世界
朝日に照らされ、蒸し暑さを感じながら月夜は目覚める。
体を伸ばし、まだ少し気だるさを感じる。
あまりスッキリ寝られた気がしないのは、夏の暑さの為か。今日という日の緊張の為か。
学院で特に何かある訳ではないが、今日はりんかから司の話を聞こうと考えている。
司の言質は取ったので大丈夫だろう。そうする事で司をもっと近くに感じられればいいが。
色々考えると切りが無い。月夜は首を左右に振り余計な思考を吹き飛ばし手早く準備をすませる。
そして誰も居ない部屋に「行ってきます」と呟き、月夜は学院に向かう。
「おはよう。暑いね」
登校途中でタイミング良くりんかに出会う。
「おはよう」
「やよちから聞いたけど、月君の事聞きたいんだよね」
いきなり本題に入るりんか。
「うん。司もいいって」
「なら丁度良いし、放課後に学院長室で話そうか。その後、狂夜さんからも話聞こう」
「学院長室? 大丈夫なの?」
「大丈夫。たぶん学院長がいた方が都合がよさそうだし」
りんかがそう言うならそうなんだろう。たしかに学院長も司の事をある程度知っているみたいだった。
「先に言っておくけど、あまり期待はしないでね。あくまで、私が知っている月君の事だから」
どこか自信なさげなりんかに違和感を覚える月夜。
いつもなら、何でも知っているお姉さんを自称する場面なのに。
「大丈夫だよ。私は司の事全く知らないから。少しでも知れれば嬉しい」
「そっか。ありがとね。じゃあ、放課後に」
「うん、また後で」
りんかと別れる月夜。
先ほどはああ言ったものの、その日は放課後まで授業に身が入らなかった。
☽☽☽
放課後の学院長室には月夜達3人とりんか、剣とエトピリカまで一同に集まっている。
集まっていると言っても、部屋の主と夜夜の姿がまだ見えない。
「どうしようか。そろそろ話始める?」
「学院長は待たなくていいの?」
「そっちは大丈夫だろうけど」
「そっちはという事は、言い出しっぺは来ないのか」
「あの子の事は気にしたら負けだよ」
呆れ気味に話すりんかと雷太。
「あの、やはり僕達は居ない方がいいでしょうか」
「大丈夫。数少ない月君の知り合い同士だし、遠慮しなくていいよ」
「ありがとうございます」
恐縮している剣に安心感を与えるように微笑むりんか。
「でも司の過去か。全然想像つかないや」
「先に断っておくけど、あまり気持ちの良い話ではないかもだけどいいかな?」
「うん、大丈夫。りんかちゃんこそ、嫌な事思い出しちゃうなら無理しないでもいいよ」
「ありがと。私は、大丈夫だから」
少し遠い目をして一息つくりんか。全員の視線がりんかに集まる。
「そうだね。まずは私と月君が出会った時の事から話そうか」
そうして、りんかはポツポツと語り始めた。
☽☽☽
「あれは私がまだ小さかった頃、私がいた施設に月君が来たの」
施設という言葉に月夜達が軽く反応する。
「ん? そういえば私の事もあまり話してなかったね。いいよ、隠すような事じゃないしね。私さ孤児院に居たの。先に勘違いを正しておくけど、両親が居ないとか親に見捨てられたとかじゃないよ。まあ人によっては見捨てられたと思うかもだけど」
あくまで明るく話すりんか。
「私の場合は金銭的な事情かな。実際お母さんの顔は知ってるし今でも連絡は取ってるから。ああ、話が逸れてしまったね。まあそういう訳だからそこは気にしないで。それで月君との出会いだったかな」
改めて話し直すりんか。
「さっき私が小さかった頃なんて言ったけど、もっと分かりやすい例えがあったよ。あれは月が紅くなって暫くした後、その影響に皆が慣れ始めた時期だった。雷太君達も大変だったんじゃないかな」
りんかの言わんとする事を理解して目を見開く雷太。
「ごめん、悪い癖だ。あの影響は大きく分けて2つ。沢山の人が魔法を使えるようになった事と魔物達の登場。思い出しても皆困惑してたな。私は無能力のままだったから前者は関係なかったけど」
自嘲気味に笑うりんか。
