襲撃
3年生が遠征に行き、学院内は少し静かに感じるようになった。
この間のショッピングモールでの事は、りんかと学院長には報告、相談をした。
学院長は出発前に、結界は強化したのでよっぽどの事がない限り大丈夫と言っていた。
りんかも生業の存在は気になるが、すぐに大きな問題は起こらないと予想していた。
りんか曰く、今学院を攻めても特にメリットはないという事だった。
何かの秘密や武器が隠されている訳ではなく、主力がいない学院を襲っても後から主力組にやり返されて終わりだ。
そう言われれば一理あるような気もしてくる。
ただ雷太と月夜は、漠然とした不安感を抱いていた。
「へい! ボーイ&ガール。何暗い顔してんだい。3年生が居ないってことは今は私達の天下なんだぜ」
授業が終わり、1日元気がなかった雷太と月夜を心配する夜夜。
「お前は能天気で良いな。最近色々あっただろ」
「そんな事知らないよ。過去の事なんて考えてないで、私達は瞬間を生きてるんだから、目の前の一瞬を楽しく生きようぜ」
「でも3年生が居ない分、夜の討伐とか増えてるし、たしかに疲れも溜まってくるよね」
3年生が居なくてもクエストはある。
むしろ、その分2年生が出ないといけないのだが、普段からこんなにやってくれていたのかと思う程に、雑魚討伐のクエストの数が多かった。
「大丈夫だ、問題ない。何て言ったって、私は夜型だからね。ちょうどいい運動くらいの感覚だよ」
「お前はそうでも、俺らは違うんだよ。まだなんとなく魔法を使うのに勇気がいるっていうか」
雷太は雪山での失敗を思い出し、一層顔を暗くする。
「へいへいへーい。だから落ち込むなって、適材適所って言うし、出来ない事は無理にやろうとしない。でも安心してよ。この周辺に出るくらいの雑魚相手なら私1人で十分だからさ」
「なんかお前が気を遣うと変な感じだな」
「嫌だな。そんな褒められると照れちゃうぜ。なんなら私から夢ちゃんに言っといてあげるよ。たしかに最近月夜ちゃん達調子悪そうだったもんね」
「本調子じゃないと言えばたしかにそうかも。でも皆に迷惑かけちゃうし」
「それは大丈夫じゃない? 今の時期はほら、先生の付き添いがあるけど有望な1年生達もクエストに出てるし、頭数は足りてる。むしろ月夜ちゃん達が学院を守ってくれるならそっちの方が安心出来るかな」
「そういうものなのかな」
「そういうものだよ。それに月夜ちゃんなら何かを守る為の方が力を使いやすいでしょ。そうやってリハビリがてら防衛しててよ」
「体の良い言い訳で休んでいる感がすごいのだが」
「もう。調子悪い時は休む。子供だって分かる単純な理屈だよ。ぶっちゃけ1年にめちゃ強い子がいてさ。知ってる? 秋奈ちゃんって言うんだけど。まあ討伐系はその子と私が居れば無問題なんだよね。実際」
「そっか。わかったよ」
気を遣われているのが分かり、少し情けなくなる月夜。
「そんな気負わないでさ。気楽に留守番するくらいの感覚でいなよ。大丈夫、月夜ちゃんも出来る子ちゃんなのは知ってるし、私は信じてるから」
「そうだね。頑張るよ」
これ以上心配をかけないように笑顔を作る月夜。
「おけ。じゃ、いまから夢ちゃんに伝えに行こっか」
今話した内容を先生に相談しようと、荷物を纏めて廊下に出る月夜達。
「あ。良かった、いたいた」
廊下に出るとすぐに、りんかの姿が目に入る。
ちょうど月夜達に用事があったのか、声をかけてくるりんか。
「どうしたの?」
「ちょっと注意喚起をしにきたの」
「注意喚起?」
「そう。最近魔物の数が多いじゃない? そのせいかは分からないけど、昨日の夜犠牲者も出てるからさ」
「何それ、誰か怪我したの?」
