魔力測定とチーム決め①
司と月夜が出会って、1週間が過ぎた。
月夜は魔力測定が始まる前の教室で、司の事を考えていた。
朝の教室、まだ登校している生徒はまばらだ。
頬を撫でる春の風のすがすがしさとは対照的に、月夜の気持ちはモヤモヤしていた。
「世界を壊す」あの日、司はそう言った。
何処で何をしているのか、司は普段部屋にいない。
たまに部屋に帰ってきた時に、訊ねてみても「お前には関係ない」の一点張りだ。
そういえば、結局司はどんな魔法を使うのか、それも聞けていない。
どうしたら司と仲良くなれるのか。全く検討がつかない。
月夜は1人考えながら、もう何度目かになる溜息を吐く。
「く、紅さん! おはよう、ございます」
結論が出ずに、気分が沈み始めていた所に、快活な声が割って入る。
「ああ、おはよう」
突然の挨拶に少し面食らったが、挨拶を返す月夜。
「お、俺、轟 雷太です」
「知ってるよ。クラスメートでしょ」
これまた突然の自己紹介。どうやら 声の主―轟 雷太はテンパっているようだった。
雷太は、大柄でがっちりとした体格、赤髪の短髪で切れ長の目をしている。
一見して粗暴そうな印象を受ける少年だ。
そんな雷太が、見た目に合わないうわずった声で、必死に話かけてくる。
「もう覚えてくれたんですね。ありがたいです」
必要以上に丁寧な対応に違和感を覚える月夜。
「どうしたの? そんなに硬くならなくていいよ」
雷太は首を横に振る。
「恐れ多い。俺なんかが紅さんと仲良くするなんて」
その言葉に月夜は純粋な瞳で返す。
「私はもっとみんなと仲良くしたいな」
「ありがとうございます!」
まだ緊張が解けないのか、どこかぎこちない雷太。
「……雷太、緊張しすぎ。面白い」
月夜と雷太の会話に、小さな声が割って入る。
「しょうがないだろ。美人と話すのに緊張しない男はいない」
雷太は声のした方に目を向けると、月夜との会話の態度が嘘のように、自然な口調で返す。
「……私とは普通に話せる」
小さな声の主は不満そうに雷太に抗議する。
「あのな雪野。お前と俺は幼馴染。もうずいぶんと一緒にいるだろ。それに、お前とだって出会ったばかりはこんな感じだったろ?」
小さな声の主、雪野と呼ばれた少女は、不思議な格好をしていた。
名前の通り、雪を思わせる綺麗な白髪に、物憂げな青い瞳、小柄で華奢な少女。
そこまでは普通だが、綺麗な白髪の上には、雪のエンブレムが入った真っ赤なヘッドフォンをしていて、もう春だというのに、セーターを着て、首にはマフラーを巻いている。
「……そんな事より本題まだ言ってない」
雪野がぽつりと雷太に続きを促す。
「そうだったな。あの紅さん、今日の魔力測定一緒に回りませんか」
「私と一緒でいいの。ありがとう。私は歓迎だよ」
雷太の誘いを月夜は快く受け入れる。
「よし、やった。じゃあ、俺と雪野と一緒に行くということで」
「うん、よろしくね。轟君とえっと」
何がそんなに嬉しいのか、ガッツポーズまでして喜ぶ雷太。
その様子を微笑んで見ながら、雷太の隣にいる少女に視線を移す月夜。
「そういえば、こいつの紹介がまだでしたね。こいつは冬季 雪野。俺の幼馴染です」
月夜の視線に気づいて、雷太が雪野を紹介する。
「冬季さんもよろしくね」
「・・・・・・」
月夜の言葉に雪野は軽い会釈で返す。
「ずっと気になってたんだけど、そもそも魔力測定って何?」
「それは――」
月夜の疑問に答えようと、口を開いた雷太の言葉に横やりが入る。
「それは、簡単に言うと体力測定みたいなものだよ」
聞き覚えがある声だが、誰だったかと思い、月夜は声がした方に振り返る。
