身勝手少年と善人少女の出会い②
「ありがとう。バイバイ」
「待て、○○○!」
顔面蒼白になり、少年―月導 司は目を覚ます。
また、いつもの悪夢を見ていたらしい。
「くそ、昨日のあれのせいか」
司は悪態をつき、ベッドから起き上がる。
今日は新学期の初日だ。
司の通う魔法学院が、また今日から再開する。
魔法学院。
この月が紅くなった世界に起きた変化は大きく分けて2つ。
1つは、全人口の9割の人々が魔法と呼ばれる力を身に付けた事。
もう1つは、夜になると昨日のような異形の魔物が現れるようになった事。
故に、夜に外出する人はほとんどいなくなった。
触らぬ神に祟りなしというように。
久々に学院に行く準備をしていた司のスマホにLINEの着信を知らせる音がなる。
『月君おはよう。今日から2年生だよ』
司は面倒そうに内容を確認する。
『知ってる。何の用だ』
『月君の事だからどうせ始業式は出てないだろうしね。新しいクラス教えてあげようと思って』
その言葉とともに、写真も添付されて来る。
『助かる。相変わらずよく分かってるな』
『まあ私は物知りだからね。それでどう? 新しいクラス上手くやれそう?』
『上手くやるつもりもないしどうでもいいな』
『そういう所、月君らしいけどね。じゃあ、そろそろ始業式終わるからクラスに向かったほうがいいよ』
『ああ』
『また後でね』
LINEでのやりとりを終え、準備を再開する。
今のやりとりの相手は、北条 りんか。司の数少ない友人の1人だ。
準備を終え、新しいクラスに向かう為、自分の部屋を後にした。
☽☽☽
久々の学院に着き先ほど教えられたクラス、2年2組に入る。
静かな教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉に司に集まる。
司はそんな事はお構いなく、空席に座ろうとして動きを止める。
教室に入る前、司は空席は1つだと思っていた。
新学期初日に遅刻する人なんて、自分を除いてはいないだろうと。
だが、実際空席は3つある。
どの席に座るべきか一考していると、教室の前側の扉が開いた。
「みなさん、お待たせしました。あ! 月導君やっと来たんですね。もう前から言ってるでしょう。学院はちゃんと毎日来るところです」
先生が教室に入ってくるやいなや、司に注意を促す。
眼鏡をかけて、ぱつんと揃えられた前髪に、固めに編んだ三つ編みのおさげが真面目そうな印象を与える。そんな先生だ。
「文句があるなら俺じゃなく、学院長に言ってくれよ。俺は別にこんな所、来なくたって構わない」
「君はいつもそういう態度なんだから。先生、あまり関心はしませんよ」
「どうだっていいね。そんな事」
先生は、呆れたように言い、司は面倒そうに返す。
その後、司は席を聞かされ、その席に座る。
「それでは、みなさん改めまして、2年2組の担任になりました、醒ヶ井 夢です。初めましての方も、去年から一緒の方もよろしくお願いします」
よろしくお願いします、と生徒からの返答があり、夢は笑顔を返す。
「2年生からは魔法の授業も本格的になり、色々と大変になりますが、その前に1ついいお知らせがあります。なんと、早速このクラスに転校生が来ています。しかも美少女ですよ」
ふふーんというような夢の発言に、教室中(主に男子)がどよめき出す。
そんな歓声を尻目に、夢は廊下に向かって声を掛ける。
「入っていいですよ」
「はい」
短い返事の後、入室して来た女生徒を見て、男子の歓声がピークに達する。
その生徒は美少女だった。
ミルクのように白い肌に、銀髪のセミロング。
釣り目がちだが、キツい印象は与えない紅い瞳。鈴虫のように綺麗な声。
非の打ちどころのない美少女だった。
「あっ、お前」
「あっ、あなたは」
司と少女は目が合うと、互いに言葉をこぼす。
それが、司と少女―紅 月夜の再開だった。
「紅 月夜です。よろしくお願いします」
軽く挨拶した後、夢に促され席に着く彼女は、司の横を通り過ぎる際に「昨日はありがとう」と言葉を残していった。
(何がありがとうだ。こっちはいい迷惑だっただけだ)
司は心の中で悪態をついていたが、その光景だけ見ていたクラスメイトからは、ヒソヒソと噂話が飛び交う。
それとは別に、俺このクラスで良かったと泣いているやつまでいる始末。
そんな空気を戻すよう、夢はパンパンと手を叩く。
