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紅い月  作者: ソムク
23/31

ショッピング

『土曜日、11時にここに各自集合ね』

 そんなメッセージと位置情報が夜夜から送られて来たのが3日前。

 友達と遊ぶなんていつぶりだろうか。思い出せる記憶がない程に暫く行ってない行為だ。

 集合場所のショッピングモールに最初に着いた月夜は、次に来る人影を少し浮き足立ちながら待っている。

 絶好のお出かけ日和という例えがぴったりなくらい、雲1つない晴天だ。

 室内だから関係ないかもしれないのだが、天気が良いと自ずと気分もあがってくる。

「月夜さん? 早いですね」

「雷太君。なんで疑問形?」

 声がした方を振り向くと、雷太と雪野が並んで立っていた。

「え、いえ、私服が華麗で」

「……ナンパ野郎が」

 顔を赤らめ呟く雷太に、軽蔑の眼差しを向ける雪野。

「ありがとう。雷太君も格好良いよ」

「あ、ありがとうございます!」

「……お世辞でしょ」

「いいだろ、お世辞で喜んでも。雪野は逆に変わらなすぎて落ち着くけどな」

「……若干変えてるけど」

「見た目が、ヘッドホン、マフラー、パーカーなんだから、中の服変えるくらいじゃ気付かないだろ」

「……だからモテない」

「うっせ。余計なお世話だ」

 雷太と雪野が軽口を言い合っている中、月夜はチラッと時計を見る。

「あとは、夜夜ちゃんだね」

「そういえば居ませんね。言い出しっぺが遅刻ですかね」

 時刻はもうすぐ11時になろうかというところだ。

「おはよう。もう皆居たんだ」

 遅刻かと思ったところに、ギリギリで声が飛び込んでくる。

「おい、ギリギリ、だ、え? 誰?」

 文句ではないが、一言言ってやろうとして、思わず言葉が止まる雷太。

「誰、だろうね」

 無意識で月夜の方を見て確認するが、月夜も首を横に振る。

「おいおい、誰とはひどい言いようだね。こんな美少女、私の他に見た事あるってのかい? いや、ないだろうね。なんせオンリーワンでナンバーワン美少女とは私を指す言葉だから!」

「なんだ。お前か」

「あ。夜夜ちゃんだったんだね」

 目の前の少女が口を開いた瞬間、得心がいったと手をポンッと叩き納得する月夜と雷太。

「全く、見慣れない私服だとしても、そんなに違うかい?」

「いや服とかそういう次元じゃないから。お前、本当に美少女だったんだな」

 雷太の言葉通りに、私服とかそういう問題でなく普段とは別人な夜夜。

 一番違うのは、前髪を全て上げて表情がはっきりと分かる点。

 それにより、普段見えない綺麗な金色の瞳が顕わになっている。

 完璧なバランスで作られた人形のように、整いまくった顔立ちをしている。

「なにさ、いつもそう言っていただろ。私の事を嘘つきだと思っていたのかい。心外だな」

「あ、いや、正直混乱してるが、普段からこれで居ればいいだろ。そうすれば今程周りに引かれないぞ」

「何も分かってないな、雷太っち。それじゃ只の美人じゃん」

「何か問題が」

 やれやれと首を振る夜夜の言葉の意味がまるで理解出来ない雷太。

「それじゃ、キャラ付けが薄いでしょうが!!」

「そんな理由で!」

 キリッと言い放った夜夜に、全力でツッコミを入れる雷太。

 大声でじゃれる夜夜達に周りの視線が突き刺さる。

「オホン。ま、あまりここに居るのもあれだ。少し動こうか」

 気まずそうに咳払いして、入り口の方へ歩く雷太。

「うーん」

 一番見られている夜夜は視線などお構いなしで、雷太や月夜をじっと見つめる。

「どうしたの、夜夜ちゃん?」

「いや、月夜ちゃんは流石、夏を感じ始めるこの季節にぴったりな涼しげで清楚なワンピース。雪野ちゃんはいつも通りと見せかけて、細かい所でお洒落な小物が光るね。それに比べて、ラフなTシャツにジーンズな雷太っちって。これがもしデートだったら、もう即別れを切り出されるレベルだよ」