「ま、より詳しく言うならその人の魔力と使える魔法の系統がすぐに分かる便利な測定って感じかな。学院長自作の水晶に触れるだけのお手軽な測定方法だし、学院側も生徒側も色々知れてWINWINってね、月君」
「ッチ。どうでもいい」
月夜が振り向いた先には、明るめの茶髪をポニーテイルにして、赤い眼鏡を掛けた、快活そうな少女と、所々赤色が混じった黒髪に、不機嫌なのを隠そうともせず、全体的に気だるげな少年。
りんかと司が並んで立っていた。
「やほやほ、お久し! あれ? 轟君に冬季さんもいるんだね。これが月君のチームなのかな?」
にやにやと笑いながら、司に視線を移すりんか。
「俺はチームなんて組まない」
ぶっきらぼうに答える司。
「司、今日は来てくれたんだね」
司を見て、パッと明るい表情になる月夜。
「気が向いたら行くって言っただろ。魔力測定は一目で俺に魔力がないと分からせるいい機会だしな。これでお前も諦めがつくだろ」
「本当にないのならね」
「ないって言ってんだろ」
含みを込めて言う月夜に、面倒そうに返す司。
そんな2人の会話に、りんかが割って入る。
「そういえば、月君も魔力測定は初めてじゃないの?」
「俺は編入の時にやっただけだな」
「ふーん。そかそか」
1人で何かに納得しとようなりんかは、少し辺りを見回してから口を開く。
「それにしても、紅さん、轟くん、冬季さんか。月君を入れなくても、面白いチームになりそうだね」
「どういうこと?」
喜々として語るりんかに、首を傾げる月夜。
「この後分かるだろうけど、轟君と冬季さんは2年生の中では優秀な方だし、私の勘だと、紅さんの魔力も高いはずだよ」
「俺が有名か」
有名と言われ、満更でもなさそうな雷太。
「私の魔力か。魔力を計るなんてしたことないからよく分かんないな」
月夜も少し楽しみだというように呟く。
「まあ測定してみてのお楽しみだね。でも本当に紅さん達がチームを組んだら良いチームになりそう」
「そういえば、チームを組むのは分かったけど、組んで何をするの?」
今まで何となく聞けずにいた疑問を口にする月夜。
「そうだね。色々とするけど、1番はランキング戦かな」
考えを巡らせてから、答えるりんか。
「ランキング戦? 何それ」
月夜は初めて聞く言葉を復唱する。
「簡単に言うと、2、3年のチームでそれぞれ模擬戦をして戦績を競うの。最優秀のチームは学院長が願いを叶えてくれるんだよ」
「願いを? そんな事出来るの?」
「学院長なら願いの1つや2つ楽勝だよ」
「どんな願いでも?」
信じられないとでも言いたげな月夜。
「大概は大丈夫だと思うよ。学院長の魔法はそういう力だから」
「願いを叶える魔法? そんなすごい魔法があるの?」
「もちろん。色々な制限はあるみたいだけどね」
それにしてもすごい魔法だよねと続けるりんか。
「話を戻すけど、月君が入るかどうかはともかく、紅さん達なら3年生相手でもいい結果が期待出来るんじゃないかな」
それに、と一度言葉を切って、りんかは含みを込めて口を開く。
「月君達のクラスには彼女もいるしね」
その言葉を聞いて、思い当たる事があるのか、顔をしかめる司。
司とは対照的に、あとの3人は何を言ってるのか見当がつかず顔を見合わせる。
「彼女って誰の事?」
「学院長の孫娘。ポテンシャルだけなら、間違いなく学院で一番の存在だよ」
ポテンシャルだけならに重きを置いて語るりんか。
「学院長の孫娘か。会ってみたいな。2人は知ってるの?」
「俺も会ったことはないので、名前くらいは知ってますけど」
月夜の問いに、雷太と雪野は首を横に振る。
「同じクラスで見たことないって事は、あの子だよね。名前の読み方が分からないけど」
月夜は以前見たクラスの名簿を頭に思い浮かべながら質問する。
「そうですね。たしか夜夜中 夜夜だったと思います」
