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紅い月  作者: ソムク
6/31

模擬戦

 クエストを終えた翌日、身支度を整えて登校をしようとした月夜は驚きで立ち止まる。

「司、どうじたの?」

 動揺のあまり噛んでしまった。

「なに動揺してんだよ。学院に行くだけだろう」

「司が? 朝から? ちゃんと登校?」

「そうだよ」

 有り得ないものでも見るように固まる月夜

「そんな……事が。あなたは偽物? いや、昨日の異常気象もある。今日は世界が終わる日か」

 動揺しすぎて、最早自分でも何を言っているのか分からない月夜を、ジト目でみる司。

「それは重畳。世界が終わってくれるなら俺は嬉しいね」

「よかった司だ。一瞬本当に別人かと思ったよ」

 世界の終わりを喜ぶ姿勢に、目の前に居る司は本物だと実感する。

「それでどうゆう心変わりなのさ」

「どうもこうもない。約束だからな」

「約束?」

「レムを探すのを手伝う代わりに、見つかったら登校する。りんかとの約束だ」

 そのまま玄関を出て学院に向かう司。

 月夜は置いていかれないように後を追う。

「司って約束はちゃんと守るんだね。やりたくない事はやらないんじゃないの?」

「どうでもいい事ならすっぽかすさ。だがこれはそうじゃない」

「そうなんだ。それってどう決めてるの」

 司を動かす原因が知りたくて尋ねる月夜。

「お前は店で何か買ったら金を払うだろ。これはそういうもんだ。俺はあいつに依頼してそれが叶った。だから報酬として、あいつの望み通り登校してる」

 心底面倒そうに答える司。

「じゃあさ、司は学院長にお世話になってる訳だから、その報酬として学院に来るべきじゃない?」

「逆だ逆。クソババアが俺を目の届く所に置いときたいから、俺はここに居てやってる。寮やなんだは俺がここに居てやってる報酬だ」

 司の言い草に呆れたように見つめ返す月夜。 

「でも勉強は大事だよ。それ以外の事も学べるものは色々あるでしょ」

「馬鹿が。大事なのは勉強じゃない。必要な知識を身につける事だ。俺はもう俺に必要な事は知っているからいいんだよ」

「そんなの屁理屈だよ。それに知識だけじゃなくて人間関係とかあるじゃん」 

「知るかよ。俺にだって友達くらいいる。妹もいるしな。これ以上人間関係を築く必要はない」

「司が必要なくても、私たちはチームとして司が必要なの」

「それはお前らが勝手に俺を入れただけだろ」

「そうなんだけどさ。一応司はリーダーって事にしてるんだし、もうちょっと考えてくれてもいいじゃん。レムちゃんも見つかった事だしさ」

「知るかよ」

 学院に来る意思はない司と、なんとかして来てほしい月夜。

 そもそも月夜からしてみれば、何故頑なまでに来ようとしないのかが分からない。

 2人の間に若干剣呑な空気が漂い始める。

 そこに割って入る声が1つ。

「おはよう。肩を並べて登校とは仲睦まじいじゃないの、お2人さん」

「あ、おはよう。りんかちゃん」

「この雰囲気でそれを言うのか」

 突然の声に振り向き、しっかり挨拶を返す月夜と悪態をつく司。

「べつにー。2人一緒に来いなんて言ってないよ。でも月君がいるって事はレムちゃんは無事見つかったって事かな。良かった良かった」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、楽しむように2人を見るりんか。

「それで、お前は俺に登校させて何をしたいんだよ」

「やだなー。私が何か企んでるみたいに言うのは止めてよ。ただ私は月君に青春を謳歌してほしいだけさ」

「大方今日辺りに何かの行事の発表でもあって、それに参加しろとでも言いたいんだろうがな」

 りんかのふざけた態度は無視して話を進める司。

「さすが月君。察しがよくて助かるよ」

「やっぱりかよ」

「でも月君に青春を謳歌してほしいってのは本当だよ。どうせ世界の事ばかり考えて暗い日常を過ごしてるんでしょ。それもいいけど、たまには息抜きしないとね。ね、月夜ちゃん」

