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紅い月  作者: ソムク
25/31

月導司⓪

 もう駄目だと思った所に、聞こえてきた司の声。

 声がした方を向くと、先ほど雷太が攻撃を逸らして破壊した体育館の天井から、司が飛び降りてくる。

「あ? なんだ、お前ら? こんな所で」

「それはこっちの台詞だよ」

 何事もないかのように着地した司。久しぶりに見た彼の姿に、安心感を覚え、思わず笑顔になる月夜。

「今日だけは感謝しとくぜ」

「は? 感謝? 何言ってんだ」

 一瞬自分達のピンチに駆けつけたのかと思った雷太だったが、司の態度を見てその考えは間違いだった事に気付く。

「俺はただ、のんびり空を見ていた所を邪魔されたから、文句を言いに来ただけだ」

 どうやら雷太が決死の覚悟で防いだ攻撃が、たまたま司の居た所を壊したらしい。

 よく見てみると、少し司の服の袖が焦げていた。

「で、誰の仕業だ? 俺に喧嘩売るとは覚悟は出来ているのか?」

 一目でぼろぼろと分かるような仲間達にも一切容赦なく問い詰める司。

「ハハ。司がいつも通りで、逆に気が抜けちゃった」

「別にお前らが何処で誰と殺し合いをしようが勝手だが、俺の邪魔をしたのは許せねえな」

「月導、お前この状況でよくそんな失礼な事言えるな」

「だからお前らの事なんか知るかよ。勝手に挑んで勝手に負けてろ。俺には関係ないし興味ない」

「私は回復に時間使うから、あとはお願い。ちなみに天井を壊したのはそこの人だから」

 しれっと狂夜を指差し、罪をなすりつける月夜。

「ッチ。俺に指図するな」

 いつも通り面倒くさそうにしている司。

 そんな司に唐突に黒い炎の槍が襲いかかるが、司に当たった瞬間に炎が消える。

「あ?」

「どうして、そちらはもう勝ったみたいな空気になっているのでしょう。それに不思議ですね。あなたからは魔力は特に感じないのに、何故攻撃が効かないのですか」

「ッチ。三下が。お前が俺の邪魔をしたのか?」

 三下を呼ばれ、眉をピクッとつり上げる狂夜。

「ええ。私の攻撃が原因なのは間違いないです。私は質問に答えましたよ。あなたも先ほどの質問に答えて下さい」

「は? そんな線香花火みたいな雑魚炎が効く方がおかしいだろ。頭沸いてんのか」

「これは厳しい一言ですね。そんなに手を抜いたつもりはないのですが」

「いいから、さっさと俺の道の上からどけよ。それとも死にてえのか」

「怖いですね。死にたくはないですが、そう易々と引き下がるのも癪です」

「ッチ。じゃあこうしようぜ」

 司は心底面倒そうな顔をしながら、床に×印で貼られていたテープの上に移動する。

「3分だ。俺はここから1歩も動かないし、反撃もしない。お前は好きなだけ攻撃しろ。それで俺との格の違いが分かるだろうよ」

 指を3本立てて狂夜に突きつける司。

「全く舐められたものですね」

「3分じゃ不服か? 10分にしてやろうか? それ以上は面倒だがそれくらいなら待ってやるぜ?」

「いえ、3分で結構。それよりそんな提案してそちらは大丈夫なんですか?」

「あ? 言っただろ、格が違うって。もう忘れたのか、鳥頭だな。まあお前程度の三下に頭脳を求めるのは詮無き事だったな」

 司の言葉で、額に青筋を立てる狂夜。

「ええ。承知しました。では一切の手抜き無しで行かせて頂きます。そちらの提案なのですから後悔はしないで下さいよ」

「ああ。さっさと始めろよ、ノロマ野郎」

 司の言葉を皮切りに、無数の黒い炎が、雨あられのように司に降り注ぐ。

 息をつく暇もない連撃に、後ろで控えている月夜達でさえ、その熱だけで倒れそうになる。

 怒濤の攻撃に肩で息をしている狂夜は、司の周りを包み込む黒煙を見て満足そうな表情になる。