「夜夜中さんか。私たち同じクラスでもまだ会った事ないのに、りんかちゃんはあるの?」
「そだね。私と月君とやよちは去年同じクラスだったから」
なぜか苦虫を噛みつぶしたような表情で答えるりんか。
言葉こそ発しないが、司もいつも以上に面倒そうな表情になる。
「2人ともその表情はどうしたの?」
「やよちの事を思い出すとね。まあ、会えば分かるよ」
いつも快活なりんかにあんな表情をさせる人物に、一抹の不安を覚える月夜。
「会ってみたいな。学院に来てないって事は普段何してるの?」
「普段は学院長のお願いで、学外で調べ物や、ちょっとした魔物退治とかをしてるんだって」
「それって危ないんじゃないの? 大丈夫なのかな」
魔物退治と聞いて、心配な表情になる月夜。
「大丈夫だと思うよ。学院長にまかされるだけあって、経験や実力はある子だから」
「同じ歳なのに、もう実戦の経験があるなんてすごいな。ますます会ってみたくなったよ」
「いろんな意味で刺激的だけど、あまり期待しないようにね」
新しい出会いに期待を膨らませる月夜に、苦々しい表情のままのりんか。
月夜はハタと気づいたように、そういえばと切り出す。
「りんかちゃんはここに居ていいの? 測定とかチーム決めは?」
「私は大丈夫だよ。もうチームは決めたし、魔力だって測定するまでもないもの」
測定するまでもないという言葉に、どういう事かと考えこむ月夜。
「あれ、言ってなかったっけ。私、魔法は使えないんだよ」
「そうなんだ。司と一緒だね」
司と一緒と言われ、一瞬困惑するりんかだったが、すぐに元の快活な笑みを貼り付ける。
「ああ、そうなるかな。でも気を使う必要とかないからね。私には知識や情報がある」
「情報?」
小首を傾げる月夜。
「そう。情報。情報は大事だよ。戦う前に勝利する。情報を制する物は戦いを制す。これが私のモットーだから」
ふふんと胸を反らし自慢げに語るりんか。
「なんか格好良い台詞だね」
「さすが成績トップは言うことが違いますね」
月夜と雷太が関心したように言う。
「まあ、いくら情報を集めて対策を立てても、超えられない現実ってのはあるものだけどね」
少し切なさのある表情で司を一瞥するりんか。
司はりんかの視線には気づいていたが、不機嫌そうに鼻を鳴らしただけで、特に応えなかった。
そんな2人を見て、やや気まずそうにしながら月夜が口を開く。
「でも、1人で無理でも、皆で力を合わせれば出来るんじゃないかな」
「何を勘違いしたのか知らないが、俺たちは無力な事が嫌なんじゃない。魔法がなかろうと、俺はしたい事はするし、それ以外の事はどうだっていい」
司の言葉を聞いて、月夜は肩を竦める。
「司はいつだってぶれないね。その強さはすごいと思うけど」
「月君の言う事も一理あるよ。私だって超えられない事があると知っていても、それでも止まるつもりはないからさ」
「格好良いな。私も負けずに頑張らなきゃ」
りんかの台詞に感心する月夜。
「そうは言っても今日は魔力を測る日だからね。私も今後の為に偵察がてら付き合わせてよ」
「偵察とは正直だね」
「さっきも言ったでしょ。情報は大事だからね」
呆れ気味に言う月夜に対して、戯けたように返すりんか。
「じゃあ、また後でね」
言うが早いか、りんかは司と一緒に何処かへ行ってしまう。
「司も行っちゃうんだ」
少し悲しそうな月夜の呟きだけが残った。
☽☽☽
昼食も取り終え、午後からは魔力測定の時間だ。
2年生の生徒の大半が体育館に集まっている。
月夜達3人も会場に着き、測定の順番が来るのを待っている。
司の姿をキョロキョロと探していた月夜の背中に、声が掛けられる。
「やっほ、さっきぶりだね。3人方」
月夜が振り返ると、何故か少し疲れた表情のりんかと司が居た。
