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友と妹

陰気な父だった。

いつも本を読んで、何やら書き物をして、そして何やら不思議な液体やら物体やらを混ぜ合わせたりしていた。

定期的に訪れる本屋や薬草屋がわざわざこの山奥の僕らの家に訪れては、父は自分の作った薬と引き換えに本や薬草を買っていた。

いつ寝ているのか分かりやしない。


食料を売ってくれる食料屋も、同じく定期的に僕らの家までやって来て、父の作った薬と引き換えに買った。

どうやら、父の作っている薬はとても価値のあるものらしかった。


母はいなかった。

ただ、妹がいた。

まあ、双子なので、年は変わらないが。


家はかなり山奥にあり、誰に会うこともない。

定期的に訪れる本屋や食料屋、薬草屋が言うことによると、力こそが全てのこの世の中。

山を下りて友だちをつくろうとしても、弱い僕や妹ではバカにされるし、いじめられるらしい。

特に妹は、僕と比べてもか弱かったから、とてもやっていけないと思う。


しかし暇であった。

いつも、暇であるから寝てばかりいた。

そんな僕を見て妹は呆れて、寝てばかりいないで動けとうるさい。


僕たちは魔族の中でも長生きの種類だから、これから先もずっと、何百年もこんなに暇なのだろうかと思う。

父の背を見て思う。

この父は今何歳であるのだろう。

ずっとこんなことを何百年もやっていたのだろうか?

僕も何かそうやって熱心になれることを見つければ、ずっとそうやって熱中していられるのだろうか?

ソレって、楽しいのだろうか……?


「ソレって、楽しい?」


僕がそう聞くと、父は一言返した。


「約束なんだ」


僕はどんな約束かと聞いてみたけれど、父はそれ以上口にすることはなかった。

全くもって、謎に包まれた父である。



僕は少し経ってから、本を読むようになった。

父が読んでいる本である。

理由は、暇だったから。あとは気まぐれ。

真の暇人とはこんなものである。

最初は字さえ読めなかったが、文字の羅列を見ていれば、なんとなく分かってきて、読めるようになった。

ほとんどは、魔族、人間の身体、薬草に関する本であった。


それからまた少し時が経つ。

どのくらいかと聞かれても分からない。

まあ、1年、2年、10年、20年、くらいなんじゃあ、ないか?


父はどんどん本を仕入れるが、自分で書き物もしているし、怪しい研究もしているから、それに比べ僕はずっと本を読むだけだったから、家にある本は大体読み終わった。


父と同じく何か書き物でも書いてみようかと思ったが、何も思い浮かばない。

父は何を書いているのかと思って、今更ながら、それを読んでみる。


寿命を延ばす、人間を魔族にする、魔族を人間にする……。


これ以上寿命を延ばしてどうするんだよ……。

それに人間を魔族にする、魔族を人間にするって……?

