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紅い月  作者: ソムク
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エピローグ③ 世界の音

 学院の襲撃から2週間が経った。

 学院長や3年生も戻って来て、あんな事件があったのが嘘のように学院はいつも通りだ。

 体育館も学院長が修復し、もう通常通りに授業も行われている。

 月夜達のクラスでは、3人の事がにわかに話題になっていた。

 襲撃者から学院を守った事が評価されたみたいなのだが、月夜達からしたら何もしていないという認識なのでクラスの温度感とズレがある。

 それもこれも、今は別の仕事に行ってしまった夜夜が学院を離れる前に、司の事は言わずに全部月夜達の手柄としてクラスはおろか学院中に風潮して回ったのが原因だろう。

「だってツッキーは既にヤバいやつ認定はされてるから。月夜ちゃん達の凄さを言いふらした方がいいじゃん? 自分達の手柄じゃない? それは認識の違いだしどうだっていいんだよ。今から私は別の仕事に行くし、その前に色々言いふらして行くからさ。それこそが真実になるんだよ」

 というのが確信犯の言。

 月夜としては、何もしてないのに持ち上げられるのは居心地が悪いし、雷太や雪野も同じ気持ちのようだった。

 そんな訳で教室は居心地が良くなく、月夜達はなんとなく廊下に佇んでいる。

「どうしたの、3人ともこんな所で。学院を守った英雄でしょ」

 手持ち無沙汰だった月夜達に、からかうような笑みのりんかが話しかけてくる。

「そんなんじゃないから居心地悪くてさ」

「知ってるけど謙遜することないって。実際生き残った訳だし犠牲者も出なかった。月夜ちゃんは火傷の跡も残らないし、雷太君は後遺症もない。ほぼ完全勝利だよ」

「それが自らの功績ならな」

 笑顔で話すりんかとは対照的に、沈んだ顔の雷太。

「君達の功績だよ。雷太君が体育館の天井を壊さなければ月君は静観してたんだから。月君を引き出した君達の功績さ」

「それだと結局月導のおかげだろう」

「やれやれ。ネガティブな思考は良くないよ。なんとかなったんだからOK。人は過去を見たまま前には進めないんだからさ」

 わざとらしく首を振りながら、遠い目をするりんか。

「うん、それもそうかな。なら少しずつ皆の描く理想に近づけるようにしなくちゃね。それはそうと、司の魔法についてりんかちゃん何か知ってる?」

「あー、やっぱそれ気になっちゃう? 月君結構派手にやってたみたいだしね」

「あんなの見た事ないよ。司は魔法使えない筈だし、召喚なんて今の魔法理論に反するし」

「何でも知ってるお姉さんの私は当然その疑問への答えは持ってるけど。また今度落ち着いて話そうか」

 あの現場を見ていまさら司が無能力なんて信じる人はいないだろう。

 なにかしらの能力は持ってるのだが、これまでの経緯を考えると釈然としない事がいくつもある。

「まあ1つはっきりさせておこうか。月君は魔法は使える。あまり使いたがらないけど。ただし月君には魔力がない。だから魔力測定ではあんな結果なんだよ」

「ちょっと言ってる意味が分からないけど、魔力がないと魔法は使えないでしょ?」

「あれは月君のではなく人から貰った魔法だからね」

 りんかの言ってる意味が分からず首を傾げていた月夜が、さらに顔を歪ませて疑問を深める。

「それくらい月君の力は異質って事だよ。まあその辺も今度話そうか」

 謎を残すだけ残し、りんかはヒラヒラと手を振りながら去って行く。

 その後教室に戻り1日を過ごした月夜達。

 放課後になる頃には、少しだけ今の環境にも慣れ始めていた。

 特に何かする予定もなく、雷太達と別れた後は寮の部屋に戻る。

 玄関のドアを開けて中に入ると、珍しく先客が出迎えてくれた。

「ニャー」

「あれ? レムちゃんどうしたの? 珍しいね」

 体に月の模様がある黒猫、レムは普段部屋に居ない事が多い。加えて、何故か月夜には懐いていないらしくお出迎えをしてくれるなんて初めての事だ。

 頬を緩ませながら、普段は触れないモフモフに手を伸ばすと、柔らかく温かい感覚が指に伝わり、レムも気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