「2人ともなんだか疲れてる?」
「ちょっと、月君の用事に付き合ってたから」
やれやれと肩を竦めるりんか。
「そんな事より、いよいよ測定だね。楽しみだな」
新しい情報が得られるのが嬉しいのか、目を輝かせているりんか。
「なんだかちょっと緊張してきた」
初めての事に、少し緊張の色を滲ませる月夜。
「緊張する事はないですよ。ちょっと水晶に手を置くだけですから」
昨年も経験してる雷太が、月夜の緊張を解そうとする。
「不思議だよね。水晶でどうやって分かるんだろ?」
「あれは学院長の特製だしね。手を乗せたら人によって違う色になるんだ。火系なら赤、水系なら青みたいに。あとは、輝きが強ければ強い程魔力が高いんだよ」
月夜の疑問に、ふふんと自慢げにりんかが答える。
りんかの言葉を聞きながら、パーティションで仕切られた向こう側を見ようとする月夜。
「どうだった? 結果見せて」
「去年より少し成長してた」
「まじか。俺は成長なしだったわ」
周りでは測定を終えた生徒達が、結果に一喜一憂している。
その光景を司は興味なさげに一瞥する。
不愉快そうに見えた司を心配する月夜。
「司、なんだかつまらないって顔してるね」
「気にしないで。月君はいつもこういう感じだから」
「その通りだが。人から言われると少し腹が立つな」
苛立つ司に、片目を瞑り舌を出し、戯けて返すりんか。
「それより、そろそろ順番が来るよ。まずは、轟君からかな」
「そうですね。では行ってきます。ちょっとだけ待ってろよ雪野」
雪野の頭をポンポンと叩き、仕切りの向こうに入っていく雷太。
待ってろと言われた雪野は、不安そうに雷太が向かった先を眺めている。
「りんかちゃんと司も仲良いけど、轟君と冬季さんもよく一緒にいるね」
雪野の事を気遣って、言葉を掛ける月夜。
「・・・・・・雷太は私を守ってくれるの。そう約束したから」
遠い目をしてポツリと呟く雪野。
「そうなんだ。大切に思われてるんだね」
月夜の言葉が嬉しかったのか、少しハニカム雪野。
「・・・・・・うん」
雪野の短いうなずきの後、暫く沈黙が続く。
気まずい沈黙をどうしようか、月夜が思案を巡らせていると、測定が終わったのか雷太が戻ってくる。
「終わりました。雪野、大丈夫だったか」
雷太の問いに首肯だけで返す雪野。
「そか。じゃあ次、お前だぞ。行ってこい」
雷太に見送られながら、今度は雪野が測定に向かう。
「轟君早かったね。どうだった?」
「こんな感じです」
月夜の言葉に、雷太は手に持った紙を見せる事で返答する。
その紙には、測定の情報が載っていた。
「魔力A、光の色は赤。さすがだね」
差し出された紙をひょいと覗き込んで、りんかが感想を言う。
「Aって高いの?」
「そうだね。5段階評価みたいなものでS~Dまであるの。Aは普通の人ならかなり高いよ。Sまでいくと何らかの才能とかも関係してくるんだ」
「そうなんだ。じゃあ轟君は強いんだね。すごいじゃん」
「それほどでもないですよ。それにこの測定は飽くまでも、魔力を計るだけですから」
月夜の純粋な賞賛の言葉に、照れ隠しなのか、謙遜する雷太。
「それに、俺は雪野を守ってやらないといけませんから」
ぽつりとこぼれた雷太の呟きを耳にして、司がふんっと鼻で笑う。
「何がおかしい」
馬鹿にされたと思ったのか、抗議の視線を送る雷太。
「別に。お前が気づいてないのなら、俺が教えてやる義理はないだろ」
司の言葉の意味が分からず、苛立ちを募らせる雷太。
2人の間の空気を何とかしようと、月夜が割って入ろうとしたその時、雪野が測定を終え戻ってくる。
「・・・・・・雷太」
制服の裾をつまみ、上目遣いで不安気に雷太を見る雪野。
「おう。どうした? 怖い事でもあったか」