「はーい。転校生の登場で浮足だつのは分かりますが、とりあえず話を再開しますよ。聞いて下さいね」
注意を促され、もう1度夢に視線が集まる。
「先ほども2年生からは大変な事も増えると言いましたが、大きく変化する事は、より実践的な魔法の授業が増える事。それに伴い、みなさんにはチームを作ってもらいます」
夢の言葉にクラスの1人が反応する。
「先生。いきなりそんな事言われてもよく分からないのですけど」
「その通りですね。いきなりチームを作れなんて言われてもよく分からないでしょう。でも心配は要りません。これから、暫くの授業はチーム編成用のカリキュラムを組んでいます。その中で、相性の良さそうな人など探してみて下さいね」
そこまで言って、夢が司を一瞥する。
「先生。俺面倒なのでチームなんて組みません」
「駄目です」
司の発言を穏やかな微笑みの元一蹴した所で、授業終了のチャイムがなる。
「それでは、今日の所はこのくらいにしておきましょう。チームの作り方やスケジュールの詳しい話は
また明日からしていきますね。では新学期初日お疲れ様でした。明日からもよろしくお願いします」
終わりの挨拶をして、夢は教室から出ていく。その間際に、
「それと、月導君。学院長が呼んでましたよ」
そう言い残していった。
☽☽☽
初日が終わり、司は早速帰宅しようとした所で、月夜から声をかけられた。
「月導君、昨日は本当にありがとう。あと、少し話があるのだけどいいかな」
少し躊躇いがちに聞いてくる月夜に、面倒そうに司は返す。
「よくないな。俺は用事があるんだ。じゃあな」
「そうか、学院長が呼んでるんだっけ」
司は、その後の月夜の言葉を聞かず、さっさと教室から出て行った。
司が出て行った教室では、月夜を取り囲んでの質問合戦が行われていた。
「肌キレイ。どこの化粧品使ってるの」
「髪良い匂い。シャンプーはどこの」
「紅さんってどこ出身」
「彼氏はいるんですか」
次々に飛んでくる質問に月夜があたふたしていると、教室の扉が開き、新たな来訪者が現れる。
「どもども、こんにちは! 月君いますか?」
月君? と教室中が固まっていると
「そか、ごめんごめん。月君じゃ分からないよね。月導司君はいます?」
そう言い直し、教室を見回す少女。
明るめの茶髪をポニーテイルにして、赤縁の眼鏡をかけている。
そしてわきには、赤いノートパソコンを抱えていた。
一見して明るく活発そうな少女だが、眼鏡とノートパソコンのおかげで知的な印象も与えている。
「いなさそうだね。もう帰っちゃったかな」
少女は、お目当ての人物がもうここにはいない事を知ると、踵を返し帰ろうとする。
「待って、月導君ならさっき学院長に呼ばれてたよ」
月夜は先ほどの質問の答えを、少女に返す。
「そか、学院長に。ならもう帰ってるかな。それはそうと貴重な情報ありがとう。紅月夜さん」
月夜の言葉に、少女は少し独り言を言ったあと、お礼の言葉を口にする。
「あれ? なんで私の名前知ってるの」
いきなり名前を呼ばれた事に、困惑する月夜。
「私は物知りだからね。他にも昨日の夜、月君が迷惑かけた事も知ってるよ」
「迷惑なんかじゃなかったよ。助けてもらっちゃったし」
むしろこっちが巻き込んじゃったし、と申し訳なさそうな月夜。
「紅さんはいい子だね。私は北条 りんか。隣のクラスにいるから困った事があったら何でも聞いてね。
たいていの疑問には答えてあげれると思うから」
物知りを自称し、自信満々なりんか。
「ありがとう、北条さん」
「あと、月君とも仲良くしてあげてね。あんなでも存外根はいいやつだからさ」
そう言葉を残しりんかは教室から去っていった。
「あれが北条さんか、なんか面白い人だったね」
クラスメイトのつぶやきに月夜が質問で返す。
「あの子って有名なの?」
「1年生の時からずっとテストで1位だった人だよ」
私は物知りだから。と言っていた彼女を思い出し、妙に納得していると、また月夜への質問大会が再開した。
☽☽☽
日も暮れ始めた頃、司は自分の寮の部屋に戻ってきた。
司は2人部屋を1人で使っている。
そのはずだったが、帰宅した司が見た玄関には、すでに靴が一足存在した。
しかも女物の靴が。
りんかでも来ているのだろうかと考えたが、彼女は来る時に事前に連絡をよこすので違うはずだ。
考えていても仕方ないと思い、とりあえずそのまま部屋に入る。
中まで入ると見覚えのない荷物が数点置いてあるが、肝心の持ち主の姿がない。
