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紅い月  作者: ソムク
20/31

プロローグ③ 顔合わせ

 カランカラン、静寂に包まれた空間に足音だけが響き渡る。

 点々と明りが灯っている廊下を、1人の人影が歩いている。

 黒を基調とした着物に身を包み、黒い唐傘を差している長身の女。

 肌の色は不気味な程白く、瞳は引き込まれそうなくらい暗い。

 整いすぎて人間離れした美しい顔立ちに、結んだ黒髪が花を添える。

狂夜(きょうや)はん。居はります?」

 神代(こうじろ) (くろ)はとある部屋の前で歩みを止め、声をかける。

「姉さん。仕事でしょうか」

 部屋の中から、低く落ち着いた声が返ってくる。

「せやね。お願いしたいんやけど、空いてはる?」

「死神と道化は空いていないのですか」

「マカはお兄さんに会うって忙しなくしとるし、生業はんは別の仕事中やわ」

「畏まりました。では私が出ましょう」

「おおきに。戻ったばかりやのに悪いね」

「問題ありません。それで、今回の仕事はどのような内容でしょうか」

「そろそろ動き方を変えよ思うんやけど」

 口の端をつり上げて、笑みを浮かべながら玄が言う。

「直接、学院を攻めてみようかなって」


☽☽☽


 何か、おかしい。

 具体的に何かがある訳ではないが、漠然と月夜はそう感じていた。

 遠征が終わり少し経ち、気付けば1学期も残りちょっととなった。

 月夜達は遠征以降簡単なクエストしかこなしていない。

 今日も家出したという猫探しの真っ最中だ。

「あ、あそこ」

 雷太が指さした先に件の猫の姿が見える。

 慎重に猫に近づき、その身を確保する。

 大分探すのに時間がかかってしまった。すっかり日が暮れ始めている。

 今日も軽いクエストをこなし、いつも通り1日が終わっていく。

 ふと空を見上げて視界に入ってきた紅い月の明りも、いつもと同じ筈なのに何処か不気味さを感じてしまう月夜。

「帰りましょうか」

 雷太に言われ、猫を抱えたまま帰路につく。

 静かにとぼとぼと歩いている月夜達。

 以前ならもう少し雷太と軽口を叩いていた。最近は誰も話さず、坦々と作業をするだけ。

 このままじゃ駄目だと分かっている月夜だったが、1度出来てしまった雰囲気を壊せずにいる。

 雷太も同じ思いをしているようで、ちらちらと月夜に視線だけは投げているが、お互いに踏み出せずにいる。

 このまま気まずい空気で別れるだけだと思っていたが、今日は違った。

「! 月夜さん」

 異変に気付いた雷太が月夜を呼び止める。

 雷太の声音に月夜もすぐに状況を察する。

「なんで、こんなタイミングで」

 月夜が呟いた言葉。

 それはこのクエストのタイミングでという意味とは違う。時間が明らかにおかしいのだ。

 困惑しているうちに、あっという間に影に囲まれてしまう月夜達。

 月夜達を囲んだ影が次々に異形の怪物の姿を成していく。

 月が紅くなって以来、たしかに夜には怪物が姿を現すようになった。

 だがそれはもっと夜の深い時間帯だ。薄暗くなって来たとはいえ、今はまだ時間が早すぎる。

 重ねて一カ所にこんなに怪物が集まる事もまた異常だ。

「雷太君、雪野ちゃんも大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですが」

 言葉を濁す雷太。

 雷太の不安も理解出来る。月夜達は遠征での失敗から、魔法を使う事を避けてきた節がある。

 正直魔法を使うのに、一抹の恐怖もある。

 夜に生まれるこの怪物達は、そこまで強力でない事が多いとはいえ、今の月夜達にはきつい相手だ。

 怪物達は、じりじりと月夜達との距離を詰めてきている。

「……貫く氷柱ペネトレイトアイシクル

 尻込みしていた月夜達に発破をかけるように、雪野が先手を切って怪物達に攻撃する。

「雪野ちゃん!」

 雪野の魔法によって、複数の怪物達が貫かれる。

 だが、それを合図に一斉に襲いかかってくる怪物達。

 月夜が光の壁を作り、襲撃から雪野と雷太を守りつつ、2人が迎撃する。

 月夜達も奮戦出来ているが、如何せん数が多い。このままではじり貧である。

「どうしよう。雷太君、雪野ちゃんまだ耐えられる?」

「いけると言いたいですが、厳しいです」

 雷太の表情にも焦りが見え始める。

 どうするか、何かこの状況を覆す案を必死に考える月夜。

 また何も守れずに終わる、そんな強迫観念に囚われる月夜。

天ノ川(星の降る池)

 急に、声が聞こえたかと思うと、月夜達の周りにいた怪物達に次々と光が襲いかかる。

 刹那の内に一掃される怪物達。さっきまでピンチだったのに、一瞬で自分達しかいない空間になる。

「だーいじょぶですか?」

 呆気に取られている月夜達に、怪物を一掃した正体が心配して声を掛ける。

「あなたは?」

 困惑のままに疑問を口にする月夜。

「私? 私は通りすがりの美少女子高生さ!!」

 相手は元気はつらつに挨拶? をしてくれるが月夜の困惑はさらに深まる。

 答えの意味もよく分からなかったが、その姿を改めて見て違和感しか感じなかった。

 夜色の黒く綺麗な髪、小柄で色白、形の良い笑みを浮かべている唇。そこから発せられる可愛い声。

 だが、それらの好印象を覆すように、強烈な違和感を感じさせる前髪。

 顔が半分ほど隠れる程に伸ばした前髪の下に隠れて表情は一切読み取れない。

「ん? どしたの? 固まっちゃって。あ! 私の可愛さに打ち抜かれちゃった系? ニャフフ、照れるな」

 加えて出会ったばかりの月夜達にこの言動。

 本人は可愛いらしいが、月夜からは顔が見えないので判断が出来ない。 

 見た目で人を判断するのはよくないが、目の前の人物は見た目だけなら圧倒的陰キャ。だが言動は圧倒的陽キャ。そのギャップから困惑を隠し切れない月夜達。

「あ。もしかして3人とも、人見知リング中? そりゃ、こんな女の子にいきなり話しかけられたらそうなるよね。ごめんごめん。ま、君達無事みたいで何よりだし、私はもう行くね。チャオチャオ、アデュー」

 ヒトミシリング? 謎の言動に思考停止しているうちに、姿を消す少女。

「何て言うか、凄い人でしたね」

 雷太は引きつった顔で苦笑いを浮かべている。

「でも助かったね」

「そうですね。凄い魔法でした。月夜さん気付きました? あの子学院の制服でした」

「そうだね。でもあんな子見た事ないな。噂くらいは耳にしそうなのにね」

「確かに、あの強烈な印象で、噂すら聞かないのはおかしいですよね」

 さっきまで気まずかったのが嘘のように、自然と会話をしている月夜と雷太。

「あ」

「どうかしました?」

 話ながら月夜はふと何かに思い至る。

 学院生で実力もあり、インパクトもある。だけど今まで見た事がない人物。

 なるほど。道理で司やりんかも微妙な表情をしていた訳だ。

「少しだけ賑やかな日々になりそうだね」

 楽しそうに話す月夜と、その言葉の意味が分からず首を傾げる雷太。

「そうなるといいですね」

「うん。それじゃ早くこのクエストを終わらせちゃおうか」

 早足で進む月夜を追いかける雷太と雪野。

 そのまま3人は何気ない会話をしながら学院に戻って行った。


こんな文章を読んで下さりありがとうございます。

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