「・・・・・・本当に氷系の魔法か訊かれた」
「? お前は前からそうなのにな。結果見せてみろよ」
雪野の事を心配しながらも、不思議そうに首を傾げ、雪野から結果を受け取る雷太。
月夜やりんかも興味ありげに、結果を覗き込む。
「な!? 魔力S」
結果を見て絶句する雷太。
「なるほどね。そういうこと」
りんかは合点がいったというように、司に視線を送る。
「お前、去年は俺と同じくらいだったよな。成長したのか?」
未だ、驚きを隠せない雷太。
守るべき対象の雪野が、自分より成長している事に複雑な感情が渦巻く。
「・・・・・・雷太?」
皆の様子に不安を感じたように、雪野が小首を傾げる。
その弱々しい態度を見て、雷太は今までの自分の発言を反省するように、首を左右に振って気持ちを切り替える。
「なんでもないよ。良かったじゃないか雪野。お前強くなってるぜ」
「・・・・・・良い事なの?」
「ああ。お前が強くなれば、俺も鼻が高い」
「・・・・・・そっか」
雷太の言葉に安心したように、微笑む雪野。
その笑みを見て、雷太もまた踏みとどまれた事に安堵する。
「それにしても、冬季さんも強いんだね」
重たくなった空気を元に戻すように、月夜が出来るだけ明るく言葉を発する。
「次は私の番だね。どんな結果か楽しみだな」
果たして、自分はどんな結果になるのか、期待半分、不安半分で月夜は測定を受けに向かった。
☽☽☽
パーティションを抜けると、先ほど話に聞いた通り、水晶玉が置いてあり、その横には担任の夢先生が居た。
「こんにちは。紅さんは初めての測定ですよね。まずそこに座って水晶に手を乗せて下さい」
夢に促されるまま、椅子に座り水晶に手を乗せる月夜。
「そのまま少しリラックスしててね」
「はい」
言われた通りにリラックスして、手を乗せた水晶をぼうっと見る月夜。
少しして水晶に変化が起きる。薄く銀色に光り出したかと思えば、その輝きは目が眩む程の強さへと移ろう。
「はい、手を離していいわよ」
手を離すと、水晶は元の姿に戻る。
「お疲れ様。測定は終わりね」
意外と簡単に終わった事に拍子抜けしながらも、結果を待つ月夜。
だが、夢は小さく唸りながら何事か考え込んでいる。
「あの、何かありました?」
月夜の疑問に、「ごめんね」と返す夢。
「紅さんは輝きの強さから見て、魔力が高いのは間違いないの。たぶんSランクね。ただ珍しい色の光りだったから、系統が分からなくて」
申し訳なさそうな夢に、何を言おうか月夜が考えていると、不意の別の声が割り込んでくる。
「なにやら珍しい魔力を感じたけど、どうしたんだい?」
声がした方を見ると、いつのまにか学院長がそこに立っていた。
今までの事を学院長に説明する夢。
「銀の光ね。へえ、面白い事になったね」
学院長が訳知り顔で月夜を見る。
「面白いってどういう事ですか?」
「そうだね。その色の光りは、家の孫娘と同じ色なんだ」
「それって、もしかして」
学院長の話を聞き、夢が息をのむ。
「ああ、紅。あんたの魔法は神代の魔法さね。珍しい魔法だよ。誰に教わった?」
「お母さんですけど。神代の魔法って何が違うんですか」
いまいち、ピンときてないように、月夜が小首を傾げながら問う。
「簡単に言うと、神代の方が強力な魔法が多かったのよ」
「そうなんですか」
「神代の魔法。俗に言う失われた魔法ってやつね。神と人が暮らしてた時代、それは現代よりも神秘の割合が高かった」
月夜の疑問に夢が説明を始める。
「神秘が高いって事は、単純に魔素が多いって事だから、使う魔法も強くなるの。それに、今ではもう見られなくなった魔素も存在していたらしいの。その失われた魔素を使えるのが、紅さんの魔法ね」
「失われているのに使えるんですか?」