どうしたものかと思案していると、浴室の方からドアが開く音が聞こえた。
続いて部屋まで向かってくる足音が聞こえて、司のいる部屋のドアが開かれる。
お風呂上りなのだろう。少し上気した頬に、部屋の明かりに反射して輝く銀髪のセミロング。
特徴的な紅いツリ目と目が合う。
紅月夜がそこに居た。下着姿で。
「あれ? 月導君帰ってたんだ」
「悪い」
今の状況を理解していないような台詞を吐く月夜に、反射的に目を逸らす司。
「ん? ああごめんね。こんな格好で。すぐ服着るね」
少し赤面すると、すぐに月夜は服を着た。
「それで、なんでお前俺の部屋に居るんだ?」
司は当然の疑問を口にする。
「私たちの部屋。だからかな」
「なんだそれ、聞いてないぞ」
司は抗議するように言う。
「教室で話があるって言った時、聞かなかったのはあなたでしょ」
そういえばあったなそういうのという表情を浮かべ、言葉に詰まる司。
「それにしてもおかしいだろ。お前と俺が同じ部屋なんて」
「確かに少し恥ずかしいけど、私は平気。それに、ここしか空きがないって学院長が言ってたから」
学院長の名前が出た途端、顔色を変える司。
「クソババアの仕業か」
憎々しげな表情の司。
「クソババアってひどい言いようだね」
呆れたように月夜が返す。
「事実を言ってるまでだ。あいつはああ見えてかなり年を食ってるからな」
「よく知ってるね」
意外そうな表情の月夜に、苦虫を噛みつぶしたように司が続ける。
「知りたくもない事だがな。そういえば、あいつ俺に話があると言っていたな。文句を言うついでに少し行ってくる」
言うが早いか、部屋から出て行く司。
「そう。じゃあ私は荷物片付けとくね」
部屋から出て行く司の背に、のんびりと月夜は言葉を投げかけた。
☽☽☽
学院長室に着き、司は勢いよく扉をあける。
「クソババア!」
クソババアと呼ばれた人物は呆れたように言葉を発する。
「全く、いきなり現れたかと思うとひどい言われようだね、クソガキ」
部屋の中には学院長―願井叶―と司の担任である夢が居た。
何やら2人で相談中だったようだ。
「老人をババアと呼んで何が悪い。そんな事より俺の部屋に紅がいるのはどういう要件だ」
司は2人の事情など考慮せずに話を続ける。
「どうもこうもないさね。あんたと紅は今日からルームメイトそれだけのこと」
司に老人と言われていた叶だが、見た目だけだと30代前半くらいに見える。
色白でスタイルはよく、どこかミステリアスな雰囲気を漂わす美人。
そんな相手にも司は遠慮なく、自分の主張をする。
「それだけの事じゃねえよ。どうしてそんな事になった」
「そこら辺の事を説明しようと昼間に呼びだしていたのに来なかったのはどこの誰だ」
「そんなこと知るか。昼間は忙しかったんだ。俺が忙しいのに呼び出そうとしたお前が悪い。だから今聞きに来てやってるんだろうが」
「毎度毎度、なんでこのガキはこんな偉そうなんだろうね」
司の態度には慣れているのか、呆れたように呟くと説明を始める叶。
「元々、彼女は転入の予定も何もなかったんだよ。なにせ昨日いきなり学院を訪ねてきて、ここで学ばせてくれなんて言うんだ」
「そんなやつ受け入れる必要なんてなかっただろう」
司の言う事は最もなのだが、首を横に振る叶。
「そういう訳にもいかないさ。聞けば、住む場所もないって事だからね。困っている若者を教育者として放ってはおけないだろう」
「今、困っている俺は放っているけどな」
悪態を吐く司をよそに話を続ける叶。
「あんたのはそんなに深刻ではないからね」
「見ず知らずの男女が、1つ屋根の下で生活するのは、教育者としてありなのかよ」
司の言葉に少し考えてから、返す叶。
「普通に考えればなしだけどね。でもあんたは例外さ。そもそも、あまり部屋に居ないだろ。それに、あんたらが一緒に居たとして、何か変な気をおこすのかい?」
「そんな訳ないだろ」
ムスッと呟く司。
「そもそも、なんでいつも無関心なあんたが今回は口を出すんだい? 誰かが部屋に居る事くらい些細な問題さね。興味のない事には関わらない。いつもそうしてるだろう?」
「ふん。俺は別に問題じゃないさ、ただ」
中途半端に言葉を切る司。
「ただ?」
言葉の続きを促す叶。
司は少し口籠りながら、小さな声で言った。
「あいつは、こういうの気にするやつなんだよ」
「全く、本当に一途だね」
司の言葉を聞いて、にやにやしながら叶が返す。