「え? そうだね。息抜きは大切だよ」

 話を振られ咄嗟に肯定する月夜。

「ほら2対1。民主主義なら月君の負けだよ」

 月夜の肯定を受け取り、したり顔のりんか。

「なに訳の分からない勝敗つけてんだよ。本題に入らないなら先行くぞ」

「まあまあそう生き急ぐ事はないさ、若造よ」

 突然老人のような口調になるりんか。

「ッチ。何キャラだよ。調子乗ってっと約束は反故にすんぞ」

「アハハ、ごめんごめん。怒った? 久しぶりに月君と他愛ない会話を出来るのが楽しくてさ」

 この頃は張り詰めてたしと呟くりんか。

「別にこんな事で怒りはしねえよ」

「ありがとう。まあでもそろそろ本題に入ろっか」

 少し真剣さを取り戻すりんか。

「ああ。それで俺は何に参加すればいいんだ」

「月君には模擬戦に出てもらいます」

「なんだよ、それ」

 聞き慣れない言葉に首を傾げる司。

「ざっくりと言っちゃうと、対人訓練って感じかな。今年からチームを組んで色々な活動をしていくでしょう。中には実際に魔法を使って人相手に戦う時もあるわけよ。その時に備えて対人の練習をしようという体のものだよ」

「体とか言うなよ」

「実際は今年の優秀そうな生徒を見繕って、その子がいるチームに難しい依頼をふっていこうという教師陣の目論見もあるんだけどね」

「裏事情をばらすなよ。てかそれに俺が出てなんの意味があるんだよ」

 面倒そうに聞き返す司。

「意味は特にないけど、先の事を考えて少しでも情報を得ておきたいってとこかな」

「無能力な俺の情報なんて得て何が楽しいんだよ」

「情報は集めておいて損をするものじゃないからね」

「それで俺は何分そこにいればいい。まさか勝敗がつくまでいろとは言わないだろ」

「私だって鬼じゃない。10分ほど見せてよ。その後は好きにしてくれて構わないから」

「いいぜ。お前の企みに乗ってやる。これで貸し借りは無しだぜ」

「よろしくね」

 何か思惑があるのを理解してか、面倒そうな司に笑顔のりんか。

「ごめんね、月夜ちゃん。なんか蚊帳の外だったよね。月夜ちゃんも模擬戦頑張ってね」

「大丈夫。りんかちゃんと司って本当に仲良しなんだね」

 2人の会話を微笑ましく見守っていた月夜が、羨ましそうな表情になる。

「まあタイミングの問題だよ。私と月君はたまたま良い時期に出会っただけ。月夜ちゃんはおよそ最悪のタイミングだね。今の月君は自己中で無関心が過ぎるから」

 チラチラと司の方を見ながら話すりんか。

「俺は昔からこの性格だ」

 心外だとばかりに司が言い返す。

「たしかに性格はそうだけどね。ほら周りの環境とかあるし」

 2人の会話に驚いたように合の手を入れる月夜。

「え? 司って昔からこんな性格なの?」

「少なくとも私が知ってる時からはね。唯我独尊だよ」

「それなのに、りんかちゃんはどうやって司と友達になれたの?」

 自分とりんかの扱いの差に納得いかないと抗議する月夜。

「まあ、色々あってね」

 そう答えるりんかからは少し哀愁が漂う。

「でも大事なのはめげない心だね。例えば、鬱陶しく思われても構わず会話をし続けるとかね」

「話したくても普段司は部屋にいないし。何処に行ってるんだか」

「そんなの俺の勝手だろ。お前に教える道理はない」

 チラッと司に目をやる月夜と、面倒そうに無視する司。

「月君も冷たいな。ルームメイトとくらい仲良くしなよ。こんな良い子他にいないよ」

「白々しいな。俺とこいつじゃあ根本的に合わない部分があるんだよ。相互理解なんて不可能だ」

 司はもうこれ以上言うことはないという風に、口を閉じる。

「そうかなあ。でも月君がそう言うんなら、まだしばらくは打ち解けられないかな。ほら月君って頑固だから。ごめんね月夜ちゃん、私から振っておいて」

「ううん、大丈夫だよ」

 月夜は気にしていない事を示そうと、首を横に振る。

「お詫びに月君が普段何してるか教えてあげるよ」

「それはちょっと気になるな」

「本当になにもない時の月君は、空を見てるんだよ」

 りんかの言葉がすぐには理解出来ずに、聞き返す月夜。

「え? 空を?」

「そう。学校さぼって、ただ空を見てるの。暇人だから」

「暇なら学校来ればいいのに。ずっと1人でいるのは良くないよ」

 ジト目になり司を見る月夜。

「俺の勝手だろ。雑魚と一緒にいても意味なんてねえよ」

 月夜の視線に気づくも興味なさげにする司。

「人は1人では生きていけないんだよ」

「馬鹿かお前。俺は世界を壊したい人間だぜ。この世界では生きていく気なんてないね」

「そんな悲しい事冗談でも言わないでよ!」

 バカにしたような司の言葉に、月夜が声を荒げる。

「冗談なんかじゃねえよ。この世界には希望なんてないからな」

 真剣な面持ちの月夜は、真面目に話を聞いて欲しがっている。

 司は心底鬱陶しそうにして、これ以上話す事はないと顔に書いてある。

 両者の間に、不穏な空気が流れ始める。

「はいはい! 話終わり。ほらそろそろ着くよ。月君は久しぶりの登校なんだから、あまり威嚇しない。ほら殺気しまう。月夜ちゃんも、心配なのは分かるけど、踏み込まないであげる事も必要だよ。大丈夫、月君はまだ死なないから。ね? はい、仲直り」

