死神
「話してくれてありがとう」
暫くの沈黙の後、言葉を絞り出す月夜。
「なるほど。では僕達があったのはその後の師匠なんですね」
「そうだろうな。ちなみに私が会ったのはさらにその1年くらい後だな」
「学院長! いつから居たのですか?」
唐突に現れた学院長に驚く一同。
「少し前から居たよ。それより1つ気になった事があるんだがね」
「どのあたりでしょうか?」
「あのクソガキ、妹が居るんじゃないのかい?」
「それが、分からないんです。当時は月君の口から妹の話題なんて何も出なくて」
「そういえば、僕達の所に居る時も家族は居ないと言ってたような気がします」
「そうかい。まあ分からないなら仕方ないね。それより話が一段落したのなら出来る事からやろうかね」
学院長は一息ついてから話題を変える。
「出来る事ですか?」
「あんたら、あの狂夜ってのからも話を聞きたいんだろ? 今なら大丈夫だろうから保健室に行ってみな。私も後から行くから」
「保健室ですか? そんな所に?」
「その懸念は大丈夫だよ。普段は見えないようにしてるからね。今だともう人もまばらだし解除しておくから」
「そういう事ですか。ではお言葉に甘えて今から行ってみます」
そのまま雷太達と部屋を出て行く月夜。
「情報は聞き出せそうですか?」
「厳しいかもね。かなり精神的に参ってるみたいだから。あの子の善意にかけてみるのもいいだろう」
月夜達が居なくなった教室で、学院長と話すりんか。
「だったら私は行かない方がいいかな。今日はもう帰る事にします」
「悪いね。私は姫様と少し話してから行くから」
「では、僕も席を外した方がよろしいですか?」
「そうですね。少しだけお願いします」
りんかと剣も部屋を出て行き静寂に包まれる教室。
「この間の話の件だけど、学院も協力するのに吝かではないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
重たい空気の中で学院長の言葉が響く。
「これはただのババアのお節介だけどね。あのクソガキには相談したのかい?」
「いえ、あの方に頼る訳にはいきませんから」
「あいつは確かにどうしようもないクソガキだからね、1度深く関わった子を見捨てられる程大人にはなれてないんだよ」
「だからこそですね。只の私個人の問題に関わらせるのは申し訳ないので」
「あんたがそうしたいなら、それでもいいけどね」
暗い表情のエトピリカを見て、学院長が呟く。
「悪かったね。そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだよ。さっきのは要らぬ世話だと聞き流しとくれ」
「いえ、気にかけて下さりありがとうございます」
「協力は惜しまないからね。気持ちのままにやればいいよ」
学院長の言葉には返事をせずに、暗い顔のまま優雅に一礼だけして部屋を後にするエトピリカ。
「剣、お待たせ致しました」
「いえ・・・・・・エトピリカ様? どうかしました?」
暗い顔で部屋から出て来たエトピリカを心配する剣。
「大丈夫です。行きましょうか」
「かしこまりました」
何かに気付きはしたが、聞きたい気持ちを剣は押し殺した。
「迷惑をかけますね」
「いえ、滅相もございません」
終始沈んだ表情のエトピリカの隣を歩く剣。そのまま巫女と騎士は帰路についた。
人の居ない廊下に3人分の足音だけが響く。
「月夜さん。気を悪くしないで欲しいのですが、わざわざ狂夜から話を聞く必要があるんでしょうか」
雷太はずっと抱えていた疑問を月夜にぶつける。
「そうだよね。別に学院長達に任せれば済むんだろうけど。でも、私は困っている人は放っておけないの。それがどんな人でもね」
「困ってるですか?」
「うん。だって悪い事をするってことは、何か気に入らない事があるからだと思うの。つまり何かに困ってるんだよ。話を聞いてそれを解決してあげればもう悪事は働かないかもしれないもんね」
「なるほど。そういう考え方もあるんですね。月夜さんは優しいな」
「優しくなんてないよ。困っている人を助けるのは当たり前だから」
謙遜した様子はなく、息をするように返す月夜。
立派な事を言っている月夜を見て、雷太は得も言われぬ違和感を覚える。
「……着いた」
しかし雪野の言葉に、雷太の違和感は押し流される。
月夜達は保健室の前で一息入れてから扉を開ける。
「!」
突然開いた扉の音に肩をびくつかせる狂夜。