「まぐれで私の攻撃を防げて調子に乗りましたね。流石にこの連撃を防ぎきれず跡形もなく吹き飛びましたか」

 勝利を確信する狂夜と、心配そうに司の居た場所を見ている月夜。

「ふわぁ。それで終わりか?」

 煙が晴れると、欠伸をしながら眠そうにしている司が姿を現す。

「な!? 無傷ですと。いったいどういうからくりなんですかね」

 流石に驚愕を隠し切れない狂夜に、焦りの色が浮かび始める。

「小国の軍隊なら殲滅出来るくらいの魔法だったはずなのですが。これは確かに大きな口を叩くだけはありますね」

「1つアドバイスしてやるよ。たかが国の軍隊レベルじゃ駄目だね。俺を殺りたければ、この世界を滅ぼせるくらいの力でやっとスタートラインだ」

「なるほど。だとすると私では役不足ですね。さてどうしましょう」

「諦めて俺の道の上からどけよ」

「はい。次に無理だと、それも一考するとしましょう」

 そのままぶつぶつと何かを唱え始める狂夜。

「まさか、詠唱だと」

 狂夜の様子を見て、雷太が驚きを口にする。

「たしかに久しぶりに見たよ。司大丈夫かな」

「最近は技名を言うだけが主流ですから。よっぽど魔力を乗せたい時以外は使わないです」

 雷太の言う通り、詠唱とはほとんどの者が魔法を使える現代では廃れつつ行為だ。

 明確なイメージの乗せる為に技名だけは唱えるが、それで事足りるのがほとんど。

 より具体的なイメージを固めて、魔力を込めた魔法を使いたい時にしか詠唱はしない。

「月夜さん。流石にこれはヤバいかもしれません」

 先ほど雷太が決死の思いで弾いた黒い太陽が、体育館を覆う程の大きさに膨れ上がる。

 既に周りの壁などが焦げ始めて、その魔力や熱の凄まじさが伝わってくる。

「世界とはいきませんが、この建物くらいは跡形もなく燃やせそうですね」

 詠唱を終え、魔法を放つ前の狂夜が口の端をつり上げる。

「これで終わりですね。終焉の黒炎」

 狂夜の放った攻撃は、司達だけでなく体育館全体を燃え上がらせる。

 火の海の中、勝利を確信して高笑いする狂夜。

「ハハハハ。ガキが調子に乗るからこうなるんですよ」

 念のため司の立っていた位置を凝視して確認する狂夜。

「満足したか」

 その言葉を聞いた瞬間、余裕だった狂夜の表情が一変する。

 次の瞬間には、燃え上がっていた体育館の炎は全部消え、無傷の司達が立っていた。

「な、んで。どうしたら、いいんですか」

「面倒だな。おっと、うっかり1歩動いていたな。お前の勝ちでいいぞ。良かったな」

 煩わしそうな表情をした後、わざとらしく振る舞う司。

「じゃあな。もう俺の道の上に立つなよ」

 そのまま帰ろうとする司を、月夜達が慌てて引き止める。

「え? ちょっと司待ってよ」

「なんでだよ。お前らもさっさと帰ればいいだろ」

「相手はどうするの」

「こんな雑魚残した所で何が出来るんだよ。もう俺にとってはどうでもいいね」

「それは司の基準だからでしょ。他の子達はそうはいかないよ」

「興味ないな。守りたければお前らがやれ。俺には関係ない」

「それが出来るなら苦労はしてないよ」

 月夜が止めるのも聞かずに、司は面倒そうに出て行こうとする。

 未だ満足に動けない月夜達が、口惜しい思いで司を見送っていると、狂夜が突然司の行く道を塞ぐ。

「何の真似だ?」

 不愉快そうに狂夜を睨む司。

「あなた、愛はないんですか?」

「は?」

 ぽつりと呟いた狂夜の言葉を聞き、雰囲気を変える司。

「私は人が好きですよ。人が焼ける匂いが大好きです」

 狂夜は司の事は気にせずに、急に語り始める。

「だから私は人を焼きたいんです。天も私にその力を授けてくれました。私は神にも人を焼く事を認められたんだと嬉しかった。つまり私は人を愛しています。私に最高の感動や興奮を与えてくれる存在ですから!」

