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紅い月  作者: ソムク
9/31

遠征準備①

「おはよう。2人とも早いね」

 学院に着き、靴箱に靴をしまっている雷太達に、横から声がかかる。

「月夜さん、おはよう」

「……おはよう」

 雷太達は振り返り、後ろから来た月夜に挨拶を返す。

「月導は今日も欠席ですか」

「そうだろうね。私が起きた時にはもう居なかったから」

「なんかもう慣れましたね、この状況」

「まあね。あと、雷太君また敬語になってるよ。チームメイトなんだしもっとフランクでいいって」

「つい癖で」

 適当な会話をしながら、一緒に教室に向かう。

 3人が教室の前に着いた時、珍しい2人組が話しているのを見つける。

「あれ? りんかちゃんと醒ヶ井先生。おはようございます」

「3人一緒に登校とは、仲良いわね」

「おはよー。月夜ちゃんご一行」

 月夜が先に挨拶し、雷太と雪野は会釈ですます。

「珍しい組み合わせだね。どうしたの」

「ちょっとそこで会って。情報交換をね」

りんかが片目を閉じ、お茶らけて返す。

「情報交換?」

「ええ。主に月導君の事とかでね。彼女この学院では彼について一番詳しいから」

「夢ちゃんそれは違うよ。月君について一番詳しいのは月君だよ」

 ふざけたような言い回しをするりんか。そんな仕草の中には何処か悲しみも籠もっている。

「あれ? りんかちゃんは先生の事知ってたの?」

 りんかが先生を名前で呼んだのを聞いて、疑問に思う月夜。

「ああ、言ってなかったね。夢ちゃんは去年私達の担任だったんだよ」

「そうなんだ。ん? 私達って事は」

「そう。私と月君、ついでにやよちーもだね」

「中々にしんどかったわ」

 去年の事を思い出したのか、遠い目をする先生。

「そんな事言わずに、私は優等生だったでしょう」

「優等生すぎても扱いに困ったりはするものよ」

「やだなぁ。照れるじゃん」

 先生の背中を叩きながら、照れを表現するりんか。

「痛いわよ。さて、話を戻しましょうか。最近月導君は何してるの?」

「あ、それ私も気になる」

 先生はそれていた話題を戻し、真剣な面持ちで尋ねてくる。

 月夜も司については気になるようで、りんかの返答に耳を傾ける。

「期待されてる所悪いけど、私だって月君が何してるかなんて知らないよ」

 りんかの答えを聞き、2人が肩を落とす。

「ただ、月君に何かやらせたい事があるなら、しばらくは無理だと思うよ。たぶんもう少ししたら出かけちゃうから」

「出かける? 何処に」

「さあ。何処かまでは知らないけど、そろそろそういう季節だからさ」

 窓の外に視線を向け呟くりんか。

 りんかの態度に先生は何か気づく事があるようだった。

「そう。貴重な証言をありがとう、北条さん」

「気にしないでよ。私と夢ちゃんの仲じゃん」

 明るい笑みで返し、そのままりんかは自分のクラスに向かっていく。

「あの、先生は何か分かったんですか?」

 りんかの言葉の意味が分からず、先生に聞く月夜。

「分からない事だらけだけど、取り敢えず遠征には月導君が来ないって事だけは分かったわ」

「遠征?」

「ホームルームで説明するから、もう少し待っててね」

 そのまま月夜達は先生と一緒にクラスに入り席に着いた。

 ほどなくして、始業のチャイムが鳴る。

「はい、いつもの2人以外、お揃いですね。皆さん、おはようございます」

 先生が元気に挨拶をして、ホームルームを始める。

「みなさんには、チーム作りからクエスト、模擬戦など色々と新しい事をやってもらいましたが、お疲れ様でした。どうでしたか?」

 先生の問いかけに、疲れたとか大変だったなどの声があがる。

「各々思いはあるでしょうが、チームのメンバーの事など少しずつ分かってきたことでしょう。これから先はチームでの行動が多くなってきます。それに向けて皆さんには、本格始動前の最後の節目、遠征に行ってもらいます」

 遠征と聞き、大半の生徒が首を傾げる。

「いきなり遠征なんて言われてもよく分からないと思いますが、簡単に言えば何日かかかるクエストを受けてもらいます。チームに寄りますが、大体3泊くらいはすると思って下さい」