 別にけんかしていた訳ではないが、不穏な空気を感じ取ったりんかが、やや強引に話を終わらせる。

「端から仲良くもないのに、仲直りもくそもあるかよ」

「言い訳しない。今、月君いらっとしてたよ。月夜ちゃんも怒る一歩手前だった。せっかく登校してきたんだから、楽しくいこうよ。はい、握手」

 強引に握手させられる司と月夜。

「確かにせっかく司が来てるのだしね。ごめんね。でも私は困っている人、放っておけない人は助けるから」

「ッチ。あーはいはい。分かったよ。面倒だな」

 反省し謝る月夜と受け流す司。

 月夜の言葉に疑問を感じ、りんかが質問する。

「そういえば、月夜ちゃんはなんでそんなに他人を助けようとするの?」

 質問の意味が分からないのか、きょとんとする月夜。

「なんでって、困っている人を助けるのは当たり前でしょう」

 返答を聞き、司の顔を見るりんか。

「なるほどね。これは月君の態度も納得か」

 月夜には聞こえないように小声で呟くりんか。

 だから言っただろとでも言いたげな司。

 普通の事を言ったはずなのに、2人の態度に釈然としない様子の月夜。

 そのまま3人で登校していると、すぐに学院に着いた。

「着いたね。それじゃあ、2人とも楽しい1日を。ばいばい」

 微妙な空気を破るようにりんかが切り出す。

「ばいばい」

 軽く挨拶をし、りんかと別れる2人。

 そのまま教室まで一緒に向かう。

 隣に司がいる事を不思議に思いながら、月夜は教室の扉を開く。

「おはよう。昨日はお疲れ」

 中に入り、先に来ていた雷太と雪野に声をかける月夜。

「おはようございます。昨日はおつか・・・ってうお!? 月導」

「ッチ」

 幽霊でも見たかのように驚く雷太を横目に、舌打ちをして通り過ぎる司。

「どういう風の吹き回しですか!? 月導が登校するなんて!」

 雷太の大声に何事かと振り向いたクラスメイトからも、驚きの声が上がっている。

「私も同じ気分だけど、人のリアクションを見ると少し冷静になるね。にしても、普通に登校して驚かれる学生って」

 月夜はうんざりした目で司を見るが、司は我関せずと、さっさと席に着く。

「……雷太。あれ誰?」

 クラスのざわつきが気になったのか、雪野が雷太に問う。

「ああ。一応我がチームのリーダーだ。月導って言う」

「……そう」

「あれが月導? 初めて見た」

「始業式の日しか来てないもの」

「でも聞いてたイメージと違うかも。てか髪の色」

「黒と赤2色とか」

「あんま話すと本人に聞こえるって」

 訊いておいて無関心な雪野とは対照的に盛り上がりを増す教室。

 当の本人である司は何事もないかのようにしている。

 盛り上がりを止めるかのように、チャイムが鳴り、夢が教室に入ってくる。

「皆さん、おはようございます。昨日はお疲れ様でした。でも気を緩めないで下さいね。今日は大事なお知らせがあり・・・って、月導君がいる!?」

 先生までも同じリアクションである。

「ッチ。いい加減飽きた。いいから早くお知らせとやらをしてくれ。それだけ聞いたら帰るから」

「ごめんなさい。気を悪くしたかしら」

