魔王城へ潜入3
――――俺が久しぶりに友の家を訪れると、友は死んでいた。
血まみれになって倒れている友の姿がそこにあった。
そこに寄り添うように、友の妹の姿がある。
「なッッッ!!!???」
頭が真っ白になる。
俺は息を荒げながらも、友の亡骸に駆け寄る。
やはり、死んでいる。
傍にある友の妹は、生きていた。
眠っているのだった。
ふと、そこに友の書いたであろう手紙があるのを見つけた。
始めに、シリウスへ、とある。
『すぐそこの、瓶に入っている黄色の液体を妹に飲ませて欲しい。
そうすれば、目覚めるだろう――――
簡単に言うと、僕が何故これほど考えて悩んでいたか、それは君は人間を滅ぼすと言ったが、僕は人間が好きだったし、人間になりたかった――』
「人間に、なりたかった、だと……?」
しばらく、人間は優しいのだ、何だのと、人間を良く言うことが書いてある。
それから次の記述に目を見開く。
『そして、妹は人間であった。』
それを読んで俺は崩れ落ちた。
「う゛ぅ…………!!!!」
全てのことに納得がいったのだった。
確かに、友は魔族の中でも人型で人間に近い容姿をしていて、そしてその妹はさらに、ほとんど人間の容姿であった。
しかしまさか、人間であるとは思わなかったのだ。
その友の妹を見る。
肌は浅黒く代わり、角も生えて、すっかり魔族らしく変わっていた。
それから、妹の寿命を延ばすために自分の心臓を使ったことが書いてあり、最後に、どうか妹をよろしくと書いてあった。
◇◇◇
7日目。
私は庭師のおじいの元に差し入れに行っていた。
その途中であった。
誰かが寝転んでいる。
そのその魔族は、私に気付いて、下から私を見る。
私は固まった。
何が、どうして、こんなことになったのだろうか………………?
むしろ、どうしたら、こんなことになれるのだろうか…………?
視界に魔王と書かれているのだけど……?
幻覚? 錯覚……?
私は今、メイド服で、魔王様の目の前に立っていた。
「お前は……?」
「ハイ、新人メイドです」
魔王様は起き上がる。
私は思わず見惚れた。
銀の髪、赤い瞳、白い肌……。
「お前はコトリか……?」
「へ……?」
な、何で知って……!?
「おじいが言っていた。新しく入ったメイドが中々話を聞くのが上手いと」
「ハ、ハイ、私がコトリです」
「おじいの話はつまらないだろう?」
「いいえ、私は話を聞くことが好きなので、楽しいですよ」
「変わった奴だな」
「そうでしょうか」
「どんな話が面白かった?」
「そうですねえ、人間に会ったという話でしょうか。
人間とは優しい生き物なのかと思いました」
「フンッ、おじいは思い違いをしている。
魔族だって優しい心を持っている。
しかし、それよりもずっと人間は優しいのだというのだから、お前には分からないと言うのだから、始末におけない。
魔族は確かに横暴であるが、それはその力こそ全てなのだという世の中がさせていた。秩序がある世の中であれば魔族だって、人間と同等の優しい心を持てるのだ」
「貴方は、人間が嫌いなのですか?」
「知らん。それは、もう考えないことにしたんだ。
だが、1人知り合いの人間がいた。その人間だけは、大切な存在である」
魔王様は思い出すように話す。
「その人間の兄は魔族であったが、人間である妹を大切にしていた。
その人間の兄は俺の友であった。
友は妹が優しいから、人間は優しいのだと、そして何をどうやってそうなったのか、人間になりたい、という発想にいたった。
人間になりたいのではなく、優しくなりたかったのだろう。
フンッ、そう言うときっと、人間にならなければ、人間ほど優しくなれないのだとかよく分からんこと返してきそうだ。
そんな友は人間の妹の寿命を延ばすために、その薬の材料で自分の心臓が必要であったからと死んだ。
妹が先に死んでしまうのが嫌だから寿命を延ばす研究をしていたのに、それでは意味がないではないか……。
その友はとても賢いが、恐らく賢すぎる故に、簡単なことが分からないのだった」
私はただ静かに話を聞いていた。
