初クエスト
2年生になってチームを組む理由、それは2年生からクエストと呼ばれる課外授業が始まるからだ。
クエストとはその名の通り民間から解決してほしい頼み事が、学校宛てに送られて来る。
それを見て、各チームが自分たちで選んだり、適したクエストを先生に紹介されたりして、こなしていきその結果次第で成績に反映される。
内容は様々で、チームを組んで初めてこなすクエストは各チームに見合った物を先生に割り当てられる。
月夜達に割り当てられたのは討伐系の物。
これは文字通り、迷惑な魔物を討伐するものだが、たいていは雑魚を倒してほしいというものであまり危険はない。
月夜達のチームは、総合的に魔力が高い事と広範囲殲滅に優れてる人が揃っている事により、それを割り当てられていた。
初のクエストに向けて、集中しないといけない中、月夜の表情は曇っている。
というのも、普通チームは5名で活動しているのに、彼女たちのチームは実質3名。
今回の依頼に関しては、正直3名でも問題なくこなせるだろう。だが、難易度が上がったらどうか。
今後に向けて必要になってくるのは、司と夜夜、両名のチーム参加だ。
司とは出会って以来、コミュニケーションを取ろうとしてきたが、同じ部屋に住んでいるというのに、ろくな会話も出来ていない。
夜夜に関しては、まだ顔すら見たこともない。
朝の教室に向かう廊下で、どうしたものかと頭を抱えているところに、横から声をかけられた。
「どうした。朝から暗い顔だな。あのクソガキにお困りかな?」
「学院長!? おはようございます」
意外な人物から声をかけられ少し戸惑ったが、良い機会だと相談してみる事にした。
「司の事も含めて、チームの事で少し考え事を」
「そういえばもうすぐ初のクエストだったな。緊張もするだろう。誰もが通る道だよ」
「いえ。そっちではなく。人間関係? ですかね」
「なぜ疑問形。あのクソガキの事なら考えるだけ無駄さ。自分勝手で他人に興味がない頑固者。救いようのないやつだからね」
「司は学院長が連れて来たって聞きましたけど、辛辣な評価ですね」
「救いようのないやつ、だからこそ少しでも楽しい思いをしてくれれば。なんて思ってしまったあの時の私をぶん殴りたいよ。まさかあそこもで癇に障るガキだったとはね」
叶は遠い目をして感傷に浸ったかと思うと、沸々と怒りを滲ませ拳を握りしめる。
「お気持ちはお察しします。でも私達のチームには司が必要なんです。学院長はどうすれば良いと思いますか?」
「そればかりは、諦るのが得策だろうね。あいつはね、悪い方向に特化しちまってるが、まっすぐにやりたい事しかしない。いつの日か、あいつのやりたい事とお前達のやりたい事が重なる時を待つしかないね」
月夜の知る限り、りんか以外で司の事を知っていそうな叶にアドバイスを求めてみたが、この結果である。
司のやりたい事。その言葉を聞いて、以前司が言っていたことを思い出す。
「司は世界を壊すって言ってました。学院長は許容してるんですか? それとも、生徒にそんな事出来る訳ないとお思いなんですか」
世界を壊す。それを容認しているならいくら学院長としても、放ってはおけない。
月夜は強い意志を込めて学院長の瞳をまっすぐに見る。
「なんだい。あいつの願い知ってたのかい。普通に考えたらそんな事出来る訳ない。世界ってのは1個人でどうにか出来るほど柔じゃないが、一念天に通ずとも言うからね、あのガキなら或いはとも思っているよ。まあその時は私も全力で止めに行く。その為に近くに置いてるというのもある」
月夜の瞳を見つめ返し、叶は答える。司ならやるかもしれないと。
嘘偽りではなく、叶にそんな評価をされてる司を、ますます放っておく訳にはいかないと思う月夜。
「私、司の助けになりたいです。でも、向こうから拒まれるならどうしようもないですよ」
「さっきも言っただろ。粘り強く待つだけだ」
「頑張ってはみます」
何か行動を起こせない事にもどかしさを感じながら、声を絞り出す。
「ありがとね。あまり力になってやれないが、孫娘の件は少し考えるとしようか。そっちも悩みの種なのだろう」