少し興奮ぎみの夢の説明は伝わらず、月夜はさらに困惑する。
「ごめんなさいね。少し語弊のある言い方だったわ。より正確に言えば魔素自体は存在しているけど、現代のほとんどの人はそれを使う事が出来ないの。でも紅さんはそんな珍しい魔素を使って、魔法を作っている、という事よ」
「自覚はないですが。私は珍しい魔法を使っていたという事ですね」
急に説明を受け、やはり理解は難しかったが、なんとなくで飲み込む月夜。
「それで紅月夜。お前の魔法は何が出来る?」
夢の説明が一段落し、学院長が質問してくる。
「そうですね。私の魔法は回復とか強化が出来るんですけど、主には祈りを捧げてるだけです」
「祈りを聞き届けてもらってると?」
「それは分かりません。私が勝手に祈ってるだけですので」
「なるほど」
月夜の話を聞いて、1人納得する学院長。
「確証はないけどね、おそらく紅が使うのは光系の魔法だろうよ。魔力量も十分なようだし、貴重な若者が来てくれて嬉しいよ」
これからも励んでくれよ。という言葉と共に、測定の結果を書いた紙が渡される。
これで測定は終わりという事らしい。自分がなにやら珍しい魔法を使うらしいという事と、魔力も高いらしいという事は分かった。
特に意識はしていなかったが、自分がどうやら強い方なのだと気づき、自ずと背筋を伸ばす。
待っている皆の元に戻ろうとした時に、パーティションを抜け司が入って来る。
「あれ、司どうしたの?」
「ふん。そろそろお前の結果が出た頃だろうと思ってな」
月夜の疑問に、相変わらず不機嫌そうに答える司。
「なんだい、クソガキ。仕切りをしてる意味が分からないのかい。測定は順番だよ」
「馬鹿かクソババア。俺は、俺の無力をこいつに証明する為にここにいるんだよ。こいつの目の前で測ってやらないと意味ないだろうが」
「全く、あんたはなんでそういつも身勝手なんだい」
「俺は、やりたい事をやりたい時にするだけだ。俺以外のやつの都合なんて知るか」
学院長相手でも、主張を曲げない司はそのまま水晶に手を伸ばし、勝手に測定を進めようとする。
「おい、紅。今から白黒つけてやる。俺の無能っぷりをしっかり見とくんだな」
「駄目な方にすごい自信だね」
呆れながら呟く月夜には目をくれず、司は水晶に置いた手に力を込める。
その光景を見ながら、月夜は密かに期待していた。
司と初めて会った日、彼は確かに敵の魔法を砕いた。あれは、なんらかの魔法なしでは不可能だ。
それに月夜自身、対処出来ない程の魔法を砕く力だ。それほどの強さの魔法となるともしかしたら。
思考を巡らしながらも、固唾をのんで、司の様子を見守る月夜。
だがいつまで経っても、水晶にはなんの輝きも起きず、静寂だけがその場にあった。
「えーと、これだけ水晶に変化がないって事は、月導君には魔力がないって事ですね」
沈黙を破るように、夢が測定結果を口に出す。
「ああ、だろうな」
「うそ!?」
結果を聞き、信じられないという風に絶句する月夜に、ざまあ見ろとでも言いたげな司。
「嘘ではないですよ。正真正銘、月導君は無能力ですね」
「これで分かったろ。俺は魔法を使えない」
「え? でも、あの時」
月夜は困惑してうつむき、途切れた言葉の続きを思考する。
じゃあ、あの時の事はなんだったのか。魔法を使わずに相手の魔法を退けた? それも殴るだけという方法で? そんな事はありえない、はずだ。それならば、あの光景は見間違えだったと言われた方がまだ納得がいく。
「これで満足したろ」
満足などするはずもなく、余計に考えがまとまらなくなっただけの月夜を置いて、目的を果たした司は、さっさとその場を後にする。
「あ、司ちょっと待ってよ」
月夜も置いていかれまいと、あわてて司の後を追う。
