スライムのプル
俺は今、非常に厄介な状況に置かれている。
おっと、いきなり俺と言っても君たちは分からないだろうから、まずは俺の自己紹介からだ。
俺の名前は柳健一。殆どの知り合いは俺のことをヤナギって呼んでいるな。
仕事はデスマづくしのプログラマー。薄給に残業尽くしの極悪コンビネーションを受けて転職を検討中のもうすぐアラサーのしがない男だ。
彼女はいない。2年前にいた彼女は、どこぞの若手イケイケIT社長に奪われた。それ以来俺は、いかにも金持ってて調子こいてそうな若造を見ると殺意の波動に目覚めるようになった。食生活は自炊は週に1回するかしないかで、俺の体の殆どはコンビニ弁当とカップ麺でできている。
高校時代はこれでも野球でそこそこ名前が知られた選手だったけど、試合中に肩を壊してボールを投げられなくなってからはボールを持った記憶もない。その後大学に進んでからは、単位をギリギリ取れるくらいに学校に行き、たまにサークル仲間と遊びに行き、普通に就職してデスマの日々にダイビングしたってわけだ。
そんな何処にでも普通の人間に過ぎない俺だが、今非常に面倒くさいことになっている。
というのも、俺の目の前には見知らぬ客人さんが来てるんだ。
「彼女にフラれたんだ。もう俺に生きる意味はない」
えっとですね、何からツッコんだらよいのやらという状況だ。
まず、目の前のその御方は半透明です。何かぶよぶよしていて、流動体的な謎の物質なんですね。けど俺には確かにジャパニーズの流暢な日本語でしっかり声が聞こえてくるんですよ。
「俺達スライムの世界では、俺みたいなスケルトンは気味悪がられてモテないんだ⋯⋯」
ああそうなんですか、となるほど俺は物分かりは良くない。
この半透明の生物さんは御自身をスライムだと仰っている。いつの前にか俺の部屋に上がり込んで、俺がカップ麺片手に寝転んでいたところに突然自分がモテないだの、お前はどこの種族だだの訳の分からんことを言い始めた。
スライムって、実在してたのか⋯⋯?
もしかして極秘の研究室とかで培養されてたのが逃げ出してきたとかじゃないよな?
「頼む! 俺はもう自分に自信が持てないんだ! だから、俺が自信を持てるいい案を考えてくれ!」
この失恋傷心状態のスライムは、さっきからそう言っては頑なに俺の部屋から出ようとしない。
「そもそも、スライムのモテる基準って何なんだよ?」
「色だ。スライムはまるで青空のように澄みきった青色が一番モテる」
「で、アナタは⋯⋯」
「色なしのスケルトンだよ。俺は、もうダメだ⋯⋯」
床の色が見えるほどの透明感。なるほど、完全な色なしスライムだ。
赤とか青とか、いろんな色があるイメージがあったけど、こんなタイプのスライムもいるんだな。てかスライムの世界では色がないタイプはモテないんかい。
「スケスケも綺麗だと思うけど?」
「それは人間の価値観だろ! スライムの女はな、『色がないなんて童貞っぱいよねー』とか、『何か個性がなくてつまらなそう⋯⋯』とか好き放題言ってくるんだぞ!」
スライムの女辛辣すぎだろ。
てかそもそも、俺はお前のことを良く知らん。
まずはお前のプロフィールを教えてくれ。
「スライムのプル、年齢5歳、好きな食べ物はサラマンダーのソテー。好みのスライムは薄いピンク色で血色がよくて、俺のことをいつもお兄ちゃんと呼んでくれる2歳に満たないくらいの女だ」
なるほど、コイツにも問題はありそうだな。
そもそもスライムの世界で5歳は人間にするとどれくらいの年齢なんだ?
「スライムの平均寿命は20年くらいだ。丁度人間の4分の1だな」
てことは、コイツは人間の世界では20歳くらい。
それじゃ、好みの女の年頃は⋯⋯
「分かったプル君。まずはお前を警察に連れていこう」
「待て人間! 俺の本質的な欲求は確かにそれくらいだが、流石に社会的にこれがヤバいことくらいは理解している! 俺が話しているのは、俺と年齢が同じくらいの女のことだ!」
ならギリギリ許そう。
だが、それでもスケスケボディをどうにかしないと男として認めて貰えないということは、まずはこのスケスケをどうにかしないといけないわけか。
「日焼けしたら色が変わる的な機能はスライムにはないのか?」
「人魚の住む湖の聖水で体を清めれば体が美しい青色になるらしい。でも、そんなことができるのは人魚と知り合いになれる一部の金持ちだけだ」
日焼けサロンで体を焼くみたいな解決法は無理ってことか。
いや待てよ、俺は一つ案が思い浮かんだ。
「その聖水って、もしかして色が青色だったりするか?」
「俺達スライムは周りの水の色素を吸収して色が変わるんだ。でも、俺の住む世界では色素は途方もなく希少でとても手に入らない。だから、俺みたいな先天的に色がないスライムは泣き寝入りするしかないんだ」
つまり、聖水じゃなくても水が青ければいいんじゃないか?
それなら俺にいい案がある。
俺は学生時代に使っていた絵具を持ってくると、バケツの中に水を入れて中に絵の具を入れた。
刷毛でかき混ぜるとあっと言う間に水は真っ青に変わっていく。それを見たプルは驚きで体をプルンプルンさせている。
「ま、ま、まさか、それは人魚の聖水!?」
「絵具を水で溶かしたんだよ。中に入ってみてくれ」
バケツの中にプルを入れると、丁度すっぽり中に納まった。
すると驚くことに、みるみるプルの体が目の覚めるような青色に染まっていく。
そして1分もしない内にプルは青いスライムに姿を変えた。
「お、お、俺は、俺は生まれ変わった!!」
バケツの中でウォンウォン泣いているプル。
バケツの中から飛び出すとプルは大喜びで小躍りしている。
「この恩は一生忘れない! 人間、お前の名前を言ってみろ!」
「ヤナギ」
「ヤナギ! いつか国王になった暁にはお前をスライム王国に招待してやるからな!」
へ? プル、お前今何て?
「ではまた会おうヤナギ! さらばだ!」
そう言うやぴょんぴょん飛び跳ねて俺の部屋から勝手に出ていってしまった。
結局、プルが何処から来たのかはよく分からないままだった。
因みに、それから数日後。
俺の部屋の郵便受けに水色のスライム状の粘液で、『彼女が出来たぞ!』と書かれた封書が送られてきたことを報告しておこう。