謎は深まるばかりであった。

けれど、そんなことはどうでもいいと思う。


魔族や人間の本をたくさん読んで分かった、魔族と人間の心の違いがある。

魔族は人間と比べて、魔族同士の繋がりが薄い。情というものがない。

人間は人間同士の繋がりが深い。愛情が深い。

イヤ、僕だって、妹を大切にしているし、こんな父だって一応大切にしているつもりである。

しかし、そんなことはどうでもいい、などと思う度に、案外ソレは当たっているのかもしれないと思う。


僕が本を読み始めた頃、父は言った。

「ほとんどの本では人間は悪であるように書かれている。

魔族にとって人間は敵であるからだ。

そして人間の国の本では、魔族が悪であるかのように書かれている。

人間にとって魔族は敵であるからだ。

ここには、魔族の国の本に比べれば少ないが、人間の国の本もある」

どちらも読むように言っているのだろう、と思って頷いた。

そして父は言う。

「人間は優しい生き物だ」

「そうなの?」

「そうだ」

父は断言した。

「フーン?」


そんな風に言われたからか、いくら魔族の文字で人間のことが悪く書いてあっても、そのままに受け止めず、客観的に読むことができた。

いくら人間の文字で魔族のことが悪く書いてあっても、人間を敵視する思想には陥らなかった。



◇◇◇



――ある時、僕と妹は死にそうになった。

――――その代わり、父が死んだ。



妹の叫び声が聞こえて、僕と父は外に出た。

何なんだよ? と僕も父も多少不満気味に。


外に出た時、僕の体は驚きのあまり硬直した。

どこからやってきたのか、凶暴な魔物がこちらにめがけて猛進してきていたのだった。


父は叫んだ。

「棚の一番上、大きい瓶に入った、紫の液体を持ってこい!!!!」

「……!」

「……ッ」

僕も妹も固まって動けなかった。

そもそもそんな時間がない。

魔物が飛び跳ねると、一直線に僕と妹に襲い掛ろうとした。


――そして、視界が真っ黒に染まる。

――温もりに包まれる。


父が僕たちを抱きしめていいた。

これほど近くで父を見たのは初めてだった。


父は僕を見ると、血にまみれながら、しかしそんなことを思わせないようないつもの感情のない声で言う。

「お前の妹は弱い、大事にしろ……」

そう言って崩れ落ちた。


僕は我に返ると、妹の腕を掴んで、一目散に家の中に入って、ドアを閉めた。

そして父の言われた液体を持ってくる。

父の書いたこれの資料を読んだことがあった。

これは、とても強い毒だ。

僕は使ったことのない剣にそれを塗りたくると、ドアに突き刺した。

ドアに飛びかかっている魔物を突き刺した感触がある。

そして、すぐに剣が重くなる。

恐る恐るドアを開けると、魔物は死んでいたのだった。



妹は泣いて、泣いて、全く泣き止む気配がなかった。

僕も悲しかったが、仕方のないことだと思った。

むしろ、何故父が自ら死ぬようなことをしたのか、その心持ちを理解することができなかった。

そう言うと妹は、私たちを助けるためだったのだと言う。

それで初めて、そうだったのか、と分かった。

しかしそれはそれで、そこまでして僕たちを助けてくれた気持ちを理解出来なかった。

それは、とても助かったけれど。


妹はずっと塞ぎ込んでいる。

僕は仕方がないので、仕方がないことだと思って、もう慰めるのをやめた。

きっといつか泣き止むだろう。



食料屋や本屋、薬草屋がやって来て、父は死んだのだと言うと、それでは来る意味がないと言う。

「僕が同じ薬を作りますから」

「君にできるのかい?」

「たぶん」

「フーン? じゃあ、また来るよ」

きっと、また来た時にできていなかったら、もう来ることはないだろう。


僕は相変わらず塞ぎ込んでいる妹にため息をつきながら、父の書き残した資料を読み、試行錯誤して薬を作った。

細かい作業が多く何度も失敗したが、徐々にできるようになった。

僕らは魔族の中でも賢く、また器用でもあるらしいから、こういう薬作りは向いているのだと今更ながら思った。


薬を作るようになってから、ある時、妹が僕の手元をのぞき込んできた。

「何をしているの?」

「見て分かるだろ? 今度は僕が作らないと。

食料屋も本屋、薬草屋も来なくなってしまうのだから。

食料がなくては飢え死するし、それに本も欲しい。

ここには娯楽も何もないのだからね」


僕は珍しく話をした。

「でも、僕や父のような魔族は珍しいんだよ。

本や研究とか、こんな陰気くさいことを魔族はしないんだ。

まあ、ここには何もないから、始めはなんとなく本を読むようになっただけだけれど、暇つぶしだったけれど、最近は本を読むことも、薬を作ることも案外楽しいと思っているよ」