「うっせえ。友達と遊ぶ時くらい適当な格好で良いだろ」

「えー。月夜ちゃんが居るのに? そんなだから」

「もういいよ。その会話デジャブだから」

「センスないなら、今日選んでいく? 幸いお店には事欠かないよ」

「別にいい。俺だって本気出せばもっとお洒落になれるんだからな」

「はいはい。そういう事にしといてあげる。それじゃ、行こっか。皆見たい所とかある?」

 生暖かい目で雷太を見ながら、ショッピングモールへの先陣を切る夜夜。

「私はこれといってないかな。雷太君達は?」

「俺達も特には。ていうか、お前がここを指定したんだろ」

「だってここに来れば大体の事は出来るじゃん。とりま、ぶらぶらしようか」

 そのまま適当に歩き出す夜夜。

 休日のショッピングモールだけあってたくさんの人で賑わっている。

 喧騒の中、人混みに流されそうになった雪野の手を雷太が取る。

「はぐれるなよ。繋いどくか」

「……ん」

 少し恥ずかしいのか、嬉しいのか微妙な表情で俯きながら首肯する雪野。

 強く握り直された手から伝わる暖かさで、顔まで火照る雷太。

「ッチ。なんですか、お2人さん? 公衆の面前で見せつけやがりますね。幼馴染など居ない私への当てつけですか?」

 2人のほのぼのとした雰囲気に、夜夜がやさぐれながら絡む。

「そんなんじゃねえよ」

 恥ずかしさからぶっきらぼうに返す雷太。

「そうですか、そうですか。君達がそうくるなら、こっちは月夜ちゃんと手を繋ぐからいいよーだ。恋人つなぎで繋ぐんだから。羨ましがってももう遅いからな」

「え? 嫌だよ。普通に繋ぐならまだしも」

「嫌だってよ。普通に繋ぎますぅ。言質取ったから。ほら、泣いて喜べよ。月夜ちゃんと私、美人と美少女の百合的な何かここから始まりますから」

 とりあえず、恐る恐る差し出した月夜の手を、夜夜が雷太達に見せつけるように握り返す。

「ほんと、ここ数日でお前の性格がもう少しだけマシだったらって、何回思ったことか」

 女子同士の仲睦まじい光景を見ながら、雷太ががっくりと肩を落とす。

「マシってなんですか? 君らの物差しで私が測られてあげるはずないじゃん」

「なんか今の言い方司っぽいね」

「ツッキーならもっとボロクソに人格を否定しそうだけどね」

「月導のイメージ」

「あ、見てみて。あそこポップコーン専門店だって。カラフルできれい」

「ポップコーンってこんな種類あるんだね」

「30種類あるって書いてあるね」

 謎の手つなぎペアは崩さずに、ぶらついていた夜夜が急にお店の方にかけていく。

「買うの?」

「すっごく買いたい気持ちはあるんだけど、今にするか後にするか悩んでるんだよね」

 色とりどりの商品を見ながら、悩む夜夜。

「今お昼前だし、後からの方がいいような気もするけど、ここで、やっぱり後でいいよ。時間はたっぷりあるし、最悪今日じゃなくてもまた一緒に来ればいいよね。なんて言うとフラグっぽいじゃん?」

