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紅い月  作者: ソムク
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エピローグ②

 雷太達と別れ、1人とぼとぼと校庭を歩く雪野。

 寮に戻る気にもなれず、だからといって行く宛てもない。

 雷太達と一緒に残るのも罪悪感を感じるし、雷太が悪いとはいえ、自分がやらかしてしまって事への後悔を抱く雪野。

 雷太は気づいているだろうが、月夜はどう思うのだろうか。雪野としては雷太以外はどうでもいいが、月夜とは少しだけ仲良くなれそうな気もしていた。

「……はぁ」

 今後の事を思うと憂鬱さに押しつぶされそうになる雪野。

 沈んでいた雪野の足元に、突然暖かくもふもふとした感触が伝わってくる。

 驚き足元を見ると、黒猫がニャーと鳴きながら雪野の足にすり寄っていた。

 何処かで見た覚えがあるような気がしながらも思い出せず、取り敢えず猫を愛でる雪野。

「ん? 冬季じゃないか。クソババアの話は終わったのか」

 後ろからした声に振り向き、猫の事も思い出す雪野。

「レムが迷惑かけてるみたいだな。悪いな」

 いつもの面倒で近寄りがたい雰囲気と違い、どこか優しげな感じの司に雪野は違和感を覚える。

「……なんか、いつもと違う」

「そりゃそうだろ。俺はあの怪物は嫌いだからな」

「……怪物? 誰の事?」

「あ? 紅だよ」

「……月夜は優しい」 

「あれは優しいとは違う。ただそうあるだけだ」

「……何が違う?」

「単純だ。そこに意志があるかどうかだ」

「……月導の話は難しい」

 話の内容を理解出来ず、首を傾げる雪野。

「月導って言いにくいだろ。司でいいよ」

「……考えて見る」

「もっと気楽でいいぜ。チームメートだろ」

「……ほとんど居ないじゃん」

 司の言葉を聞き、雪野がジト目で司を見る。

「そりゃそうだ。俺に来て欲しければ、もっと俺が興味出る活動をするんだな」

「……なにそれ」

「そういう意味では、お前には少し興味が出たがな」

 少し意地悪げな表情をする司。

「……どういう事?」

 疑問に思いながらも、司の表情を見てこの先の言葉をなんとなく察する雪野。

「お前は愛に真っ直ぐなやつって事だ」

「……いつから、気付いてたの?」

 不安で脅えた表情になる雪野。

「いつからと問われれば、あの雪崩の直後からだな」

「……誰かに言った?」

「何でそんな事する意味があるんだ? 一応言っとくと、俺はあの怪物よりも、お前の方がよっぽど人間らしいと思うぜ」

 司が自分を非難しに来たのではないと分かり、安堵する雪野。

「……よく気付いたね」

「頭は切れるし、目は良いほうなんでな。だが、今回のは露骨すぎたな。轟だって気付いてるだろ?」

「……ん」

「それだけ突発的な想いだったのか」

「……約束があったの」

 ぽつぽつと思いを吐露していく雪野。

「……昔、月が紅くなった時、ちょっと事件があって、その時に雷太は約束してくれた。最後には必ず私を守ってくれるって」

 月が紅くなった日。そこから雪野の人生は大きく変わった。

「……雷太が美少女に弱いのは昔からだから、一目惚れしやすいのも気にしない。ちゃんとあの日以降、最後には私の事を気にして守ってくれてたから。でもあの雪崩の時、雷太は最後まであの子に手を伸ばした。私にも雪崩は迫ってたのに!」

 段々と語気が強くなる雪野。

「あの瞬間雷太の意識の中はあの子だけだった。それは駄目! 駄目だよ! アハ、ハハハ。私から雷太まで奪おうなんて、死ねって言ってるようなものでしょ。そんなの許せる訳ないよね!?」

 目の前の司など見えていないような焦点の合わない目で、狂気に満ちた笑みを浮かべる雪野。

「だから殺したの。雪崩のどさくさに紛れて、魔法で心臓を刺した。悪いのは雷太だけど、あの子だもん。雷太は居なくなったら嫌だし、だったらあの子が居なくなれば解決だよね? 私の周りには雷太以外要らないもん」

 心なしか雪野の周りの気温が下がっていく。

「約束したんだから。私は悪くない、悪くないよ。……ううん、悪いのは私だよ。あの日以来何かが壊れちゃったんだ。こんな私じゃ雷太にも嫌われる。でも、想いは止められなかったんだよ」