悩みを見透かしたような質問に、首肯する月夜。
「今は少し難しい案件を頼んでいてね。今後は出来るだけ、あの子に仕事をお願いするのは控えるよ」
「ありがとうございます。夜夜さんにお会いするの楽しみにしてます」
「あまり期待はしないでおくれよ。身内ながら、あれの性格には困る時がある」
「司達もそれは言ってましたね。心構えだけはしときます」
苦笑をしながらの叶の言葉に、微笑みを浮かべて返す月夜。
「仲良くやってくれる事を祈ってるよ」
そう言って学院長は廊下の向こうに歩いて行った。
月夜から姿が見えなくなる直前に
「そういえばあのガキの事だけど、最近は何やら探し物をしているみたいだね。その件が済むまでは、人の話なんて聞く耳を持たないから、今は少し我慢してあげな」
そう言い残し去っていった。
「探し物か」
月夜は1人つぶやき、今までの司とのやりとりを思い出す。
「今は忙しい」「すぐに出て行く」
言われてみれば、思い至る言葉はいくつもある。
ならば司の用事が済むまではもう少し待ってみることにしようと思った。
そして思いだす言葉が2つ。
1つは、先程の学院長の言葉。
「救いようのないやつだからこそ、少しでも楽しい思いをしてほしい」
学院長は冗談っぽく言っていたが、あの時の目は真剣だった。
司が抱えている物や分からないが、何かに悩み苦悩しているのだろう。
もう1つは、かつて月夜が交わした約束の言葉。
「この世界には純粋な悪人なんていないの。悪事を働く人でも何かに困っているからするのよ。だから例えどんな人であろうとも、困っている人を見たら手を差し伸べられる。あなたにはそんな人間になってもらいたいわ」
どんな人間であろうとも、困っている人には手を差し伸べる。
月夜はその約束を信念に掲げ、そんな人間になろうと思っている。
そんな彼女が、救いようのない奴がいると聞かされて黙っていられるはずがない。
とりあえず司の用事が終わった頃に、司に悩みを訊いてみようと考え、一旦彼について考えるのは止めた。
そういえば、クエストの事をもっとつめておかないとと月夜は思い、雷太達のいる教室に向かった。
☾☾☾
「そうだ、月夜さんは上着とか持ってる? あるなら今夜は上着持ってきといたほうがいいよ」
クエストについて打ち合わせを終え、解散する直前、雷太は月夜にそう言って帰っていった。
授業とはいえ、怪物が出現するのは夜なので、活動は夜する事になる。
月夜も一旦準備する為に自分の部屋へと帰って行った。
月夜が寮の部屋に着いた時、そこに司はいなかった。
もしかしたら居るかもと思ったのだが、そう都合良くはいかない。
準備をすませ、いい時間になったので月夜は集合場所に向かおうと、玄関の扉を開けた。
「ッチ」
扉を開けたと同時に、舌打ちが聞こえてくる。
顔を合わせた途端に舌打ちをしてくる人など、月夜は1人しか知らない。
「おかえり、司」
「なんだよ、どこか行くのか」
「今から初のクエストなの。司も行く?」
「行くわけないだろ。面倒くさい」
冗談半分聞いてみたものの、予想通りの返答である。
「一応授業なんだけどな。そんな理由でさぼるのはどうかと思うよ」
「やりたくない事はやらない主義なんでね」
さも当然のような司の態度に、呆れ気味の月夜。
「今はいいよ。用事があるんでしょ。でもその用事が終わったら、少しくらい学院にも顔だしてよね」
「気が向いたらな」
「そう。じゃあ私行くから。司はもう休むの? また出かけるの? どっちにしても無理は駄目だよ。じゃあね」
手を振って司と別れる月夜。
その表情には、少しだけ嬉しさが見られる。
いつも否定しかしない司が、気が向いたらと言ったのだ。
その返答の意味を考えると少しだけ希望が持てた。
☽☽☽
「お待たせ」
先に着いていた雷太と雪野に声をかける。
「さっきぶり、月夜さん。眠たくない?」
「ちょっと眠いかな」
すっかり夜も更けて、辺りは静寂と暗がりに包まれている。
現在地から、閑静な住宅街を抜けた先にある、少し開けた丘が今回の目的地。
少しだけ夏の香りが感じられる夜風に心地よさを感じながら3人は目的地に向かう。
