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紅い月  作者: ソムク
18/31

冬季雪野②

 遠征が終わり、学院に戻って来て1日経った。

 学院に戻った直後の月夜達のあまりに沈んだ様子に、その日は特に学院長から話しもなく解散となった。

 別れ際、お疲れとだけ優しく労いの言葉が掛けられたが、月夜達の心の傷は癒える事はなかった。

 1日経っても、到底気持ちの整理なんて出来ていない。むしろ自分達の犯してしまったミスの重さが、どんどん重くなりその小さな肩では背負いきれない程にのしかかってくる。

 白の最後の姿。大白熊達の亡骸。あんなに暖かかった村人達も、最後に印象に残っているのは月夜達への、怒りや蔑みの視線や言葉。

 全てが悪い方向に行った、何も上手く出来なかった。運が悪かった。

 そんな言葉では到底忘れ去る事など出来ない。

 だが、前に進まないといけない。立ち止まる訳にはいかない。

 学院長に呼び出され、気乗りはしないが、月夜達は学院長室に集まっていた。

「あんた達、揃ってひどい顔だね。あれは私の責任さね。私が結界の作成が遅れたのが全ての原因だろ」

「怒らないんですか?」

「あのね、私は学院の長であんた達は生徒。一生懸命やった生徒の行動の責任も取らないで、あまつさえ、そいつらに責任を押しつけるような大人(クズ)が何処に居るんだい?」

 学院長の優しい言葉に、二の句が告げずにいると、突然月夜達の後ろの扉が開かれる。

「最近は、そんなクズも増えてるがな。ほらよ」

 どこから聞いていたのか、唐突に現れた司が悪態を吐きながら、学院長に向かって何かを投げつける。

「このクソガキ。なんて物投げて寄越すんだい」

 学院長は投げつけられた物を咄嗟に受け止め、手の中を見て慌ててそれを机の上に置く。

「ッチ。腐ってもクソババアだな」

 司が学院長に渡した物は、月夜達にも見覚えがある黒い木の実。

 司が魔力を喰うと言っていたあの木の実だった。

「倒れてたら笑い者だったのにな。俺の用事は済んだしもういいだろ」

「相変わらず口が減らないガキだね。まあ、今回は感謝しとくよ」

 急に現れた司は散々悪態を吐いたあげく、すぐに扉を出て行く。

「はぁー。ほんと、あのクソガキは自分勝手で困るね」

「あの学院長。それって」

 溜息を吐き呆れている学院長に、月夜が怖ず怖ずと尋ねる。

「ああ。昨日少しあのクソガキと話してね。手がかりになりそうだったから、持ってきて貰ったのさ」

「手がかり?」

「今回の事態を引き起こしたやつらのさ。まあ、心当たりがないでもないしね」

「あれは人為的なものだったのですか?」

「そうさね。だからあんたらは気にする事ないからね。あれは誰かが悪意を持って引き起こした事。あんたは最善を尽した。むしろ、無事に学院に戻って来てくれて私は嬉しいよ」