 思い出したように罪悪感に駆られ、萎縮する雪野。

「……真っ白な闇に包まれた、救いなんて微塵もない吹雪の日。本当に、こんな私にはお似合いの風景だよ」

 誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く雪野。

「……もうこの学院にはいられないかな」

 ずっと黙って聞いていた司の様子が気になり、恐る恐る目を向ける雪野。

「別に良いんじゃねえの?」

 あまりにもあっけらかんと発した司の言葉に、雪野は耳を疑う。

「……良い訳ないよ」

「さっきも言ったが、俺としてはお前の事情とかどうでもいいし、やりたい事はやればいいだろ」

 いつも通りに面倒そうな司。

「ただ、それだけお前が罪悪感を感じてるのなら、それはお前のやりたい事じゃなかったんだろうよ。これもさっき言った事だが、お前はまだ十分人間らしいよ」

「……私は、化け物だよ」

「はぁ。俺の知り合いにな、人殺しが楽しくて仕方ないってのがいる。その癖殺し過ぎて、孤独で寂しいって泣いてたんだぜ。それに比べればお前はマシだろ?」

 少し気を遣ったのか、優しく笑う司。

「……比べる対象がおかしいよ」

「世の中にはいかれた奴なんていくらでもいる。たしかにお前がやった事は、社会的には批判される行いだろう。でもお前がそれだけ悩み苦しんでいるのなら、それでいいんじゃねえの」

「……でも私、自分を抑えられないの。また同じ場面になったら、たぶん同じ事をする」

「だから言ったろ。別にいいんじゃねえのって。それに誰が決めたんだ? 愛の為に行動した事が絶対の悪って誰が決めた?」

「……月導は。……司は変わってる」

「別に俺はやりたい事をやりたい時にやりたいようにやってるだけだ」

 緊張が解けたように、屈託ない笑みを浮かべる雪野。

「まあでも、あまり法を犯しすぎるのも生きづらいだろう? だからな、1つ良い言葉を教えてやる。1回は我慢しろ」

「……ん?」

「もしまた自分が抑えられなくなりそうなら、1回だけ、その瞬間だけでもいいから踏みとどまれ。少し違うかもしれないが、タスクフォーカスってやつだな」

「……なにそれ」

「先の事を考えすぎずに、目の前の出来事に集中する。お前の場合、1回は我慢。これを意識するだけでいい。そうすりゃ、少しは人間らしい生活が送れるだろうよ」

「……善処する」

「おう。やりたいようにやれよ」

 言いたい事は言えたのか、スッキリとした気分になる雪野。

 今まで司は得体のしれない怖い人だったが、話してみて少し印象も変わった。

 雪野が満足そうにしていて、話さないのを見て、司はレムを連れて何処かに歩いて行く。

「……ありがと」

 恥ずかしそうに、司に聞こえないくらいの音量でポツリと呟く雪野。

 その言葉が聞こえたのか、ただの別れの挨拶か、司は振り返らず、腕だけを上げてひらひらと腕を振る。

 そのまま校舎の影に消えて行く司とレム。

 司が居なくなるまで見送っていた雪野が振り返ると、少し先の方から人影が2つ近づいてきているのが見えた。

「雪野ちゃん。ごめん、ごめんね。気づけなくて」

 会うやいなや、目に涙を浮かべ雪野に抱きついてくる月夜。

「悪い。大丈夫か」

 心配そうに顔を覗き組んでくる雷太。

 2人の様子に、やはり自分の行いは知られているのだと改めて知る雪野。

「……謝るのは私」

「いや、悪いのは俺だ。約束したのにな」

「……それはそう。なら悪いのは雷太」

「ううん。私が悪いよ。困ってる人を助けるなんてぬかしておいて、こんなにも身近な人すら助けられないんだから」

 本当に心底申し訳なさそうな月夜。

「……謝り合戦は終わり」

 もっと落ち込んでいるかと思ったが、思いの外大丈夫そうな雪野の様子に気付く雷太。

「……雷太と月夜に言っとく事がある」

 1呼吸置き、しっかりと言葉を口にする雪野。

「……もしまたあんな場面になったら、強引にでも私を止めて欲しい。でも、このチームなら私上手くやっていけそうな気がしてきた」

 ここに居ない司の事を少しだけ思い浮かべる雪野。

「……改めて、よろしくお願いします」

 悩みが晴れたような笑みを浮かべる雪野。

 そんな雪野を安心したように見つめる雷太。

 涙を拭い、笑顔で返す月夜。

 3人は一緒に帰路についていく。

 薄暗くなり、顔を見せ始めた紅い月の光に照らされながら。


こんな文章を読んで下さり、ありがとうございます。

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