 興奮して息を荒くする狂夜。

「あなたみたいな人は初めてです。知りたいんです、焼けるとどんな匂いがするのか。だというのに、なぜあなたは帰ろうとするのです。無関心過ぎます。あなたは、愛を感じた事はないのですか?」

「分かった。……相手してやるよ」

 司が言葉を発した瞬間に、全身が総毛立つ月夜達。

「お前焼ける匂いが好きなんだろ。じゃあ自分が焼ける匂いは知っているのか」

 静かに低い声を発する司に気圧され、後ずさりする狂夜。 

「いいですね。私に勝つ炎なんて存在しない筈ですが」

「それは人間ではって事だろう」

 不敵に笑った司の周りに、魔力が集まるのを感じる月夜達。

「ねえ。司の周りに魔力を感じるんだけど」

「そうですね。まるで何かやろうとしている感じですが」

 魔法を使えない司の行動に頭を悩ませる月夜達。

「見せてやるよ、人では越えられない存在を」

「何をしてくれるんでしょう」

「ドラゴンって知ってるか? お前如きじゃ越えられない火の龍だ。さあ、来いよ、火龍(サラマンダー)

 急激な高熱を感じて思わず月夜が目を閉じる。次に月夜が目を開けた瞬間、目前に巨大な姿が現れていた。

 物語でしか見た事がない、大きな翼と角を持った蛇のような姿。話に聞く龍そのもの。

 燃えるような真っ赤な皮膚に、口からは火が漏れ出ている。

「なん、だと。召喚なんて魔法聞いた事がないぞ」

 驚きに口をあんぐりと開ける雷太。

「さあ、絶望しろ、三下。人間がどこまで出来るのか俺に見せてくれ」

 口の端をつり上げ邪悪に笑う司。

 火龍が足を踏み出すだけで、ズシンと振動が響き、足元が火に包まれる。

 火龍は狂夜を敵と認識し、睨みながら動きを観察している。

「この迫力、張りぼてではなさそうですが、こんな能力聞いた事がありませんね」

 額に汗を滲ませ、じりじりと後ずさりする狂夜。

「尻尾を巻いて逃げるか。出来るのならやってみるといい」

 司の声と共に火龍の鋭い爪が狂夜を襲う。

 既の所で躱した狂夜がすかさず黒炎で反撃をするが、火龍は全く意に介していない。

「これは手も足も出ませんか」

 1発で実力差を理解し、絶望の表情を浮かべる狂夜。

「死にたくなければ、死ぬ気で避けろよ」

 司の合図で、火龍は口に魔力を貯めていく。

 そのまま放たれた火龍のブレスが一閃、体育館を焼き払う。

 命からがら避けようとした狂夜だったが、避けきれず半身を焼かれる。

「グアアア!」

 苦しみもがく狂夜を、火龍が尻尾で追撃し軽々と吹き飛ばす。

 月夜達の横をかすめ、壁に激突する狂夜。

 全身の骨がきしむ音が聞こえてきそうな程激しくぶつかった狂夜は、力なく床に倒れ込みピクリとも動かない。

「たわい無いな」

 司が呟き、指を鳴らすと、火龍がまるで元から居なかったかのようにふわりと消える。

 後に残ったのは所々焦げ半壊した体育館に佇む司と、ぼろぼろの月夜達だけ。

 司はズカズカと狂夜の方に歩いて行き、そのまま無関心にとどめを刺そうとする。

「司! 何しようとしてるの。駄目だよ!」

 司が狂夜の頭蓋を踏み抜く寸前で、月夜が後ろから抱きつき必死に止める。

「あ? こいつは俺の邪魔をしたんだ。生かしておく理由が無い」

「もう動けないじゃん。そこまでする必要はないよ」

「そんな事どうだっていい。俺の邪魔だから排除するだけだ」

「駄目なの。これ以上人を助けられないのは駄目なの」

 司にというより、自分に言い聞かせるように呟く月夜。

「面倒だな。邪魔するんならお前だって容赦しないぞ」

 無感情な低い声で月夜を振りほどく司。