「君の家族はどうしたのかな?」

 猫なで声で問いかける月夜に対して、ミャーと鳴いて首を傾げるレム。

 まるで月夜の言葉を理解しているかのような振る舞いに、以前レムは賢いと言っていた司の事を思い出す。

「レムちゃんも分からないか。全く自由というか身勝手というか」

「ミャ」

 本当だよとでも言いたげに頷くレムを見て、感心し笑顔になる月夜。

 月夜はレムを撫でながら、どうしようかなと思う。というのも、何故か今司と話しておかないといけないような気分になっているからだ。

 何故そう思ったのか、レムを見たからだろうか? だがとりあえず司と話したい。

 月夜はふと思い至った場所に行ってみる事にした。

 レムに別れを告げ、部屋を出て行く月夜。そのまま、司がいそうな所に足を運ぶ。

 すっかり暗くなってきて魔物の発生を心配する月夜。ふと思い返してみると、あの襲撃の日以来魔物の発生も落ち着いているような気もする。

 あの日以来? 自分の考えた何かに引っかかりを覚える月夜。

「やっぱりこんな所に居た」

 月夜が思った通りの場所に司は居た。

「チッ。なんの用だ」

「いや、なんか司と話したいなって思ったから」

「そうか。俺は特に話す事はない」

「はいはい。隣いい?」

 いつも通り面倒そうな司の事は気にせずに、さらっと横に座る月夜。

「司いつもここに居たの?」

 ここというのは、件の体育館の上である。補習がすんだ屋根の上に、司は器用に寝転がっていた。

 月夜としては正直こんな所に居るよりは、寮の部屋にいる方がよっぽどましなのではと思うのだが司はそうでもないらしい。

「いつも居る訳ではないな」

「でもこの前も居たよね。お気に入りなの?」

「・・・・・・まあ、よくは居るな」

「そうなんだ。あ、ここも星が綺麗に見えるんだね」

 司の見ていた方向に目を向けて見ると、綺麗な星空が広がっていた。

「そういえば部屋にレムちゃんが居たよ。司帰らなくていいの?」

「あいつだってやりたいようにやってるんだ。別にいいだろ」

「そっか。この前はありがとうね。司が来なかったら危なかったよ」

「別にお前の為じゃない」

「そうだよね。司ならそう言うと思った」

「そうか」

「そういえば、あの狂夜って人まだ目覚めないんだよ。司やりすぎ」

「そうか」

 お気に入りの場所に月夜が来た事が嫌なのか、それともただ単に面倒だからか、月夜が気を遣って出す言葉に司は気のない返事を繰り返す。

 月夜は少し場を和ませてから切りだそうとしていた言葉を口に出そうかどうか悩む。

 まだ気まずいと思うが、よく考えたらこんな所まで追ってきてる時点で司的には十分うざいのではないだろうか。それでなくても、何故か月夜は司から明確に嫌われているのだ。

「司、魔法使えたんだね」

 だから月夜は言葉を発した。緊張して微妙にうわずった声になってしまったが、気になっていた事の1つを切り出した。

 怖々しながら司の顔を見る月夜。だが、司は空を見てるだけで顔は合わない。司からの返事もない。

 やはり聞いてはいけない事だったのか。司はこういうパーソナルな部分に触れられるのを嫌う人。そんな印象は持っていたのだが。

「そうだな」

 意外な事に司から短い肯定の言葉が出た。

「だって司魔力はないって。魔力測定だって。でも、なんで」

 月夜は目を見開き矢継ぎ早に質問しようとしたが、言葉が出てこずパクパクと口だけを開閉する。

「俺に魔力はない。だから測定の結果も嘘ではない。あれは個人の魔力を測る物だからな。りんかに聞かなかったのか?」

「たしかに、聞いてたけど。でも言ってる意味が分からないし、理解出来なかったから」

「俺の魔法は、俺の魔法じゃない。人から押しつけられた物だ」

 人から魔法を貰うなんて聞いた事がない。改めて本人から聞いても何を言ってるのかさっぱり分からないが、押しつけられたと司は言った。ならばやはり司は困ってるのだろうか。