 月夜や雷太に目を向け話していた学院長は、途中から月夜だけを真っ直ぐに見つめて言う。

「でも結果を見れば、何も出来てませんから」

「全く、そういう頑なさだけは、あんたとクソガキはそっくりだね」

「でも……」

「やれやれ。紅はもう少し肩の力を抜く事を覚えた方がいいね」

 やや呆れ気味な表情になる学院長。

「今日したかったのは、あんまり背負いすぎるなって話。正直ずっとそんな様子で学院に居られると、他の生徒達まで影響されちゃうだろ」

「努力します」

「まあ、すぐには無理だろうけどね。大体は時間が解決してくれるさね」

 話の内容は理解してるだろうが、肩にガチガチに力が入ったまま頷く月夜。

「それじゃあ、今日はもう大丈夫だよ。ありがとうね」

 学院長に言われ、外に出ようとする月夜達。

「ああ。忘れてたよ。あのクソガキと少し打ち合わせしようと思ってたんだ。代わりに紅と轟。もう少しだけ話いいかな」

 学院長に急に呼び止められ、少し驚く月夜。

「司じゃなくてもいいんですか?」

「今後のチームについての話さ。あんなのでも書類上はリーダーだからね。一応話そうかと思ったけど、あんた達で大丈夫だよ」

「雪野は居なくていいんですか?」

「好きにすればいいよ。冬季が居たいなら居ていいし、疲れてるなら先に帰ってもいいよ」

「……帰ってる」

「そうか。じゃあ、また後でな」

 少し気まずそうな雪野と雷太。

 雪野は先に部屋を後にして、月夜と雷太は残る。

「ふむ。罪悪感はまだあるか」

 誰にも聞こえないように学院長が小さく呟く。 

「学院長、チームの話とは具体的に何ですか?」

「今後の方針というか、そんなとこだね。また討伐系のクエストとか回していいのかとか」

「良いと言いたいですけど。正直、自信はなくなってます」

「俺も同じです」

「なるほど。あんたら程の実力があれば、学院としては任せたいんだけどね」

 下を向き、自信なさげな月夜と雷太。

「私達は戦闘向きじゃないのかもしれません。雪野ちゃんもたぶんそうです」

「それは工夫と意識次第だけどね」

 すっかりネガティブ思考になっている月夜に、学院長が釘を刺す。

「それじゃあ、少し話しを変えようか。冬季についての話」

「雪野ちゃん? 何かありましたか?」

 学院長が何を言いたいのか分からず首を傾げる月夜と、一瞬ビクッとする雷太。

「なるほど。流石付き合いが長いだけあるという事か」

 意味深に呟く学院長。

「最初からこの話をするつもりだったんですか?」

 なぜか身構えている雷太。

「いや、冬季がこの場に残ったらしないつもりだった」

「そうですか」

「そう身構えないでくれ。別に私は糾弾するつもりはないよ」

「糾弾?」

 学院長と雷太の態度の意味がまるで分からず、話についていけない月夜。

「1つあんたらの勘違いを正そう」

「何の話ですか?」

「冬季の魔法についての話さ。紅は当然として、轟も詳しくは知らないだろう?」

「雪野ちゃんは氷魔法じゃないんですか?」

「結論から言えば違う」

「やっぱり。何かおかしいと思ってたんだ」

 雷太は合点がいったというように呟く。

「冬季はね、まさしく冬そのものなんだよ」

「冬? どういう事ですか」

 月夜が首を傾げ聞き返す。

「言葉の通りさ。冬季の魔法は、季節魔法【冬】なんだよ」

「季節魔法? 何ですかそれ」

「かつて神が世界を作った時、気候を生み、四季を作り、四季の運営をそれぞれの神達に任せた。そこで使ってたのが季節魔法」

 急に語り出した学院長を訝しげに見つめる月夜。

「そして月が紅くなった後に、理由は分からないが急激に魔力が上がる人々が出た。冬季もその口だろ」

「たしかに雪野はあれ以来、強い魔法が使えるようになりました」

「その2つ何か関係があるんですか?」

 学院長に問われ工程する雷太と、話の関わりが分からず疑問を口にする月夜。

「どうだろうね」

「それじゃあ雪野ちゃんが使うのは、ただ強いだけの氷魔法かもしれないじゃないですか」

「それに関しては、明確に違うって言えちゃうんだよ」

「どうしてですか?」

「実はあのクソガキから色々話しを聞いててね。あいつ曰く、あの雪崩が起きた時、星座の並びが冬だったらしい」

 1度言葉を切り、月夜と雷太を交互に見る学院長。

「ただの氷魔法にはそんな芸当出来ないよ。それと、少し前のあんたらのクエストの日。あの時も雪が降っただろ。その時も冬の空になってたんだよ」

 学院長の話に小さな違和感を抱く月夜。

「分かりました。仮に雪野ちゃんの魔法が冬だとして、それは何が問題なのでしょう?」

「問題があるという訳ではないんだ。ただ大きすぎる力には当然代償もある。それを知って欲しいだけさね」

「もしかしてそれって」

 心当たりがありそうな雷太。

「1つは冬季は常に寒さに苛まれている所だね。あの子が入学する時に話しを聞いたり検査をしたりしたからね、確かだよ」

「それって治せるんですか?」

「治せないだろうね。だからあの服装を許可してる訳だし。ただチームメートが事情を知ってるか知らないかで全然違うだろ」

「分かりました。気をつけます」

「まあ噂話を信じるなら、神達が使ってた程の力が、人の子1人の身に集まってるんだ。それに冬季は極端に口数が少ないだろ。1人で抱え込むかもしれないから」

 雪野を気遣えという話に、少し安堵する雷太。

「ある程度冬季の事を分かった上で、それとは別に1つはっきりさせたい事があるのだけど」

「魔法とは別ですか?」

「その影響は考慮するけど、もっと内面の話だよ。なあ轟?」

 安堵していた雷太は、名前を呼ばれ、強ばった表情になる。

 雷太の様子と、先ほどの学院長の話の違和感が結びつき、背筋が寒くなる月夜。

「今さら冬季に責任を取れという話じゃない。轟にも思う所があるようだし、正常な思考じゃなかった可能性もある」

 学院長の言葉を聞き、自分の嫌な想像の信憑性が増していく月夜。

 さっき学院長は雪崩が起きた時、空が冬の空だったと言った。それは雪野の魔法による影響だとも言った。

 特に気にしなかったが、考えてみれば、あの時雪野は魔法を使っていた事になる。

 それは何の為に?

「ちょっと待って下さい。何が言いたいのか分からないです。雪野ちゃんは何かおかしな事をしたのですか?」

 分からないと言葉では言ったが、正確には分かりたくないといったところだろう。

「私もまだ予想の範疇だけどね。でも轟には確信がありそうだね」

「悪いのは俺です。俺が約束を破ったから」

 学院長に促され、雷太は決心したように、月夜が聞きたくなかった言葉を口にした。

「白ちゃんは雪野に殺されたんだと思います」

 なんでもっと雪野に寄り添えなかったのか、そんな後悔ばかりが月夜の胸を苦しめた。


☽☽☽


 轟々と凍てつく雪が吹き荒ぶ。

 深く積もった雪に足が取られ、満足に歩く事も出来ない。

 どんどんと体温が奪われ、みるみる体力がなくなっていく。

 一寸先も見えないくらいの白い闇に、生物など存在出来ないのではないかという思いが湧いてくる。

 猛吹雪の日、人1人いない冬の野原の無慈悲な景色。

 こんな私には、お似合いの名前だと思った。

こんな文章を読んで下さり、ありがとうございます。

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