「うちの生徒じゃないんだけどね。どうやら未成年で隠れてタバコ吸ってたらしく、そこを魔物に襲われて、運悪くタバコの火が燃え移ってそのまま。確認が出来ないくらい黒焦げだったって」
「不運だとは思うけど。それって結局自己責任じゃん。悪いのはその子達だし、そんなのまで守れって言われても無理だよ」
沈痛な面持ちになる月夜に対して、ドライに言い放つ夜夜。
「そうじゃなくて。そのくらい魔物の動きが不規則だから注意してねって事」
「でも助けられる範囲の人は助けないと」
「そうするためにも、月夜ちゃん達は1度しっかり切り替えて、本調子を取り戻さないとだよ。じゃないと助けられるものも助けられなくなるよ」
「でも私の調子とか言ってる段じゃないよ。その間に困ってる人はどうするの?」
普段と違い、駄々をこねる子供のように聞き分けのない月夜。
「月夜さん。中途半端をやると月夜さんまで危ないですよ」
「私に危険が及ぶ事は、困ってる人を見捨てる理由にはならないよ」
何でもない事のように言い切る月夜に、雷太は恐怖に似たものを感じる。
「おけ。月夜ちゃんの主張も了解した。その上で、今は1回落ち着こうか。その間の月夜ちゃんの懸念は私が引き受けるよ。手の届く範囲の人は私がしっかり助けるからさ」
珍しく空気を読み、間を取り持つ夜夜。
「私もその意見に賛成かな。あまり気負いすぎるのも駄目だし、次のクエストは月夜ちゃん達には学院に居てほしい理由もあるからさ」
「居て欲しい理由?」
「そ。今までは私のチームの誰かが主に学院に残ってたんだけど、ちょっとそれだと討伐の手が足りなくなってきたから、次は皆出て貰うんだよね」
それは自分達が足手まといだから、迷惑がかかってると言われているのだろうか。
月夜の顔に少し影が差す。
「別に月夜ちゃん達を責めてはないよ。むしろ逆というか、信頼できる月夜ちゃん達に学院を任せられるから、こういう策をとれるっていうか。そんな感じ」
そう話すりんかの様子に気を遣ってる感は感じない。本心でそう思ってくれているのだろう。
「分かったよ。出来る限りの事はやるね」
「ありがとう。そうしてくれるととっても助かる。じゃあ私から先生には言っておくから、ゆっくり休んでよ」
「え? なんでそれを」
「ふふん。私は何でも知ってるお姉さんだからね。それくらいの事はお見通しさ」
「私も夢ちゃんと話したいから、りんかっちに着いていくよ。てことで、月夜ちゃん達とはしばしのお別れだけど、私に会えないからって泣くんじゃないぜ」
「しばしって、明日また教室で会うだろ」
手を振り離れていくりんかと夜夜を見送りながら、雷太が小さくツッコむ。
「それじゃ、私達は解散しようか。また明日」
「はい。また明日です」
りんか達が見えなくなった後に、月夜達も早々に別れ、休息を取ることにした。
☽☽☽
「いつまで着いてくる気?」
「私も夢ちゃんに話があるんだって言ったじゃん。そんなに私と一緒にいたくないの」
月夜達と別れた後、横を歩く夜夜と面倒そうに話すりんか。
「それで? 上手く言ってたけど、実際どんな状況なのかな? 何でも知ってるお姉さん」
「さっき言った通りよ。魔物の大量発生に対処する為にリナ、ミカも出ざるを得ない。先生達も大半は1年生の引率で居ない」
「かなり学院が手薄になるけど、お婆ちゃんの結界があるとはいえ、月夜ちゃん達は大丈夫なのかな」
「正直、胸の奥がモヤモヤしてる。嫌な予感が拭えないからこそ、貴重な回復系の能力が使える月夜ちゃんには学院に居て欲しかった」
「ふーん、それって近いうちに学院が襲われるって風に聞こえるけど」
「一般的に考えればその可能性は限りなくない。でも0には出来ないから、それに備える布陣も敷くって感じかな」
「そっか。まあ、何かあったら雑魚なんて速攻で蹴散らして、月夜ちゃん達を助けに戻ればいいか」