 自分のリアクションに非があると思ったのか謝る夢。

「別に怒りはしないさ。興味がないだけだから、授業にも学生の生活にも」

「君は変わりませんね。帰って欲しくはないですが、では早速お知らせといきましょう」

 その後、先ほどりんかから聞いた通りの模擬戦についての説明があった。一通り説明が終わった後に、プリントが配られる。

「当日のスケジュールなど詳しくは今配ったプリントで確認して下さいね」

 プリントには当日の日程の他にも、対戦相手の組み合わせも載っていた。

 それによると、月導司 対 轟雷太 となっていた。

 プリントを配り終える頃に、調度チャイムがなる。

 夢が朝礼の終わりを宣言すると同時、司は席を立つ。

「おい、月導。全力でいってもいいんだよな」

 帰ろうとしていた司の背中に雷太が言葉を投げかける。

「ふん。やりたいようにやればいいだろ。俺の知った事じゃない」

「待って司。もう帰るの?」

 振り向きもせずに返す司を月夜が止めようとする。

 しかし、月夜の言葉には聞く耳を持たず、司は教室を出て行った。 


☽☽☽


 模擬戦の当日になり、月夜は司に確認する。

「司、今日は来るんだよね」

 司はレムと戯れながら答える。

「模擬戦だけは行ってやるよ」

 クエストが終わった後、変わった事がある。

 レムがいるおかげか、司が寮の部屋にいる事が増えた。

 何故かレムに避けられていた月夜も、今ではレムにさわるくらいは出来るようになっている。司がいない時は月夜が餌をあげていたのが功を奏したのかもしれない。

 司と話す機会は増えていたが、結局司自身についての事はあまり分からないままだった。

「午前中は来ないって事? なら先に行ってるから、ちゃんと来るんだよ」

 一応釘を刺しておく。そんな事をしなくても司は模擬戦には参加するだろう。

 司と話してみてなんとなく分かったのは、司にとってはりんかへ借りを返す事が大事なのであって、学院自体は心底どうでもいいと思っているという事だ。

 だとしたら何故司はここにいて、そもそもどうして学院長は司をここに招いたのか。

 気になる事はたくさんあるが、いつか司から話してくれる事を信じ、取り敢えず来てくれる事を良しとしようと月夜は思った。

「それじゃまた後でね」

 司からの返事はなく、そのまま月夜は学院に向かった。


☽☽☽


「月導の奴、本当に来るんですかね?」

 午前の授業を終え、昼食を取りながら雷太が尋ねる。

「始まるまでには来ると思うよ。本人も午後には来るって言ってたし」

 司の事だから分からないけどと月夜が答える。

「ならいいんですけど。初めて対人で魔法を使える授業なのでしっかりやりたいですから」

「轟君は魔法を使えるからいいけど、司はどうするんだろ」

「この間見た感じだと、あいつはあいつで問題ないんじゃないですか?」

「確かにそうだけど。でもなんだか一抹の不安があるんだよ」

「やさしいですね。まあ今回は心配無用ですよ。俺だって授業って事は理解してますし、学院長が用意してくれた結界内で戦うのですから」