去り際に、先生達へ一礼をして出て行った月夜を見て、溜息交じりに学院長が呟く。
「やれやれ。相変わらず身勝手なガキだね。紅も苦労するだろうさ」
「そうですね。でも私は、紅さんに少しだけ期待しちゃいます」
「そうなるといいけどね。なにせあのガキの頑固っぷりは筋金入りだからね」
学院長はうんざりしたように、2度目の溜息をつき、2人が出て行った方を見つめていた。
☽☽☽
「あ、おかえり。どうだった?」
司と月夜が測定を終え、元の場所に戻ると、りんかが目を輝かせて訊いてきた。
「俺は無能力だった」
返事をし、結果が書かれた紙を無造作にりんかに向けて放る司。
「っとと。月君の事は知ってるよ。私が気になるのは紅さんの方」
放られた紙を受け取り、軽く目を通し、すぐに月夜に視線を移すりんか。
「ああ、私? 私は魔力Sだったよ」
心ここにあらずとぼんやり返事をする月夜。
「やっぱり、私の目に狂いはなかったね。大したものだよ」
「すごいじゃないですか。さすがですね」
りんかと雷太の賞賛の言葉にも、どこか反応が薄い月夜。
「紅さんどうかした? まあ、大体予想はつくけど」
月夜の事を心配しながらも、司を半眼で睨むりんか。
「んだよ。そいつが勝手に勘違いしただけだろ」
「だとしても、月君みたいにいつも自信満々な態度じゃあ、何かあるのかなって普通は思うものなの」
「そんな事知るかよ。お前らの勝手な価値観で俺を見るんじゃない」
やれやれと少し呆れたようなりんかに、面倒そうな司。
「じゃあ、いったん月君の事は置いといて」
そう言って、先ほどから考え込んでいる月夜の肩に手を置くりんか。
「ほら、紅さんも。月君の事は置いといて、とりあえず無能力って事で納得してあげて」
ね? と念押ししてくるりんか。
「月君はああいう性格だから、詳しい事はいつか分かるよ」
月夜の隣に行き、耳打ちするりんか。
「いつか?」
「そう」
月夜から少し離れ、いたずらっぽく微笑むりんか。
「ただ、私から断言出来るのは、測定の結果は本物。月君に魔力はない。それは嘘偽りない事実だよ」
「でも・・・・・・」
「そんな事より」
口を開きかけた月夜を制し、強引に話題を変えるりんか。
「紅さんはどんな魔法を使えるの?」
「え? 私もよくは分からないのだけど、神代の魔法だとか言ってたかな」
司の事は気になるが、これ以上聞けそうにないので、仕方なく話題を会わせる月夜。
「神代か。なるほどね」
「なんで、そんなに冷静に流してるんですか! 神代ってつまり失われた魔法ってやつですよね」
得心がいったようなりんかの態度に、雷太が抗議の声をあげる。
「なんとなく紅さんならそのくらいかなって思ってたから。それで、具体的には何が出来る魔法なの?」
「そうだね。回復とかかな。あとは、光で攻撃したりかな」
「なるほど。回復出来るなんてすごいね」
「正確には、私は祈るだけ。祈りを聞いてもらってるんだ」
月夜の言葉の後、一瞬司に目を向けるりんか。
「回復に、光、祈りの魔法か」
1人で考え込むように呟きをもらすりんか。
「何か知ってるの?」
「ごめんね。やっぱよく分かんないや。でも珍しくて貴重な力だって事は分かるよ」
「回復が出来て、神代の魔法で、魔力はSなんて。紅さんはなんて言うか、ものすごい人なんですね!」
曖昧に笑うりんかに、興奮が隠しきれない様子の雷太。
「そんな事ないよ。私は普通だよ」
雷太の純粋な賛辞に、照れくさそうにする月夜。
「そういえば、その魔法は生まれつき?」
「詳しくは分からないけど、魔法の使い方はお母さんに教わったんだ」
「そうか。お母さんにね」
引っかかる事でもあったのか、少し思案するりんか。
「ねえ、月君はどう思う?」
「興味ないな。そんな事より俺はもう行く。用事は済んだからな」