念のために備えを用意するだけ。
いざとなれば自分達の誰かが戻ればいい。
それに最悪の最悪の最悪、学院には最強の存在が残っているから大丈夫。
この時のりんかと夜夜はそういう風に考えていた。
☽☽☽
クエストでの討伐に出なくなってから3日が過ぎた。
特に何も起こる事はなく、討伐の方も夜夜達の活躍により、状況は大分良くなってきているらしい。
魔物の数も落ち着き始めたとりんかが言っていた。何故急に増えていたのか理由は結局分からなかったらしい。
月夜達としては毎日学院内を歩き、結界の綻びがないか確認。たまに学院に近づく魔物を結界の中から安全に撃退。と特に問題なく皆がクエストに行っている間、学院を守っている。
「へいへいへい。お三方、調子はどうだい? 来週くらいには復帰出来そうかな」
放課後になり、今日も見回りに行こうとした月夜達に元気な声が掛けられる。
「夜夜ちゃん。今日は姿が見えなかったけど、何してたの?」
「いやー、ちょいと気になる事があってね。りんかっちと一緒に町の見回りをしてたんだよ。そういえば、ばったりツッキーに会ったからキーホルダー渡しといたよ」
「司に? そういえば最近全く顔見てないな」
「ルームメートですら顔見ないとか、あいつどんなレアキャラだよ」
「私と競えるくらいはツッキーもレアキャラだからね。安心してよ。キーホルダーは無理矢理鞄につけといたから。これでチームメート皆おそろっちだね」
「何処に安心出来る要素があったんだ? それ絶対後で外されるパターンだろ」
「チッチッチ。甘いな、ライチ。ツッキーは割と身の回りには無関心だから、わざわざ付けられた物を外すなんて作業はしないのさ」
人差し指を左右に振り、絶妙にむかつく顔で答える夜夜。
「久々にうざったいな」
「まあでも司もつけてくれたんなら、結果的に良かったよ」
「月夜さんがそれでいいなら、いいですけど」
夜夜に反論した口を閉じる雷太。
「そういえば、気になる事って何があったの?」
「まあ野暮用というか。最近の魔物発生意図的説の証拠探しって所」
「いや、待てよ。そんな事出来る訳ないだろ」
「ふふん。有り得ない。そんな事は有り得ない、だよ、ライチ君」
信じられないと驚愕する雷太に向け、胸を張り無駄にクールに言い放つ夜夜。
「まあ偉そうな事言って、実際何の証拠も痕跡も見つからなかった訳だけど」
「やっぱり無理なんじゃないか」
「でも偶然で片付けるには、少し重なり過ぎているからね。敢えて不自然にして気付かせようとしているかのように」
「敢えてバレるようにして、何の得があるんだよ」
「得なんてないよ。せいぜい私達の焦りを見てほくそ笑むくらいじゃない?」
「なんだそれ、舐めプかよ。訳わかんないな」
「それくらい、常識が通用しない相手なのかもね。月夜ちゃん達も気をつけてね」
「お前に常識を説かれる敵なんているんだな」
「ニシシ。私は敢えてこのキャラをしてるだけだから。実際はとっても常識的なのだよ。それはもうびっくりするくらいにね」
「びっくりするくらいナチュラルに嘘をつくな」
「私の言葉が嘘なんて誰にも分からない筈だよ。哲学的ゾンビって知ってるかい?」
「急に何言い出したんだ、こいつ?」
「哲学的ゾンビ。思考実験だよね」
「月夜さん。丁寧に乗らなくていいですから」
「でも私あれよく分からないんだよね。意識を持ってる持ってないなんてそんなに重要かな? 結局困ってそうなら助けるだけじゃない?」
「流石月夜ちゃん、ユニークな考え方だね。たしかにゾンビとか人間とかを分けて考える事自体がそもそもおかしいのかもね」
「いや、それはまた別の問題じゃないか?」
「まあまあ私はそんな月夜ちゃん好きだし、これからも変わらずにいてほしいな。おっと、少し話し込みすぎたね。私もそろそろクエストに行かないと。月夜ちゃん達も気をつけてね」