「とにかく月君が来たのはそんなタイミング。月が紅くなった日の混乱に巻き込まれて両親が死んだとかで神父が連れてきたんだ。可哀想とか同情する暇もないくらい第一印象は最悪だったけどね。ほんと、よく仲良くなれたなって思うよ」
興味がありそうに前のめりになる月夜。
「聞いてよ。月君の台詞。月導司、お前らの事はどうでもいいが、ここで暮らす事になった。俺は勝手にするから、お前らもそうしろ。だよ。相変わらずでしょ?」
思い出を懐かしむように微笑むりんか。
「私思わずシスターに聞いちゃったもん。なんであの子を連れてきたのって。そうしたら月君の両親と2人が知り合いだったみたいで、何かあった時はよろしくって言われてたんだって」
りんかの話に月夜が首を傾げる。
「え? 神父やシスター? 本人達がそう呼べって言ったんだよ。さっぱりしてて気のいいおじさんとやさしいおばさんって感じだね。この2人で施設を経営してた。ただ、この2人には悪癖があってさ、普段から愛、愛って口うるさい博愛主義の人達なんだけど、施設の子供達を男女ペアで同室にするんだよ。愛を学ぶ為とか言って」
少し迷惑そうなりんか。
「私は鉄平って子とずっと同室だった。小さい時からだったから家族みたいな感じだったな。それで、月君の同室になったのが、赤月 夜宵。通称、宵ちゃん」
宵ちゃんと言ったりんかの表情が一瞬曇る。
「宵ちゃんは本当に良い子。いつも欲しい言葉をくれるし、すごく気が利くの。まあ、ある意味ではそうある事を強要されたと言えなくもないのだけど」
変わらず暗い顔をしているりんか。
「どういう意味かって? からくりは宵ちゃんの魔法にあるの。本人はテレパスって能力だって言ってたな。簡単に言うと、人の心の声が聞こえるらしいんだよ」
同情したような声音になるりんか。
「とは言ってもこの手の魔法にありがちな、無駄に人の声が聞こえまくって病んじゃうってのじゃないみたい。聞きたい時だけ聞けるらしい。それでもご多分に漏れずコミュニケーションに一歩引いた性格にはなってたけど」
懐かしむように微笑むりんか。
「まあそんな良い子だったから、私も気にかけてたの。月君なんて一緒に暮らすようになっても、まるで私達の事なんて意に介さずぼっちで居たから。宵ちゃんに話を色々聞いてた」
思い出したのか少しムッとするりんか。
「私達はむかついてたよ。なんなのあいつって。でもさある時から月君の事を語る宵ちゃんの顔がなんか変わったんだ。すぐに感づいたよ。これはって」
興味津々とりんかの話を聞いている月夜達。
「何かって? 勿論、恋だったね。何があったのかは結局詳しくは聞けなかったけど。ただ宵ちゃんが言ってた言葉は覚えてる。司は心の声と実際の態度が何も変わらないんだ。それってめちゃくちゃ格好良いじゃん。って言葉」
ホント、今と変わらないよねと笑みを浮かべるりんか。
「あでも、あの時は流石に格好良いと思ったかな。月君が来て数ヶ月経った頃、月君もぽつぽつ宵ちゃんと一緒に行動するようになってきてさ、私達の嫌悪も大分無くなってきた。そんな時に神父主導で皆で旅行に行ったの。そこで私達他校の生徒に絡まれちゃって」
やれやれと顔を顰めるりんか。
「どうも良い所の学校だったみたいで、私達が施設育ちだと知って馬鹿にしてきたの。そこで私ぽろっと無能力だって言っちゃって、さらに図に乗せちゃうみたいな。もうひどいものだったよ。大した力がないやつが遊びほうけて恥ずかしくないのかとか色々言われたな」
少しつらそうなりんか。
「それで、そんな現場に月君と宵ちゃんが合流して。案の定相手は月君達にも喧嘩を売ったわけ。そしたら月君何て言ったと思う?」
フフっと笑みを零すりんか。
「力があるやつがそんなに偉いのか? 偉いと言うなら、今お前達は何を成してる? 将来何を成す為に、今どんな努力をしている? 何もしてないのなら、無力で無意味に生きている俺達と何が違うんだ? 強力な魔法が使える? ッハ。これは傑作だな。それだけか。いいか、魔法なんて使わなくても銃もナイフもある。魔法も使うやつが三下なら何の意味もなさないと気づけない程度の雑魚ならもう相手にする価値もないだろ。さっさとそこをどいてくれ」