「そうなんだ?」

妹は久しぶりに笑った。

それを見て、僕も嬉しくなる。

この妹は、いつも僕や父に口出しばかりしていたから、僕はもしかしたら、妹が塞ぎ込んでいた間、少し物足りなさを感じていたのかもしれない。


「お前は本を読んだりしないんだね?」

「読んでみたこともあったけど、全くもって理解できないから」

「理解出来ない?」

「うん、まず、文字が読めない」

「僕も最初は読めなかった」

「じゃあ、どうやって読めるようになったの?」

「ずっと、文字を見ていたら、なんとなく分かってきたんだ。

法則性とか、そういうものが」

「うーん?」

妹はあまり賢くはない。

僕は父に似ていると思うが、妹は似ていないのだった。


「お前は料理や掃除、洗濯なんかをしていて、面白いのか?」

「だって、誰かがやらなければならないでしょ?」

「確かにありがたいし、料理なんかはお前にやってもらわなければいけないけれど、掃除や洗濯は毎日やることでもない。お前も何かしたいことをみつけるといい」

「ううん。家事は確かに面白い、というほどでもないけど嫌いではないし。

料理を父さんや兄さんに食べてもらうと嬉しいし、掃除や洗濯をするのも、綺麗になるとスッキリする」

「僕にはよく分からないことだな」

「そう?」

「うん」

「私はね、3人の生活がとても幸せだった」

「でも、父は死んでしまった」

「そうだね……。でも、兄さんは生きているよ」

「ああ」

「ずっと、一緒にいてよね?」

「あんな魔物がこない限りは死ぬことはないだろう。

まあ、よく分からないけれど、きっと迷ってきてしまったか何かなのだろう。

ずっと生きていれば、1度や2度、こうやって魔物が襲ってくることはあり得ることだ」

「そうかもしれないね」

「僕だって死にたくない。魔物への対策は何か考えておこう」


これほど妹と話したのは初めてだった。

妹は結構僕に話しかけてきたが、僕はいつもおざなりにしていたから。


なんとなく、妹との会話は結構いい気分になったので、それから僕は時々妹と話すようになった。



◇◇◇



ある日、僕は薬作りのために、父の残した書き物を物色していると、何やら父の書き記した文書を見つけた。

そこまで興味もなかったが、なんの気もなしに読んでみた。


――――

――


俺は魔族であったがとても弱く、とにかく疎まれていたので居心地が悪く、誰もいない山の奥に引きこもった。

魔族なんて嫌いだった。まだ人間の方がマシであろうと思う。

俺は人間になれないだろうか、と研究することにした。

俺は弱い代わりに賢く、手先が器用で、研究好きの変わり者とよく言われていた。

人間になって、人間と一緒に過ごすのだ。

人間は、例え弱くとも、賢いというのはそれなりに優遇されるらしいから。


ある時、人間の女がやって来た。

村を追放されただの、迷っただの、言っていた。

その人間の女は、人間なんて嫌いだと言って、なんとなく生かしているうちに、魔族になりたいと言うようになった。

俺はもし、魔族が人間になれる薬ができる課程で、人間が魔族になれる原理も発見できたなら、魔族にしてやると言った。

人間の女はとても喜んで、約束だと言った。


その人間の女は、『人間』と呼ぶと決まって怒るので、『女』と呼んだ。

女は、よく喋り、俺の周りをウロチョロする。

俺はどうでもよかったので、好きにさせた。


その内に、そういう雰囲気になり、子どももできた。

家族になった。

女は子どもを大切に育てていた。

子どもなんて、食事さえあげていれば死にはしない、勝手に育つのだと言ったけれど、女は、だって可愛いのだと言う。


俺はそんな女を見ている内に、ふと、この女は人間であり、寿命は俺よりも遙かに短いのだ、となんだか不安に陥って、俺は寿命を延ばす薬の開発を最優先で作ることにした。


しかし、女はすぐに死んだ。

熱が出たと思ったら、驚くほどすぐに。

ちょうど薬の材料の薬草を切らしていたから、薬草屋が来るまで辛抱してくれと言ったのに。


俺は悲しかった。

これほどの悲しみを感じるのは初めてで、どうすればいいのか分からなかった。


ただ、2人の子どもが残った。