「司はその魔法嫌いなの?」

「魔法に対して好きも嫌いもねえよ。俺は力がある、それだけだ」

「でも司、魔法使いたがらないよね? つらいのならその魔法なんとかする方法一緒に考えようか」

「別に今さら困ってねえよ。魔法を使わないのは周りが雑魚過ぎるからだ」

 司からはあまり踏み込むなという空気を感じる。

「そっか。困ったら言ってよ」

 月夜は司が本当に困っているのなら、無理矢理にでも聞きだそうという覚悟を持っていた。でも月夜が見た司の表情は、珍しく何処かほんの少しだけ優しげな表情に見えた。

「ところで、司の魔法がどんな物か聞いてもいいかな。召喚とか?」

「チッ。そんなんじゃない」

「じゃああの龍はなんだったの。たしかに熱かったから幻覚とかではないよね」

「面倒だな。一言じゃ言いにくいんだよ」

「ええー、何それ。どんな事をやってるかくらい分かるよね」

「チッ。分解と再構成だ」

 心底面倒そうにしながら渋々と口にする司。

 分解と再構成。そう聞いて首を傾げる月夜。それは魔法なのだろうか。いや、それよりも。

「それはおかしいよ。あの龍みたいなのを再構成するにしても質量が足りないじゃん」

「どうでもいい。出来るんだから仕方ないだろ。俺の魔法じゃないし詳しくは知らない」

 つまり司も感覚でしか分からないという事だろうか。もし司の言葉を信じるとしても、だとしたら司のあの常人離れした身体能力はどう説明するのだろうか。

 疑問は尽きないが、司からこれ以上説明は続きそうではなかった。

「司の力についても、今度一緒に調べようか?」

「別にいい。構うな」

「自分の力が分からないって不便じゃないの?」

「俺は俺のやりたいようにやるだけだ。不便はない」

「そっか。なら良かった」

 相変わらず不機嫌そうな司の態度に、月夜もあまり言葉を続けられない。

 なんとなく座っているのも疲れてきて、司と同じように体を寝かせる月夜。

 会話は終わったと星を見ている司を見習い、月夜も夜空に燦然と輝く星を見る。

 星々の輝きに紅い月の光が重なり、得も言われぬ不気味さと美しさがある。

「ねえ、司」

「なんだよ」

「あの時、なんで止まったの?」

 あの時とは、司が狂夜に止めをさそうとした瞬間、何故か司は急に踵を返し去って行った。

 月夜のふと思った疑問に対して、無言の回答が返ってくる。月夜の脳裏に似たようなシーンの記憶がよぎる。

「また、世界の音が聞こえた気がした?」

 その言葉を口にした時初めて司と目が合う。以前雷太と戦った司から聞いた言葉。その時の司の表情は月夜の脳裏に刻まれていた。優しく切ないあの表情。

「要らない事をよく覚えてるな」

 皮肉を込めた司の言葉。

「ねえ、聞いてもいいかな?」

 司の皮肉は意に返さず、司の事が知りたくて一歩踏み込む月夜。もしかしなくても迷惑なのだろう。これは振り絞るべきではない、きっと必要の無い勇気。

「世界の音って何? ううん――」

 月夜にも何故そう感じたのかは分からない。その2つが関係するなんて直前までは微塵も思っていなかった。ただ、司の目を覗いているうちにふと、本当にスッと浮かんできた疑問。

「――ヤヨイさんって何?」

 ヤヨイと聞いた瞬間、司の中を喜びも憎しみも混ざったようなぐちゃぐちゃな感情が駆け回る。

 少し表情が崩れた後は黙り込んで何も言わない司。

 やはり聞いては駄目な事だったのかと不安になる月夜だったが、暫くして司が大事な言葉を口にするかのように噛みしめながら言葉を発する。

「そいつ、赤月(あかつき) 夜宵(やよい)は俺にとって唯一の世界。俺の愛する人だ」

 司からそんな言葉が出て来た事。その司の表情が見た事ない屈託なく柔和な表情だった事。そもそも司がそんな事を自分に話してくれた事。

 それら全てに筆舌しがたい驚きを滲ませながら月夜は星空へと目を移していた。

 何故かさっきよりも優しく見える星と紅い月の輝きが、2人を優しく包み込んでいた。


こんな文章を読んで下さりありがとうございます。

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