月夜達が知っている表情からは大分やつれている。
「なんで、あなた方が?」
唐突な来訪者に目を見開く狂夜。
「学院長がここに居るって教えてくれたから話を聞きたくて」
「そうじゃない! なぜ、ここに入れているのですか! ああ、やめて下さい。死神が、死神が来てしまう」
急に大声を上げ情緒不安定になる狂夜。
「死にたくない。まだ死にたくない」
焦点の合ってない虚ろな目で、ぶつぶつと呟き続ける狂夜。
話を聞くどころではなく、心配そうに狂夜に駆け寄る月夜。
「あの落ち着いて下さい。大丈夫ですから」
「あれ? こんな所に居たんだ。不ッ思議ー。さっきまで何もなかったのに?」
必死に狂夜を宥める月夜の耳に、聞き覚えのない声が届く。
明るい口調とは裏腹に、聞く者の心を不安にさせるトーンの声。
声だけではない。月夜達が目にしたその姿は異様だった。
フードを深々と被った小柄な少女。フードの奥から覗く目は、引き釣り込まれそうな深く暗い海の底を彷彿とさせる。
小柄な体には不釣り合いな程に大きな鎌を背負う様はさながら死神のようだった。
「狂夜が失敗するからこっちは面倒事ばかりだよ。でも優しいマカは許してあげる。だって1人殺せる理由をくれたんだから」
口の端をつり上げ歪な笑みを見せる少女。
「誰かは分からないけど、私がそんな事させないよ」
目の前の闖入者の重圧にも負けずに、キッと相手を睨む月夜。
「アハッ。どうやって殺されたい? 首を切り落とそうか。少しずつ肉を削いでいくか」
月夜達の事など眼中にないというばかりに、楽しそうに妄想をするマカ。
「死神。まだ死にたくないです」
「ああそれ言っちゃうんだ。なんかもういいや冷めちゃった。死んじゃえ」
マカは人なんて簡単に殺せそうな暗い眼差しで狂夜を睨む。
「だから! そうはさせないから」
「あ。他に人居たんだ」
先ほどより大きな声の決意でやっとマカの目に月夜が留まる。
「凄いね。マカ相手に怯まないなんて。客観的に見ても大分ヤバいやつ感出てると思うんだけど」
楽しそうに笑顔を見せるマカ。
「でも残念でした。もう終わってるから」
マカの言葉を聞き、慌てて狂夜に振り向く月夜。
「あ、が」
月夜の目に入ってきたのは、自分の首を引きちぎらんばかりに掻きむしっている狂夜の姿だった。
その指は肉を引き裂き、滴る血がベッドを赤く染めている。
「や、とめて、く、れ」
焦点の合わない目で自傷を止めない狂夜。月夜が手を押さえても、凄い力で引っ張られ止める事が出来ない。
「なんで、どうなってるの止まらないよ」
「それはそうだよ。もう殺したんだから。マカの手も患わせて、お兄ちゃんにも喧嘩売るような身の程知らずにはお似合いの死に方だよ」
その言葉が合図かのように、狂夜は自分の手で自らの首を思い切り貫く。
夥しい量の血が噴き出し絶命する狂夜。
「はぁ、つまんない。帰ろう」
もう興味などないように狂夜だった物を見るマカ。
返り血を浴びて呆然としていた月夜はハッとしてマカを呼び止める。
「待って。なんで、こんな事するの」
「なんで? 理由なんて1つしかなくない? 好きだから、人を殺すのが楽しいからやってるだけだよ」
「楽しい? これが」
目の前の少女が何を言っているか理解出来ない月夜。
「それよりマカを呼び止めていいの? 殺しちゃうよ」
「そう簡単に行かせる訳にはいかないから」
「ふーん。お姉さん強いね。さっきからそっちのお兄さんはすっかり縮こまっちゃってるのに」
マカは雷太をあざ笑うように視線を向ける。
「あとそっちの厚着のお姉さんはそもそも狂夜には興味なさそうだったね。そういうのマカ好きだよ。だから」
マカは話ながらあまりにも自然な仕草で雷太の首元に鎌をかける。
「お兄さんは死んじゃってもいいよね」
殺気すらない。当たり前のような動きに反応が遅れた月夜と、呆気に取られている雷太。
そのままマカは雷太の首を落とそうと鎌を持つ腕に力を入れる。
「おっと、いけないいけない。1回は我慢するんだった」
雷太の首から血が滲んだ所で、鎌を雷太から放すマカ。
「よし。もう我慢したからいい、よね? アハッ、やっぱりいいや、バイバイ」
もう1度鎌を構えようとして、急に動きを止めて、体を翻すマカ。
そのまま保健室から出て行く少女の姿を月夜達は為す術なく呆然と見つめていた。
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