青い花
僕の中には花がある。
コーヒーが大好きな青年は、一体「花」と言うものを通して、何を伝えたかったのだろうか。
僕の中には一輪の花がある。
茎はピンと伸び、緑の葉が二枚土から覗いている。
花弁は細長い楕円形で、澄んだ青色だ。
その花びらが今日の朝、土の上へと音も立てずに静かに落ちた。
僕はこの頃早起きになったらしい。
目覚まし時計がなる前に目覚めるのだ。
鳴る前の目覚まし時計のスイッチを切り、僕は台所に立つ。
一枚3枚切りの食パンに薄くバターを塗り、トースターできつね色になるまで焼いていく。
焼けるまでにコップに大好きなインスタントコーヒーを淹れ、パンを皿に移し席につく。
これが僕のお気に入りの朝御飯だ。
朝食を食べながら今日は何をしようかと考える。
ちなみに僕は今は働いていない。
そうだな…少し遠出をしてみよう。
いつもは基本家にいることが多いが、たまにはそういうのも良いかもしれない。
そう思い立つと僕はたった一枚の皿と、コップ1つのために贅沢に食洗機を回した。
この辺だったかな…。
クローゼットの扉を開けて、奥にしまってある少し大きなリュックを引っ張り出した。
タオル二枚と水筒、財布とケータイ、簡易的な地図。
それら諸々の荷物を詰める。
よし、このくらいでいいだろう。
荷物を用意する間に、食洗機は自分の仕事を終えていた。
家の鍵をかけ、自転車に乗るといく宛もなく走り出す。
僕は山と海の両方に囲まれた町に暮らしている。
その町で僕は山にすんでいた。
たまには海へいってみよう。
そう思い、まだ冬の真っ只中だが海へとハンドルを切り、勢いよく坂を下り出した。
沢山の坂を下り、沢山の角を曲がって行く。
時々体を休めながら。
だんだんと平坦な道が増えてくる。
民家の角を左に曲がったとき、僕の鼻を潮風がかすめた。
匂いの方に顔を向けると、そこにはどこまでも広がる海と空があった。
その色は僕の中にある花と同じ色をしていた。
僕は自転車から降りて、しばらくその辺りを歩いてみた。
砂浜に出て、冷たすぎる海水に手をつける。
キンッと刺すような感覚が指先に走る。
一通り歩いた後、僕は大きく息を吸い込んだ。
冬の、少ししょっぱくて磯の香りがする冷たい空気が僕の肺を埋め尽くす。
その空気を吐き出すと共に、僕は咳き込んだ。
僕の中にある花びらが一枚落ちる。
もう、そろそろかな…。
砂浜に腰を下ろす。
僕はリュックの中からタオルを取り出すと、手についた血を拭き取った。
雲ひとつ無い空と、静かに波打つ海を見て思い出す。
僕はつい2、3ヶ月前まで花屋で働いていた。
沢山の花があり、沢山の人とで会う。
人が花を求める理由は様々で、僕は花も、花を求める人たちも大好きだった。
その生活はとても充実していて、幸せだった。
だけど、その日々は突然に終わりを迎えたのだ。
前々から少し調子はおかしかった。
しかし、風邪だろうと思って特に病院にいくこともなかった。
そして、その日、突然息苦しくなり、むせかった。
手に持っていた花瓶が床に落ち、粉々に割れる音と共に、土が辺りに散らばった。
息ができずに意識が朦朧とするなか、口元を押さえていた手を見ると、そこには真っ赤な血がついていた。
喀血だ。
僕は、救急車で病院はと運ばれた。
診断結果は、原因不明の病だった。
せめてなんの病気かは知りたかった。
ただ一つ分かったことは、僕の肺はもうほとんど機能しておらず、寿命はわずか3ヶ月と言うことだった。
その日から僕は大好きだった仕事をやめ、のんびりと家で小さな花を育てた。
僕が自暴自棄にならならずにすんだのは、花のお陰だろうか。
そんなことを考えてみる。
一日に何度か起こる発作。
人間は自分が病気だと分かったとたん、具合が悪くなっていくように感じる。
咳き込み、血を吐きながら思う。
僕は何を残してきたかと。
どれだけの人の中に、僕は記憶として生きるのだろうと。
人の記憶から消えたとき、改めて僕はその人の中で死を迎える。
その日はいつになるのだろうと。
僕の中には花がある。
それは、寿命という花だ。
茎はピンと伸び、緑の葉が二枚土から覗いている。
花弁は細長い楕円形で、澄んだ青色だ。
今朝、一枚静かに落ちた。
冬の空気を吸い込んだとき、一枚落ちた。
花びらが落ちる間隔は、発病したときよりだいぶ早くなった。
残りのはなびらは、もうそう多くはない。
目覚まし時計を止める前に起きてしまうのは、死ぬのが不安で、怖くて、目が覚めてしまうからだ。
食洗機を贅沢に使うのは、もう長くは生きられない僕には、節約する必要がないからだ。
今日、唐突に思いつき海なんかに来てみたのは、死という現実から逃れたかったからだ。
僕は、自分の中で一つ一つ、僕という人間を片付けていく。
気持ちに整理をつけて行く。
今日は死について考える。
反対に生きることについても考えよう。
家に帰ったら手紙を書こう。
今まで僕と関わってきた人への手紙だ。
僕がこの世から去っても、人の心に生き続ける為の手紙だ。
そして、手紙を書き終え、封筒に入った手紙の束を見て、満足げに大好きなコーヒーを淹れて椅子に座り目を閉じる。
そうして僕は目を開かない。
永い永い眠りにつくんだ。
その時、最後の一枚の花びらが落ちる。
そんな風に死んでいきたいと思った。
そんな風に生き抜きたいとも思った。
花びらのなくなった花は種をつける。
その種が地面に落ちて、沢山の芽を出す。
小さな小さな花が咲く。
その花は、人の記憶の中で生き続ける沢山の僕という人間だ。
そうして人は死んでは生きてを繰り返す。
なんだ。
簡単なことではないか。
気持ちが一つ片付くと、からだが少し軽くなる。
身軽になった体で自転車に乗り、帰路をたどる。
途中、文房具店により、便箋を買った。
家につくと大好きなコーヒーを淹れ、椅子に座り、便箋を開く。
ペンを握る。
一文字一文字綴ってゆく。
花びらが一枚一枚落ちてゆく。
最後の封筒に切手を張り付け、僕は満足げに手紙の束を見る。
コーヒーを淹れ、一口飲む。
目を閉じる。
深呼吸をひとつする。
最後の花びらが、音を立てずに静かに落ちる。
中学の時より、好きで小説を書きためて来ました。
投稿しようと踏み切るまでに、だいぶ年月がたってしまいました。
初投稿ですが、暖かい目で見守っていただければ幸いです。
つたない文章ですが、どうぞ読んでやってください。
コメントなどもしてもらえると、とても嬉しいです。