ハハハと可笑しそうに腹を抱えるりんか。
「あの時の相手の表情は今思い出しても傑作だよ。月君のああいう所は本当面白いよね。それで当たり前だけど相手も激昂しちゃって殴りかかって来たんだけど、月君が全部返り討ちにしてくれたんだよ。あの時の月君の動き凄かったな、相手の行動が分かってるみたいに攻撃を躱してカウンターを的確に叩き込んでさ」
昔から強かったんだと笑うりんか。
「少し話が逸れちゃったね。まあそんなこんなで月君も段々私達とも話すようになって、宵ちゃんとも付き合い始めた頃かな、宵ちゃんが実家のお墓参りに帰省するってなって月君もそれに着いていったの。そこで、2人曰く変なおじさんに会ったらしく、なんか魔法を託されたって帰ってっきた」
少し目を伏せるりんか。
「今思うと何を意味不明な事言ってんだってなるけどね。当時は月も紅くなって、魔法とか魔物とかおかしな事が色々あったから、感覚がおかしくなってたのかな。それでも思うのは思ったんだ。魔法が託されるなんてそんな事あるのかって。そう、たしかに疑問には思ったんだよ。でも詳しく調べようとしなかった」
後悔の念を抱き、奥歯を噛みしめるりんか。
「当の宵ちゃんも詳しくはどんな魔法か知らないみたいでさ。ただ、貴重な力だから絶やさないでとだけ言われたらしくて。そんな怪しいお願い聞いてくるってどんだけ良い子なら気が済むんだろうって感じだったな」
月夜達の表情を見るりんか。
「そう。魔法を継いだのは宵ちゃん。ちょこちょこ試したりして、なんとなくどんな力かは知ってたみたいだったな。だから月君も聞いてたんじゃないかな」
悔しさに悲しみを滲ませた表情でりんかは続ける。
「その後は驚く程平和な日々が続いたな。月君も皆と普通に話すようになって、なんとなく漠然とこんな時間が続くんだろうなって感じてた。あの日までは」
言葉を句切り苦しそうにするりんか。
「あの日はとても寒い冬の日曜日だった。理由は分からない。前例のない行動だったんだ。急に大量の魔物が私達の施設に押し寄せてきた。私や宵ちゃん達は下の子達を避難誘導して、戦える人は時間稼ぎしてた。でも、魔物の魔法が宵ちゃんを襲って、それを月君が庇おうとした」
りんかの雰囲気に、息を呑む月夜達。
「衝撃音の後、気付いたら月君が物凄い剣幕で怒ってた。一瞬何が起きたか分からなかったけど、傍らに倒れている宵ちゃんを見て息を呑んだ。それで私はなんでって考えに支配されて」
涙をにじませるりんか。
「だって私の目には、月君の手は宵ちゃんに届いていたように見えたから。だからなんで宵ちゃんがって。宵ちゃん達に駆け寄って絶句した。魔法が直撃したのかな、どう見てももう助からないような惨状だったから。でもこういう時以外と本人は冷静なのかな。月君に何か話してた。小さくてよく聞こえなかったけど、宵ちゃんの最後の言葉と表情は今でもよく覚えてる」
暗い顔のまま続けるりんか。
「ありがとう、ばいばい。って私が今まで見てきた中で一番の笑顔だった」
唇を噛みしめ言葉を切るりんか。
「その後は我を忘れた月君が暴走して魔物を倒したけど、私達にも結構な被害が出て終わり。死にそうな顔をした月君ともそこでお別れだったな。私の話はこんな所かな」
一息ついて月夜達の顔を見るりんか。
「まあそういう顔になるよね。急に終わったでしょ。でも私が話せるのはこんな感じ。だって何が起きたか分からなかったから」
後悔を滲ませるりんか。
「私も色々反省してるんだ。なんで、なんで、なんでって疑問に思う事全部ほったらかしにしてさ。正直月君とはもう二度と会えないんだって思ってた」
溜息を吐くりんか。
「無知は罪とまでは言わないけど、情報は武器だから。色々調べた。気が遠くなる程色々。それでこの学院に来て、月君と再会出来た時は嬉しかったな」
これで本当に話は終わり。そう言いたげな間を作るりんか。
そのまま儚い微笑みを浮かべるりんかを、月夜達は何も言えず見つめていた。
こんな文章を読んで下さりありがとうございます。