1人目は俺に似た魔族の男児。

2人目は女に似た人間の女児


俺は女の生き写しかのような女児を見て、この子もきっと弱いのだと思う。

俺にとてもよく似ている男児を見て、妹が死んだら俺のように悲しむだろうかと思う。

しかし、ひとまず俺がいれば、もう二度と同じ過ちはしない。

この女児が病で死ぬことはない。

俺は寿命を延ばす研究をした。


そして、魔族を人間に、人間を魔族にする研究を。

俺は人間になりたい。

女は魔族になりたいと言っていて、その薬を作ると約束したから。


――――

――


薄々、分かっていた。

妹は人間だと。

表情豊かで、世話焼きだ。

父が死んで、最近は特に、僕の周りをウロチョロつきまとってくる。



徐々に、生活していく内に、父の母への思いが書かれていたあの文書が、チラつくようになった。


この妹は人間……。

すぐに死んでしまう。

父が最後に言った言葉が頭によぎる。


『お前の妹は弱い、大事にしろ……』


妹のか弱さを感じる度に、大事にしなければならないのだと、どうしても思い知らされる。


僕が朝起きるのが遅いと、全くの力のなさで、それでも一生懸命に僕の身体を揺らす。寒い季節ややってくると、決まって熱を出す。


寿命を延ばさなければ……。

僕は薬作りだけでなく、寿命を延ばす研究もするようになった。


幸い、妹は人間よりも少しだけ寿命が長いことに気が付いた。

本来であればもう30歳になるだろう妹の容姿は、人間でいうと15歳くらいだ。

恐らく2倍くらいだ。

それでも、僕よりはずっと、ずっと短い……。


妹の優しさに触れる度に、不思議な気持ちになった。

どうしたら、そういう風になれるのだろう、と思った。

そうなりたい、と思った。

僕も、人間になりたい、と思った。


僕は研究に明け暮れた。

妹はそんな僕を見て、お父さんのようだと言って笑う。



◇◇◇



ある日、知らない魔族が訪れた。

本屋でも食料屋も薬草屋でもない。


「どなたでしょう?」

妹は首を傾げる。

僕は警戒して、妹の前に立った。


その魔族は言う。

「お前がアノ薬師か?」

「僕は確かに薬を作っていますけれど。アノとは?」

「お前の作った薬は特別だ。誰にも作れない。

この前作り方の載った資料をようやく見つけたが、難関すぎて一向に理解出来ない。それに手先の器用さ、というものでは収まらないほどに繊細な調節が必要であるようだ。

アレは作れっこない」

「いいえ、作れますよ」

「見てもいいか?」


僕は悩む。

敵対心、などはないようである。

僕は弱すぎて魔族の強さを見ただけで測ることはできないが、なんとなく強そうである。


「ただ、興味がある。それだけだ」

その魔族は、僕の心情を察したようでそう言う。

「いいですよ」

それならば、と僕は了承した。


魔族というのは、あまり嘘をつかない、と本に書かれていた。

中には姑息な魔族もいるが、この魔族はそうではない気がする。

僕はいざとなったら妹を守らなければと構えておく。


しかし、その魔族は本当に、興味があるだけだった。


――――

――


それから、その魔族、シリウスはよくうちに来た。


「コレは、薬を作っている訳ではないな。何の研究をしているんだ?」

シリウスは、僕の研究の方を指して言う。

その時、妹が傍にいたから、僕は濁す。

「気にしないでくれ、特に君の興味はひかないものだよ」

「フーン?」


シリウスとは友人になった。

シリウスは妹ともよく話してくれた。

妹の他に大切なものが1つ増えた。

僕は自分が人間らしくなっている気がした。


シリウスは言う。

「お前たちは山を下りないのか?」

「下りない。街に行くまでに危険な区域があるから、きっと僕らではたどり着けないと言われた――」

「俺が一緒について行ってやれば大丈夫だ」

「――それに、僕らはとても弱いから、疎まれて居心地が悪いだろうと」

「私は兄さんとここでずっとこうしていられればいいと思っているの」

僕らがそう言うと、シリウスはなんだかつまらなそうな顔をしていた。


僕は聞く。

「そういえば、シリウスはどうしてここに来たんだ?