相づちを打つことも、邪魔になると思った。
「その友はとても大切な存在であったから……。
そんな友は人間がとても好きだと知ったから。
友の大切な妹、そして俺にとっても大切なその存在が、人間であったから。
俺は人間を敵に思うことがどうしてもできなくなってしまったのだ。
どうしても、友のことがチラついて仕方がない。
その妹のことを思うと、この俺が、いたたまれない気持ちになるんだ」
◇◇◇
新人のメイドと話した時に、久しぶりに友のことを話したからか、今日はどうにも落ち着かない。
俺はどうしても気になって、その友の妹を見に行く。
気配のする方に向かっていく。
見つけた。
メイドの仕事が終わったのか、夕食に向かっている途中であるらしい。
「魔王様!」
「ん? お前は前にも会ったことがあるな」
「はい、一度、見掛けたことが……。魔王様も私に気付いていたのですか?」
「あ、ああ、そうだ」
俺は曖昧に濁す。
この妹は魔王城で目が覚めると、とても混乱していた。
ほとんどの記憶がなくなっていたのだった。
なんとなく薄ら、兄がいた、ということだけを覚えていた。
目が覚めた時、混乱していたから、その場に俺がいたことは覚えていないようであった。
「特に不都合はないか?」
「はい」
その友の妹はそう言って笑った。
昔と変わらない笑顔であった。
俺も表情を緩めた。
「ではな、ピリカ」
「? はい」
何となく、満足して、俺はきびすを返した。
その途中、メイド長のリースに会う。
「魔王様あ!」
ふと、コイツがまだ幼い頃に会った時のことを思い出した。
まだ俺の腰ほどの背しかなかった。
俺を見ると、そのチビはぼうっと呆けていた。
「貴方様は……?」
その問いに俺は言う。
「俺は次期魔王となる魔族である」
「魔王様……! 魔王様あ! すごい! すごいです!」
チビのリースはそう言って喜んだ。
「何がすごい?」
「魔王様、とっても綺麗です! とっても格好いいです!!
私、魔王様のこと大好きです!
絶対絶対、魔王様に仕えるくらい強くなります!
人間を打ち負かしてみせます!」
「強くなくても良い」
「?」
「人間を打ち負かさなくても、良い」
「どうしてですか? 人間は弱くて悪いのですわ」
「人間は弱いが、悪くはない」
その時、俺は初めてその言葉を口にした。
友が死んだ。
その妹が目覚めて混乱してから暴れるのをなんとか収めた後、すぐのことであった。
「? 分かりませんわ」
「そうだろうな」
「でも、魔王様がそう言うのだったら、きっといつか分かってみせます!」
そう言ってリースは笑う。
俺はそれをとても嬉しく思った。
その後、俺は信頼できる宰相を得る。
その宰相は大切な仲間となった。
俺ほどではないが、あの友には足下にも及ばないが、賢い奴である。
そして俺と同じく、いや俺よりも、人間と共存するという思想に同意している。
人間と関わったことがあるのだそうだ。
俺は人間と共存するのが良いと思っていることを何度も言っているが、それは嘘である。
嘘、というほどではないが、自分でもどうすればよいか分からない葛藤がある。
それを分かって支えてくれたのが宰相である。
結果的に、その葛藤は放置することにしたのだったが。
「リース、アイツは?」
「ええ」
リースは俺の意図に気付いて頷く。
執事長のことである。
そいつは人間と関わって憎しみを抱いているのを知っている。
宰相の反対である。
人間と関わって、人間を好む魔族もいれば、憎む魔族もいる。
人間も優しい人間もいれば、嫌な人間もいる。
執事長は反対勢力のトップである。
半年後に反逆の計画があると聞いたメイドがいた。
そのメイドが偶然にも、友の妹であったから、俺は冷や汗をかいた。
信頼できる部下には、絶対に目を離さないように言ってある。
元々、いつか好機を待って反対勢力は潰すつもりでいたが、その妹の安全のために、すぐに潰すことに決めた。
――――友よ、妹のピリカは元気である。
俺には仲間ができた。
しかし俺の横にお前がいたらどれだけ良いかと、今猛烈にそう思っているのだ。