「でもあんたが問題ないならこのままでいくよ。正直な話、本当に彼女の転入は予想外でね。だからよろしく頼むよクソガキ」
手を合わせお願いするポーズをする叶。
「だから問題だって言ってるだろうが」
「あんた自身は気にしてないなら、とりあえずはいいだろ」
「ッチ。とりあえずだからな」
司は舌打ちをし、不機嫌そうに言い放つと学院長室から出て行った。
「いいんですか、本当にあの二人が同じ部屋で」
司が出て行った後、夢が問いかける。
「問題があるかないかで言えば問題ないよ。あのガキが見てるのはただ一点だけだからね。何も起きはしないさ。むしろあの転入生の子が少しでも何か変えてくれる事を期待したいね」
「月導君は難しいと思いますよ。天上天下唯我独尊って感じの子ですもの」
「ハハ、違いないね。あのガキは見てるものが違うからね」
「そうですか?」
叶の言葉の意味が分からず、困惑する夢。
その事は気に掛けずに、叶は夢との打ち合わせを再開した。
☽☽☽
寮まで戻った司は、部屋に入ろうとして思いとどまる。
さっきみたいな事にならないように、一応ノックしてから入る事にする。
「はーい。開いてますよ」
ノックの音に、昨日までは誰もいなかった部屋の中から返事がある。
「月導君。遅かったね。何を話してたの」
部屋に入ると、月夜が声をかけてきた。
「一通り文句を言ってきた。あと一々苗字で呼ぶの面倒だろ。月導って長いからな、司でいい」
「なら私も月夜でいいよ。名前呼びを許してくれるという事は、とりあえず私と同室は納得してくれたって事かな?」
司は面倒そうな表情になる。
「納得はしてねえよ。しょうがなくだ。お前こそ俺と一緒でいいのかよ」
「私は構わないよ。昨日の事もあるしね。改めてお礼も言いたかったし、司とは仲良くなりたいと思ってたから」
屈託なく言い切る月夜。
「勘違いするなよ。俺はお前を助けた訳じゃない」
司は胡乱気に言う。
「でも助かったのは事実だもん。ありがとう」
純粋な瞳で司の目を見て、感謝の言葉を口にする月夜。
「1つ良い事を教えてやるよ。人に人は救えないんだよ」
司の言葉に、小首を傾げる月夜。
「私は人を救えると思うけどな。むしろ、私は困ってる人は全て助けたい派だよ」
「そんな事して何になるっていうんだ」
「何になるとかじゃないよ。困ってる人がいたら助けるのが当たり前でしょ」
何でもない事のように言い切る月夜。
「お前とは合いそうにないな」
月夜の答えを聞き、しかめっ面になる司。
「ルームメートなのに、悲しい事言わないでよね」
司はその言葉には反応せずに、黙り込む。
司の沈黙は気にせずに、「それと」と言葉を続ける月夜。
「今日、クラスでチームの話してたでしょ? 司良かったら、一緒に組もうよ」
「は? 俺はチームなんか入らねえよ」
月夜の誘いを、面倒そうに一蹴する司。
「チームは強制らしいよ。私たち同室なんだし、チームも同じ方が都合がいいと思うけどな」
「知るか。俺は学院の事には興味なんてないからな。チームってのが強制なら、名前だけなら貸してやるよ」
司の態度は気にせずに、宥めるように続ける月夜。
「そう言わずにさ。1週間後に魔力測定ってのがあるみたいだし、そこで決めてくれたらいいよ。1週間かけて出来るだけクラスのみんなとも馴染まないとね」
「勝手にしてろよ。俺は学院には行かないから」
億劫そうに言う司。
「え? どうして?」
当然の疑問を口にする月夜。
「俺は今忙しいんだよ。それに、去年も気が向いた時にしか登校はしてない」
「駄目だよ。学生なんだからちゃんと登校しないと」
驚きと呆れ半々な表情の月夜。
「俺はやりたくない事はやらない主義だからな」
堂々と言い切る司は、「それに」と言葉を続ける。
「俺は、ただあのクソババアと利害が一致してるからここに居るだけだ。そもそも俺には目的がある。学生生活なんてどうでもいいね」
学生が学生生活をどうでもいいと言う程の事が気になり質問する月夜。
「その目的ってなんなの?」
司は少し躊躇ってから、言葉を発した。
「この世界を壊す事。俺はこの世界が何よりも嫌いだからな」
世界を壊す、そんな物騒な言葉を口にした司の目は、いつもの面倒そうな目でなく、初めて見る真剣な目をしていた。
月夜はそれ以上、言葉を続けられず、そのまま2人は無言のまま過ごし、就寝していった。
この物語を読んでくれた事に、最大の感謝を。