 泊まりがけのクエストと聞き、遠足や旅行をイメージしたのか浮き足だつ生徒達。

「本来ならもう少し後でやる行事なのですが、ちょっと事情がありまして早めさせて頂きます。そういう訳なので、クエスト内容の打ち合わせの為、各チームのリーダーは後で私の所に来て下さい。急で申し訳ありませんが、早いチームだと明日、明後日には出発になります。」

 はーい! と元気の良い返事が返ってくる。

「先ほども言いましたが、この先はチームでの行動が増えてきます。それに向けて今回の遠征でそれぞれのチームの方針や、今後目指すべき場所などがある程度固まるように、目的を持って遠征に臨んで下さいね」

 優しい微笑みを浮かべながらも、言葉に力を込め生徒の気持ちを落ち着かせる先生。

「なにか質問はありますか? なければ、ホームルームは終わります」

「先生、私達のチーム、リーダーがいません」

 月夜は今までの話を聞いていて、ずっと疑問に感じていた事をきく。

「あ、紅さん達は放課後に、学院長室に来て下さい。そこで打ち合わせをしましょう」

 わざわざ学院長室に呼び出される理由が分からず、少し顔が強ばる月夜。

「大丈夫ですよ。別に怒られたりはしませんから。今日の放課後は空いてますか?」

 月夜には予定はない。

 雷太と雪野に視線を向け確認するも、2人も大丈夫そうだ。

「はい。大丈夫です」

「では、放課後に。その他のリーダーさんはこの後こちらに来て下さいね」

 そのままリーダーを集め、各々と遠征の打ち合わせを始める先生。

 その光景を横目に見ながら、月夜達は何故か不安に駆られていた。


☽☽


 放課後になり、学院長室へ向かう月夜、雷太、雪野の3人。

「泊まりのクエストなんて、ちょっと楽しみだね」

「でも俺達は3人ですよ。色々と不安要素が多いです」

「そういうの含めての打ち合わせなのかな。朝他のチームの子から聞いた感じだと、チームに合ったクエストを選んでくれてるみたいだし」

「クエストの難易度というか、男は俺1人で泊まりってとこも、別の意味で不安ですね」

 月夜と雷太が会話しながら歩く後ろを、雪野はとぼとぼとついていく。

「何かの間違いで、司も来てくれればいいんだけど」

「それはそれで、俺あいつと上手くやれる自身はないですね」

 無理を承知で呟く月夜に、苦笑いを浮かべる雷太。

 お互い肩を落としながら歩いていると、学院長室が見えてくる。   

「それじゃ、入ろっか」

 そのまま、失礼しますと口にし、中に入る月夜達3人。

「ああ来たかい。わざわざ昼休みにごめんね」

 月夜達を認め、言葉を投げてくる学院長。

「いえ大丈夫です。遠征の話でしょうか?」

「ああ、今朝担任から話があったんだね。それもあるけど、まずはこの間にクエストの話をしようか」

「この前のですか?」

 思ってた話の内容と違う事を聞かれ、首を傾げる月夜。

「この季節に雪崩を起こすなんて、中々に面白い事をやってくれたね。近隣の住民から苦情が来たよ」

「あ! すいません」

 雷太が何かに気づいたようにハッとし、学院長に頭を下げる。

「そういえば、雪はそのままにして帰っちゃったね」

「溶けるだろうし大丈夫って思ったのもありますけど」

 ひそひそと会話を交わす月夜と雷太。

「まあ、それは良いのだけど。こちらのミスもあるしね」

「ミスですか?」

 申し訳なさそうに話す学院長の言葉に、全く心当たりがなく疑問を感じる月夜。

「魔物の数だよ。かなり多かっただろう」

「まあ思ってたより多かったです」

「そうだろうね。あのクエストの依頼時に受けた印象と、報告を聞いた印象とだと、予想していた数の3倍は居ただろうね」

 学院長の言葉を聞き、驚きで目を見張る月夜。

「そんなに多かったんですか」

「悪かったね。たまたまあのクソガキが来たから良かったようなものの。そうでなければもっと大変な思いをさせていただろう」

