月夜と司(エピローグ①)
月夜が司を探し始めてから、かなりの時間が経過していた。
もう辺りは暗くなり、夜になっている。
「司、いないな」
1人、呟く月夜。
りんかに聞いた、司がいそうな場所は大体探したがいなかった。
時間だけが過ぎていき、月夜の表情にもだんだん焦りの色が見え始める。
最後に見た司の表情と、以前に司が言っていた生きていく気はないという言葉を思い出し、嫌な想像ばかりが働く。
ふと空を見上げると、星々が綺麗に輝いていた。
そういえば、司は空をよく見ていると、前にりんかから聞いた事がある。
司も星とか好きなのだろうかと考え、司と初めて会った場所を思い出してみると、よく星が見えていたなと思う。
あの場所をまだ探してなかった事に思いあたり、行ってみる事にする。
そこが外れだと、本当にお手上げなので、祈る思いで記憶の場所に向かう月夜だった。
☽☽☽
夜の闇を星明かりが照らし、静寂の中、川の流れる音だけが聞こえる。
司と初めて出会った場所。あの時は逃げる事で精一杯だったが、改めて来て見ると、星は綺麗で通り過ぎる風は心地良い。
そこで周りを見回し司の姿を探す月夜。
川に下りる斜面、草が生い茂るその場所に、司は仰向けになって空を眺めていた。
司が居た事に安堵し、胸を撫で下ろす月夜。
声をかけようと近づく月夜の足音に気づき、視線だけそちらに向ける司。
「なんだ? こんな時間に外にいるとは珍しいな」
「司が心配で探してたんだよ」
心配と言われた司は一瞬怪訝な表情になるが、すぐに戻る。
「ああ、轟の事か。悪い事をしたな」
「それ。それだよ。司がそんなしんみりしてて、あまつさえ他人に謝るなんておかしいよ」
「ひどい言いようだな。俺は謝罪の言葉を口に出来ないような小さい人間ではない。基本他人なんてどうでもいいのは事実だがな。悪い事をしたと思えば謝る」
司は呆れたように返す。
「司にもそのくらいの気持ちはあるんだね。安心したよ」
口にして、今自分はひどく失礼な事を言ったのではと気づき、司の顔を覗き込む月夜。
「馬鹿が。この程度で俺は怒ったりしねえよ。不安になるくらいなら口にしなければいいだろ」
大分いつもの調子に戻ってきた司だが、やはりどこかしんみりとした感じを覚える月夜。
「ねえ、司。もしかして反省してるの?」
まさかとは思いつつ、尋ねる月夜。
「まあな。どうでもいい奴とはいえ、殺してしまえば寝覚めも悪かっただろうしな」
「殺すって。あそこには結界があったのに」
「世界に100%は存在しない。結界があったとて万能ではないからな」
いくら頭にきていたとはいえ、やりすぎたと反省を口にする司。
月夜は掛ける言葉が見つからず、口を閉じる。
司とは、唯我独尊で他人を気にしない。自分以外はどうなろうと構わない。そういう考えの人間なのだと月夜は思っていた。実際、当たらずとも遠からずだとは思う。
でも、自分の失敗を気にして、他人に悪い事をしたと思う気持ちくらいは抱けるらしいと、今の司を見ると分かる。
殺してしまっていたかもと司は言ったが、実際はそうはなっていない。やろうと思った事はやる、司はそういう人間なのに。
「司はどうやって思い留まったの?」
色々と考えていたら、つい疑問が口をついて出てしまった。
その質問に司は答えない。
気を悪くさせたかと心配する月夜だったが、しばらくして司から返答があった。
「……世界の音が、聞こえた気がした」
遠い目をしながら、ぽつりと呟く司。
回答の意味が分からずに続きを待つ月夜。
司から続きはなく、話は終わったという風に、ただ空を眺めている。
司なりにショックを受けているのなら、わざわざ話を掘り下げるのも悪いなと思う月夜。
月夜は司と話していて、もう1つ生まれた疑問を尋ねてみる事にした。
「司はさ、なんで世界を壊したいの?」
今までは、司には人の気持ちは分からないから、自分が嫌いだから壊す。そんな所かと思っていた。
でも司でも反省する事がある。少しくらい人の気持ちを考える事が出来るのだと知った。
ならば、世界を壊す。その意味も司は正しく理解してるのだろう。理解してなお、それをしようとする理由を知りたかった。
暫くたっても、司から返答はない。
月夜は聞いていいかどうか悩んだ末に、言葉を続ける。
「やよいって誰?」
月夜からその台詞が出た瞬間、驚いたように振り向く司。
「なんで、知ってるんだ?」
「司、部屋で寝ててうなされてる時に、よくその名前を口にするから、気になってたの」