「こんな時間に外にいて、しかも授業の一環だってなんか実感ないですね」
「そうだね。先生もいないしね。あと、司はやっぱり来ないって言ってた」
「月導と会ったんですね。どこで?」
「何処って、部屋だよ」
「ん? 部屋の前ですか? 女子寮の?」
月夜としては、当然のことを言っただけだったのだが、雷太は首を傾げてしまう。
その仕草に疑問を持ち、そういえばと思い当たる月夜。
「あれ、言ってなかったかな。私と司、同じ部屋なんだ。ルームメイトってやつ」
月夜の言葉を聞いた瞬間、雷太の顔が驚愕に染まる。
「そん、な、馬鹿な。そんな事が」
「……動揺しすぎ」
焦り取り乱す雷太に、冷静に突っ込みを入れる雪野。
「これが動揺せずにいられるか! 同棲だぞ、同棲!」
熱の籠もった雷太の言葉に、月夜は曖昧な笑顔を浮かべる。
「その通りなんだけど、雷太君が想像してるような事はないから」
「どういう事ですか?」
「同じ部屋って言っても、司ほとんど部屋にいないから。一緒になったのなんて2、3回くらい」
「え? あいつ部屋にすらいないんですか? いったい何処にいるんですかね」
月夜の言葉を聞き、若干冷静さを取り戻す雷太。
「よく分からないけど、今は忙しいんだって。とりあえず今日は3人で頑張ろうね」
「分かりました。頑張りましょう! 雪野も抜かるなよ」
「……問題ない」
気を取り直し気合いを入れる雷太と、小さく返事をする雪野。
会話が一段落した所で、コツコツと前方から別の音が聞こえてくるのに気づく。
どうやら前から人が来たようで、月夜は道を開けようと、雷太達の方に寄る。
「こんばんわ」
すれ違いざまに、どこかくぐもった声で挨拶される。
「こんばん、わ!?」
挨拶を返した月夜は、相手の顔を見た瞬間、驚きで一瞬言葉が止まる。
「ん? ああ、驚かせてしまったかな。大丈夫。ただ怪しい人なだけさ」
月夜のリアクションを見て、一瞬怪訝そうにした相手は、すぐに合点がいったと言葉を返す。
自分で怪しいと言うだけあって、確かにその人物は怪しかった。
背丈は月夜より少し高いくらいで痩せ型、無地のTシャツにジーンズ。
一見すると普通だが、顔に被ったピエロのお面が普通さをこれでもかと打ち消している。
「ご自分で怪しいって言われるんですね」
「ハハ。このご時世、こんな時間に出歩いていて、怪しくないと言う方がむしろ怪しいだろ」
たしかに、そう言われてみれば、一理あるかもしれない。
「ところで、君たちはどうしてこんな場所に?」
「学校の授業の一環です」
「へえ、なるほど」
月夜の返答を聞き、何を思ったのかまじまじと3人を見つめてくる男。
「それで、あなたこそ何をしてたのですか?」
視線に居心地の悪さを感じ、話題を振って誤魔化そうとする。
「僕はね。ちょっと悪いことをしてたんだ」
言葉を聞き、思わず男を睨んでしまう月夜。
月夜と男、お互いの視線がぶつかり、場の空気が凍り付く。
「なーんてね。ごめん。僕の悪い癖だね。ついつい、道化を演じたくなる」
男のおちゃらけた態度と言葉で、凍り付いた場の空気が溶ける。
「本当はただ待ち合わせ場所に向かってるだけさ。ちょっと人と待ち合わせしててね」
「そうだったんですね」
「そんな訳で、僕はこれで。君たちも色々と気をつけるんだよ。最近は物騒だから」
「はい、失礼します」
そのまま去って行く男の背中をなんとなく見つめる月夜達。
「なんか、あからさまに変な人でしたね」
男が見えなくなってから、雷太がぽつりと呟く。
「たしかにね。変わった人だったけど」
「こんな時間に待ち合わせなんて、よっぽどの用事なんでしょうね」
「そうだね」
不気味を絵に描いたような男との出会いで、胸の中に何かざわめきを覚える月夜達。
「考えてもしょうがないですね。とりあえず、今は忘れましょう」
無理矢理に明るい声を出し、気持ちを切り替える雷太。
一抹の不安は心に覚えながらも、3人は目的地まで向かって行った。
☽☽☽
「お待たせ。少し遅れたかな」
住宅街を抜けた先にある河原。
そこで1人佇む人影に、ピエロの仮面を被った男が声を掛ける。