僕の作る薬に興味があるとだけ言っていたけれど、本当にそれだけか?」

「ああ、そうだ」

「そんなことで魔族はわざわざ危険な区域を通ってまでこんな山奥に来るのか?」

「魔族って……、お前も魔族だろうが。それに、魔族でも色々いる」

「だが、力こそ全てではないのか? 薬などに興味があるのは珍しいのではないか?時々来る店の主にそう聞いたし、本にも書いてあった」

「まあ、そうだな。強者はとても敬われるし、フッ、本や薬、研究などに興味のある者は軟弱者と言われるな」

「軟弱者とは僕のことか?」

「そうだな。確かにさっきお前が言ったように、お前が山を下りればいじめられるだろう」

「君は大丈夫なのか?」

「ああ、俺は強い。

俺は最強であるから、別に薬に興味を持っていても何も言われない。

調子の良い者なんかは、賢いことも凄いと褒め称える」

「それほどに強いのか……」

「ああ」

「それならばシリウス、君は僕らを、軟弱者だとか疎ましく思わないのか?」

「ああ、思わない」

「そうなのか……?」

「俺は最強であるから、何をどう思おうと許される。

大抵の者は周りの思想に流された意見を言うが、俺は何と言おうが許される」

「そうか」

「ああ」


そんな僕たちの会話を妹は首を傾げて聞いていた。


「俺は天才である」

シリウスはそう言う。

この友は、とても自信家である。

魔族は皆そうなのかと聞いたら、そうではないと言っていた。


「唯一俺が凄いと思ったのはお前だ」

「何故だ?」

「お前は俺よりも賢い。

お前のすることは何も分からない、理解が及ばない、難しい……。

そんな風に思わされたのは初めてだった」

「僕は賢い方なのか……?」

そう聞くと、シリウスは怒ったように言う。

「何を馬鹿なことを!? お前より賢い者はきっとこの世にいない」

「そうなのか……?」

「ああ、そうだ」

シリウスは断定した。


「俺の友はお前だけだ」

「街には山ほど魔族がいるだろうに」

「それでも俺よりも弱く、何もかも俺の足下にも及ばない者ばかり。

認められない相手を友にすることはできない」

「そうなのか。魔族は皆そうなのか?」

「俺はそうだ。そしてそれは魔族それぞれ違うことだ」

そう言ってから、シリウスは妹を見て付け足す。

「だが、このお前の妹は、例外となる。

まあ、友という訳ではないが、認められる存在である」

妹が嬉しそうに笑うと、シリウスもフッと表情を和らげる。

僕も言う。

「僕もシリウスが唯一無二の友であるよ」



◇◇◇



シリウスと会ってしばらく経った頃、その友は言う。


「俺は力こそ全て、という今の世の中を変えたい。

賢いことも必要である。

今の魔族は、野蛮人の集まりであり、妙に中途半端に賢い者は、大抵姑息な性質である。

何故こんな世の中になったのか。

魔族は人間よりも遙かに強いから力が全てとなり、人間が弱く賢いから、同じく弱く賢い魔族が疎まれるようになった。

魔族の方が明らかに強いのに、人間をいつまでも滅ぼせないのは、賢いものを軟弱者と侮っているからである。

人間を滅ぼすには魔族の一致団結が必要である。

俺の目指すのは、強い者の暴挙は許さない、弱い者でも賢いならば、強さと同等な優遇を許される世の中だ。

それが叶ったならば、必ず人間を滅ぼすことができる。


そして俺の目指すものには、お前は絶対に必要だ。

力を貸してくれないか……?

お前は弱い。だがお前のことは必ず俺が守る」


「人間を滅ぼすというのか……?」

僕は呆然と言った。

「そうだ」

シリウスは断言する。


シリウスは今の会話を「できるのか……?」「できる」と、そうみているだろう。


「違う」

僕は首を横に振った。

「違う……?」

シリウスは眉間にシワを寄せる。


僕はしばらく黙った。

シリウスは僕が話すのを待っているようである。

もしかしたらこの沈黙も、僕が了承するかどうかを考えているとでも勘違いしているのだろうか、とそう思うと、どうしようもなくなるほどに憤慨して、頭をかきむしった。


――――初めてできた友である。


妹は、今は台所で夕食の準備をしている。


シリウスは、まだ決まらないようならば今日はいい、と言って帰ろうとする。

その返答もせずに僕は黙り続けた。



僕が人間が好きで、僕は人間になりたい。妹は人間である。

そしてこの友は、人間を滅ぼそうとしている。

人間を敵だと思っているのである。

シリウスの、力を貸してくれないか、に対する答えは考えるまでもなく否である。


ただ、シリウスがそんな思想を持っているのだと知って、僕は強烈な不安に陥った。

妹は人間である。

それをシリウスに言ったら、シリウスはどうするだろうか?

