆しながら生計を立てている」
ゴブリンが作家か。ゴブリンって、こん棒とか振り回しながら人を襲う様なイメージだったけどそういうゴブリンばかりじゃないみたいだな。
つか、そもそも何で俺の部屋の前で行き倒れていたんだよ。
「いや、その、ここ最近私の本の売れ行きが非常に悪くて金がないのだ。食費を切り詰めながら頑張ってはいたんだが遂に水飲み生活になってしまって、もう10日も食事をしていなかったのだよ」
なるほど、それは倒れるわけだ。
あんな勢いでコンビニ弁当を食べていたのもそんな背景があったなら仕方ないかもしれない。
「しかしだ人間殿。つい先ほど、貴方のおかげで新しい本のインスピレーションが湧いてきた所だ。題名も既に決まってある。その名も『美食の桃源郷~未知の味覚を求めて~』だ!」
美食の桃源郷。未知の味覚。
おいおいおい、まさかとは思うがそれって⋯⋯
「あの魅惑の料理の数々、きっと名のある料理人が作ったに違いない!
いや、企業努力です。
「食材も見たことのないものばかりだった!」
多分、近所のスーパー行ったら売ってると思う。
「特にあのパリパリの食感は最高だ!」
それはお前がおかしい。
「是非この私の手で、本として世に広めさせてもらう!! 今までの何よりも素晴らしい、最高の本が書ける気がするぞ! 人間殿、是非貴方のお名前をお聞かせ願いたい!」
「ヤナギ」
「ヤナギ殿! 出版した暁には是非貴方にも一冊お送りしましょう、ではさらば!!」
そんなことを言い残してゲンは部屋を出ていった。
結局何だったんだアイツと思った俺はそれをアホ顔で見送るしかなかったわけなんだが。
そして、それから暫く経ったころ。
『重版が決まった!』という手紙と共に、『美食の桃源郷~未知の味覚を求めて~』が俺の家に送られてきた。
読んでみると意外と面白かったのはいいんだが、総括として今回の取材において最も美味なる食材は『トレイ』なる珍味である、と書いてあったのだけは訂正して欲しいと思う俺だった。