「独特な悩みの種だな」

「えーだってさ、今後月夜ちゃん達がこのお店を見る度に、あの時私に食べさせてあげられなかったんだ。悲しみ。って切ない感情抱かせるのもなんだし」

「なんでこの後事件に巻き込まれる前提なんだよ」

「だってショッピングモールなんて事件が起きる場所NO1じゃん?」

「なんのランキングの話だよ」

「という訳で、今はいったん我慢しようかな。それよりお昼ご飯何にしようか決めようぜ。よりどりみどりだしね」

「結局フラグ立つ方にするんかい」

「いやー、よく考えて見ればこの面子だし、フラグくらいへし折れそうじゃん?」

 散々好き勝手に言っておきながら、最後はあっけらかんと返す夜夜。

「はぁー。お前相手だと考えて会話するの馬鹿みたいだな」

「いやいや雷太っち、それは駄目だよ。人間は思考するのを止めたら駄目な生き物だぜ」

「確かに。それは一理あるかも」

「まさかの方向から助け船」

 適当に会話していた夜夜の言葉に月夜が賛同する。

「さっすが、月夜ちゃん。分かってるね。雷太っちもこれに懲りたら考えるのを止めたら駄目だよ」

「またしても何故か俺が諭されてる雰囲気に」

「雷太君だってツッコミに忙しいし、次なんてツッコもうか常に考えてるでしょ」

「月夜さん。最近の俺をそんな目で見てたんですか」

 驚きでバッと顔を向けた雷太へ、月夜は茶目っ気たっぷりの笑顔で返す。

「らいっちのポテンシャルには今後も期待してるぜ」

「渾名! 急に縮めないでもらえます。ポップに果物みがすごいから」

「ナイスツッコミ。15点ってとこだね」

「低いのに褒めないで」

「褒めて伸ばす子ちゃんだからね。ちなみに私も褒められて伸びる子ちゃんだから、隙あらば褒めるべし」

「要らない豆知識有り難う。まあ、気が向いたら褒めてみるよ」

「バッドツンデレ。らいちのそのキャラはお呼びじゃないよ」

「褒めて伸ばす子一瞬で居なくなったな。そしてさりげに渾名縮めきるなよ」

「雷太っちって長いし、いっその事、トドかライチのどっちかにしようかなって」

「トド急に頭角を現したな」

「そういう訳で、今らいちに決定しました。パンパかパーン」

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。渾名の話に見ず知らずのトドさんが出て来たかと思えば、次の瞬間には果物に決まっていた。何を言ってるのか分からねえと思うが、俺もこいつの思考回路が理解出来ない」