そのまま笑みを浮かべ手を振りながら、廊下を駆けていく夜夜。
「相変わらずせわしない奴ですね」
「アハハ。さあ、私達も活動開始しようか」
「そうですね。今日も頑張りましょう」
この数日と同じように学院の見回りを始める月夜達。
見回りと言っても特にやる事がある訳ではない。
普段はもっと放課後に校舎に残っている生徒もいるが、今は討伐組と見回り組に完全に別れてしまっている状況なので、割と静まりかえった校舎内を練り歩く。
油断しているつもりはないが、こう何もないと自然と気が抜けてしまう。
月夜がふと窓の外を見ると、すっかり暗くなり始めた空から、ポツポツと雨粒が落ち始めていた。
「雨だ。夜夜ちゃん達大丈夫かな」
「あいつなら大丈夫そうですけど」
「そうだね。ん?」
笑いながら相槌を打った月夜が、急に怪訝な顔をする。
「どうかしました?」
「いや、なんか今外に白い影が見えたような気が」
目を凝らしながら、窓の外を注視する月夜。
「やっぱり、気のせいだったかも」
ふと時間を確認しようと見たスマホに、夜夜からのメッセージが入っていた。
『雨降ってきた。ピエン』
メッセージを見て、クスリと笑う月夜。
「夜夜ちゃんからライン来た」
「全く緊張感ありませんね」
月夜から画面を見せられ、呆れたように笑う雷太。
「でも大丈夫そうで一安心かな」
その後見回りに戻り、1時間ほどかけ校舎内を確かめる。
今日も何事もなく終わりそうだと安堵しかけた月夜の耳に、悲痛な声が聞こえてくる。
「キャアアアアアア!!」
瞬間声がした方へ駆け出す月夜達。
「外からだよね」
「はい。そうだと思います!」
「急ぐよ!」
何が起きたかは分からないが、ただ事ではないのは伝わってくる。
全速力で校庭に出た月夜が顔を上げると、暗闇の中に白い光が浮かぶのが見える。
「あそこ! 何かある」
「行きましょう」
必死に走り、何かが光った場所に辿り着くと、女生徒が倒れているのを目にする。
「どうしたの? 大丈夫!」
すぐに駆け寄り、生徒を抱き起こす月夜。
生徒はぐったりとしているが辛うじて脈はあり、肩で息をしている。
よく見ると、服が焼けたようになっていて、やけどのような跡もある。
「月夜さん。回復を」
「うん。やってみる」
月夜が祈りのポーズを取り、生徒の体を光が包む。
苦しそうにしていた生徒の表情が、少しだけ安らかになる。
「おやおや? 実に珍しい魔法を使ってますね? 興味深いです」
生徒が助かりそうで安心した月夜達の背後から、身の毛がよだつような声が聞こえてくる。
「せっかく上手に焼いたのですから、助けないで貰えますか」
慌てて振り返ると、不気味な男がニヤつきながら月夜達を見ている。
白衣を着て眼鏡をかけた偏屈そうな男。
男の事もその言葉も気になるが、それよりも始めに頭に浮かぶ疑問がある。
「嘘。なんで入れてるの?」
ここには学院長の結界があったはずで、先ほどまでの見回りでもなんの異常もなかったのに。
「何か疑問に思う事がありますか?」
「あれはよっぽどじゃないと破れないって」
「その答えは実に単純明快ですよ。よっぽどじゃないと無理で、私はここに居るって事はつまりそういう事なんです」
丁寧な受け答えとは裏腹に、残忍な顔で月夜達を見ている男。
「さてコミュニケーションが不得手な私には、次にどうすればいいか分からないのですが、取り敢えず自己紹介でもしましょうか」
少し考えてから、不気味な笑みを浮かべる男。
「私、火上 狂夜と申します。短い間ですがどうぞお見知りおきを」
お辞儀をして、口の端をつり上げた狂夜の手中に、大きな炎が浮かび上がる。
月夜に向けて放たれた炎を、寸前で雷太が食い止める。
「雷太君! 大丈夫」