「月夜さん。そいつは本気だ。もういいだろ」

 月夜の考えは分かるが、正直自分達を苦しめた相手だ。そこまでして庇う必要性が理解出来ない雷太。

 まして、司はやると言えばやる。自分の身を危険に晒して敵を守る月夜を、少し恐れの目で見てしまう雷太。

「それでも、駄目なんだよ。罪人だから死んでいい。助けなくていいなんて事はない。しっかりと次の機会を与える事が助けるって事なんだ」

 何度どかされても司に追いすがる月夜。

 面倒そうにしながら月夜を攻撃しようとする司が、一瞬空を見て固まる。

『――さ、め、だよ』

「クソ。興が冷めた。分かったよ、お前らの好きにしろ」

 急に攻撃の意志を無くした司が、月夜を振りほどきズカズカと体育館から出て行く。

 司が去った方向を呆然と見つめる月夜。

「何だったんですかね。色々と」

「……ん。でも、終わった」

 雪野の一言に、無事に全部終わった事を実感する月夜。

「こいつ、どうするんですか?」

「そうだね。とりあえず死なないようにはしてあげないと」

 転がっている狂夜に駆け寄り、少し回復魔法をかける月夜。

「月夜さんは優しいですね」

「そんな事ないよ」

 終わったと実感した途端体の疲れがドッと押し寄せてくる。

「流石に無茶しすぎました」

「そのおかげで私達は今も生きてる。本当にありがとう」

「お互い様ですよ」

「司にもありがとうって言わないと」

「あいつには言わなくていいのでは?」

「かもね。それよりさ、司魔法使ってたよね」

「何かしらはやったみたいですが、さっぱり分かりませんでした」

「本当にね。ああ、考える事一杯あるのに、疲れすぎて駄目だ」

「ハハハ。月夜さんもですか、実は俺もです」

 力なく会話していた月夜と雷太が限界を迎える。

「ごめん。ちょっと、やす、むね」

「おれ、も。わるい、雪野。だれ、か、よんで」

 その後、雪野が呼んで来た夢先生と、応援に駆けつけた夜夜が体育館に駆け込むまで月夜達は床に倒れ込んでいた。

 天井に開いた穴からの雨と、不気味に光る紅い月に見守られながら。


☽☽☽


「クハハ。狂夜のやつ負けてるよ、ウケル」

「当たり前。お兄ちゃんに喧嘩売った時点で終わってた」

 暗闇に紛れ、学院を監視していた生業達が狂夜の負けを笑っていた。

「いやー、でも3年生がいなくても思ってたよりやる連中だね」

「お兄ちゃん以外は雑魚しかいないじゃん。そんな節穴の目ならいらないよね」

「ああ、待って待って。そんな理由で殺されるなんてたまったもんじゃないよ」

「それにその口調気にくわない」

「OK。意識するから。一人称は僕でいい? 私にしようか」

「もう1回は我慢したからいいよね」

「ちょ、ちょっと待って。それよりじゃれてる場合じゃなくない」

 首にナイフを突きつけられながら、横目で虚空を示す生業。

「面倒。そっちは生業に任せて、マカはお兄ちゃんに会いに行く」

 ナイフをしまい、興味をなくしたように生業の元を去って行くマカ。

「全く。自由奔放なんてもんじゃないよ」

「相変わらず大変そうだね」

 愚痴をこぼす生業に、闇の中から声だけが聞こえてくる。

「本当だよ。やる事が山積みで目が回りそう。だからビジネスの話はさっさとすまそうか」

「1人が背負い込む状況は良くないね」

 生業に同情する闇の中の声。

「だって、大事なのはバランスだから」

こんな文章を読んで下さり、ありがとうございます。

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