「まあ落ち着きなよ。ライチが深淵を覗く時、深淵もまたランチを食べてるんだよ」

「そこまで来るとマジで何言ってるのか理解出来ねえ」

「何言ってるのさ。早くお昼ご飯決めようぜって話だよ」

「その質問ここまでずっと続いてたの? 何、俺は未知の国の言語と会話してたの」

「パンケーキにする? なんかフルーツ食べたい気分だよ」

「サブリミナルライチ」

「月夜ちゃんと雪野ちゃんは何がいい」

「私は何でもいいけど。雷太君も居るし、ちゃんとした食べ物の方が良いんじゃないかな」

「……雷太には気遣わなくていい」

「ほらこう言ってるし、あそこに北国のミルクカフェってあるよ」

「俺は何も言ってないんですが。思ってたよりもスイーツだし」

「そのツッコミ疲れた体に糖分を」

「いや、まあ実際俺も何処でもいいが」

「諦めんなよ! 成長期の男子にとっては大事なご飯でしょうが」

「だから情緒。まじでこのテンション素なのかよ、ウザい通り越して尊敬すら覚え始めたわ」 

「ま、ここは間を取って目瞑って適当に指差した所にしようか」

「お前、実は心底何処でも良かっただろう」

「うーん。はい、ここに決定」

 誰の言い分も聞かず、適当に案内版を指差す夜夜。

 結果、昼食はオムライスになった。


☽☽☽


「美味しかったね、ドリア!」

「オムライス食べろよ!」

 昼食を食べ終わった後、夜夜の第一声に即座にツッコむ雷太。

「まあまあ別に何を食べようが私の勝手じゃん」

「そう言われればその通りなんだが、なんか釈然としねえ」

「それより、次はどうしようか」

 フードコートを抜け、朝よりさらに人が増したたくさんのお店を見ながら、楽しそうにしている夜夜。

「皆はさ何か欲しい物とかないの? なければまた適当にぶらついて」

 言葉の途中で、通路の向かいをじっと見つめて止まる夜夜。

「ねえ、ちょっとあそこ行ってみよ、面白そう」

 夜夜に連れられ、月夜達も視線の先の場所に着く。

 仄かに香る杉の香りに、落ち着いた和の雰囲気。並ぶ数々のアクセサリー。

「ほら、祈りにまつわるお店だって。月夜ちゃんっぽいじゃん」

「そうだね。何か引かれるものはあるよ」

「よし、ここ見ようよ。ついでに何かおそろの物買おう! 記念に記念に」

 店内に並ぶパワーストーンに目を輝かせながら、楽しそうに物色する夜夜。

「どれにしようか? 月夜ちゃん達はどれがいい?」

「どれがいいんだろ? 全然分かんないな」

「まあこういうのはデザインで選んじゃえばいいでしょ」

「うーん。デザインか。っあ」

 鑑定士が如く、目を光らせながら商品を見ていた月夜の視線がある一点で止まる。

「これなんてどう?」

 月夜が手に取ったのは、赤い三日月を模した石がついたキーホルダー。

「いいねいいね。お値段もお手頃だし、私達感あるじゃん」

「そうですね。流石月夜さん、良いセンスです」

「……良いと思う」

「でもこれどういう効果があるんだろうね。ちょっと店員さんに聞いてみようか」

 夜夜が近くの店員さんを捕まえて、商品の説明を求める。

「あー、これですかー。これは特に効果はないですねー」

 眠そうに半分閉じた目をしながら、やる気ない口調で答える店員。

「効果ないとかそんなのあるんですね」

 やる気のなさを隠そうともしない店員の態度に、少し呆れている月夜。

「そうですねー。ちゃんと効果あるやつもありますよー。でもそういうのはちゃんとお値段もしますからー」

「なるほど? そういうものですか」

「はいー。大事なのはバランスですからー」

「アハハハ。面白い店員さんだね。正直なのは良い事だよね。ただ、それにしてもこのキーホルダー安くない」

「それは、時代に合わせてみたら、むしろ不吉って言われたのでー」

 今の時代に合わせたとは、紅い月をかたどった所だろう。

 たしかに、紅い月は不吉という意見が大半だ。わざわざそれを買う客もいないだろう。

「ふーん、そっか。でもこれならツッキーも付けてくれそうだし、私は良いと思うけど」

「そういえば司、月とか星好きって言ってたね。それなら私はこれがいいな」

「お買い上げですねー。ありがとうございますー」

 5つ分のキーホルダーのお会計を済ませ店を出る。

「ツッキーには私から渡しておくね。それにしても独特な店員のお姉さんだったね」

「一緒に居るとやる気なくなってくる感じだったね」

「うーん、そこもだけど、なんていうか店員っぽくないというか。とりあえず変に印象に残ったというか」

 歯切れの悪い夜夜の物言いに、首を傾げる月夜。

「うん! やっぱ大丈夫。それより皆このキーホルダー何処に付ける? 私は鞄につけようかな」

 自分の疑問に自分でけりをつけ、話題を変える夜夜。

「じゃあ私も鞄に付けるよ。なんかチームって感じで良いよね」

「いいねいいね。私なんて特に普段居ないからさ、それを私だと思って大事にしてね」

「お前死ぬのか?」

「大丈夫だよ。こんな雑なフラグ程度じゃ私は殺せないよ」

「何に対する自信だよ」

「根拠なき自信を持てるのも若者の特権なのだよ」

「どの立場に居るんだよ」

「あ、私トイレ行きたいから行ってくるね。皆も行く?」

「唐突だな」

「……私も行く」

「だったら俺も行っとこうかな」

「私は待ってるよ。あそこのベンチにでも座ってるね」

 月夜以外の3人がトイレに行き、1人ベンチに座り一息つく月夜。

 そのまま行き交う人の群れをなんとなく眺めていると、奥の方でスタッフ数人が何やら慌ただしく走って行く姿を目撃する。

 何かあったのかと勘ぐる月夜が腰を浮かせかけた所で、背後から声をかけられる。

「おやおや。これはまた奇遇ですね」

 振り返ると見た事ある人影が目に入る。

 長身痩躯で、ピエロの仮面を被った男。

 どう見ても怪しい雰囲気しか感じない、場違いすぎる空気を感じる月夜。

「お買い物ですか? 良いですね」

 くぐもった不気味な声で、楽しそうに話す仮面の男。

「お久しぶりです。今は友人を待ってる所です」

「おやまあ。こんな道化の事を覚えておいでで。嬉しいですね」 

「印象的ですから。それで、おじ、お兄さんも買い物ですか?」

「ククク。おじさんで十分ですよ。君達から見たらもう私なんて年寄りもいいとこですので」

 年寄りと言われても、仮面を被っているのでよく分からないが、そこまで月夜達と離れているようには見えない。

「ああ。質問にまだ答えていませんでしたね。私は人を探しているのです。いかにも卑屈で生真面目そうな眼鏡の男性か、フードを深く被ってぶつぶつと呟いている少女、どちらか見ませんでしたか?」