 学院長は意味ありげに雪野を一瞥し、月夜達に向かって頭を下げる。

「いえ、司と雪野ちゃんのおかげでなんとかなったので、気にしないで下さい」

「そう言って貰えると有り難いよ。ところで、あの日クエストに向かうまでに、何か変なことはなかったかい?」

「変なことですか?」

「ああ何でもいいよ。何かに違和感を覚えたとか、不審な人物を見たとか」

 学院長からの質問に、うーんと唸りながら当時の状況を思い出そうとする月夜。

「あ、ピエロ」

 月夜が唸っている隣で、雷太がハッとして思った事が口からこぼれ落ちる。

「そうだ。あの日、私達あからさまに不審なピエロを見てます」

「ほう。ピエロね。どんな感じだった?」

「えと、痩せ型で長身の人でした。顔にピエロのお面を被ってて、冗談っぽくでしたけど、悪い事をしてたなんて話してました」

「なるほど。やはり。でもだとすると」

 月夜の回答を聞き、1人考え込む学院長。

「何か分かりましたか?」

「ああ、貴重な証言ありがとね。もう少し考えてみるさ」

 何か思い当たる節があるが、まだ断定は出来ない、そんな感じの学院長。

「さあ、それじゃあここからはお待ちかねの打ち合わせといこうか」

 学院長は手をパンっと叩き、頭の切り替えを促す。

「とはいえ、そんなに難しい話でもないがね」

「遠征でしたね。私達は何処で何をすればいいんですか?」

「結論から言ってしまうと、あんたらには雪山の麓にある村の護衛をしてもらいたいのさ」

「護衛ですか? 村の?」

 学院長の言葉に、3人とも首を傾げる。

「護衛といってもそんなに本格的なものではないよ。なにせ一介の学生相手に来た依頼なんだ。肩の力を抜いてくれ給え」

「いえ、私は守るべきものは守り通します」

「やれやれ、肩の力を抜けと言っただろう。まあやる気があるのはいいことだがね」

「それで学院長。雪山ということはやはり」

 肩を竦めた学院長に、雷太が質問する。

「ん? ああそうだよ。得意分野だろ」

「……」

 学院長に言葉を投げられた雪野は、しかし特に反応を返さない。

「まあ、雪野とは良い相性でしょうけど」

 雪野に代わり、煮え切らない返事を返す雷太。

「不安な気持ちは分かるがね、取り敢えず話を進めていいかい」

「お願いします」

「先ほど言った村から依頼が来てね。どうやらその村の周辺には昔から固有の魔獣が住んでいるそうだ。今までは特に害はなく仲良くやっていたみたいだがね、最近その魔獣が村に被害を出し始めているようだ」

「魔獣ですか。被害とはどんな感じですか?」

 魔獣と聞き、難しい顔になる月夜。

「そんなに構えなくていいよ。作物が荒らされるとかの軽い被害だそうだよ。でも村人の不安は相当だろうね。それで、まあ学院うちに魔獣を寄せ付けないように、結界を張ってほしいという依頼でね」

「あれ、その依頼だと何故護衛なんですか?」

「ああ、その村の環境が環境でね。結界を作って、設置するまでに時間がかかるんだよ。ただ、その間村を放置する訳にはいかないだろ? だからその間、あんたらには現地で護衛の真似事をして欲しいのさ。気休め程度でいいから」

「気休め程度ですか」

「害が出始めたとはいえ、所詮相手は魔獣。獣が少し魔力を帯びた程度の存在さ。基本は臆病だからね、大きい音には驚くし、突然のフラッシュには怯む」

 学院長は月夜達に意味深な視線を投げる。

「そういう事ですか。雪、爆発、光。たしかに私達にぴったりな内容ですね」

「察しが良くて助かるよ。そういう事だから、まあ3日くらい観光気分で軽く行ってきちゃってよ」

 冗談っぽく軽薄な態度の学院長。

「そんなちょっとコンビニまで、みたいなノリでいいんですか? ただでさえ私達3人しかいないのに」

「構わないだろ。むしろあんたらは今後も3人のつもりで、ここいらでチームの方向性を固めておく事をお勧めするよ。家の孫娘はともかく、あのクソガキはどうしようもないからね」