「少しじゃない。遅いよ、なりわい」
不満を込めた少女の声が返ってくる。
「ごめんごめん。ちょっとそこで人と出会ってね。世間話をしてたんだ」
なりわいと呼ばれた仮面の男は、手を前に合わせ謝罪のポーズを示す。
「謝っても駄目。マカを待たせるなんていい度胸してる。死にたいの」
マカと名乗った少女は、見た目こそ小柄で華奢だが、得も言われぬ不気味さを醸し出している。
夜に溶け込み真っ黒なパーカーを着て、フードを被り顔を隠している。フードから時折見える彼女の瞳は、真っ暗な海の底を思わせる程に暗く生気がない。
なにより彼女の異常さを際立たしているのは、その背中にある武器。彼女の身の丈ほどもある大鎌である。
その大鎌に手を掛け、今にもなりわいと呼ばれた男に迫ろうとしていたマカだったが、突然鎌から手を離す。
「危ない危ない。1回は我慢するんだった。もう少しで約束破るとこだったよ」
「怖いなあ。本当に殺されるかと思ったよ」
言葉とは裏腹に、にやにやとした笑みを仮面の下に浮かべる男。
「1回は我慢するけど、次はないよ」
「まあまあ、そんなにカリカリしないで。それだからマカちゃんは友達が少ないんだよ」
「友達なんていらない。いるそばから殺しちゃうもの」
「あはは。さすが混沌の死神さんは面白いね」
「その名で呼ばないで。マカには西神マカって名前がある」
マカの纏う空気の威圧感を察して、男も態度を改める。
「悪かったよ、マカちゃん。それで、君の目的は果たせたのかい」
「駄目だった。この辺りにはいるみたいだけど」
「そうかい。それはとんだ道化を演じてしまったね」
何故か少し嬉しそうに話す男。
「なりわいの方は? 仕事は済んだの」
マカは少しムッとしながら聞き返す。
「勿論。僕はこんなだけど仕事はきっちりやるタイプなんだ。今だって道化を演じ続けてるんだぜ」
「そう。ピエロは仕事じゃないでしょう」
「面白い事を言うね。この道化生業が道化を演じないで。誰がピエロになるって言うんだい」
「別にピエロなんて必要ないじゃん」
心底面倒そうに呟くマカ。
「必要さ。この下らない世界で、愉快さを提供するんだぜ。実に立派な事じゃないか」
大仰な身振りで、力説する生業。
見えはしないが、仮面の下ではニヤニヤした嘲笑を浮かべているだろう。
「うるさいな。なりわいの相手は疲れるから嫌だ。もう帰るよ」
生業の言うことには聞く耳を持たず、背を向けて去って行くマカ。
「相変わらずつれないな。僕も帰るから一緒にいこうぜ」
生業の言葉にも足を止めず、1人でスタスタと行ってしまうマカ。
慌てて追いついた生業が、マカに色々と話しかけ、マカは面倒そうに返す。
そうしたやりとりを続けながら、2人は夜の闇に溶けるように消えていった。
☽☽☽
生業と別れて以降、特に変わった事は起こらずに、3人で雑談をしているうちに目的地につく。
閑静な住宅街を抜けた先にある丘の上。夜になるとそこに魔物が現れるという。
特に大きな被害は出てないが、不気味だから対処して欲しいという依頼が来た。
その依頼を受けて3人はここにいる。
「確かに犬っぽいのがいますね」
雷太の言葉通り、そこには犬のような黒い生き物が居た。
「そうだね。でもさすがに数が多くない」
遠目で見た感じ、1体1体は月夜達でも十分倒せそうな魔物である。
だが、数が多い。多いとは聞いていたが、これは想像以上だ。
飴に群がる蟻のように、うじゃうじゃと居る。
「確かに気持ち悪いくらいいますね。聞いてた話と違うな」
「どうしようか。予定通りで大丈夫?」
魔物達はただそこに居るだけで、特に何をしている訳ではない。
だが、そこに居るだけというのは、なんとも不気味な光景である。
その光景に圧倒されながらも、段取りを確認する月夜。
「そうですね。集中すればなんとかなるでしょう」
「了解。じゃあまず、私が2人を強化しておくよ」
「そうでしたね。お願いします」
雷太の返事を聞くと月夜は2人に向かって魔法を発動する。
『オラシオン アンヘル』
2人に向かって膝をつき、手を組んだ姿勢で言葉と共に祈りを捧げる月夜。