「お困りなら私も一緒に探しますよ」

「いえいえそれは悪いですよ。仕事が早く終わったから、顔を見ておこうかなくらいの気持ちなので、会えなければそれでもいいですから」

「そうですか」

「しかし間髪入れずに協力を申し出てくれるとは、流石お優しいのですね」

 くぐもった声に何か違和感を感じ、眉をひそめる月夜。

「いえ、困った人を助けるのは当たり前ですから」

「ご立派ですね。もし仮にそれが悪人でもですか?」

「はい。当然です」

 試すように質問したピエロ男に対し、即座に返答する月夜。

「本当にご立派だ。だけどむしろ怖くもありますね」

 誇るでも驕るでもなく、さも当然というように言い切る月夜に、戦慄する男。

「いや末恐ろしい。流石同じ系統の魔法なだけある」

 月夜には聞こえないように、ぶつぶつと呟く男。

「月夜さんお待たせしました。あ。あんたは」

「……見た事ある」

 トイレから戻ってきた雷太と雪野が、怪しいピエロ仮面の男を見て身構える。

「あ。雷太君、この人は怪しい人では」

「いえいえ。十二分に怪しい人ですから。それは自覚してますので」

 庇おうとした月夜を制止して、冗談めかす男。

「お友達も戻ってきた所ですし、私も人捜しを再開するとしますか」

 背を向けて、腕を振る男を、雷太が呼び止める。

「あの」

「ん? どうしました少年?」

「あんた。そんな喋り方だったか?」

 その言葉を聞き、一瞬体が強ばる男。

「クフフ。さあどうでしょう。私は道化ですからね。様々な姿を取れるのかもしれません」

「あ、いえ、すいません。ふと気になったものだから」

「良い勘をしている」

 小さく呟いた言葉は届かなかったのか、首を傾げる雷太。

「そうだ。自己紹介がまだでしたね。私は道化(みちばけ) 生業(なりわい)。こんな道化にふさわしい巫山戯た名前ですがお見知りおきを」

 勝手に名乗り、丁寧なお辞儀をすると、月夜達の返答は待たずにスタスタと行ってしまう生業。

「お、皆お待たせ!」

 少し経ち夜夜が戻ってくる。

「今さピエロとすれ違ったんだけど、サーカスでもあるのかな?」

「あー、そうじゃないかな。あの人は知り合いでもないけど、知ってる人みたいな」

 歯切れの悪い月夜の反応に、怪訝な顔をする夜夜。

「何それ? 面白い知り合いがいるね」

 夜夜の言葉に、月夜は以前も見かけた事と、先ほどの会話の内容を伝える。

 月夜の言葉を聞き終わり、珍しく真面目な顔をする夜夜。

「ふーん、もしかしてあれが例の? 道化生業か。厄介そうだな」

「どうかしたの?」

「ニャハハ、何でもなくはないけど、まあ気にしなくていいよ。でも今度あの人に会ったら気をつけてね。たぶんろくでもない組織の人だから」

「まああの形で一般人だって方が無理があるけどな」

「本人も隠す気なさそうだしね」

「分かってるなら何よりだけど、私の勘だとあれは序盤で出会っていいようなキャラじゃないから、おそろくラスボス前に倒すようなレベルだからね」

「そうだとしたら、そんな人が人捜しっておかしくない?」

「十中八九探し人の方もヤバい連中だろうね。まあ今はそこは考えても仕方ないかな。特徴みたいなのが聞けただけでも良かったよ。後でお婆ちゃんやりんかっちに報告しとこう」