「大丈夫です。月夜さんはまずその子を安全な場所へ。その間は俺が引き受けます」
「分かった。無理はしないでね」
人を庇いながら戦える相手ではないと判断し、すぐに生徒を避難させにその場を離れる月夜。
「うーん。ここは見逃して問題ないですかね。それよりもあなた、私の炎に張り合うなんてそこそこやりますね」
「ハッ。あんな温いの攻撃とは呼べねえな」
「厳しい事を仰いますね。全く耳が痛いです」
「俺程度にその体たらくじゃ、月夜さんには到底敵わないぜ」
精一杯虚勢を張り、時間を稼ごうとする雷太。
少しは脅せているかと確認するも、狂夜は余裕の笑みを崩さずニヤニヤと笑っている。
「夜も更けてきましたね。そろそろ時間ですか」
周りを見て、意味深に呟く狂夜。
狂夜につられて、雷太が校舎の外に目を向けると、夥しい数の影が形を成そうとしていた。
「なんで、急に魔物が」
「あなたひょっとして彼らがどういう存在か知らないのですか? 学生だと所詮その程度なのですね」
「何言ってんだ。いや、そんな事より雪野、あれなんとか出来るか」
「……出来るけど、たぶん大丈夫だと思う」
雪野の言葉通り、学院になだれ込もうとした魔物達は結界に阻まれていた。
「……それより、目の前の方がヤバい」
「了解。じゃあこっちに集中だな」
「ふむ。流石有名な魔女の結界、一筋縄ではいきませんか」
どうするか考えている狂夜の隙を突き、雷太が攻撃を仕掛ける。
雷太の攻撃は狂夜を捉えて、爆風が体を包み込む。
「やったか」
「……それは最強の復活呪文」
爆風が晴れると、何事もなかったかのように狂夜が佇んでいる。
「急に爆発とか物騒ですね。ただ、同じ系統の私達では決着が長引きそうですし、面倒ですが仕方ありませんね」
「雪野、なんかヤバそうだ。俺の後ろに来い」
「さてこれは防げますか? 黒炎」
狂夜の周りに禍々しい黒い炎が浮かび上がり、雷太に襲いかかってくる。
相殺しようと放った雷太の攻撃は黒い炎に飲み込まれ、咄嗟に雪野を抱え炎を避ける雷太。
「良い判断ですね。では次は躱せますか?」
次々に放たれる黒い炎を、必死に躱す雷太。
獲物をいたぶるように、わざとギリギリ避けられそうな範囲で攻撃して楽しんでいる狂夜。
「そろそろ理解出来ましたか。あなた達では私に勝てません。なぜなら、私の魔法は炎系最上位の魔法なのですから」
「何が最上位だ。少し調子が悪いだけで、お前の攻撃なんて大したことないね」
「では早く調子を取り戻さないと死にますよ。ほら、ほら」
何度か相手の攻撃を弾こうと試みるも、その度に雷太の魔法は相手の炎に飲み込まれる。
雪野の魔法も溶かされて、足止めにはならない。
「そろそろ飽きてきましたし終わりにしますか」
冷たい目をして、一際大きい炎の塊を投げつける狂夜。
躱せないと判断して、咄嗟に雪野を庇うように立ち塞がる雷太。
攻撃が直撃する瞬間に、思わず目をぎゅっと瞑り衝撃に備える。
予想した衝撃が来ない事を疑問に思い、目を開けると炎が光の壁に阻まれ動きを止めていた。
状況が理解出来ずに、黒い炎と光の壁が拮抗しているのを見る雷太。
助かるのかと安堵した雷太だったが、炎の勢いが強く光の壁にヒビが入り始める。
ヤバいと感じた直後、光の壁が砕き散り再び炎が襲いかかってくる。
今度こそ駄目かと思った雷太を炎とは違う衝撃が遅う。
何が起こったか一瞬理解出来なかったが、どうやら誰かに突き飛ばされたようだ。
雷太が元居た場所に目を向けると、月夜が苦しそうに倒れている。
「月夜さん! 俺達を庇って」
月夜を見た瞬間、今までの事を理解する雷太。
「えへへ。大丈夫だよ。私は回復出来るから」
光の壁で、炎の威力は大分軽減されていたらしく、月夜は顔を歪めながらも、動けない程ではなさそうだった。