その瞬間、雷太は体が少し軽くなったように感じる。
「強化の魔法なんて初めて体験しますけど、イメージとは少し違いますね。なんだか少し体が温かくなった感じです」
「私のはそういう感じ。力が溢れ出してくる感じを期待してた?」
「正直そんな感じだと思ってました」
「期待はずれでごめんね。強化って言っても私のは気休めくらいのものだから」
冗談っぽく言い合う月夜と雷太。
初のクエストという緊張を感じながら、雷太が改めて確認をする。
「それじゃあ最後に確認ですけど、まずは俺があいつらに一発攻撃します。それが合図となり、こっちに向かってくるでしょうから、俺が迎撃します。打ちもらしたやつらは、月夜さんにお願いします。万が一、月夜さんの所を越えて行くやつがいるようなら、雪野が倒します。勝手な都合で申し訳ないですが、雪野には出来ればあまり魔法を使って欲しくないのでお願いします」
「了解。私と雷太君でほぼ決着をつけようって事だよね」
皆を心配させないように、笑顔で頷く月夜。
「じゃあ皆で力を合わせて初の依頼を無事にクリアしようね」
「はい! 頑張ります」
「・・・・・・雷太がやるなら」
力強く頷く雷太に、軽く首肯する雪野。
「それじゃ今度こそ始めますか。月夜さん準備はいいですか。今後のチーム活動の為にも、俺達の実力よく見ておいて下さいね」
「了解。じゃあ雷太君始まりの合図よろしく」
「どでかい合図いきますね。せーの、ドーン!」
雷太の掛け声と共に轟音が鳴り響き、魔物の群れの中心地が爆発する。
それを合図に、突然の襲撃を受けた異形の群れが、一斉に月夜達めがけて襲いかかってくる。
次々に攻撃を繰り返し、その群れを難なくやり過ごす雷太。
「雷太君すごいね。それは爆発の魔法?」
「そうですね。俺は炎系の中でも特に爆発が得意なんです。広範囲殲滅ならお手の物です」
「さすが頼もしいね」
「ありがとうございます。数が多いとはいえ所詮は雑魚の集まりですね。この感じだと案外早く終わりそうじゃないですか」
「油断は駄目だよ。集中して」
余裕を見せ始める雷太をたしなめる月夜。
だが、初の実戦で予想以上に上手く事が運んで、浮き足立つ雷太。
その時、攻撃の爆風を抜けて、怪物が雷太目がけて襲いかかる。
「雷太君!」
戸惑い、対応に遅れる雷太の目の前を光の矢が通りすぎ怪物に突き刺さる。
「あ、ありがとうございます」
「だから油断しないでって言ったでしょ」
心配そうにする月夜の言葉に、申し訳なさそうな雷太。
「すいません。気合い入れなおします。にしても、今のが月夜さんの魔法ですか?」
「そう。私のは光の魔法。光に形を与えて攻撃したりするの」
「光の魔法。じゃあビームとか出せるんですか?」
光と聞き、興奮気味に聞いてくる雷太。
「え? まあやろうと思えば出来るかな」
「すごいじゃないですか! ビームは男の憧れですよ!」
「…憧れなんだ。なら今度見せてあげるから、今は目の前の事に集中しよ」
さっきミスしたばかりなのに、話に集中する雷太を軽く咎める月夜。
「よしテンション上がってきました。頑張りますよ」
奮起して迎撃を再開する雷太。
次々に襲いかかってくる怪物の迎撃を繰り返すが、終わりが見えてこない。
「月夜さん、大丈夫ですか? 疲れたなら少し休んでもいいですよ」
「大丈夫だよ。私だけ休む訳にはいかないよ」
疲労の色が見え始めたお互いを気遣う雷太と月夜。
「レディファーストって言いますし、女の子に無理をさせる訳にはいきません。幸い個々ではそんなに強いやつではないので、数分凌ぐくらい平気です。いざとなれば雪野もいますし」
「でも前線でずっと頑張ってる君の方が疲れてるでしょ。お互い様だよ。轟君ストップ!」
会話に気を取られ、突然の侵入者に気付かず攻撃繰り出そうとした雷太をあわてて制止する月夜。
「猫! 怪物じゃない猫がいるから!」
月夜の声につられ対象を見る雷太。
そこには綺麗な毛並みが夜に溶け込み様な黒猫の姿があった。
猫に当たらぬように寸前で攻撃を止める雷太。
「危な! なんで急に猫が」
攻撃が止まった事を好機と捉え、ここぞとばかりの魔物が押し寄せてくる。