「ッチ。だから誰かと同室は嫌だったんだ」
月夜に向けた言葉ではなく、1人呟く司。
何事か考えこんでいた司だが、少しして観念したように、口を開く。
「夜宵は俺にとっての全てで、俺にとっての世界だった」
何かを思い出すように話す司の表情は、優しくも儚い。
だったと司は過去形で語った。その事に気づき、月夜は次に言うべき言葉を慎重に探す。
「何があったかは、詳しくは聞かないけど、どんなにつらい事があったとして、それでも世界は回ってるんだよ。前に進んでいかなくちゃ」
「あんな事があったのに、回り続ける世界なんていらない。だから、俺はこの世界が嫌いなんだ。こんな世界なくなればいい」
苛立ちを隠そうともしない司。
「でも壊してないよね? どうして?」
月夜の問いかけに暫く黙る司。
「お前は、あの月を綺麗だと思うか?」
司は空に向かって手を伸ばしながら、ぽつりと呟く。
「月って、あの紅い月? 綺麗というか、ちょっと不気味かな」
月夜は、夜空に燦然と紅く輝く月を見ながら答える。
司はその答えを聞いてか聞かずか、言葉を続ける。
「いつかあの月に、星々に触れてみたい。そう感じたら、手が伸びてた」
司の言いたいことが図れず、続きを待つ月夜。
「あの日、あの時、何もないと思っていた世界でも、俺の手はまだ上がる。俺の心はまだ動くと知った。ならば、あいつの好きだった世界をもう少し見極めるべきだと思った」
「そうなんだ」
司の言葉は初めて聞く、優しい声色だった。
「ねえ、司」
今なら司の強さについて、何か聞けるかもしれない。そう思い、司に問いかけようとした言葉を月夜は途中で飲み込む。
「なんだよ」
不審な顔をする司。
「ううん、やっぱり何でもない」
今日は、司の思いを少し知れた。司が世界を嫌う理由、壊す方法、それは詳しくは分からなかったけど、なんとなく何かあったのは分かった。何より、司にも他人の事を想う気持ちがあることが分かった。
それだけで十分な収穫だ。司がいつもより話をしてくれたそれも嬉しい事。
そんな思いが顔に出てたのか、ニヤつく月夜を司が咎める。
「なんだ。気持ち悪いな」
「司が、いつもより自分の事を話してくれたのが、嬉しくて」
ッチと舌打ちをして、以降司は口を噤む。
そのまま、どちらとも言葉を発さずに、ただ2人、空を見ていた。
☽☽☽
初夏とはいえ、夜の風はまだ肌寒い。
何事か考えていた司だったが、1つ伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。
「どうしたの?」
「どうしたも何も、帰るんだよ」
先ほどまでのしんみりとした声音ではなく、いつもの司のそれ。
「じゃあ、帰ろっか」
月夜は自然と司の隣に並び、歩き始める。
司は何も言わず、横を振り向かずに歩き続ける。
「私さ、さっきあの月を見てて綺麗だと思ったよ」
唐突に月夜が呟いた言葉の意図を計れず、首を傾げる司。
「前はさ、不気味としか感じなかったのに」
「それがどうした」
「司の事もそう。出会ってからさっきまでは、司の事、なんてひどい人なんだろって思ってた。自分勝手で、人の事は考えてくれない」
司は言われた事を気にしてる様子はないが、話に耳は傾けている。
「でもさっき話を聞いて、司にも色々考えてる事はあるし、人の事を思う事が出来るのも分かった」
「だからなんだよ。俺は俺だ。世界が嫌いなのも、やりたい事しかやらないのも変わらない」
どうでもいいという風に司が言い放つ。
「それでいいよ。私の中の司が変わったから。司の事を少しだけ知って、やっぱり司の事は助けたいって思った。ううん。それは前から思ってたから、より強固に決意したって感じ」
「好きにすればいいだろ。どうせ人に人は救えないんだからな」
「はーい。好きにしますよ」
戯けて笑顔で返事をする月夜と無関心な司。
そのまま2人歩いていると、前から小さな陰が現れる。
「あれ? レムちゃんじゃない? ねえ、司」
「ああ。あいつは賢いやつだからな、迎えに来たのだろう」
近寄ってくるレムに立ち止まり、手を伸ばす月夜。
しかし、その月夜をスルーし、月夜とは反対側の司の隣に並ぶレム。
「相変わらず、嫌われてるな」
「最近は少しはましになったはず」
笑いながら言う司に、膨れっ面で返す月夜。
そのまま、2人と1匹肩を並べて、帰っていった。
美しくも、禍々しく輝く、血のような月明かりに照らされながら。
この物語を読んでくれた事に、最大の感謝を。