 いくら授業とはいえ、生徒同士で魔法をぶつけあえば怪我人が出てもおかしくない。

 そういう問題を考慮して、学院長による特殊な結界が張られた場所で模擬戦は行われる。説明によると、そこでは外傷は出ずに攻撃は精神に作用するらしい。よほど無茶な攻撃でなければ死ぬ事はまずないとの事である。勝敗はどちらかが負けを認めるか気絶するかで決まる。

「そうだよね。授業だもの、大丈夫だよね」

 不安を振り払うように自分に言い聞かせる月夜。

「安心して下さい。それより月夜さん自身は準備出来てますか」

「私は大丈夫。よろしくね、雪野ちゃん」

「……うん」

 月夜は相手である雪野に挨拶をして雪野も軽く返す。

 どうやら大体の対戦相手はチーム内のメンバー同士で組まれているようだった。チーム内の戦力の把握も模擬戦を行う意図の1つなのだろうという事が読み取れた。

 戦力の把握という点では、司はどの程度なのだろうか。模擬戦で少しでも分かればいいなと思い月夜は昼食を取り合え、会場に向かって行った。


☽☽☽


 模擬戦の会場はいわゆるアリーナのような場所だった。

 一組ずつ戦い、他の生徒は客席から観戦している。

 観戦者の中にはりんかの姿もあった。

「りんかちゃん、どうしてここに?」

 クラスが違うりんかが居る事に月夜は疑問を持つ。

「月夜ちゃん、お疲れ。良い試合だったよ」

 月夜は雪野との模擬戦を終え、客席に来た所だ。

 良い試合だったかは分からない。雪野の力を知ってる月夜からすると不完全燃焼だった。あまり本気の魔法を使いたがらないのは分かるが、雪野は月夜の初撃を一度魔法で防いだだけで、次の攻撃は避けずに降参を宣言して終わった。

「良い試合だったのかな?」

「私としては、未知だった月夜ちゃんの魔法が少しでも見れたという点で良い試合だったよ」

「私の魔法なんか大した事ないよ」

「そんな事ないよ。珍しい魔法だもん。そういえば、さっきの疑問に答えてなかったね。私がここに居るのは、情報のためかな。模擬戦は希望者は他のクラスの試合を見られるんだよ。今後の事も考えてね」

「今後の事?」

「そこら辺はまた近いうちに分かるよ。それより、次月君の出番だよね」

 意味ありげなりんかの言葉に月夜は疑問を覚えるも、笑顔ではぐらかされる。

「そうなんだけど、司まだ来てないんだ」

「大丈夫だと思うよ。ああ見えて月君って律儀な所あるから。どうせ用事が少し長引いてるだけなんじゃないかな」

 心配そうな月夜と特に心配はしてなさそうなりんか。

「ならいいのだけど。でもちょっと羨ましいな。りんかちゃんと司みたいな関係」

「なんの事?」

「お互いに信頼し合えてるように見えるから。私なんて司に話しかけても、7割くらい無視だよ」

 うんざりしながら深い溜息をつく月夜。

「前にも言ったけど、タイミングの問題だよ。むしろ今の月君相手に月夜ちゃんはよくやってる方だよ」

「タイミングか。司でも以前はもっと普通だったの?」

「普通というか。私が会った頃の月君は、まだ世界を生きてた時だから。今の月君は生きてるというよりは、死なないでいるの方がしっくりくるかな。昔から性格の悪さは変わらないけどね」