「猫ちゃんが危ない。助けなきゃ轟君!」
闖入者に気を取られて攻撃の再開が遅れる2人。
「くそ! 間にあえ!」
「絶対助ける!」
2人の必死の攻撃も届かず、魔物の牙が黒猫に突き刺さりそうになり、思わず目を瞑る2人。
だが次に目を開けた時に見たのは驚くべき光景だった。
猫は無事で、襲いかかった怪物は殴り飛ばされている。
そしてそれをやったのは2人ともよく知っている人物。
「ッチ、三下が。この俺の家族に手を出そうとは、その罪、万死に値する」
怒りを顕わにした、月導司がそこに立っていた。
「司!? なんでここに?」
月夜の声など聞いていないかの如く、司は怪物の群れに疾駆していく。
数刻も経たずに群れを半壊させる司。
その所業に驚きを隠せず、呆然と立ち尽くす月夜と雷太。
「ね、ねえ一応訊くけど。雷太君あれ見えてる?」
「それが月導の姿を目で追えているかという意味なら、いいえです。気付いたら、いつの間にか敵が吹っ飛ばされてます」
「あとさ、司から魔力って感じる?」
「いいえ。全く感じないです」
司がやっている事は至ってシンプル。ただ怪物を殴っているだけなのだ。
だが異質なのはそれが全く目で追えない事。あきらかに人の身では出来ない所業。
魔法で強化していると言われれば納得も出来るが、魔法を使う際には多少なりとも魔力と呼ばれる力を感じるはずなのだが、司からはそれを感じない。
「実は月夜さんが強化してあげてる、とか?」
「ううん。そもそも私の力は飛躍的に身体能力をあげたりは出来ないよ」
「何が起きてるんですかね」
明らかに異質な光景を前に、ただ立ち尽くすしか出来なかった2人を、さらなる異変が襲う。
「なんか寒くない? あれ? 雪?」
なにやら寒さを感じ、空を見上げた月夜が見たものは、ちらちらと舞い降りてくる雪だった。
まだ5月の終わりだというのに、雪が降っている。心なしか空気まで澄んできているようだ。
「あっ。しまった」
季節外れの雪に戸惑う月夜を横目に、雷太は自らの過ちに気づく。
「月夜さん、今回の依頼はもう終わりです。取りあえずここを離れましょう」
「え? どういう事。魔物はまだいるよ」
雷太の言わんとする事が理解出来ずに首を傾げる月夜。
「雪野が魔法を使います。ここは危ないので離れましょう」
会話しているうちにも、雪は勢いを増し、あっという間に辺りを白一色にしてしまう。
「ん? なんだ。この時期に雪?」
我に返った司もさすがに異変に気付き、動きを止める。
「司! ここは危ないって! 離れよう!」
「なんだお前ら、居たのか」
動きを止めた司に危険を知らせる月夜。
「危ないってどういうことだ?」
「この雪、冬季さんの魔法なんだって。直に吹雪いてくるからその前に逃げようって雷太君が」
「これが魔法? こんな規模の魔法そうそうあるものじゃないだろ」
疑わしげな司に、雷太が声をかける。
「仕方ないだろ。こうなるから、雪野にはあまり魔法を使って欲しくなかったんだけど」
「まあお前らの事情はどうでもいい。俺も目的は果たせた訳だし帰るか」
そう言って、2人と合流する司。
「司の目的ってその猫ちゃん? それが探し人」
司が抱いている猫に目を向ける月夜。
「そうだな。こいつは俺の家族みたいなもんだ」
少しだけ安心したような表情になる司。
普段あまり見ない司の表情を見て少し感動する月夜だったが、雷太の切羽詰まった声に余韻を流される。
「二人とも! 吹雪いてきたぞ。そろそろ雪野の攻撃が来る。まず離れてから、話はあとで!」
雷太の言葉通り、今や雪は吹雪となり、視界もかなり危うい。
「ハハハ。これはすごいな。氷の魔法なんて範疇じゃねえ。何者だよ、あいつ」
離れた場所に避難して、改めて自分達が居た所を眺める。
先刻まで春の景色だった物は、荒々しい冬の景色に変わっている。
「……私の大好きな世界」
「……みんな、みんな邪魔なんだ。私と雷太の邪魔をするやつらは嫌い」
1人取り残された雪野は何かを呟いている。
「……邪魔者は生きている必要ないよね」
「……貫く氷柱」
雪野の詠唱の後、無数の氷柱が地から伸び、魔物達を串刺しにする。