「私の魔法を少しの間止めるとは、やはりあなたの力は興味深いです」
「それはどうも」
「でも直撃はしたでしょう? 大丈夫ですか? 背中のやけどが痛いのでは?」
「痛いだけ。それだけなら私が誰かを助けない理由にはならない」
キッと狂夜を睨み付ける月夜。
「月夜さん。あいつもヤバいですが、魔物達が結界に」
「安心してよ、そっちは夢先生が指揮してくれて、動ける生徒で結界内からできる限り撃退するから。私達はあいつが他の生徒を襲わないようにする役目かな」
「あいつ、かなり強いですよ。先生はこっちに来てくれたりはしませんか」
「学院長に連絡つかないから、先生が結界の維持に魔力を使うって。りんかちゃん達には連絡したから、戻って来てくれて外の魔物が落ち着くまでは無理かな」
「分かりました」
「相談は終わりましたか。そろそろ攻撃いきますよ」
「わざわざ待ってくれるとは優しいね」
「いえいえ。では、黒炎槍」
狂夜が構え、無数の槍の形をした黒い炎が襲いかかってくる。
「光の矢」
対する月夜は祈りを捧げ、光の矢で炎の槍を打ち落とす。
「ふむ。流石の魔力ですね。このままでは埒が明きません」
早く決着を付けようと、雷太の時と同じように大きな炎の塊で攻撃してくる狂夜。
「光の壁」
月夜も先ほどと同じように、光の壁を作り応じる。
両者拮抗していた所に、狂夜が追い打ちをかける。
「黒炎槍」
「ッグ!」
月夜の守りをすり抜けた槍が、肩をかすり傷を付ける。
「月夜さん」
「痛そうですね。次で楽にしてあげますよ」
月夜に肩を貸す雷太の目の前で、狂夜の炎が巨大な龍を象っていく。
「黒炎龍」
「これはヤバそうだね。全力で守るから、雷太君と雪野ちゃんも力を貸して」
炎の龍の襲来に備え、3人で守りを固める。
絶体絶命の月夜達だが、なぜか狂夜が急に明後日の方向に攻撃を放つ。
当然狂夜の攻撃は見当違いの場所に当たり、月夜達は何が起きたのか分からず愕然としている。
『ギリギリ間に合いましたか』
目を見開いている月夜達の頭の中に、急に声が響いてくる。
「先生?」
『はい。魔法で念話をしています』
呟いた月夜に、頭の声が返事をする。
『こんな形で申し訳ないけど、長くは保たないから逃げて』
「でも他の生徒は」
『大丈夫。私の魔法で認識阻害してるからたぶん見つからない。それより動けますか?』
先生の問いかけに頷く月夜。
先生が魔法で狂夜の足止めをしているうちに、距離を取る月夜達。
『どこに逃げればいいですか』
『そうですね。とりあえず体育館の方へ。そこまで行くと結界からも離れますし、他の生徒を巻き込むこともないでしょう』
『俺達はあいつを引きつけておけばいいですか』
『心苦しいお願いなのですが、私もフォローしますので、夜夜さんが来るまで耐えて下さい』
狂夜の目が他に行くよりは月夜達の方が安全だと考え、3人にお願いする先生。
狂夜は確かに強大な力を持っている、現状対抗出来るのは夜夜くらいだろう。
なんとかその夜夜が駆けつけてくれるまでは、生徒も学院も守ろうと決意する月夜。
雷太と雪野に肩を貸してもらいながら、なんとか体育館の側まで歩く月夜。
『先生。今攻撃するのはまずいですか』
『いえ。きっともうすぐ幻覚も破られるでしょうから、思いっきりやっちゃって下さい』
先生の答えを聞き、祈りに集中し魔力を高める月夜。
魔法で幻覚を見せられているのか、焦点の合わない目でうろうろしている狂夜の周りを光が包み始める。
「聖なる光」
月夜の力を振り絞った圧倒的な光の物量が狂夜に直撃する。
光が晴れた後に、狂夜のふらふらとした姿が浮かぶ。
「大分きいてるみたいですね」
「そうだといいけど」
大きな一撃を放ち、肩で息をしている月夜。
『先生? どうでしょう?』