「司は死にたいの?」

「その言い方だと違うかな。本人曰く、見極めている所らしいよ」

 りんかの話を聞き、月夜は司の手助けになる事はないか真剣に考える。

 その間に、りんかはだからさと言葉を続ける。

「月夜ちゃんは今まで通りよく見ててあげてよ。月導司という人間を」

「そうだね。司が苦労してるなら助けてあげないとね」

「お願いね。それじゃあまずはこの模擬戦からかな」

 りんかが視線をフィールドへと移す。

 調度、雷太が入場してきた所だった。

 同時に雪野も席に戻ってくる。

「お疲れ、雪野ちゃん。何してたの?」

「……魔法使ったから、雷太に暖めてもらってた」

「大変だね。司は来た?」

「……まだ」

 時間ギリギリなのに、司はまだ来ていないらしい。

 月夜が不安そうにしていると、時間を少し過ぎた時に、悪びれもせずに司が入って来るのが見えた。

「月導、遅いぞ」

 苛立ちを隠さない雷太。

「悪いな。そんじゃまあ時間も来てる訳だし始めようか」

 面倒くさそうな態度を隠さない司。

「お前その格好でやるのか」

 雷太が呆れ気味に問う。

 皆体操服に着替えているのに対して、司は制服のままだった。

「ああ。元より授業なんて受ける気ないからな。体操服は持ってないんだ。まあ調度良いハンデだろ」

「お前の方がハンデを負うのか、魔法も使えないのに?」

「無能力=無力だと誰が決めた。遠慮せずどんどん魔法を使ってもいいぜ」

「後悔するなよ」

「冬季や月夜ならまだしも、お前程度じゃあしないな」

 嘲笑を浮かべる司。

 苛立ちを募らせる雷太。

「それじゃあ、2人の模擬戦を始めます。出来るだけ怪我はしないようになってますので、思い切って実力を出して下さいね」

 先生の開始の合図と同時に、司の姿が消える。

 必死に司の姿を探す雷太だったが、次の瞬間雷太は後方に吹き飛ばされる。

 地面に背中を打ち付ける雷太。

 痛みはないが、脱力感が広がる。外傷は負わず、精神が疲弊するという意味を体感する。

「ノロマが。今のが見えてないいんじゃあ勝ち目はないぜ」

 ニヤニヤと嘲笑を浮かべる司。

「ふん。初めだから油断してただけだ」

 苦し紛れの言い訳をする雷太。

 司の言う通り、自分が何をされたのか、まるで分からなかった。

 いや、正確には何をされたかは予測出来る。単純に殴り飛ばされたのだろう。

 ただ、司の姿が一切見えなかった。気づいたら自分の体が宙に浮いていた。

 そんな事が有り得るのだろうか? 魔法も使えないのに?

「なあ、強さって何だか分かるか?」

 雷太の動揺を知ってか知らずか、司が問いかけてくる。

「急にどうしたんだ。そんな事は決まってる。強さとは心の強さだ」

 雷太の答えを聞き、ふんと鼻を鳴らす司。

「それも無きにしも非ずなのは認めるがな。それ以上に圧倒的なものがある」

「何を言ってるんだ?」

「強さとは速さだ。これが俺が得た一つの境地。三下には分からないだろうがな」

 司は雷太に侮蔑の視線を送り続ける。

「攻撃なんて当たらなければどうという事はない。逆にこちらから当て続けていればいつか倒れる。これが俺が行き着いた1つの答えだ。分かるか? 速さに圧倒的な差があるお前と俺、勝敗はもう決まってる」