「……皆、死んだ。アハハハハハ、アハハハ」
吹雪きが晴れ、残っていた景色は串刺しにされた夥しい数の魔物の死体と、狂ったように笑い続ける雪野の姿だけだった。
☽☽☽
「なるほどな。面白いものを見させてもらった」
空を眺めていた司が1人合点がいったように頷く。
「それじゃ、俺は帰るぜ。もうここにいる意味はないからな」
言うが早いか、司はさっさと帰路につき、あっという間に姿が見えなくなる。
「色々と聞きたいことがあったんだけどな」
司の背中を見送り、月夜が寂しげに呟く。
「俺は雪野を迎えに行ってきます」
「私も行くよ」
1人で雪野を迎えにいこうとした雷太の後を追う雪野。
先程まであった、氷柱に貫かれた大量の死体は、溶けるように黒い影になり、夜の闇に消えていた。
残っているのは、地面から突き出る氷柱の中に佇む雪野だけだ。
「月夜さんは、やっぱり引きましたよね」
「たしかに、びっくりはしたかな。でも、雪野ちゃん悲しそうだし、放っておけない。力になりたいって思いの方が強いよ」
想像していた反応とは違ったのか、雷太は一瞬面食らったようだったが、何か決意したような表情で月夜に向かい合う。
「この際だから正直に言っちゃいますけど、あの状態の雪野は周りが見えなくなるんです」
あの状態というのは、先ほどの魔法を使っている状態の事だろう。
「だから、月夜さんがもしあの場に留まってたら、今頃はあれの餌食だったと思います」
あれと言いながら、沈痛な面持ちで氷柱を指さす雷太。
その様子から雷太が言おうとした事を察したのか、月夜が口を開く。
「そうかもしれないね。確かに、チームメイトに殺されかけるなんて、想像するとゾッとしちゃう」
「やっぱりそうですよね。もし怖いなら今からでも」
「でもね、それでも私は困っている人は放っておけない。私が死んでたかもしれないことは、困っている人を見過ごす理由にはならないよ」
雷太の言葉を途中で遮り、強くはっきりと言い切る月夜。
月夜の言葉は真っ直ぐで重い。それは雷太にとって嬉しいはずの言葉。
だが嬉しさは感じつつも、何処か狂気さえ感じてしまう。
それほどまでに純粋に彼女は言い切る。死ぬ事は人を見捨てる理由にならないと。
「私は、自分の手が届く範囲のもの全て、見捨てたりしないから」
「強いですね、月夜さんは」
月夜の強すぎる意志を目の当たりにして、雷太は一言言葉を絞り出す。
「そんな事ないよ」
月夜は何でもない事のように笑顔で答える。
「それより、雪野ちゃん待ってるし早く行ってあげよう」
月夜と雷太は足早に雪野の元へと向かう。
「雪野、お疲れ様」
「……雷太。と、っあ」
ボーッと突っ立っていた雪野は、雷太の声に少し嬉しそうに振り向くも、月夜を見た途端に気まずそうに視線をそらす。
「心配するな。月夜さんはお前を避けたりしない」
雪野の気持ちを察して、雷太が安心させようとする。
「ごめんね。私達が負担をかけすぎたから」
「……怖くないの。あんな姿見て」
あの光景を見た後も変わらない月夜の態度に、恐る恐る雪野が質問する。
「怖くないよ。だって同じ人間でしょ」
「……少し驚いた。けど嬉しい」
何事でもないように言い切る月夜に、安堵する雪野。
「肩の荷が1つ下りた気分です。でも俺たちチームとしてやっていけそうな気がしてきました」
「それは良かった。改めてこれからよろしくね、2人とも」
お互いに笑顔になり、改めてチームとしての意識を高める面々。
「……雷太。寒い」
張り詰めていた気分が落ち着いたからか、雷太の服をちょこんとつまみ、震える雪野。
「大丈夫?」
気づくと辺り一面にあった雪は溶けていたが、心なしか寒さは残っている。
「こいつ、魔法使った後はこうなるんです。大丈夫ですけど、早く温めてやりたいんで、そろそろ帰りましょうか」
寒さで震える雪野の手を握り、雷太が雪野に説明する。
「そうだね。二人とも今日はお疲れ様。また学院で」
「お疲れ様です。ゆっくり休んで下さいね」
そのまま3人帰路につき、途中で別れる。
別れた2人の背中を見送り、月夜も寮に帰っていった。
☾☾☾
雷太達と別れ、寮に戻ってきた月夜。