「そっか。あ、そういえば、別件だと思うけどなんか店員さんがバタついてたな」

「たぶんだけど、なんかボヤ騒ぎがあったみたい。私も気になって少し聞き耳をたててみたら、そんなニュアンスな会話が聞こえてきたから」

「なんだそれ、やんごとないな」

「たしかに放っておけないけど、もう解決してそうだったし大丈夫だと思うよ。それより、皆仕事スイッチ入ろうとしてるし、切り替えて次何処行くか考えよう」

 深刻な空気になりそうなのを感じ、流れをかえようとする夜夜。

「もう、ちょっとトイレに行ってる間に、怪しい人に絡まれ、事件っぽいのを目撃するなんて月夜ちゃん達何処の巻き込まれ主人公ですかって感じだよ」

「そうだな。せっかくの休みだしな」

 色々と気になる事はあるけれど、一端考えないようにする雷太。

「まあ今特に困ってる人がいなさそうなら」

「うん。じゃあ大丈夫だね。さて何をしようか。雷太君の服でも選んであげようか? 適当に雑貨でも見る?」

 楽しそうに話しながら、月夜の手を取り走り出す月夜。

「あ、走ったら危ないよ。雷太君達もはぐれないようにしないと」

「おい、急に走るな。ほら、雪野行くぞ」

「……ん」

 夜夜達に遅れないように、雷太も雪野の手を握り追いかける。

 そのまま、取り敢えず近くにあった雑貨店に入る月夜達。

 先ほどまでの空気は忘れ、休日を楽しむ。

 雑貨の後は、本に家電、雷太の服など次々に見て回った。

 真っ先にはしゃぐ夜夜に雷太がツッコミ、月夜は優しく見守りながらも楽しそうに会話に入る。

 雪野は終始輪に入ってはいなかったが、珍しく時より口元に笑みを浮かべていた。

「ふう。結構遊んだね。久々に楽しかった~。最&高だったよ」

「私もこんなに遊んだのは久しぶり。雷太君の服も買ったしね」

「なんか着せ替え人形にされただけだったような気もしますが」

 楽しそうな月夜と恥ずかしそうにする雷太。

「むしろこんな美少女達に服を選んで貰えるとか、宝くじで1億当たるよりもよっぽど幸運だよ。感謝するべきだね、主に私に」

「お前は一番巫山戯たセンスだったろうが。結局月夜さんに選んでもらっただけだ」

「よく言うじゃん。芸術は爆発なんだよ。パッと見でインパクトを残すのが最重要ポイントなの」

「勝手にお前のセンスが爆発してるのはいいが、俺を起爆剤にするな」

「流石爆発の魔法の使い手。上手い事言う」

「そういうつもりで言ったんじゃねえ」

「さてそれじゃ最後に何処かでお茶してく?」

「話聞けよ」

 急に話題を変える夜夜に苦笑いする雷太。

 呑気に周りを見回して、どこか良いお店を探す夜夜。

「うん。取り敢えずあっちに向けて歩こうか」

 お店が見つからなかったのか、適当に歩き出す夜夜。

 もう夕方で、買い物終わりなのか大きな荷物を持った客で賑わっている。

 家族連れ、友達同士、恋人。皆遊び終わりの充足な疲労感を感じているような楽しそうな表情をしている。

 その賑わいの中にいる月夜達も、同様に明るい顔をしている。

「キャーーー!」

 そんなまったりした空気を切り裂くような悲鳴が響く。

 聞こえてた声は割と近くからのようだった。

 悲鳴を聞いた瞬間に、月夜は既に声が聞こえた方に走り始めていた。

「月夜さん! 俺も行きます」

「うへー。こんなイベント発生要らないんだけどな」

 すぐに月夜の後を追いかける雷太。口では面倒そうにしながらも夜夜と雪野も後に続く。

 月夜が走り出してすぐに、人混みの中に1部空白が出来てる地帯を見つける。

 人混みをかき分け中を見てみると、包丁を持った男が周囲を威嚇していた。

「なあ今宵の月は綺麗か? 星が見えるな。気分がいい。どんな歌が好きだ?」

 支離滅裂な言葉をぶつぶつと呟き、完全に目の焦点が合ってない男。

「あー、あれは完全にイっちゃってるね。どうするの? 言っとくけど今の私は無能な時間帯だから期待しないでよ」

「私がなんとかする。皆は避難誘導とかお願い」

「月夜ちゃん、ちょい待ち。ここは公共の施設だし、迂闊な魔法使用は出来ないよ。それを踏まえると警備員さんとか警察に任せるのがベターかな」

 夜夜の言う通り、ここは学院ではない。

 公共の施設では無闇な魔法の使用は禁止されている。世の中の大半の人が魔法を使えるのだ。皆が好き勝手に魔法を使えば、秩序なんてあってないようなものになる。

 それに極少数とはいえ魔法を使えない人もいる。そういう人達を守る為のルールでもある。

「大丈夫。正当防衛なら問題ないでしょ」

 夜夜の警告を受け入れずに、1人で男の前に飛び出す月夜。

「あ! もう、そういう所だけはツッキー味あるんだから」

 突然目の前に飛び出してきた月夜に、焦点の合わない目を向ける男。

「なあ月は好きか? 神は好きか? 血は好きか?」

 意味の分からない事を呟きながら、男が包丁を振り上げる。

「俺は赤色が好きだ!」

 ガキン!