「分かりました。考えておきます」

「そうしておくれ。そんじゃ、後のより詳しい事は現地の依頼人に確認ってことで」

「ちょっと待って下さい。現地にはどうやって行くんですか? あと出発の日も聞いてないです」

 話を締めようとした学院長に、月夜が質問する。

「そうだったね。まず出発だけどぶっちゃけ状況が状況だ、準備でき次第ってのが望ましいけど、明日とかで大丈夫かい?」

「私は大丈夫です」

「俺と、雪野も行けます」

 一瞬逡巡するもすぐに答えを出す月夜達。

「些か急すぎるかとは思ったが、頼もしい限りだね」 

「困ってる人がいるなら、放ってはおけませんから」

「殊勝な心がけだね。それで移動方法だけど、それは私が転移の魔法で現地まで飛ばす。だから心配しないでいいよ」

「転移ですか」

「そうさね。本当は私自らがちょちょいと行って、解決してきたいところだけど、何が起こるか分からないからね、出来るだけ学院は離れたくないのさ」

 少し申し訳なさそうな学院長。

「そこは気にしないで下さい。私達も勉強ですので」

「ありがとね。そうだ、1つ言い忘れていたが、くれぐれも暖かい服装にしてくれよ。なにせ、現地は雪山だ。しかもここ最近は結構吹雪いてる日も多いみたいだからね」

「そういえば、聞き流してましたけど、この季節にそんなに雪が降ってるんですか?」

「ん? ああ、あんたらが行くのは、常冬の村だからね。昔から気温はずっと低かったのだけど、月が紅くなって以来、いつでも雪が舞う世界になってしまったという場所さね」

「……月が紅くなって以来、雪が降る」

 学院長と月夜の話を聞いていた雷太がポツリと言葉を零す。

 口に出すつもりはなかったのか、本人もこぼれ落ちた言葉を耳にし驚いている。

「何か気になったかい?」

 様子がおかしい雷太を不審に思い、学院長が問いかける。

「あ、いえ。大丈夫です」

 一瞬雪野に視線を送るも、頭を振り、平静を装う雷太。

 月夜は、2人の様子に心配になったが、雷太が言いたがらないのならと、一旦は保留にする。

「大丈夫なら、そろそろ話は終わりにしようか。あんたらの準備の時間も必要だろうしね」

「はい、ありがとうございます」

「ああ、最後に2、3注意事項を。まず、轟、もし本当に魔獣を追い払うような場面になったとしても、くれぐれも攻撃は軽めで頼むよ。雪山なんだ、分かってると思うが、雪崩だけは起こさないでくれよ。結界云々なんて問題じゃなくなるからね」

 冗談半分で注意を促す学院長。

「気をつけます」

 注意を受けた雷太は、冗談ではなく、真剣に受け止めているようだった。

「頼むよ、マジで。あと、これは頭の片隅に置いておく程度でいいんだが、余裕があれば、魔獣が何故急に村に来るようになったのか、その原因の一端でもいいから探してきてくれると、こちらとしては大助かりだ」

「頑張ります」

 拳をグッと握り、気持ちを入れ直す月夜。

「まあ、そう言うと、紅みたいな良い子ちゃんは頑張りすぎるからね。本当に余裕があればでいいから。基本は3日間のんびりしていておくれよ」 

「頑張ります」

「アハハ。だから頑張らなくていいんだよ。よろしく頼むよ」

 ますます堅くなる月夜に、苦笑まじりに語りかける学院長。

 そのまま、話は終わりだと言わんばかりに、仕事に戻る学院長。

 月夜達も、その場を出て行こうと、学院長に背を向け、扉に手を掛ける。

「失礼しました」

 一声発し、月夜達は部屋を出て行く。

「そうだ、轟」

 部屋を出る直前、雷太は学院長に呼び止められ振り向く。

「冬季の事、よく見ておいてあげるんだよ」

「? はい」

 いつもしている事を、脈絡なく学院長から言われ、首を傾げるも取り敢えず肯定する雷太。

「分かってるならいいさ。呼び止めて悪かったね」

 疑問符を浮かべながらも、会釈をして部屋を出て行く雷太。

 3人が出て行った後、机に向かいながら学院長は溜息を吐く。

 相変わらず顔を見せない司。

 そろそろ学院に戻ってくる頃合いの孫娘。

 それらはまだいい。

 今この瞬間の一番の悩みは、打ち合わせの最中一言も発しないばかりか、1度も目が合わなかった、ヘッドフォンをしてマフラーを巻いた少女。

 冬季雪野。先日のクエストの報告を受けた時から、胸の中がざわついていた。話を聞いた限り、彼女の魔法は普通ではない。もし想像通りの魔法なのだとしたら。

 学院長はそう考え、また溜息を吐く。

 だからこそ、雷太に釘をさした。

 それに今回は簡単な遠征だ。大丈夫なはずだろう。

 そう自分に言い聞かし、もやもやした気持ちを抱えたまま、学院長は作業に戻った。


こんにちは、ソムクです。

この文章を読んでくれたあなたに、最大の感謝を。

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