04. 乗鞍浄土のトアとマサ
山小屋でソフトクリームを2本買う。俺はバニラ、次女はチョコ。ベンチに座って食べる。
「いやー、そういちろうー、格別だねー」
格別とかお前そんな言葉使えたの。
「まあこんな風景なかなか見られんからな。誘ってよかったよ」
「私これで絵日記10日ぶんくらい書けると思う」
「ありなのかそれ?」
「いいんじゃないの別に?」
この適当さは次女特有だ。長女は神経質だからな。完全に俺に似てしまった。
「まあ俺が先生なら許すな」
「そういちろうはわかってるなあ」
わかってるよ。三者面談がちょっと怖い。
「なんかさ」
んん? なに?
「山って土だと思ってたよ」
うん? どういうことどういうこと?
「思ってたより植物があったっていうこと?」
「いや違う。けっこう岩だらけだし、砂より小石の方が多いし」
そう言いつつ次女は登山靴で地面の小石を転がす。
そういう意味か。気持ちはわかった。
どうしようかな、講釈はできるけど、こいつそういうの嫌うからな。
長女は割と真剣に聞いてくれるんだけどな。
まあ山の話なら聞いてくれるかな。
「いいとこ気付くじゃん。教えてやろうか?」
「え、そういちろう知ってんの?」
下を向いてた次女が俺の顔を見る。口の周りべったべたじゃん
しかし、たしかこれは小4か小5の理科で習う内容だったはずだ。ちょうどいい。
「火山岩って授業で習った?」
「あー、理科で習った……かも……」
かもじゃねえ。こいつ算数で50点取るレベルの文系ウーマンだからな。俺より嫁に似たな。
「火山岩ともう1つは?」
「……深成岩?」
「正解。どっちの方が壊れやすい?」
「『深成岩の方が固そうな感じでその逆』だから火山岩!」
どういう覚え方だ。語感で決めるな。正解だけどさ。
「合ってるよ。この辺の山は深成岩の一種の花崗岩でできてる」
次女の顔を伺う。まだ飽きてはなさそうだ。
深成岩は、マグマがゆっくり冷えるうちに、マグマとして融けている中の成分の似たものが集まって粒になるから、結晶がはっきりした見た目になる。
粒がはっきりしているため、粒と粒が離れるように風化が進む。
風化というと、岩全体が削られて、だんだんとサイズが小さくなっていくようなイメージを抱く。
それは火山岩の風化であって、深成岩の風化は、部分ごとに削られて塊のまま割れていくのだ。
風化の途中の花崗岩で、まだサイズが大きいものをトアと呼ぶ。だいぶ小さくなったものをマサと呼ぶ。
このあたりにはマサが地表に広がっている。
「火山岩と深成岩の違いは?」
「そういちろう、そういうやつ女子に嫌われるよ?」
こいつは。そうなんだろうけども。
「すみませんでした。火山岩はマグマが急速に固まって出来た岩、深成岩はマグマがゆっくり固まってできた岩」
「最初からそう言いなよ」
口べったべたにしたお前が言うな。無視しよ。
「ゆっくり固まると岩を作る粒と粒が集まる。この辺の小石もそうだろ? 粒がはっきりしてる」
「あー、そうだね。白と黒が分かれて見えるかも。
川で水切りするときに使う石とか黒っぽいもんなあ」
小学生の感想か。小学生だった。水切り楽しいよね
「合ってるよ。そんで、粒がはっきりしている方が割れやすい。
風化って聞いたことあるか?」
「あー、なんか自然に削れてくアレ」
アレじゃねえよでも合ってるよ。
「そう、自然に削れてくアレ。火山岩は全体的に風化して小さくなっていくけど、
深成岩は、風化するにつれて粒と粒が分かれてボロボロになっていく。
この山は深成岩の一種の花崗岩でできているから、こんなふうに小石が散らばっている」
「へー」
あ、もう興味失ってる。俺の渾身の説明だぞ。
お前、風景と植物にしか興味ないのか。俺の話を聞け。
「ああ、じゃあ、登ってくるときにあった大きい岩も花崗岩なのか」
「ん?」
「なんかすごいぎざぎざしてたじゃん。火山岩ではそういうふうに風化しないってことでしょ?」
エクセレンツわが娘最高天才。
小4でこの洞察力とんだ化け物になるでえ
「素晴らしい。その通りだ。あれは岩が花崗岩だからああいう風に割れるんだ」
「そっかー」
最高の洞察をしているのにぜんぜん興味なさげ。口ふけ。
もう興味なさそうなのでトリビアで締める。
「花崗岩が割れたのでサイズの大きいものをトアと呼ぶ」
「うん?」
「サイズの小さいものをマサと呼ぶ」
「マサ! まさしだ、まさし!」
次女は大笑いしている。謎のツボに入ったらしい。まさしって誰だ。同級生か?
靴で小石を蹴っては次女は爆笑している。そんなにか。
俺の教えはこいつのためになったのだろうか。ソフトクリームをぜんぶ食べる。まさしって誰だ。
... 花崗岩。小さいのがマサで大きいのがトア。大きさの線引きは知らない。
火山岩習うの小6でした。