 振り下ろされた包丁が、不可視の壁に阻まれる。

「月夜さん! 大丈夫ですか?」

「大丈夫だから。周りの人を守ってあげて」

 月夜は魔法で攻撃を防ぎながら、周りの心配をしている。

 見えない何かに阻まれる包丁を男が不思議そうに見つめている。

「じゃあ私達は出来る範囲で協力しようか。あ、雪野ちゃん、ちょっといい?」

 夜夜が雪野の耳に口を近づけ、ヒソヒソと何か話す。

「……ん。たぶん、やれると思う」

「おけ。じゃあやばそうならその線でお願いね。よし、雷太君私達は別の事をしようか」

 雪野をその場に残して、月夜に言われたように雷太と夜夜は手分けして誘導を手伝う。

 その間も、月夜は男とにらみ合い、攻撃を躱し続ける。

「ハハ、明るい、明るいな。もっと暗い方が好きだ」

 ずっとよく分からない言葉をぶつぶつ呟きながら包丁を振り下ろす男。

 防御を続けながら月夜は男が魔法を使えないだろう事に気付く。

 魔力の気配を何も感じないし、これだけ理性が働いてなさそうな状態でも力任せに攻撃してくるだけ。

 この状態なら防御に徹した魔法で十分そうだと思う月夜。

「ああ天使って居るんだな。初めて見たよ。月は好きか?」

 がむしゃらに攻撃を続ける男。

 反撃をしたいが、何かあった時に責任が取れない。歯がゆい思いで攻撃をしのぎ続ける月夜。

 拮抗した状態に月夜が焦りを感じ始めた時に、ある異変が起きる。

 月夜が魔法で展開している透明な壁にヒビが入り始めていた。

 なんの魔法も使えない男には、いくら攻撃された所でビクともしないはずなのに。

 焦りや不安を感じた月夜の防御を、ついに男の包丁が突き破る。

 間一髪の所で顔を逸らし、直撃を避ける月夜。

 だが咄嗟の行動に月夜はバランスを崩し、男が追撃を仕掛けてくる。

 ヤバい、けど間に合わないと感じ、思わず目を閉じる月夜。

 次の瞬間月夜が感じたのは痛みではなく、ドンッと何かが倒れる音だった。

 気付くと男が月夜の横に倒れていた。どうやら何かに足を取られ躓いたようだった。

 タイミング良く警備員が駆けつけ、男を取り押さえる。

 そのまま連行されていく男。月夜達は警備員に感謝され騒動は一段落という感じだ。

「月夜さん! 大丈夫ですか。頬から血が出てます」

「ん、ああ。大丈夫」

 一難を乗り越え、どっと疲れが押し寄せる月夜。

「イエーイ。ナイス、雪野ちゃん」

「……イエーイ」

 夜夜と雪野が何故かハイタッチをしている。

「もしかして、さっきのは雪野ちゃんが?」

「……ん」

「ごめん。魔法使わせちゃったかな」

「大丈夫。ばれなきゃ問題ないよ。ほら氷や雪はすぐ溶けるから誤魔化せるじゃん」

「じゃあ最初から雪野にやらせれば良かったのでは」

「でもばれた時のリスクは怖いし、月夜ちゃんは突っ走っちゃうし」

「……そういうこと」

「いや、ありがとうね、雪野ちゃん。実際さっき結構危なかったから」

 雪野を真っ直ぐみて、感謝する月夜。

「でも気になるのはそこだよね。月夜ちゃんの魔法が只の包丁に破られたのはおかしい気がするんだよ」

「俺もそれは気になったな。どういうからくりなんだろうな」

「単純に力で押されたって感覚だったけど、身体強化の魔法でも使えたのかな」

「でも普段なら力押しで破れるものでもないんじゃないの?」

「そのはずなんだけど」

「うん。なら考えても分からないや。後で自称何でも知ってるお姉さんに報告しとこうよ」

 考え込んでいた夜夜が、突然思考を放棄する。

 たしかにりんかに聞いてみるのがいいかもしれない。

「そうしようか。りんかちゃんなら何か教えてくれるかもしれないね」

「そうと決まれば、残念だけど今日は帰る? 月夜ちゃんの頬も治療しないといけないしね」