 何を馬鹿な事をと一蹴する事は簡単だ。

 だが、初めの一手で思い知らされてしまった。

 司の言う通り、雷太では司の姿を追う事すら出来なかった。

 格下だと侮っていた相手に、実力の差を見せつけられる。無能力相手に為す術なく敗れる。

 それはたまらなく嫌な事だと思った。

「舐めるなよ。月導!」

 咆吼と同時に爆撃を繰り出す。

 狙っているのかも分からない程、無茶苦茶な爆撃を繰り返す。

 それを悉く、躱す司。

 それでも諦めずに攻撃の手を止めない雷太。

 雷太が攻撃を出し、司が躱す。しばらくこの攻防が続いた。

 動きを止めたのは司。ほう、と一言つぶやく。

「なんだ。雑魚にも知恵はあったのか」

「お前が驕ってたんだろ」

 繰り返された雷太の攻撃により、フィールドは足の踏み場もないくらいに爆破されていた。

 そこには司と雷太を繋ぐように1本の道が出来ていた。

「お前が速いのはよく分かった。悔しいが今の俺ではお前を追う事すら出来ない。だが速さだけでは限界があるだろ。目で見えなくとも、どこに居るか分かれば攻撃は当てられる」

「だから、足場を悪くしてスピードを発揮出来ないようにしつつ、俺に攻撃を当てられるように道を作ったと」

 司が感心しながら状況を説明する。

「そうだ。これで次お前が動いた瞬間に攻撃すれば、見えなくとも当てる事は出来る。速さを鍛えるだけで防御は鍛えてないのだろ? さあ、どうするよ」

 次の司の行動を見逃さないように、注意しながら言葉を発する雷太。

 互いに見つめ合い、両者の間に緊張が生まれる。その均衡を破ったのは司の言葉だった。

「分かった。降参だ、負けたよ」

 驚く程、あっさりと負けを認める言葉を口にする。

「何? 降参だと」

 雷太が驚くのも無理はない。

 雷太の想像以上に司は強かった。これで終わるとは思っておらず、むしろこの状況を司がどう覆すのか興味があった。

「だから負けだ、負け。速さを封じられたらどうしようもない。お前の勝ちだ。よく俺に勝てたな」

 負けのくやしさなど微塵もないように、ヘラヘラと笑いながら言う司。

「ふざけるなよ! これだけの事でお前が終わるわずないだろ!」

「お前が俺の何を知ってんだよ。とにかく俺の負けで終わりだ、じゃあな」

 激昂する雷太を意にも介さず、司は背を向けて立ち去ろうとする。

「気づくのが遅いんだよ」

 去り際に司がぽつりと呟いた言葉を雷太は聞き逃さなかった。

 司は初めから、この状況を雷太に作らせて、降参する予定だった。

 その為にヒントも口にしていた。

 最初から司は真剣に模擬戦に参加する気などなく、適当な所で辞めるつもりだった。

 雷太は司の手のひらで踊らされていただけと気づき、怒りがふつふつとこみ上げてくる。  

「どうして、お前はそんなにも不誠実で自分勝手なんだ!」

 気づくと司に向かって、怒鳴っていた。  

 自分の言葉などこの身勝手男には通じないと分かっていても、激情の吐露は止まらない。

「ほんの一瞬でも、お前を見直そうとした自分が恥ずかしい! お前に強い男だと憧れを抱いてしまった自分が憎い!」

 怒り心頭の雷太など何処吹く風と、司は振り向かずそのまま歩み続ける。

「どうせさっきのだって全く真剣ではなかったんだろ。手を抜いて、無能力であれ程の力があるのに、どうして何もしないでいられるんだよ! いらないのなら俺にその力をくれよ。俺は守りたいものを守れる強さが欲しいんだよ!」

「……」

「聞いてるのか、月導! 俺は愛の為に力が欲しい! 自分の事しか考えてない、人を愛した事なんかないだろうお前には分からないだろうがな。俺は、あの日誓ったんだ。2度とあいつを傷つけない。例え運命を敵にしようとも守り切ってみせるんだと」