りんかの問いを面倒そうに一蹴すると、ズカズカと無造作な足取りで行ってしまう司。
「あ。月君、ちょっと待ってよ。私も行く」
りんかは聞く耳を持たない司をあわてて追いかける。
「そうだ。唐突だけど、お三方は月が紅くなった理由って知ってる?」
去り際に、藪から棒な質問をしてくるりんか。
「いや、知らないな」
雷太が答え、他の2人も同意する。
「私も答えは知らないんだけどね。1つ面白い意見があるんだよ。曰く、月が紅くなったのは、神々の血に染まったからだ。ってね」
片目を閉じて、舌を出し、おちゃらけたように話すりんか。
「まあ、ただの頭のおかしいカルト団体の意見なんだけどね」
「どうして、私たちにその事を」
「気まぐれだよ。いくら友達とはいえ、月君にばかり肩入れするのもよくないかなって」
「気まぐれ? もうちょっと詳しく」
「また今度ね。あ! 月君待ってって。もう」
本当に1人去っていく司を、慌てて追いかけるりんか。
月が紅くなった理由。今まで深く考えた事はなかったが、りんかの台詞がやけに気になった。
今度ゆっくり聞いてみようと思い、月夜は去って行く2人の背中を見送った。
「月君。やっと追いついた」
先に会場を出ていた司に、追いつき声をかけるりんか。
「置いてくなんて、ほんと月君らしいな」
「ふん。用事が済んだんだ。もういる意味はないだろ」
面倒くさそうに言う司。
「やれやれだね。ルームメートとくらい仲良くしなよ」
「俺の勝手だろ。それよりお前から見てあいつはどうなんだよ」
「ん? どうって、良い子だよね。ただ月君は苦手なタイプだろうけど」
少し間を置き、続きを話すりんか。
「でも月君が訊いてるのは、そういう事じゃないんだよね」
「分かってるんなら結論を言え」
「はいはい。結論を言っちゃうと、断言は出来ないけど、月夜ちゃんの魔法は天使魔法ってやつだろうね」
「天使魔法」
「たぶんね。あと、話を聞く限りでは、天使魔法【光】だと思う。祈るという独特な魔法の使い方に光、回復というキーワードがあったからね」
「それだけ分かっていて、多分か」
りんかは空を見上げ唸るような素振りをする。
「そこなんだよね。天使魔法ってその名の通り、かつて天使が使っていた魔法なの。逆に言うと、天使以外は上手く使えないはずなんだよね。でも、どう見ても月夜ちゃんは人間だし、おかしいなって」
「だったら、ただ魔力が強いだけの似た魔法なんじゃないのか」
「その線もあるかもね。どっちにしろ実際に見てみないと分からないかな」
何故か楽しそうに語るりんか。
「何がそんなに楽しいんだ」
「何ってそれは未知かな。私は、物知りお姉さんを自称してるけど、それでも未だに知らない事がある。それを知るチャンスがあるかもと思うと、わくわくが止まらないね」
目を輝かせ、心の底から楽しそうに話すりんか。
「まあ、俺には関係のない事だ」
「まあね。でも私は楽しいよ。情報は大事だからね、私たちのチームの為にも」
「偵察がてらとは、良い性格してるな」
「月君だって、月夜ちゃんを否定する為だけに今日来たんでしょ。十分良い性格してると思うな」
「付きまとわれるのは面倒だからな」
「一緒の部屋で暮らしてるのに」
やれやれと呆れた表情で返すりんか。
「そんな事より、とっとと用事を済ますぞ。もう、近くに居るんだろ?」
「そうだね。今から行く?」
「当たり前だ」
「その優しさを、少しは月夜ちゃんにも見せてあげたらいいのに」
「余計なお世話だ。なぜ俺が遣いたくもない気を遣わないといけない」
「それでこそ月君だよ」
至極あっさりと言い放つ司に、呆れ気味のりんか。
そのまま2人は軽口を叩き合いながら、校舎の外に消えていった。
この物語を読んでくれた事に、最大の感謝を。