「これくらいなら魔法ですぐ治るよ」

「でも割と目立っちゃったし、なんか疲れたし帰ろっか」

 そう言って人混みの中を歩き出す夜夜達。

 なんとなく会話はなく、皆で最寄りの駅まで向かう。

 駅からはそれぞれ別の方向に帰る。

 別れ際雷太が月夜に声をかける。

「そうだ、月夜さん。今回は大丈夫でしたが、次からはもっと慎重にいきましょう」

「なんで? 人を助けるんだから、次からもああする事が良いと思ったらするよ」

「いや、人助けは結構ですが、やり方は話合いましょう。今回だって雪野に頼る方法もありました」

「でも雪野ちゃんだって出来れば魔法使いたくないでしょ。だから私がやるの。困っている人は助けるのが当たり前じゃん」

 なんでもない事のように笑顔を浮かべる月夜。

 言ってる事は何も間違ってない。それどころか立派な事を言っているはずだ。

「そろそろ電車来そうだね。じゃあ私あっちのに乗るから」

 月夜が乗る電車のアナウンスがホームに聞こえてきて、一足先に皆と別れる。

 優しい笑顔で手を振る月夜を見送り、その後すぐに夜夜とも別れる雷太と雪野。

 雪野と一緒に乗った電車の中、雷太はずっと難しい顔をしている。

「……雷太、どうかした?」

「あ、いや、ちょっと考えごとをしてただけだ」

 雷太はずっと考えていた。立派で優しい月夜、尊敬に値する事はあっても、その逆はない。

 だとするとさっき自分が感じた感覚はなんだ? 

 まるで初めて紅い月を見た時のような、得体の知れない物をみたような恐怖。

 月夜からは感じる筈のない、背筋がゾッとするような感覚の正体の事を。


☽☽☽


「ッチ」

 せっかく探し回り苦労した見つけた人物は、目が合うや否や舌打ちをしてきた。

 あまりの仕打ちに生業は仮面の下で悲しい顔になる。

「人の事を邪魔者みたいな目で見ないで下さいよ」

「マカはお兄ちゃん探しで忙しい。邪魔者以外の何者でもない」

 マカは深く被ったフードの奥から心底面倒そうに生業を見ている。

「まあまあここで会ったのも何かの縁。それに私と居た方が早く会えると思いますよ」

「マカに指図するの? 殺しちゃおっかな」

「クフフ。そんなスナック感覚で殺されると命がいくつあっても足りませんよ」

 おちゃらけた態度の生業の首元に、マカがどこからか取り出したナイフを突きつける。

「どうせいくつもあるんだし、1回くらいいいよね」

 そのままマカはナイフを思いっきり振り抜き、生業から激しく血が噴き出す。

 その場に崩れ落ち動かなくなった生業を冷たい目で見つめ、何事もなかったかのようにそこを離れるマカ。

 マカが居なくなり、暫くすると動かなくなった生業がむくりと起き上がる。

「やれやれ。僕をストレス発散に使わないでくれよ。普通に痛みは感じるんだぜ」

 ぼやきながら血がべったりついた服のまま歩きだす生業。

「死神に喧嘩を売ったあなたが悪いですよ」

「狂夜。見てたなら止めろよな」

 狂夜と呼ばれた者の姿は見えず、暗闇から声だけが聞こえてくる。

「嫌ですよ。私まで目を付けられるじゃないですか」

「やれやれ。お前らがそんなだから、僕と姉さんくらいしかあの子の友達が居ないんだよ」

「そうでなく、あちらがあんなだから人と仲良く出来ないだけでは」

「たしかにな。でもあの子の趣味を受け入れるヤバいお兄ちゃんが居る学院を攻めるんだろう? バランサーも動いてるみたいだし、大丈夫なのか」

「愚問ですね。予行もしましたし、どっちも問題ないです」

「そうかい。それはなにより」

 そのまま不敵な笑みを浮かべ生業は夜の闇の中に消えて行った。

こんな文章を読んで下さりありがとうございます。

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