頭の中で先生に問いかけてみるが返事がない。
不審に思った月夜の耳に狂夜の笑い声が聞こえてくる。
「アハハハハ。いいですね。こんなに消耗したのは久しぶりです。少しだけ燃えてきました」
「嘘だろ。月夜さんの力を振り絞ったあの魔法を耐えるのかよ」
辺りを見回し月夜達の姿を見つけて、ゆっくりと歩いてくる狂夜。
「取り敢えず中に入りましょう」
「うん」
再び月夜を支え、体育館の中に入っていく雷太。
雨粒に濡れながら、月夜が空を見ると、少しだけ星が見えた。
「夜夜のやつ、遅いですね」
「ハハ。向こうも色々あるんだよ。ここに入る前に星が見えたから大丈夫だとは思うけど」
「星? 雨止んでましたか?」
雷太に言われ、自分の先ほどの記憶に違和感を覚える月夜。
「鬼ごっこは終わりですか?」
違和感について考えようとした所に、狂夜が体育館の中まで追いついてくる。
「もう。逃げられませんし、先ほどのような助けも入りませんよ」
獲物を追い詰めたと邪悪にニヤついた笑みを浮かべる狂夜。
「いやー、しかし流石に先ほどの攻撃は焦りましたよ。もう少し対応が遅れれば危なかったですね」
「対応?」
「ええ。攻撃の直前に幻覚を破れたので、ギリギリで魔法を焼きました」
「魔法を焼いた? 先生は大丈夫なのか?」
「そちらは大丈夫でしょう。ですがもう幻覚魔法は受けませんよ。うちの組織の同じような使い手に対処方法は聞いていますから」
あてにしていた先生の助けが得られないと知り、焦燥に駆られる月夜達。
「おっと長話をしていて、魔力を回復されると厄介ですね。もう先ほどのような思いはしたくありませんから。申し訳ないですが決めさせてもらいますか」
狂夜が集中し魔力を込め、炎を編んでいく。
月夜は先ほどの魔力消費と、これまでの消耗で思うように動けていない。
雷太と雪野の魔法は狂夜には通じない。なんとか2人だけでも守ろうと、懸命に動こうとする月夜。
「黒太陽」
狂夜が魔法の準備を終え、太陽を思わせるような黒い炎の塊が浮かんでいる。
「楽しかったですよ」
狂夜が凶悪に笑い、太陽が迫ってくる。
2人を守ろうとする光の魔法はあっけなく破られ、そのまま2人の盾になろうとする月夜。
「月夜さん!」
これ以上女の子に助けられる訳にはいかないと奮起する雷太。
「ああ! うおおお!」
腕を太陽に飲み込まれ、身を焼く痛みで顔を苦痛に歪ませる雷太。
「いいですね。これですよ。やはり人の焼ける匂いは最高です」
「しゃらくせえ!」
このままでは自分もろとも月夜達も焼け死ぬと、火事場の馬鹿力を発揮して、太陽を上に逸らす雷太。
そのまま天井を突き破り、空に消えて行く太陽。
「くそが。なせばなる」
腕の大半に重度なやけどを負い、呼吸が荒い雷太。
「雷太君! すぐに回復するから」
「ああ痛そうですね。その火傷では後遺症が残るのでは? 最悪もう腕は使えないかもしれませんね」
自分の事は差し置き、雷太に回復魔法を使う月夜。だが、雷太の火傷は良くなる気配がない。
「必死になって可哀想に。1回防いでも、すぐに次の攻撃が待ってるというのに。無駄に痛みを感じる時間が長引くだけですよ」
言葉とは裏腹に、楽しそうに笑い次の魔法の準備をする狂夜。
「今度こそ、終わりにしましょう」
先ほど必死の思いで防いだ太陽が、再び月夜達を襲う。
この攻撃を防ぐ手段を必死に探すが、月夜達にもうそれは残されていない。
焼かれる寸前、走馬灯のような物を見る月夜。
紅い月。星座。雨音。違和感を覚えた光景。
ハッと月夜が何かに気付いた時、目の前の脅威はいつの間にかなくなっていた。
そして、聞き覚えのある憎まれ口が、天井から降ってきた。
「ッチ。俺が寛いでいる所をぶち壊すとは良い度胸だな」
こんな物語を読んで下さり、ありがとうございます。