「うっせえな」

 黙りをきめこんでいた司から、底冷えがするような声が発せられる。

 今までの軽く、嘲るような司の声とは別種のそれを聞いた瞬間、雷太は全身が総毛立つような恐怖を覚えた。

 激情に塗りつぶされていたはずの雷太を、一瞬で恐怖が飲み込む。

 目の前の恐怖をなんとかしないと、どうにかなってしまいそうな強迫観念に駆られる。

 圧倒的な司の威圧感に、雷太だけでなく観戦していた人間も脅え始める。

「な、何なんだよ、お前」

 恐怖に脅えながらも声を絞り出す雷太。

 司は言葉を発さずに、雷太へ向けてゆらりと足を踏み出す。

 そのたった1歩分の距離司が近づいただけで、雷太の恐怖はピークに達する。

 頭が真っ白になり、思わず司に攻撃をしかけてしまう。

 体の心底まで響くような轟音と共に爆撃が起こる。

 その音で我に返り、しまったという表情になる雷太。

 今、彼が繰り出した攻撃は、正気を失った最大規模の攻撃。いかに、外傷が出ない結界が張られているとはいえ、まともに食らわせれば、精神に大きな障害が出てもおかしくない一撃。

 それを、無能力かつ逃げ場を失っていた司に放ってしまった。

「おい、大丈夫か、月導」

 顔を真っ青にして、呼びかけるも返事はない。

 爆煙の中、目を凝らし司を探す雷太。

 次の瞬間、不自然に爆煙が消えたと同時に、司が雷太目掛けて疾駆してくる。

 あまりのスピードに反応出来ず、押し倒される雷太。

 雷太に馬乗りになり、拳を振り上げる司。

 その司の目は我を忘れているかのように光がない。

「癇に障んだよ、三下が」

 司は、冷たい声を発すると、怒りにまかせた拳を雷太の顔面目掛けて振り下ろす。

 死ぬ事はない状況のはずが、殺されると確信する雷太。

 司の拳が雷太の顔面を砕く刹那、何かを聞いたようにハッと我に返る司。

「くっそがあ!」

 言葉と共に、轟音が響く。

 司の拳は雷太の顔を既の所で躱し、大地を砕いていた。

 状況を飲み込めず、呆然としている雷太から離れ立ち上がる司。

「悪い。今度こそ俺の負けだ」

 ぽつりと零した言葉には、いつもの司にはない、真剣な後悔や懺悔が感じられた。

 皆が呆然と立ち尽くす中、拳から血を滴らせながら、ゆらゆらと司はその場から去って行った。


☽☽☽


「あっちゃあー。久しぶりにやっちゃったな」

「やっちゃったってどういう事?」

「まさか轟君の想いがあそこまでだとは、見誤っていたよ。私のせいで月君を傷つけた」

 月夜の問いに悔恨の表情で返すりんか。

「最後の司、すごくつらそうだった」

 月夜も退場間際の司を思いだし、感想を口にする。

「それはそうだよ。月君にとって地雷となる言葉が一杯あったし、あれは相当きてたっぽい」

 悪気はなかったにしても、自分のお願いで友達を傷つけてしまった事に落ち込むりんか。

「月夜ちゃん、悪いんだけど司を追いかけてくれないかな? 本当は私が行って謝るべきなんだけど、今は合わせる顔がないから」 

「言われなくても。さっきの司は助けなくちゃって思ったよ」

 言うが早いか、席を立ち出口に向かう月夜。

 その月夜を一瞬呼び止めて、何事かを教えるりんか。

「じゃあ、行ってくる」

「お願いね」

 みるみる遠くなる背中を見送るりんか。

 自分も後で月君に謝っておこうと思い、りんかは月夜が司に無事会える事を願った。


この物語を読んでくれた事に、最大の感謝を。

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