部屋の扉を開けると珍しく玄関に靴があった。
「司。いるの?」
部屋にいるであろう人物に向けて問いかける。
「俺の部屋だ。居たら悪いか」
「今は私の部屋でもあるの。でも司が普通に居るなんて珍しいね」
「レムの事があるからな」
レムと言い、司が指した方を向くと、さっきの黒猫がいた。
「レムちゃんって言うの? ここで飼うの?」
「ああ。一緒に暮らす」
名前までしっかりある黒猫を、司が可愛がるの光景を微笑ましく見ながら、月夜はある疑問を口にする。
「寮ってペット飼っていいの?」
「何言ってんだ。駄目に決まってるだろ」
当然だと付け加える司に、首をかしげる月夜。
「え? でも今飼うって」
「ああ」
「え? でも今禁止って」
司に言う意味が分からず首を傾げる月夜。
「馬鹿かお前。俺がルールの1つや2つでやりたい事を諦めるかよ。やりたい事はやる。やりたくない事はやらない。俺はそういう人間だ」
「でも駄目な事は駄目でしょう。怒られるよ」
溜息をつき、呆れたように言う月夜。
「知るか。ルールなんて勝手に決められた事に何故俺が従わないといけない。大事なのは行動に意志がある事。俺はこいつと一緒に居たい。だから暮らす。それだけだろ」
司の返答を聞いた月夜は呆れた表情になる。
「格好良い風な事言っても誤魔化されないよ。ルールは守らないと皆に迷惑がかかるんだから」
「俺以外のやつの事なんて知るかよ。勝手に困ってればいいだろ」
いつも通り心底面倒そうな司。
「ここまで清々しいと、逆に少し尊敬すらしちゃいそうだよ」
「お前の尊敬なんていらないよ」
「あなたのご主人はひどいね」
月夜は視界に入って来たレムに言葉をかける。
レムは月夜を一瞥すると、すぐに離れていく。
「あら、行っちゃった。私嫌われてる?」
「レムは賢いやつだからな、お前のヤバさを感じとったんだろ」
レムに逃げられしゅんとする月夜に、司なりの見解が述べられる。
「え? 私は普通だよ。少なくとも司よりは」
「自分で気づいてないならいいさ」
少し含みのある言い方が気になる月夜。
「何? 気になるんだけど」
「うるさいな。だったら1つ良い事を教えてやる。過ぎたるは猶及ばざるがごとしだ」
司の言葉を聞いて、納得がいかないと首を傾げる月夜
「その言葉は知ってるけど、私は司ほどいきすぎてはいないよ」
「自覚ないならそれでいいさ。どのみち俺には関係のないことだ」
「中途半端な所で終わらせないでよ。気になるじゃん」
抗議の態度を示す月夜だが、司はもう話す事はないとばかりに、レムの居る所に行きレムの相手をし始める。
「司、そういえば……」
レムと遊ぶ司を見ていて、ふと先ほどの司の戦いぶりを思い出した月夜は、その疑問を投げかけようとして途中で言葉を飲み込む。
月夜が見たのは楽しそうに笑いながら、レムと一時を過ごす司。
今までほとんど仏頂面しか見たことがない。そもそも同じ部屋だというのに顔すら合わす事がなかった。
それほどまでに一生懸命レムの事を探していたのかと思うと、やっと出会えたその喜びを無粋な質問で台無しにしてしまいたくないと彼女は思う。
なにより、司の楽しそうな表情をもっと見ていたいと感じた。
「なんだよ。気持ち悪い顔してるぞ」
気づかぬ内に、にやけてしまっていた所を司に指摘される。
「司でも楽しそうにする事はあるんだなって嬉しくなっちゃった」
「馬鹿か。長い間探してた家族に会えて、嬉しくない奴なんていないだろ」
「司にもそんな普通の感覚があったんだね。ちょっと驚きかも」
「ッチ。分かってないようだから言っておくが、一応俺はお前と違って普通の高校生だからな」
少しムッとしながら返答する司。
「それにしては司は大人びてるけどね。気に障ったなら謝るよ」
お前と違っての部分は聞き流す月夜。
「別にいいさ」
司はもう月夜との会話は終わりだとばかりに背を向けて、レムと戯れ始める。
司の人間らしい一部が見えて、上機嫌な月夜は司のその姿勢にも負けずに、久しぶりに一緒なのだからとその後も寝るまで他愛ない会話を続けていた。
この物語を読んでくれた事に、最大の感謝を。