妹を殺されやしないか。


どれほど経ったのか、妹が夕食ができたのだと呼びに来た。

僕は妹を見て、泣きそうになる。

この妹が大事であった。

友には悪いが、一番大事なのであった。


僕は妹に、少しシリウスと話をするから、向こうに行っていてくれと言った。

妹は素直に従った。


「どうした?」

シリウスは聞く。

僕は、妹が向こうに行って、思わず涙が出た。

泣くのは初めてであった。

そんな僕にシリウスは動揺していた。


僕は聞く。

「君のことを信じてもいいか?」

それにシリウスはしっかりと僕の目を見て頷く。

「ああ」

それに僕は首を横に振る。

「違う」

「……? どういう意味だ?

お前の言うこと難しい。お前は唯一俺よりも賢い存在である。

理解出来ないこともある」


僕だって、何と言えばいいのか分からない。

迷いながらも僕は言った。


「君に、秘密なのだろうか? 秘密ではない。真実である。

君に真実を打ち明けようかと思っている」

「それは何だ?」

「僕は君に話さない方が良いのではないかとも思っている」

「どうしてだ」

「僕の心内にあり、またこの現実に実際存在する真実は、君の考える理想の世の中と反する答えであるからだ」

「やはり分からない。今のお前の言葉は極めて遠回りである」

「ではまずはっきりと、先ほどの力を貸してくれないか、という言葉を断ろう」

「…………どうしてだ?」

「僕はそれを聞いた時、断ることは当たり前であり、それについて考えることは一瞬さえなかった」

「……では何を考えていた?」


「君は、もう僕と友でいることをやめるかもしれない」


僕は自分でそう言うと、ああ、そうだ、そうに違いない、と思った。

やはり、言うのはやめよう、そう思った。


もう、話すことができなくなって、シリウスには帰ってもらった。



僕はそれから考えた。

どうすれば、妹と友、どちらも失わずに済むだろうか、と。


もはや、僕が人間が好きだの、人間になりたいだの、どうでもいい。

シリウスが人間を滅ぼそうとしているのもどうでもいい。


しかし、僕が人間が好きであると言ったら、シリウスと友でなくなってしまうのが嫌だった。

妹が人間であると言ったら、シリウスが妹を嫌いになるのが嫌だった。

そして考えたくもないけれど、最悪なことは、大切な友に、大切な妹を殺されるのは、とても耐えられない。



ひとまず、考えがまとまるまで、シリウスと会うことをやめた。


申し訳ないと思いながらも、シリウスが来る度に、妹にまだ会えないと言ってもらった。するとシリウスは、少し落ち着いたらまた来る、と言ってくれた。


それから、シリウスは当分来なかった。

僕もまだ考えがまとまらなかったからそれで良かったのだけれど。

それでも、もし来たならば、今度は会おうと思っていた。

気の良い友であるから、僕が何も言わなければ、今までのように薬の話などをして過ごしてくれただろう。僕はそれに甘えたかった。


僕は仕方がないから考え続けた。

考えながら、ひたすら研究を続けた。

考えがまとまるのと、この研究、どちらが先に終わるのだろうと思った。



◇◇◇



結局、研究の方が先に終わった。

僕は妹の寿命を延ばす薬を作った。

それは本当の人間であったら駄目だった。

母であったら駄目だったんだ。

だから父は作り出すことができなかったのだろう。


妹にも魔族の血は流れている。

寿命が人間よりも2倍あるのが証拠だ。


簡単に言うと、その魔族の血を強くするのだ。

それによって、多少魔族の特性が出る可能性もある。

それもまた、妹であるから可能であるが、父と母の、人間を魔族にする、という約束の薬でもあった。

図らずも、父の悲願を叶えることができたと言って良いのではないだろうか。

だが僕は妹が大事であるからしたことに過ぎない。


僕は興奮して妹を呼んだ。


「おい! おい! ピリカ!」


「どうしたの? そんなに声だして」


妹は僕を見ると、ハッとして驚いて、泣いて駆け寄って来る。


「どうしたの……?」


「コレを飲め! 早く!」


妹は訳が分からず、泣きじゃくって聞く。


「なに? これ」


「いいから! 早く!!」


妹は僕の剣幕に押されてそれを飲んだ。


犠牲はつきものである。

そんな、寿命を延ばすなんて、とんでもない薬を作るのだから。


僕らが双子で良かったと思う。

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